40.欽ちゃんのどこまでやるの!(初期)

「欽どこ」というと、わらべや見栄晴、黒子とグレ子(コサキン)といった番組中・後期のメンバーをすぐイメージするが、番組が始まった
1976年当時は、ちょっと違った様相を呈していた。欽ちゃんと真野順子の夫婦による「お茶の間コント」を中心に、番組はいくつかの
コーナー(ドラマ)に分かれていた。
まず思い出すのは「推理ドラマ」のコーナー。毎回ゲストに前もって5品の食事をしてもらい、その順番を一般視聴者が当てるとい
うもの。5品とはいえ全て当てるのは至難の業。食事の順番って、人によって違うもんねえ。みそ汁だったり、ご飯からだったり・・・。た
まにパーフェクトが出ると、旅行だったか、賞金だったか・・・が当たるものだった。このほか「一番短いドラマ」のコーナーでは、ショート
コントを。茶の間のテレビからはいつものアナウンサーが登場し、テレビなのに何故か欽ちゃんと会話して会場は毎回爆笑。若原一
郎&瞳親子、引目りょう
(漢字忘れた・・・)、斎藤清六(「それでは、ばいなら・・・!」の人)といった個性的なレギュラー陣が、番組
を一層盛り上げていた。
真野順子は、この番組のヒットで一躍人気者となり、77年には「赤い絆」(TBS系)に出演。主演・山口百恵の姑役として、百恵をイビ
る役だったため、視聴者から抗議が殺到したとか。