20「恋の罠しかけましょ」(FUNK THE PEANUTSと「イフ・アイ・キャント・ハブ・ユー(イヴォンヌ・エリマン)

ドリームズ・カム・トゥルーの吉田美和をフューチャーした2人組。ビールのCMでも使用されました。しかし、この
曲も初めて聴いたときびっくりしましたねえ。約20年前、1978年に大ヒットしディスコブームを引き起こした映画
「サタデー・ナイト・フィーバー」のサントラ曲、「イフ・アイ・キャント・ハブ・ユー」そのものではありませんか。この曲
も含め、この年はビージーズの当たり年。自分たちの2曲に、プロデュースしたサマンサ・サングの「愛のエモー
ション」で、全米チャートトップ3独占!という快挙も成し遂げました。イヴォンヌ・エリマンの曲もNo.1獲得。


19.「もっと接近しましょ」(石川秀美)と「グラマラス・ナイト」(シーラE)

石川秀美は、70年代でいえば桜田淳子のような存在だったと言えるのでは。健康的お色気が人気でした。
大量にデビューした新人がいたにもかかわらず「共存」出来たのも、こうした1人1人の個性がはっきりしていた
ためでしょう。この曲あたりから、大人への脱皮をはかろうという動きが感じられます。プリンスの秘蔵っ子として
84年にデビューしたシーラEの「グラマラス・ライフ」に良く似た曲です。


18.「涙のペーパームーン」(石川秀美)と「夢の中へ」(井上陽水)/(斎藤由貴)

花の1982年デビュー組の1人で、現・薬丸裕英夫人の石川秀美。
2年目の1983年の第1弾シングル、通算4枚目のこの曲は、歌い出しが陽水の「夢の中へ」にそっくり。明るい
ポップスで好きな曲ですが、サビの部分は相当「キー」が高く、テレビではキーを落として歌っていたのを記憶し
ています。ちなみに3曲目の「哀しみのブリザード」という曲を知っている人はいるでしょうか。82年の10月に発
売されましたが、年末の「賞レース」を2曲目の「ゆれて湘南」で争ったため、「影にかくれた」存在となってしまっ
た曲です。


17.「夜明けのスキャット」(由紀さおり)と「サウンド・オブ・サイレンス」(サイモン&ガーファンクル)

よくテレビで「サイモン&ガーファンクルやります!」って言って、はじめの「♪テケテケテケ・・・」のあと、「♪ルー
ルールルルー・・・」と歌い出すギャク゛がありますが、それくらい似ている2曲です。「夜明けのスキャット」はそれ
まで童謡等を中心に歌っていた由紀さおりが、「引退記念」に出した初めての歌謡曲。ところがこれがミリオンセラ
ーとなり、歌手を続けることになったとか。余談ですが、高校の時、彼女の甥っ子が在籍しており、学園祭などに
やって来たことがありました。出たがりのPTAたちがいっしょに写真を撮っていたのを思い出します。「サウンド・オ
ブ・サイレンス」は1966年に全米No.1。日本では映画「卒業」のテーマとして1968年に大ヒット。全米のビル
ボードと日本のオリコンの両方で1位となった曲はこの曲と「フラッシュダンス」(アイリーン・キャラ)だけです。


16.「真夏の夜の夢」(野口五郎)と「ノック・オン・ウッド」(エイミー・スチュワート)

野口五郎は新御三家の中で一足先にデビュー(71年)、1曲目の演歌「博多みれん」は売れず、2曲目の「青い
リンゴ」でポップスに転向したのは有名な話です。3人の中で「歌唱力」は一番と言われていましたが、その分ア
ーチストとしての「こだわり」も強いせいか、同じようなイメージの曲が多く「マンネリ化」が囁かれ出した頃、ギター
を手に「ロック色」の強い楽曲で「挑戦」をはかりました。これが「真夏の夜の夢」とそれに続く「女になって出直せ
よ」の2曲で、彼のディスコグラフィーの中でも「異彩」をはなっています。3人組の女性コーラスが、スカートをたく
しあげて歌うシーンを思い出します。「真夏の〜」は同1979年全米No.1となった「一発屋」、エイミー・スチュワ
ートの「ノック・オン・ウッド」と前奏がほとんど同じです。