30.「BEAT EMOTION」(布袋寅泰)と「スウィート・エモーション」(エアロスミス)

布袋さんの曲って、分かりやすくてキャッチーなメロディーが多いですよね。その分、アルバムの曲も隅々まで聴
いてみると、「何かに似てる曲」ってえのが結構出てくるかもしれませんが、シングルではこの「BEAT EMOTIO
N」がイチ押し。(何が「イチ押し」なんだか・・・)ソロ第2弾でオリコン1位を獲得。いっぽうのエアロスミスの曲は
1975年、初めて全米TOP40入りした曲です。つい最近、「ミス・ア・シング」という曲で悲願の1位を獲得。「1位
を獲ったことのないビッグアーチスト
」(例:ジェームス・ブラウン、CCRなど・・・)のリストから外れることになりまし
た。長い道のりでしたね。


29.「2億4千万の瞳」(郷ひろみ)と「運命のいたずら」(オリビア・ニュートン・ジョン)と
「君は恋フレンド」(バリー・マニロウ)


郷ひろみの代表的な作品をピックアップする時に欠かせない曲である「2億4千万の瞳」。歌詞にも出てくるように
国鉄(当時)の「エキゾチック・ジャパン」キャンペーンソングであり、1972年から13年連続オリコントップ10入り
を達成した曲でもあります。この曲に特に前奏が似ている洋楽が2曲。オリビア・ニュートン・ジョンの「運命のいた
ら」はジョン・トラボルタと共演した映画「Two Of A Kind」からの曲で、彼女にとっては最後の全米トップ10曲と
なりました。バリー・マニロウの「君は恋フレンド」は日本でのヒット曲。「恋フレンド」ってどんな「関係」なんだろう。
邦題つけた人に聞いてみたいですねえ。


28.「サヨナラ模様」(伊藤敏博)と「防人の詩」(さだまさし)

「二足の草鞋(わらじ)歌手」というと小椋桂(銀行員・現在は退社)が有名ですが、1981年にデビューした伊藤
敏博は現役の「国鉄(当時)マン」ということで、曲のヒットとともに大いに話題となりました。「ザ・ベストテン」なん
かの中継では、実際の駅舎や車両をバックに歌っていたのを記憶しています。この曲の歌い出し「♪ふるえてぇ
〜いるの〜は〜」の部分を聴くと、「♪おしえてぇ〜ください〜」で始まる「防人の詩」(さだまさし)を思い出すの
は、私だけでないはず。
伊藤敏博は、いわゆる「一発屋」のひとりですが、ちなみに2曲目のタイトルは「青春18」。なんだかなぁ〜っ・・・
って感じでしょ。


27.「青空オンリー・ユー」(ひかる一平)と「グリーン・グラス」(ゲイリー・ルイス&プレーボーイズ)

ひかる一平は、「金八先生U」(TBS系)で沖田浩之らと共に登場。この「青空オンリー・ユー」で歌手デビューも
果たしました。が、歌唱力に難点があり、同じ事務所の同期に近藤真彦がいたこともあってか、早くから「必殺仕
事人
」をはじめとする俳優業に専念していたようです。アイドル歌手の曲、特にデビュー曲は、覚えやすいキャッ
チーなメロディーが必要とされるせいか、「あれっ、あの曲に似てるな・・・」というケースはよくみられることです。
この曲も、ゲイリー・ルイス&プレーボーイズの「グリーン・グラス」とほとんど同じメロディーで始まります。彼らは
「恋のダイヤモンド・リング」で1965年に全米No.1獲得。
ところで、ひかる一平の3曲目にあたる「ブルー・セブンティーン」は、「隠れた名曲」ですよ。彼の歌唱力では、十
分に歌いこなせませんでしたが・・・。


26.「Give Me Up!」(Babe)と「アイ・ハード・ア・ルーモア」(バナナラマ)

Babeは、ピンクレディー以降久びさに登場した女性アイドル・デュオ。1987年のデビューで、その年の新人賞
も受賞しますが、メンバーの結婚により89年には姿を消しています。とても「元気のいい振り付け」が印象的で、
後に続くWinkとは対照的でした。
このデビュー曲は外国曲のカヴァーですが、同じ年に全米でヒットしたバナナラマの「アイ・ハード・ア・ルーマー」
に良く似ていると話題に。80年代後半、彼女らをはじめ、カイリー・ミノーグ、リック・アストリー、ジェイソン・ドノバ
ンらをプロデュースした、ストック・エイトケン・ウォーターマンのサウンドが、特に全英チャートを席捲しました。
70年代にディスコ・クイーンと呼ばれたドナ・サマーも、彼らのプロデュースで久しぶりにTOP10ヒットを放ったぐ
らいです。(「イッツ・フォー・リアル」1989年・全米7位)