95.(初期の)笑っていいとも
毎週月曜〜金曜日ひる12:00〜 フジテレビ系で放送(1982〜放映中)

番組がスタートして既に18年。と言うことは、当時生まれた子も今や18歳!! という単純な事実にも驚きを隠せない自分であるよ。(笑)
「笑ってる場合ですよ!!」(B&B司会)の後ガマとしてスタートした当番組も、初めのうちは知名度が低く、「〜場合ですよ!!」との区別が
つかないゲストも出る始末だったが、2年目の83年には大ブレイク。「友達の友達は皆友達だ。世界に広げよう、友達の・・・」とい
うタモリのセリフのあと、アルタの会場の客が一斉に「輪ッ!」と頭上に弧をえがく。(あ、ナンチャッテおじさんのポーズだっ!(笑))
このあと始まる「テレホンショッキング」のコーナーは、桜田淳子を皮切りにスタート当初から今日まで続く人気コーナーだが、番組
全体の雰囲気は初期の頃とはだいぶ様がわりしている。

当初は司会のタモリ自身が繰り広げるコーナーも多かったほか、70年代から続くタモリのディープなネタ(中州産業大学ネタや爬虫類
ネタなどの・・・)の数々が健在であり、サブタイトルの「森田和義アワー」通り、タモリ・カラーが匂う番組内容であった。
ここでは、こうした1983年頃の「思い出のコーナー」を振り返ってみたいと思う。

おじさんは怒ってるんだぞォ!のコーナー
司会者タモリ自身が派手な衣装を身にまとい、最近の身近な話題、とくに若者風俗に対して怒りをぶつける・・・といったコーナー。
記憶に残っているのは「筆箱を斬る!」の回で、「開ける時にオルゴールが鳴る筆箱」の注意書きに「授業中に開けないでください!」と
書いてあり、「じゃ、一体いつ開けるんだっ!」と怒鳴っていた・・・といった調子だ。

●あなたのメロディーのコーナー
作曲家・中村泰士と共に催すコーナー。一般視聴者参加型で、おもに流行歌の歌詞はそのままに、メロディーをアレンジするものだ。
例えば、「♪はぁ〜るの〜うらら〜の〜す〜み〜だが〜わぁ〜」を、「チャゲアス調」とか「沖縄民謡風」といった感じで歌う。「へぇ、なる
ほどネェ・・・」と感心させられる作品も結構多かったように記憶している。

●五つのフォーカスのコーナー
今や長野県知事の田中康夫山本コウタロー
といったいわゆる「タレント文化人」と共に催すトーク・コーナー。社会で起きている旬な
出来事をとりあげる硬派なコーナーだった。当時の「笑っていいとも」はお笑い一辺倒ではなく、ワイド・ショーの要素も兼ねていたのだ。

来たかチョーさん待ってたドン!のコーナー
川上哲治と長嶋茂雄のおなじみのそっくりさんが登場し、VSトークさせる。東京に近いながら何かと「田舎扱い」される埼玉県と千葉
県を互いに批判しあうというネタが記憶に残っている。

●美少年コンテストのコーナー
桂文珍が単独司会。毎回一般視聴者の他薦で3人の「美少年」が登場し、その「美貌ぶり」を競うというもの。審査員は松金よね子、
KINYA、渡辺めぐみという凸凹トリオが担当。(のちに「よめきんトリオ」として歌まで出す人気となった。)毎回の優勝者を集めたグラ
ンドチャンピオン大会も開かれていた。当時「アップルハウス」(TBS系)でも同様のコーナーを設けるなど美少年ブームだった。

●金言・格言・・・・
(これに続くタイトルを忘れた!誰か教えて!)のコーナー
所ジョージと共にこれまた派手な衣装で催す面白コーナー。視聴者からのハガキをもとに世にいう「金言・格言」といった言葉を使い、
「○○○○○に良く似た言葉で・・・!」と所ジョージに対するタモリの合いの手の後、「○○○○○!」とやって会場は爆笑!といった
具合だ。そのうち金言でも格言でもことわざでも何でもない言葉が飛び出す始末!(笑)
例:所 :「期待の初もの、入荷しました!」に似た言葉で!
 タモリ:「期待の初もの、入荷しました!」に似た言葉で!
  所 :「巨大の腫れもの、乳化しました!」・・・・・っといった具合!え、金言でも格言でもないだろって?(笑)