40.「Whatever」(浜崎あゆみ)と「ステイ」(SASH!)

自分のことを「あゆー」と言うことで話題となっている浜崎あゆみ。デビュー・アルバム「A Song for XX」は女性ソロ
新人では伊藤つかさ(!)以来という初登場1位を記録。ところで新曲の「Whatever」のピコピコアレンジは、イギリ
スのテクノ・アーチストSASH!の「ステイ」そのもの。こんなに似てていいのかな?


39.「ゲンキダシテ」(大黒摩季)と「アイ・ラブ・ロックンロール」(ジョーン・ジェット&ブラック・ハーツ)

ザードらと共に、テレビ出演やコンサート活動なしに、常にヒットを飛ばしつづけてきた大黒摩季。92年の「DA・KA
・RA」の大ヒットでブレイクしますが、この曲「DA・KA・RA」が東洋水産のカップ麺類のCM曲だったことは、印象
に薄いようです。
タイアップ曲の「ひとり歩き」がささやかれ出した頃でもあります。この97年の「ゲンキダシテ」という
シングル、イント
ロは「アイ・ラブ・ロックンロール」(1982年全米1位)に良く似ています。
ジョーン・ジェットは、「チェリー・ボンブ」のヒット曲で知られるランナウェイズのメンバーでした。下着姿で過激に歌う
女性だけのロック・グループは、日本でも大変人気が高かったものです。個人的には洋楽を聴き始めた頃(77年)
なので、強く記憶に残っています。
※なお「ゲンキダシテ」は、「三ツ矢サイダー(アサヒ飲料)」のCM曲だそうです。(情報提供:effimeroさん)


38.「運がよければいいことあるさ」(堺 正章)と「ザ・デイ・アイ・ファウンド・マイセルフ」(ハニー・コーン)

マチャアキネタをもう1曲。曲の「似ている」度では、こちらの方が数段上。
ハニー・コーンは71年に「希望に燃えて」の全米No.1で知られる女性3人組。60年代のモータウンでシュープリ
ームスなどをプロデュースした「ドジャー・ホランド・ドジャー」が、モータウンを抜けて最初に手がけたグループ。
このほか「スティック・アップ」といった曲も含め、ノリの良い明るいポップナンバーが多いです。
この曲は72年のヒットなので、おそらくこの曲をお手本にしてマチャアキの曲は出来たのでしょう。
ほんと、そっくりなんだから。


37.「さらば恋人」(堺 正章)と「カリフォルニアの青い空」(アルバート・ハモンド)

この2曲も、よく似てる曲として取り上げられることが多いのですが、面白いのは「さらば〜」よりもあとに「カリフォ
ルニアの〜」がリリースされた点です。つまり、この組み合わせについては「洋楽をパクった歌謡曲」という図式が
当てはまらない!ということ。以前、ラジオでも言ってましたっけ。「さらば恋人」は1971年の大ヒット。本人も言う
ように、「また逢う日まで」のヒットが無ければ、この曲がレコード大賞を獲得していただろう名曲です。
アルバート・ハモンドは、この「カリフォルニアの〜」の大ヒット(72年全米5位)以外に、「落葉のコンチェルト」という
曲が日本で流行りました。いい曲です。


36.「おどるポンポコリン」(B.B.クイーンズ)と「ディサピアー」(インエクセス)

今年は1999年。早くも「90年代を振り返る」時期となってしまいました。90年代に入って最初のミリオン・セラ
ーとなったのは、誰もが知っている「おどるポンポコリン」です。人気テレビアニメ「ちびまる子ちゃん」のエンディ
ング曲に使用され、みるみるうちに大ヒット、その年の「レコード大賞」も獲得しました。この曲のサビの「♪ピー
ヒャラ、ピーヒャラ・・・」の部分に良く似たメロディーで始まるのが、インエクセスの「ディサピアー」という曲。
イン・エクセスはオーストラリア出身のバンドで、84年には「オリジナル・シン」が日本でヒットし、プロモーション
ビデオも日本で撮影したものが流れました。86年にはガラッとイメージを変えて「ホワット・ユー・ニード」で全米
でもブレイク。以降次つぎとヒットを飛ばしました。ボーカルのマイケル・ハッチャンスの急死の後、あまり音沙汰
が無いのですが活動しているのでしょうか・・・。