現在私達はマス・イメージや情報の渦の中で生活せざるを得ない。そうした外からの大量の情報を、私というメディアを通して濾過し、自分の内面的イメージ(夢など)と組み合わせた物が私の作品だ。私は私というメディアを通して、この渾沌とした東京から受け取るあらゆる情報、新世紀の風景を自分の内なるイメージと混ぜ合わせて、新たなイメージとして提示する事が作品コンセプトだ。
Postcard Communication 2005
銀座九美洞ギャラリー、東京 2005年
Postcard Communication 2004
銀座九美洞ギャラリー、東京 2004年
第一回School of Visual Arts卒業生展
朝日アートギャラリー、東京 2004年

Armory Show /The International Fair of New Art
( Raid Projects, L.A からの出品)
Piers90 & 92, NY 2004年

White Things
銀座九美洞ギャラリー、東京 2004年

Postcard Communication 2003
銀座九美洞ギャラリー、東京 2003年

名刺アート展「but days go on after 9.11」
ART SPACE/LIFE=PASSAGE、O ギャラリーの廊下、東京 2002年
名刺サイズのキャンバス上に描かれた等身大の五感に、9.11以降刻まれた衝撃、疑問、希望

Lunatic Silence
第6回 昭和シェル石油 現代美術賞展 入選
制作年月日:2001年
使用画材:アクリル、クレパス、カラーコピー、キャンバス
サイズ:1170mm×910mm
これは私のアイドルでもある、アイスランドのシンガーのビョークがピンクの服を着て、スイミング・プールの廻りを踊る情景を描いた作品だが、実は5年程前からこのイメージがあった。正にこの情景の様な風景を夢で見たからだ。後日友人がNY大学のスポーツセンター脇の道を、彼女がピンクの服を着て通り過ぎるのを、実際見かけたという。そして2001年のカンヌ映画祭で、ラース・フォン・トリアー監督の「ダンサー・イン・ザ・ダーク」でビョークは主演女優賞に輝いたが、その時監督賞をとった監督の横に立った彼女は、私がイメージした様なピンクの服を着ていた。

PARADIS OF RABBITS
東レ・ダウコーニング・シリコーン株式会社大阪支部所蔵
制作年月日:2000年
使用画材:アクリル、クレパス、カラーコピー、キャンバス
サイズ:500mm×730mm
企業のコミッション・ワークとして制作した作品。タイトルである「パラダイス・オブ・ラビット」の由来はパリのシャルル・ド・ゴール空港のニック・ネームから。(なんでもこの空港の草地の中には野生のウサギが多数生息しており、滑走路であの世行きになってしまう輩が多いとか!)空港の中を闊歩しつつ、飛行機を眺める母とその子供。その子供の髪は発光するような青。そして飛行場内にはテクノ・ミュージックが反復されて流れている。(ここではドイツのテクノ・ユニット、アンダーワールドのタイでのファイティング・スネークに関する不思議なリリックを配してみた。)この光景は私の夢からだ。蛇足であるが、この作品を納入した直後にシャルル・ド・ゴール空港から離陸したコンコルドが爆発炎上したのは、奇妙な符号だった。

DINNER WITH S. KUBRIC 2
1980ー1999MEMORIAL ART展、渋谷パルコ
制作年月日:2000年
使用画材:アクリル、クレパス、コラージュ、キャンバス
サイズ:734mm×716mm
ディナー・ウィズ・S・キューブリック」という作品は二作作っているが、これはこの監督が1999年に亡くなった後、彼のメイドをしていた女性による回想録の一行からイメージを得た。まだ半分眠っている時にラジオでこの本が紹介されたのだが、キューブリックは食事時、彼の猫達と皿を分かち合って食事をする、という様な話だった。完全に目覚めた時、これは夢だったかな?と思った。というのも、私は昔から暗い食堂で食べ物を貪る人々、というイメージの絵を制作しており、正にキューブリックのこの逸話は私自身が持っていたイメージと合致したからだ。
二人展出品作品
ギャラリー・サイド2 1999年8月

個展「INNERLANDSCAPE(remix)」出品作品
ギャラリー・サイド2 1999年2月〜4月

フィリップ・モリス・アワード1998最終審査展出品作品
東京国際フォーラム 1998年