45.「マイ・スウィート・ロード」(ジョージ・ハリソン)と「ヒーズ・ソー・ファイン」(シフォンズ)

ビートルズ解散後、4人のメンバーで最初に全米No.1を獲得したのは、以外にもジョージ・ハリソンでした。ところが
この曲が自分たちの曲にあまりにも似ている・・・として、1963年に同じくNo.1となった「ヒーズ・ソー・ファイン」のシ
フォンズ・サイドより「訴訟問題」にまで発展してしまいました。結局、ジョージ側が折れる形となったらしいです。
確かに聴いてみると、「全篇」似ていますね。これらの曲は「同じメロディー」の繰り返しで構成されているので、「一部
だけ似ている・・・」といった弁解も、し難かったのではないでしょうか。30年近く経った今日では、どちらも「名曲」として
素直に聴くことが出来ますが・・・。


44.「誘惑のブギー」(バカラ)と「ジス・ウェイ」(テルマ・ヒューストン)

1977年に全英でNo.1、78年にかけて日本でも10万枚以上のヒットを記録した、バカラの「誘惑のブギー」。吐息
が続くセクシーな歌い方が特徴的でしたが、本国(旧)西ドイツでは「放送禁止」になったとか・・・。同じ頃、全米NO.
1を獲得したテルマ・ヒューストンの「ドント・リーブ・ミー・ジス・ウェイ」とメロディーが良く似ているので、どちらかが「
参考」にしたとも考えられます。


43.「心の愛」(スティービー・ワンダー)と「ブレーク・フリー」(クィーン)

このところヒットチャートから御無沙汰のスティービー・ワンダーですが、60年代から多くのヒット曲を放ち、その数は
今日でもかなり上位にランクされるほどです。83年の全米No.1ヒット「心の愛」は、クイーンの「ブレーク・フリー」に
似てます。


42.「ドリーム・オブ・ユー」(竹内まりや)と「アイ・リメンバー・イエスタディ」(ドナ・サマー)

最近の曲でプロモーションビデオに久々に出演した本人の姿が、「あまり変わってない・・・」と話題の竹内まりや。
新人不作と
言われた1979年の新人賞レースに出ていましたが、「最優秀系」は桑江知子や、倉田まり子に獲られて
しまっていました。
しかし翌80年の春に「不思議なピーチパイ」が資生堂のCMに使用されてブレイク。以後、安定した
人気を保っています。この曲の前奏は、ドナサマーの「アイ・リメンバー・イエスタディ」にそっくり(ってゆうより同じ!)
なんですよね。
ドナ・サマーは70年代後半から80年代はじめにかけて、「セクシー&ディスコ・クィーン」として活躍。


41.「ラブレター」(河合奈保子)と「ヴーレ・ヴー」(アバ)

1981年、「スマイル・フォー・ミー」のヒットで聖子に続く女性アイドルの座を確立していた河合奈保子が、NHKでの
リハーサル中にセリより転落し休業を余儀なくされ、当時のファンを心配させました。年末の「賞レース」、「紅白」には
どうにか間に合い、復帰後の第1弾シングルがこの「ラブレター」です。「夜のヒットスタジオ」でファンに囲まれて歌う
姿は、今でもしっかり記憶に残っています。この歌い出しの部分が「アバのブーレ・ブーに似てない?」と、当時の奈
保子ファン(というか巨乳ファンの・・・)に言われ、確かに言われてみれば・・・と思ったものです。
アバは70年代後半の洋楽を語る上で欠かすことの出来ない、夫婦2組からなるスーパーグループ。ヨーロッパと日
本で人気がありました。(以外にも、全米1位は1曲のみ。)ポップでさわやかなハーモニーは、当時洋楽初心者だっ
た自分の「お気に入り」となり、1977年は「ダンシング・クイーン」が自分のラジカセで、最もヘビー・ローテーション
だった曲です。