RIEL&SHEILA
 
2011年3月13日(日)
ブログ・リエルとシーラのファンタジーガーデンへ移行します
原発と余震が気がかりですね。

迅速に二人で書き込めるように、シーラにブログを開いてもらいました。
「リエルとシーラのファンタジーガーデン」です。
あたらしい日記のタイトルをつくるので、そこから入ってください。
コメントを書けるようになりましたので、よかったらツッコミ入れてください。
どうぞよろしく。
 
2011年3月12日(土)
みなさんの無事を祈ります。私は無事です
ひとりで動けないおじいちゃんの枕元に、お昼のおにぎりや飲み物や本やめがねを用意して出社し、打ち合わせも一段落して、コピーをとっていたら、ぐらぐらっ。
なにせ出版社ですから、本がどさどさ、階段から重い本棚も落ちて、ガラスがめちゃくちゃに割れた。文京区はけっこう揺れたみたい。窓から見えるとなりのビルが、ごちんごちんとぶつかって、ひびが入った。
みんな、建物にいるよりはと、道に人が増えてくる私たち編集部は3階で、働き者の若い人たちが、すでに掃除をはじめたので、「まだ揺れているよ、動き回らないほうがいいよ」と止めた。また、ぐらぐらっ。積み直した原稿の山がどどっ。ほらあ。年配者(なんですね)の言うことは聞くものでしょ。
私は、すぐに電話にかじりついて、家に電話。電話をとったとおもったら、すぐにお話中。あー、おじいちゃん電話を落としたんだな。それからはいっさい不通。
会社の電車お宅のいうことには、車両点検車が点検しないと運転は再開しないし、点検車の数は少ないから、いくらはやくても3,4時間は動くはずがない、という。こまったなと思っていると、部長二人が、「明るいうちに歩きはじめたほうがいい」「途中で電車が動いたら乗ればいい」「雨がふるかもしれないから傘もって」と、早急の判断で、4時過ぎに、ひとり会社を出た。
それでも、秋葉原を越えるころからは歩く人が列になって、だんだん増えていく。歩き初めて約1時間。コンビニでパンを買い(飲み物はトイレにいきたくなるからやめて)、歩き続けた。なんと川を5本も越えなければならない。だんだんに日が暮れ、足と腰が痛くなり、北風がぴゅう~。でも休む気になれない。
私より先の駅にいるKAZUにメールをするけれど、返事がこない。ひたすら先をめざす。とにかくおじいちゃんは無事なのか。
しばらくして冷静になり、新着メール受信をためしたら、メールが届いていた。
「大丈夫? おじいちゃん、大丈夫?」というKAZUのメールに、逆にどきどき。途中まで歩いて、友だちの家にあるバイクで帰るという。どうか事故に気をつけて。
3時間近くなったら、運動靴ではないので足と腰が痛くて、寒い。電気屋の前でテレビをみたら、千葉でも亡くなっている人がいるという。あせって、よたよたと最後の橋をこえて家にたどりつく。
KAZUが先についていた。
「メールだしたよ。おじいちゃん無事って!」と言うのだけれど、ぜんぜん届かなかった。
家の中でいちばんひどい崩れ方は、なんと私の部屋だった。花の鉢や本や人形がどさどさ落ちている。台所の食器もいくつか割れていた。でもそんなことかまわない。みなが無事であれば。
落ちついたころ、シーラが電話をくれた。会社から社長が車で送ってくれ、はやく帰れたのだという。ああ、よかった。
みなさんの無事を祈っています。
seino3、粕谷さん、メールありがとうございました。
大きくはとにかく原発が心配。大きな余震がもうないことを祈ります。
 
2011年3月7日(月)
介護日記になりつつある?
朝、起きたら、おじいちゃんがベッドから落ちていた!
ひええ、びっくり!!
かつぎあげたら、私まで腰がぐきっ。あわてて体勢をかえて、着替えさせて……。
骨には異常ないようなので、どうにかやっているけれど、なんか、またリハビリ前にもどってしまったよう。がっくり。
やはり歩かせすぎたのか。
ということで、会社から仕事を送ってもらって、明日まで家で仕事をすることにした。
まあこういうとき、編集という仕事は便利といえば便利だけど、やはり基本は会社にでないと仕事はこなせない。

なんか交換日記が介護日記になりつつあるような……。
シーラにブログにかえてもらおうとしているのだけれど、忙しくて手がつかない。って、自分でやればいいのよね。
でも、やっぱりシーラにたのもう。今は予告だけ。
***いつかブログになる予定でございます。

それにつけても今朝の雪はすごかった。
雪国の人にはわるいけれど、私は雪が好きなので、ちょっと元気になって、庭に出た。雪が降っていても春が近づいている気配がする。
空気がきれいで、遠くまで見通せる冬の公園が好きだけれど、もうすぐ春がくると、このあいだ確信し、冬のなごりを惜しんだ。
どうか平和ですてきな春がめぐりますように。
 
2011年3月6日(日)
梅源郷?
土曜日、おじいちゃんと病院へいった帰りに、すぐそばのジュンサイ池に梅をみにいった。
歩けるかなあと思ったけれど、休み休み行くと、長細~い池のこっちと向こうに梅園があり、池の周りには、しだれ梅や、幾種類もの野生の梅の木があって、まあとてもきれい。
マガモや小ガモ、キンクロハジロ(?)がきていて、ベンチで休んでいたら、「なにか持ってないの~?」と、マガモ夫妻が池から出てきた。
「ごめん、ほんとうになにももってないんだ」と手提げを広げて、あやまってるのに、グワッグワッと三周くらいまわられてしまった。
ゴール地点は、梅源郷(?)かと思うくらいの満開の梅。メジロが蜜を吸いにきている。サンドイッチを買ってきて食べて、バスで帰った。
その日はすごくいい気分だったのだけれど、今朝、大声で起こされた。
体が痛くてたまらない!という。
それって、筋肉痛なんじゃない? といったけれど、大騒ぎ。
いやはや。ちょっと無理をさせたと思うけれど、痛みに弱いんだよね。

夕方、浜松町のエコプラザに、中沢新一さんの講演を聴きにいった。
くくのち学舎の春のはじめのお祭りということで、古本屋さんがでたり、おみそや布や物々交換まであって、若い人たちがたくさんきていた。
その話を聞きながら、なぜイギリスでファンタジー文学が生まれたか、なぜ日本で花開かなかったか、なぜ日本の子どもの私たちがそれほどファンタジーにひかれたのか、ということが謎解きのようにわかってきた、というか、ある意味、確信をした。で、書こうと思ったのだけれど、いろいろあって疲れてしまって。
とりあえず下書きくらいはしておいて、近々アップします。

ほかにも入院している人もいて、いろいろ心配な今晩。
春がまちどおしいのかどうかわからなくなってしまった。
 
2011年3月3日(木)
ひな祭り
○年ぶりにおじいちゃんの集めた各地のひな人形たち(土人形)を出した。
東北から京都まで。
ひな祭り当日に出す人なんている?と思ったけれど、昨日まで疲れていて、むずかしかった。
でもこれから旧暦のひな祭りまで飾っておけるからOKね。
おじいちゃんがとても喜んでくれた。
ひな祭りの歌をうたって、ひなあられをあげて、ちらし寿司を食べた。
二人でひな祭りとはね。たのしいね。

1日は、粕谷さんとシーラと3人で武蔵境で新年会。
これも3月1日に新年会ってどうよ!と思うけど、みんなえらく忙しくって、今になってしまったのだからしかたない。
楽しみをとっておいたのよ、ね。
その前は、劇団でお世話になった作曲家の先生の奥様の追悼コンサートに。
それがちょうどシーラの会社の近くだったのよね。
先生の息子さんは、連ドラ「ちゅらさん」を書いた脚本家。
4月からの連ドラ「おひさま」を今、書いているそう。
最後は、先生の指揮で宮沢賢治の「歳よ熟れぬ」をうたった。
久しぶりに先生の指揮でうたったらなぜかよく声が出た(みたい)。
うたうのは楽しい。気持ちよかった。
粕谷さんとは仕事の打ち合わせもあったので一石二鳥。
3人で楽しくもりあがった。
子どもの就職、介護、仕事等々、いやいやすごく有益な相談。
問題は、また集まって文殊の知恵で解決しようね。
  
2011年2月27日(日)
人並みでくらくら……
おじいちゃんに、無料の車いすが借りられた。
さっそく金曜日にとりにいって、試乗してみたらいい感じ。
近くの梅をみにいって、私はあわてて出社。
これで市内の花見に行けるわね~!

昨日は、渋谷のユーロスペースに「みつばちの羽音と地球の回転」を見に。
監督の鎌仲ひとみさんとは以前、六ヶ所の本をつくろうと相談したことがあり、前作は六ヶ所の映画だった。
今度のは、向かいの田の浦で今まさに原子力発電所を建てるために、強行に作業を開始しようとする中電に、28年間反対運動をしてきた、祝い島の人々のドキュメント映画。
オフィシャルサイトは、下記(コピペで面倒でごめんなさい)
 http://888earth.net/index.html

これから地域で自主上映もどんどんしていくと思うので、機会があればぜひ見てください。とてもいい映画です。祝い島の人たちの生活や祭りやそこで生きている生物、すべてをひっくるめた世界が見えます。たんなる原発反対だけの映画ではありません。それはタイトルにもあるように、みつばりの羽音に耳をすますように、みつばちの小さな羽音も地球の回転に関係しているというこまやかな視点で描かれているのです。
裕子さん、祝い島の枇杷の木や枇杷茶も映りましたよ!
母が亡くなった年、チェルノブイリ原発事故がおこった。その時、研究所では三重県の古和浦という、原発建設反対・賛成で揺れている町をたずねた。
あれから日本には、20基以上の原子力発電所が増えた。
そうして、今では、耐久年数に手がとどく原発が増え、アジアに原発を売ることをはじめようとしている。

終わってから、中沢新一さんとの対談があるというので、ご挨拶をかねて行ったのだけれど、おじいちゃんのリハビリのための病院からあわてて駆けつけたら、見ているうちに気分が悪くなり蒼白に。どうにもがまんできなくて、トイレにかけこんだ。たんなる疲れによる体調不良ですが。
ふらふらと帰途につきはじめたら、渋谷の駅前で、「ゴミはゴミ箱へ!」と拡声器でがなっている人たちを、警察官が取り囲んでいる。なにをしているのかと思ったら、対岸の道路をデモ隊が通過していく。その人たちが掲げているのは、「朝鮮学校を差別するな」「朝鮮学校に公的補助金を」というプラカードだった。
ああ、そうかと納得。行きには、駅前に、大きな日の丸をもった人たちがたくさんいて、「がんばれ日本!」とかかれた看板と、「NHKは中・韓の手先だ!」というプラカードを掲げていた。(領土問題のことです)
「ゴミはゴミ箱へ」という「ゴミ」がさしているのは、朝鮮の人たちのことなのだ。なんて気分の悪い言葉だろう。同じ人間をゴミ呼ばわりすることのあさましさ。おぞましさ。
またまた吐き気がもどってきて、駅のトイレでうぷっとなった。
渋谷はほんとうにすごい人並み。
基本的にいろんなことを考えている人がいていいに決まっているけれど、あまりに暴力的な言葉や、中傷・罵倒には顔面パンチをくらったように、一瞬、ひるむ。それから、ひるんでどうする、と思う。相手は、ひるませるためにやっているという面があるのだから。
そんなことでめげていてどうする、と思いつつ、ぐったりしている今日。
よく寝て、元気をとりもどそう。
 
2011年2月20日(日)
群読の会をはじめました
昨日は、おじいちゃんと地元駅にできた45階の展望台にいった。
家とビルがびっしりの展望。
私はため息だけど、おじいちゃんはけっこう喜んでくれた。
車いすで階段をオートでのぼる機械にのって、展望台へ。
返りは、図書室に寄って、お昼をたべて、家に返り、私はすぐに出発。
月野さんのお店(亜南・at阿佐ヶ谷)でシーラと待ち合わせ。
あるぞ、あるぞ、アジアの雑貨。なんて楽しいお店!
ダンシング・シバ(ナタラージャ)のペンダントトップと、ラピスラズリのブレスレットをゲット。
いま書いている話にちなんで、ナタラージャの置物もほしかったのだけれど、いちばん大きいのは大きすぎ、次のは、顔が気に入らない。なので、小さいものになってしまった。でもとてもうれしい!
その後、二人で映画「幸せの経済学」を観に明治学院大学へ。
映画もよかったし、その後の対談もよかった。
4月からの上映もきまったそうで、本の宣伝もしてくれて感謝。
http://www.shiawaseno.net/
グローバルからローカルへ。
それが利益ばかり追い求め、人々が不幸せになる経済から、幸せの経済へシフトするキーワード。
自分の中の意識変革がまずは大事。そこからはじまる。ひとりからはじまる、とヘレナさんは言った。
東京のベッドタウンだし、日中は仕事でいないから、近所づきあいに重きを置いていなかった。でも、小さいころは、いろんな家にあがりこんで、お菓子をいただきながら、その家のマンガや本を読ませてもらっていた(ずうずうしい子だったのですね)。
いろいろな思い出があるので、町をあるきまわるのはいまも楽しい。
そうして、この町はけっこう見所がたくさんあるのだ。
桜の花も多い。そうそう、川沿いに河津桜も咲いている。
とりあえず地産地消と人とつながることからはじめてみようかな。

今日は、劇団へ。
劇団のOB・OGと、私のように劇団を離れた人たちとが集まって、群読の会「すいれん」をはじめることにした。
「すいれん」というのは、戦後すぐ、劇団がアマチュアだったころ、まずは「睡蓮文庫」をひらいて、図書の貸し出しや子ども会をはじめたときの名前。
初心忘れず。原点にかえって、なにができるかはじめてみようという試み。
今日は先輩・後輩8人が集まって、私が用意したふたつの脚本を読んでみた。
今日あらためて思ったけれど、役者という人種は人を笑わせるのが性なのか、笑いのたえない楽しいひとときだった。
お茶やお菓子もたくさんあって、ちょっと不思議なアリスのティーパーティーに参加している気分。
病気をもっていたり、介護をしていたり、仕事が忙しかったり、それぞれいろいろ事情があるから(だから劇団を離れた)、あせらずたのしく、ことばを語ることを大事に、ことばで世界をつくり、子どもにつたえる試みをつづけていかれたらと思う。
群読の作品さがしもたのしい作業。
帰りの電車では思いだし笑いばかり……。
 
2011年2月18(金)
風強し、みかんがばらばらと……
明日、前に編集した『いよいよローカルの時代』(辻信一、ヘレナ・ノーバッグ=ホッジ著)の、ヘレナさんがつくった「幸せの経済学」という映画を、明学へ見に行きます。辻さんとの対談もあり(シーラといっしょ)。
映画の情報は下記へ。ただ、明日は早いうちに満員になってしまい、2月20日は横浜で、2月23日は立教大学で上映がきまっているようです。
http://www.shiawaseno.net/

著者による本の情報はこちらです。表紙のデザインもすてきでしょ。
http://www.sloth.gr.jp/tsuji

ヘレナさん、『ラダック~懐かしい未来』という本を書いた人で、早い時期に欧米の女性でラダックへのりこんだ。言語学者として。
その後、環境運動や、ローカルフード運動などにうちこんだ、すごーい人なんだけれど、とてもすてきな人。行動力があって、強くて、やさしい。

映画の前に、ももたろうの月野さんのアジア民芸のお店「亜南」へ寄る予定。
http://store.shopping.yahoo.co.jp/ananshop/index.html
(このアドレスはヤフーのショッピングだけれどこちらのほうが品数がたくさん紹介されています)

今日、川沿いに検診のあるセンターへ自転車を走らせていたら、あれあれ、夏みかんの実が。
風で落ちたんだね。道にごろごろころがっている。
5個ひろって、会社へもっていった。
電車のなかで、『あかねちゃんのなみだの海』を思い出した。
離れて暮らしているパパの家へいくとき、夏みかんの実をおみやげにリュックにつめて行く。夏みかんが誰もとってくれなくて、実をおとして~とたのむのだ。仕事でつかれているパパは、「いいにおいだね、元気がでた」とよろこんでくれる。
社で、「ジャムをつくるか、チューハイに入れるか、そのまま食べるか、焼酎につけるか」と演説(?)をして、希望者にもってかえってもらった。

庭に、とげなし木香バラ(白)の苗とおだまきを仕入れた。
木香バラは、フェンスのそばに。日あたりがよいと、もさもさと伸びてしまうのだそうだけど、うちはねえ、どうかしら。
まだ、葉っぱが1枚もついていない、貧相な(失礼!)苗。
ほんとうに伸びるのかしら。(きっと伸びるよね)

おじいちゃんにデジタル補聴器を注文して、昨日届いた。
今朝、はめてみたら、なんと、私が食べるたくあんの音が聞こえるという。
「ねえ、ばりばりいってるの、なんの音?」だって(笑)。
めがねと同じで、ちょっとつければ補正できる。
みんなの話がもれなくきこえるでしょう?
よかったねえ。
いままでは倍の大きさでしゃべる私の声がほとんどだったのだから。
 
2011年2月14(月)
母の命日
今日は母の命日。
朝、介護保険の調査員が市役所から見えて、いろいろ質問を受けた。
おじいちゃんは外の人には、「いいかっこしい」なので、できないことはちゃんとできないと言って、といっていたのだけれど、なんかいい調子で答えてた。はたして、要支援認定は降りるだろうか……。
娘の苦労親知らず、と思った。
このごろ仕事の苦労を話しても、どうにかなるでしょって聞き流して、自分のことを話す。まあ以前からそうではあったのだけれど。
はあ、っとため息がでてしまう。
やっぱり更年期??
サンタさ~ん、介護のぐち聞いて!と、こんなところから叫んでしまう。
そうだ、今度会える日があるから、そのときにね~!
こんなとき、母がいたらよかったのにと、今更ながらに思う命日でした。。。
 
2011年2月13(日)
お墓参り
今日は1日くりあげて、母のお墓参りをしました。
父も歩けるようになったので、お墓までがんばりました。
姉夫婦が帰りによって、お昼から日本酒など飲みました。
その席で姉と、ちょっと危ない言い合いに。
仲のよい友だちより親戚のほうが距離のとり方は微妙。
母が嘆いているかも、とは思ったけれど。
あっというまの連休でした。梅は咲いたか、桜はまだかいな、と。

ところで、我が社の若い編集者たちがツイッターを始めた。
すべてお任せで、話題があるときはささやいて、つぶやいてもらっている?
よろしかったらどうぞ。
→http://twitter.com/otsukishoten
 
2011年2月12(土)
雪見酒
昨日はお疲れ様!
よく降ったね。雪!
世田谷の宮本三郎美術館での、末吉暁子先生の講演に参上。
(シーラとseino3と赤羽さんと。鬼の方々もいらしていた)
宮本三郎って、おじいちゃんは知っていたけど、私は絵を見たことがなかった。器用な人で、じょうずだね。油絵もいいけど、挿絵のセンスが光っていた。人物がいい。モノクロの絵はとくによかった。
講演は、宮沢賢治~児童文学の現代作家が描いた女性像がテーマ。
宮沢賢治のグスコーブドリにでてくる妹のネリがお話にでてきたけれど、私は研究所のとき、赤ひげのおかみさん役をやったことがある。
このおかみさん、なかなかいい。山師の妻として、生活臭と人情味がある。
賢治は農家で働く女性はけっこう観察していたんじゃないかな、と思える。
私は作家としては、どんどん女性を描きたい。
女性をどう描くかは、作家の社会性が見え隠れする。
とくにファンタジーなどのフィクション世界の女性をどう描くかは、おもしろいところ。
帰りに先生のお宅へおしかけて、大勢でごちそうになった。
かんりびとさんお手製の6種類のパテはとってもおいしかった。なにより、現場テラスで雪を見ながらの日本酒が格別!
カナダの先住民を研究している先生とも会えた。一時期、私はカナダの先住民のことを調べていて、『森はぼくの王国』とか『ビーバーの川のほとりで』、『カナダ先住民デネーの世界』とか、いろいろ読んだのを思い出した。

今日は、おじいちゃんの病院とリハビリのつきそいで、帰ってきたら夕方。
おじいちゃんも少し歩けるようになってきた。
梅の花がきれい。はやく春がくるといいな。
 
2011年2月7(月)
朝日新聞書評欄に紹介が!
日曜日の朝日新聞読書欄に『戦時児童文学論』(山中恒著)が紹介されました!
山中先生からも今日、お電話が! 「よかったねえ」と。
一足先に、各書店へファックスで通知。
そのほかにも、共同通信の配信で、紹介記事が地方紙17紙に載り、大塚英志さんが「週刊ポスト」、宮川健郎さんが「東京新聞」と「中日新聞」で、「読書人」や「新文化」「ふぇみん」などの各紙に紹介されました。
ああ、うれしいな。

シーラにたのんだ、児童書のパンフレットができあがりました!
1月始めから早めにスタートしたから、あっというまだったね。
どうもありがとう!
今、童話集のポップをたのんでいます。
こちらもどうぞよろしく!

おじいちゃんと、銀行カードを見失って、家探し。
でも、二人とも動作がにぶく、記憶も定かではなく、気分も落ち込んで、見つからず。
昨晩、ふと仏壇をみると、「あー、あったあ!!」
「よかったあああ」と、おじいちゃん。
とりあえず一件落着。
私がしっかりしなくちゃいけないのに、ぼうっとしていて。。
おまけに視力がさらに落ちて、自分でもだいじょうぶかと思うこのごろ。
しゃきっとせねば。
 
2011年2月5日(土)
立春! 節分には豆まきしたよ!
今日は、いとこの旦那様の三回忌で浦安に行った。
いとこは54歳でなくなり、七回忌をしたあとに、旦那様も急逝された。
この旦那様、新幹線の線路のクッションをつくる技術者で、ソ連、中国、台湾と新幹線をつくる国に出張していた。
母といとこは仲がよく、よく相談しあったり、楽しそうに話をしていたそうだ。いとこも、その旦那様も私のことをかわいがってくれた。
「人形劇をやっているリエちゃん」というインプットだったみたいで、かわいいものや人形が好き、というやわらか~なイメージだったらしい。いつもやさしくしてもらった。
いとこたちの家は早稲田にあって、タバコやさんをしていた。
小さい頃、いっしょにお店番をさせてもらった。
鉄腕アトム、リボンの騎士、のらくろなんかも、ここで初めて読んだっけ。
みんなで年をとったのだなあ、と今日はしみじみ思った。
旦那様の親戚の方で、仏像を彫られている人間国宝の方もいらしていた。
こういう席でしかお会いしないのだけれど、人の縁は不思議。
人柄は年をとるとその人となりに重なってくる。
年をかさねて、人はだれでもいつかこの世を去っていく。
50歳をすぎてみると、人生はまたちがう色に見えてくるのだなあ、と思った今日でした。
シーラ、元気にしているかな?
ちょっと暖かくなったけれど、からだに気をつけてね。
みなさんも。
 
2011年1月30日(日)
人道のいくさ
昨日は、朝、おじいちゃんと病院へ行ってリハビリ。
それからタクシーで駅までいって、お昼をたべ、いざ、新宿正春寺へ。
大逆事件処刑100年。
1903年、世の中が戦争に向かおうとしていた時代に、幸徳秋水と堺利彦は「非戦」を掲げ、「平民社」を起こす。
その7年後に、幸徳秋水は大逆事件に倒れる。堺利彦は赤旗事件で獄中にいて免れ、出所後、大逆事件で処刑された遺族をたずね、面倒をみる。
その堺利彦さんのお孫さんにあたる近藤千浪さんが昨年、急逝された。『パンとペン』(売文社の時代)を描いた黒岩比佐子さんも。お二人とも、昨年はここにいた。
遺族の方、各地で活動される方、研究者、作家、報道関係の人たち100人以上が集まって、今年も会がもたれた。
荒畑寒村が紀州に残した和歌に次のものがあるそうだ。
「孫子代まで語りつぐべし人道のいくさに死ねる友のいさおし」
大逆事件100年後の今に向き合って、この時代を考えた。

おじいちゃんのお知り合いがたくさんいて、タクシーから降りようとすると、何本もの手がのび、救い出されるように車の外へ出された。なぜか男性ばかり。みんなやさしい顔で「よく来てくれた」と、手をとり、会場へ連れていってくれた。

しかし、ほんとうにたいへんな1日で、正直、つっかれた~。
ぎくしゃくとしか歩けないおじいちゃんと、新宿駅の人並みをつっきるのは、めまいがした。普通に歩ける人にはわからないだろうけど、小さい子を連れて町を歩いた人ならわかると思う、人混みで途方にくれるこの思い。
でもまあ、無事にいかれてよかった。
私は自分の仕事が山積みで、今日は1日こもってやる予定。
明日はまたリハビリで午前中休みをとったので。
たのむよ、おじいちゃん。ちゃんと自分で練習して、歩けるようになってちょうだい。やればできると言われているんだから。
 
2011年1月25日(火)
絵本で学ぶ女性の歴史
またもぎりぎりになってしまいましたが、昨年つくった『絵本 日本女性史』(全4巻)をもとに、著者3人の女性史の講座が国立公民館で開かれます。
まだ定員に余裕があるようなので、興味のある方はどうぞ。
女性史を通史で学べます。

◆女性講座「絵本で見る女性の歴史」
歴史の陰にかくれて見えない女性たちは、何をして、何を考えていたのでしょうか。
女性のおかれてきた日本の社会状況をふりかえり、ひとりひとりの人間として、お互いの権利の大事にしながら社会を作っていくにはどのような視点が必要であるか、お話をきいて考えてみませんか。
◎1月27日 午後2時~4時 原始から中世の女性たち 野村育世
◎2月3日             近世の女性たち 関民子
◎2月17日            近代、そして今の女性たち 早川紀代
◎2月24日            女性史をつくっていく 早川紀代
◆場所 国立公民館
◆申しこみ 042-572-5141

昨晩は、おじいちゃんをお迎えに神田へ。
まだそれほど歩けないのに、どうしても久々の「寒村会」(荒畑寒村の会)へ行くという。
帰りはタクシーで帰ってきたけれど、ほとんど支えて歩ける感じ。
寒さのせいだとは思うけれど(日中さぼっているせいもあると思うが)、お正月から進歩がない
。ここは根性で練習をしてもらわないと。

seino3からいただいた、お庭のミカンと、残っていたリンゴをまるごとむいて、焼酎とメープルシロップ(なぜかあるので)で、果実酒をしこんでみた。
りんごとみかんがごろごろしていて、おいしそう。
お楽しみは一ヶ月後かな?
 
2011年1月23日(日)
イベントと芝居と群読の会
金曜日は、seino3が来てくれて、帰りに一杯のんで、おしゃべりしました。
ラミス先生は、非現実的と言われる非暴力・抵抗運動が、いかに現実的な力をもっているかを、インドの独立運動と沖縄辺野古の座り込みを例に話した。
沖縄戦を経験した沖縄の93%の人は、基地があるから守ってもらえるというのは現実的な話ではないと思っているけれど、本土では、その反対。でも、守ってもらえると本当に思うなら、東京周辺に大きな基地を置けばいい。
現実は、戦争がはじまれば、基地は攻撃され、それは国際法違反にはならない。
よく、強盗が襲ってきてもあなたは非暴力を貫くのか、家族が殺されてもいいのか、というすり替えの議論をする人がいるけれど、個人と国家はちがう。
個人は人を殺せば殺人罪に問われるけれど、国家間の戦争で人を殺しても殺人罪にはならない。国家とは、そのような特別な暴力装置を有しているところなのである。が、日本はそれを持たないと決めた。使わないと決めた。実際には自衛隊という名の軍隊はあるけれど。
この矛盾をどうするのか.矛盾を解消するために、一方の人は9条を変えようといい、もう一方は自衛隊をどうにかしなければ、と言う。でも、矛盾を自覚し、このまま悩みつづる姿(ハムレットのように)を発信しつづければいいという意見も、このごろ出始めているそうである。

翌日は、劇団風の子の芝居を見に、町田市民ホールへ。
風の子の芝居をみて、元研究生といっしょにお昼を食べ、午後は、ともしびのオペレッタを見た。その日は、「ふれあいこどもまつり」という催しだったので、いくつもの劇団が町田に集まっていた。
その後、劇団風の子の高坂さんと、新宿へ。
私の本(『ティンパウ物語 蛇神の杯』)をたくさん売ってくれたので、お礼に新春の宴を、ということだったのだけれど、お知り合いの歌舞伎町の飲み屋さんつれていってもらって、結局ごちそうになってしまった。
流しのくるお店。生演奏で歌を歌ったり、聞いたりして、あっと気づいたらいい時間になっていたので、電車にのり、駅で降りようとしたら、「え?」
となりにバイト帰りのKAZUがいた。
で、二人で駅近くで一杯飲んで、ご飯を食べて(私は食べなかったけど)、午前様で帰った。
楽しかったけどちょっと飲み過ぎたかな。

劇団の芝居をみるのはほんとうに久しぶり。
ぜんぜん変わってない人もいれば、私の知らないニューフェイスも増えている。
衣裳や照明の片づけを手伝いながら、昔の記憶を呼びさまそうとしたけれど、なんと長いブランクだったのだろう。すっかりデスクワークの人間になってしまっていて、重い荷物がもてない、というか、もつと危ない。。。
それから、お世話になった方が、すでに亡くなっているのがわかって、愕然。
浦島太郎状態。
いっしょに旅をする間、フルートや歌を教えてくれた。絵も上手で、休みは紙粘土づくりからはじめ、人形をつくることに熱中した。
その人の影響で、私の旅の荷物には、針金・ラジオペンチ・絵の具・ニス・筆のはいった道具箱があった。
あのころは、フルートにもはまっていて、始終吹いていた。
自分の体をとおして表現することに飢えていた(毎日、舞台にはたっていたけど)。
その方には、多くのことを教えてもらった。
そうそう、顔の部品を動かすなんてことも。おかげで、私は今も片目ずつべつべつに動かす、という特技をもっている(自慢にならない?)。
眉毛だって片方ずつ動かせるよ。体をつかってどのくらい音が出せるか、なんてのもやったりしたな。指笛や草笛やあらゆるものを楽器にしたり。
「遊び」ということが芝居の中心にあったから、そのへんにあるもので、始終遊んでいた。でも、やってみるとわかるのは、大人になると遊びつづけるのはけっこうしんどいということ。つい頭で考えてしまうから。理屈が先に立つから。
でも、だんだんに、なんとでもどこででも遊べるようになっていった。
歌もたくさん教えてもらったなあ。
東南アジアの公演にいったときも、市場で買いだしをして、それをつかって遊んだり、楽器にしたりして、舞台をした。
その方の奥さんがちょうどこの日、オペレッタに出演していた。
なんと、私の本を読んでくれて、「握手しましょう!」と言ってくれた。
月日は確実に流れたのだ。
私はその間、編集者として別の仕事を積み重ねていた。

ところで、来月から、劇団OB・OGを中心に群読の会をはじめようと準備中。
さてさて、なまった体をどう立て直そうかな。群読の脚本も用意せねば。

 
2011年1月20日(木)
明日、イベント参加
ばたばたしているまに、明日になってしまったのですが、下記のイベントに参加しま
す。

◆「一見 非現実的な話をしようーー安保、沖縄、9条、朝鮮半島」
◆2011年1月21日(金)6時~8時半
◆戸塚 善了寺(JR戸塚駅から7分)
◆ゲスト ダグラス・ラミス、高橋源一郎
◆司会 辻信一

参考テキスト:ラミス『要石:沖縄と憲法9条』『経済成長がなければ私たちは豊かになれないのだろうか』『エコとピースの交差点』、高橋源一郎『沈む日本を愛せますか?』

◆ライブ 松谷冬太
◆主催 カフェ・デラ・テラ
◆共催 明治学院大学国際学部付属研・弱さの研究

(お問い合わせ)
電 話:080-6597-0166(カフェ・デラ・テラ事務局専用)


『エコとピースの交差点~ラミス先生のわくわく平和学』という本は、私が担当しました。ラミス先生の大ファンです。沖縄の首里に住んでいらっしゃいます。

ところで、おじいちゃんは、寒さのせいか、固まってしまって、ほとんど歩けない気分に陥ってしまった。おかしいな、たった数日のことなのに。
なので、今朝、いっしょに体操をして、少し元気になった。
痛いと動かない→動かないと固まってしまう→歩けないと落ち込む
自分で動かさないと動けなくなる、という自覚がまだ根付かない。
相当言っているんですけど。どんなに年をとっても運動すれば筋肉はつくし、筋は伸びていく。でも動かなければ筋は縮こまり、筋肉は落ち、かたまってしまう。
明朝、接骨院に行く予定。

仕事はちょうど山場。そのせいか、私まで股関節や腰が痛んで、ストレッチをしていても、歩くのもえっちらおっちら。まったくもって寒さが身にしみるここ1,2週間です。
基本的に寒さには強いのですが。2月生まれですから!
みなさん、いかがお過ごしですか?
寒いので体に気をつけて、でも、なるべく体は動かしましょう!

シーラ、パンフレットの仕事すすめてくれてありがとう。
忙しそうだね。最後のしあげ、よろしくね!
 
2011年1月15日(土)
病院通い
昨日は、おじいちゃんを接骨院へ。
それから仕事へいって、帰りに自分の歯医者へ。
持病のようなもので、疲れてくると、右上の奥歯の歯茎が腫れて痛む。病巣をかかえているらしいのだけれど、治療をするとなると、歯を抜いて、大事になるので、経過観察中。
今日は、またまた、おじいちゃんと病院へ。いつもの検診。
風邪か疲れか、寒さのせいか、私が調子わるい。
すると、おじいちゃんも調子がいまいちになる。こまったもんだ。
気になる仕事もあるけれど、明日はだらだらしながら、そうじと仕事をちょっとだけしよう。
おじいちゃんがお気に入りのさくら草(プリマベーラ)のピンクとえんじ色を買ってきた。
あんまり晴天が続くので、庭に少し水をまいた。
そうそう、昨年の3月に粕谷さんにいただいた胡蝶蘭に、花芽がのびはじめた。
こんな寒い時期に花芽が伸びるなんて不思議。ポットから植え替えたのがよかった?
また、かわいい花が咲くといいな。
 
2011年1月10日(月)
古巣の劇団へ
昨日は、劇団でお世話になった方のお見舞い&新年のご挨拶へ。
テーブルには、おいしそうなオードブルとワインが。
まだ、お正月? 昼間から飲んでいいの? うれしいな。
3時間くらいしゃべりつづけたので、そろそろ失礼しようかと思ったら、
となりの稽古場にきていた踊りの先生(研究所のころお世話になった)が、ひょいと顔をだされたので、「お久しぶりです!」と、またワイワイ。
おじいちゃんの夕飯があるので、あわてて走って帰った。
私は、高校時代からアマチュアの人形劇団で活動していて、大学ではアングラ演劇と、児童劇の研究所へ通っていて、人形劇も続けていたのだけれど、卒業後にこの劇団へ入った。しかし、劇団にいたのは10年くらいで、やめてから20年が過ぎたのに、タイムマシンに乗ったみたいに、はっとあのころに帰ることができる。
それに、皆、ぜんぜん変わらない。
いつかまた演劇活動をしたいと思ってきたから、少しずつリハビリしなくちゃ。
数年前まで私の頭の中は、編集の仕事でいっぱいだったけれど、少しずつ書くこと、研究すること、勉強することに手がつきはじめた。
KAZUはもう独り立ちしたも同然だし、50代は自分のための勉強をいろいろしたい。
母は50代の活動をできずに逝ってしまったから、私は、その先の活動を大事にしたいと思っている。
 
2011年1月8日(土)
無謀な遠出
予告したように、おじいちゃんと神保町へ。
どうにか喫茶店に行き着いて、初期社会主義研究の編集会議に出席。
その後に新年会に出た。
しっかり、お鍋まで食べて、タクシーで帰るはずが、地下鉄にのって、よろよろしながら、乗りかえ、乗りかえ、家にたどりついた。
はあ、こちらも疲れた~。
でもまあ、気力があるのはいいこと。
今年も雑誌を出す仕事にかかわれるし、仲間がいたり、会があったりするのは元気のもとだと思った。
次は、1月29日の正春寺の大逆事件の集まりに行くのだそう。
まあ、寒いけれど、行かれるといいね。去年もお供したしね。
 
2011年1月7日(金)
七草粥
あっというまに、七草がゆで、明日は松の内も開ける。
仕事も3日終わった。
初日に、
「仕事たのむなら、今日にしてね! 今日だけは頭がまわっている気がする!」
といったら、「またあ、何を言ってるんだか」と、編集長に笑われた。
案の定、次の日からは、すぐに首も痛くなり、会社にもあきた。
(1日であきるか?!)
と、自分でツッコミをいれながら、ぼちぼちやろう。

やっと歩けるようになったおじいちゃんが、明日は神保町まで行くという。
無謀すぎるよ、その計画!
といったら不機嫌に。子どもだよ、まるで。
まったく、4日前まで一人で外へ出られなかったし、3日前まで杖なしで家の中も歩けなかったのに。
付きそうことはできても、背負っては歩けないよ、と言っているんだけどね。
まったくもって、振り回されている。。。

シーラ、パンフレットよろしくね!
怒濤のスタートダッシュでテキスト整理して送ったよ。
スキャンのデータは、休み明けに本がそろってからとって送るね。
どうぞよろしく~。
今年も忙しくはじまりそうだね。
 
2011年1月3日(月)
あっというまに休みもあと1日
休みの時間がたつのは早いねえ。
もうあと1日しかない。

2日は、シーラのうちに行った。
立川で待ち合わせをして、粕谷さんおすすめの群馬直美さんの「葉っぱの精神」という、葉っぱづくしの展覧会をみた。
昭和記念公園の花みどり文化ゾーンという無料の場所。
テンペラ画で葉を描いて、ボードにはっているスタイルが多かった。
虫の歩いた葉っぱなど、自然の造形の美しさにうれしくなる。
ほんとうに葉っぱづくし。
かくいうわたしも葉っぱ好き。昔は葉っぱを描いたりしていたことを思い出した。
昨年の夏中、毎日おがんだゴーヤの葉の絵はがきを買った。

その後、シーラの家におじゃまして、おばあちゃんのおせちをごちそうになって、
ワインで乾杯! 今年もよろしくお願いします!
AIちゃんの卒論もほぼ完成。よかった、よかった。
ううむ、ほかになにかやることが……。
そうそう、会社の児童書のパンフレットをたのみにきたのだった。
すっかりねじのゆるんだ頭をよせあって、打ち合わせ。
あっというまに夕方になり、帰った。
まだおじいちゃんがほうっておけないので、早足で!

今日は、伯母の家へ。
どうも不調の伯母です。
でも、おせちをつめて持っていったら、喜んで食べてくれた。
ここでもワインをのんで(おせちにワインってすごくあうことに目覚めた今年!)、昼間から顔をまっかにして、帰りに根津神社によった。
夕食は、久しぶりにKAZUがいたので(毎日バイトで遅いのだ)、しゃぶしゃぶ。
な~んか、たのしいよね、しゃぶしゃぶって。
シーラのおばあちゃんのつくってくれた茶碗蒸しをいただいたら、十年近く茶碗蒸しをつくっていなかったかも、とはっとしたので、つくることに。
むかし、母は、お客さんがくるとつくっていたけれど、「ああ、すが入った」「ああ、うまくいかなかった」と、よくなげいていたのをおぼえている。
でも、今日はばっちりできた! ビギナーズラックのようなもの?
わたしの好きなゆり根とぎんなんいっぱい入れた茶碗蒸し。
母が使っていた茶碗蒸しの食器。最初はいくつかったのかな?
もう4つしか残っていない。
つくもがみがついていたら、「おお、久しぶりに棚から出たなあ~」なんて、大きなのびをしていたかも。
長いこと使わなくてごめんネ。
 
2011年1月1日(土)
新しい年がはじまりました
新しい年のはじまりです!
紅白歌合戦をみながら(やっぱりみるのね)、年の瀬、仕事がない人もたくさんいる、家のない人もいる、紛争のつづく国もある、今、いのちの危険にさらされている人もいる、けれど、時は流れていく、時はつながれていく、と、心に風が舞いこんできた。
自分の大変さにかまけてばかりで、視界がせまくなっていたと気づき、反省。
今年の自分になにができるか、あらたな気持ちで考えてみよう、と思った次第。
決意はいいんだけど、あまりの寒さに、初詣はやめた。
なんか気力と体力がどんと衰えているような……。
と口にだしてはよけいよくないような気がする。
さあて、よく寝て(またうなされないかな?)、新しい年、気持ちあらたに始めるぞ。

みなさん、今年もなにとぞよろしくお願いします。
シーラ、今年もよろしく!(たまには返事くださいな)
 
2010年12月31日(金)
今年1年、たいへんお疲れさまでした~!
寝起きの悪い今朝。
夜じゅう、1年間の反省をしてうなされていた。
そういう性格なんですね。

ところで、やっとおせち料理が終わった~!
すごく疲れた~。なんども途中でめげそうになって、気を取り直してとりくんだ。
やっぱりなにごとも気から、ですかね。
こんにゃく2枚、薄く切って切れ目をいれてねじるのに、最初が手がつかない。
やればやれるのにねーー。
合間に、おじいちゃんとお花をもってお墓参りに。
5,6分のところなんだけれど、往復1時間かかった。
でもリハビリだからね。支える腕がぴしっとうなったようだけれど気にすまい。
どうにか無事元旦を迎えられそうです。
ほんとうに、1年、お疲れ様でした!!

寝正月をしたかったんだけれど、元旦からくる人たちもいて、合間に原稿書きをすすめたいけれど、どうなるかな。
まとまった時間がとれるのは、頭が少しすいているのはこの期間だから、有効につかいたいけれど、ほかにもたまっていた用事が多い。
なんて今から心配せず、今日はとにかくよくやった! と自分をほめておこう。

みなさんも、この1年よくやった自分を十分ほめて、年越ししましょう。
シーラ、年明けに会おうね!
 
2010年12月30日(木)
歩く、ただ、歩くこの道。
さて、各部屋のカーテンや敷物の洗濯をまわしながら、片づけと掃除にとりかかる。
あれあれ? おじいちゃんたら、なにしてるの?
すわったままで年賀状書きばかり。
さて、出かけますか!
ということで、おじいちゃんを連れだして、5分の距離のスーパーまで往復1時間かけて、歩くトレーニング。
自分が筋腫のせいで座骨神経痛になって、足をひきずって歩いていたからよくわかる。ちゃんと意識して体重移動をして(面倒くさいことだけれども!)、矯正していかないと、もとのように歩けるようにはならない。
支えながら、「左足がでていないよ、右足がすすみすぎだよ」と声かけて練習。歩けない、歩けないといっていた最初のころがうそのように、最後は歩きにリズムがでてきた。
でも、明日になると半分以上もとにもどっている。だからまた歩くんだよ!
帰りに、「寒桜」を出汁に遠回りした。こんな寒いのにもう花が咲いているんだね。
ああ、とってもきれい。
明日はお墓参りにいく予定。毎日、楽しんでリハビリ!

掃除はくったびれた~、~。
まだわたしの部屋とか残っているけれど、とりあえずトイレ掃除や台所掃除やその他みがいて、ぞうきんがけしたら、へとへと。
今日はこれでよしとしよう。
つきたての鏡餅を買いにいって、お店をまわって、最後の買い物。
まあ、それなりに仕入れは完了!
明日はおせちづくり。
大豆と椎茸は水につけたから、とりあえず準備万端かな。
みなさん働いた1日だったことでしょう。お疲れ様でした!!
 
2010年12月29日(水)
今日から休みです
今日から休みに入りました! わーい! 会社に行かなくていいんだ。
まずはゴミをだして、と。明日の大掃除にそなえて、片づけを。
というところで、おじいちゃんを連れてえっちらおっちら接骨院へ。
すいすい歩けるには時間がかかりそう。ぎくしゃくぎくしゃく。
でも休みなので毎日、少しずつつきあえます。

日曜日に植木の整理だけ終わらせた。
枇杷苗を3カ所に移植してみた。無事育ってくれるかな。
梅や藤や芙蓉やもみじを刈り込んで、見晴らしもよくなった冬の庭。
侘び助が満開です。
茶毒蛾にはわるいけど、幼虫を駆逐したおかげで、下のほうまできれいに咲いた。
隅々まで観察したら、ユキノシタが少しだけ再生していた。
球根も植えたし、春が楽しみね。
 
2010年12月26日(日)
青い一角の少年を読んで
『青い一角の少年』(角川学芸出版)を、著者の西沢杏子さんからいただいた。
楽しみにとっておき(本当は仕事の資料読みが先行し)、昨晩読み終えた。
一話目の『青い一角のギャロップ』の主人公、理子のいとこの少年、道史の話。
吹いてはならない日に峠で笛を吹き、道史は神隠しにあう。
理子は道史の馬「青」に乗り、笛を吹き、木霊の道を追いかける。
道史の母は、義理の父とうまくいかず、家を出て、交通事故に遭ってしまう。
道史は、祖父への反抗心がここのところひどく高まり、やってはいけないことをあえてしてしまう。そうして、一角仙人の呪いのかかった泉の水で傷をあらい、額に角が生えてくる。この角は、一角仙人の後継者の印なのだ。仙人の後継者になるということは、人間の世を離れ、一人山にこもることを意味する。
理子は、今回はある意味、客観者である。同い年の道史の苦しみは近いところで理解しているが、どうしようもないいらいらや反抗心の外にいる。だから、理子は、呪いにはとらわれず、土地やそこに住む生き物の思いを素直に受け、道史を追いかける。
反抗心でかたまった道史の心はどうやって開けていくか。それが開けたとき、角は消え、もとの世界へもどることができる。その展開はすぐにわかるけれど、その道のりは、理子とともに、道史とともに歩まなければならない。
私としては、理子ではなく、道史に同化して物語を追った。
他人のことならわかっても、自分がとらわれるかたくなな気持ちは、なんともしがたい。
年をとってもいまだにそうである。
嫉妬や妬みが突然わきあがったり、人への批判にとらわれることがある。
それは年をへたせいで、少しやりすごせば消えていくものだとわかってはいても、意外に長引くことがある。自分のかたくなさのせいだとわかってはいても、なかなかとくことはできない(のよね!)。
だから、道史の角に同調する。角には固まった思いが凝縮されている。
でも、かたくなになっていはいても、道史のやさしさやまっすぐな気持ちがなくなってしまったわけではない。一時、隠れているだけのことなのだ。
さて、小道具として横笛の音色が、木霊と関連して、自然への響きとして登場する。
響きあうということ。それこそがかたくなな心を開いていくことでもある。
実は私、劇団時代は篠笛が得意で、舞台で毎日吹いていた。
笛というのはおかしなもので、吹けば吹くほど、音色に自分の思いをのせられるようになる。自分が起こした風の音色は体中に満ち、自分を解放し、人と響きあう。
それと、一角仙人。
インド神話に登場し、中国の話にもでてくる。印象的なので、私のノートメモにもある。
「リシュヤ・シュリンガ(鹿角をもつ者)」
「イシ・シンガ(鹿角)」
「エーカ・シュリンガ(一角仙人)」
響きとともに想像力の広がる名前だ。
新聞に連載していたものを短くまとめて1冊にしたということだけれど、もっと紙面を割けたのなら、一角仙人をくわしく描いてほしかった。
一角仙人を描くということは、自然と人間の関わり合い、西沢さんの世界観をより深く描くことにつながったのではないかと思える。
そのことが、しいては道史の母のこと、椎の木家のいさかい、道史の葛藤、人と自然との響きあう関係を照らしたのではないかと思える。
とはいえ、物語の紙面はいつもかぎられているものである。
これはたんなる私の願望です。
西沢さん、すてきな物語をありがとう。
 
2010年12月25日(土)
メリー・クリスマス!
23日は盛況のうちに、無事イベントが終わりました。
いらしてくださったみなさん、ありがとうございました!
満杯で息苦しかった面があったと思います。
かくいう私も椅子がなく、最初に挨拶をしたあと、写真をとったり、うろうろ。
ほとんど立ちっぱなしの1日でした。
第二部には、一橋大学や津田塾大学のフェアトレードをやっている学生さんたちもきて、初々しいプレゼンをしてくれました。
「フェア」という概念は、「正義」とちがって、一方的なものではなく相手がいる、という辻信一さんの話がよかったです。
また、自分がほんとうにしあわせになれば、自分だけのしあわせではなく、周囲もしあわせになるはずなのだ、という中村隆市さんの言葉にもうなずけました。
未来にむかってどういう貿易をしていくのか、自分たちで選べるフェアトレードが、いろいろなところで、さまざまなスタイルで起こって、続いていることが実感できました。
絵本『しあわせ』から、話はひろがって、それぞれのしあわせをもちよって、みんなでシェアする会となり、よかったと思っています(ちょっと長くなりましたが)。
森雅之さん制作の、ナマケモノの缶ばっちをつけた人が、行き来していたのも楽しかったです。ゆっくり、ゆっくり。人をせかさず、自分もいそがず、一歩ずつ。

シーラ、粕谷さん、西澤さん、中嶋さん、きてくださってありがとうございました。

うちにもサンタがきました!
KAZUが、バイト代で家族にクリスマスプレゼントをくれた。
あけたら、すてきな時計が入っていた。うれしいな。

今日、ぎくしゃくと歩けなくなったおじいちゃんを、うんしょ、うんしょと、私の通っている整骨院にやっとのことで連れていった。
骨には異常がないので歩けるはず!と思い、痛み止めだけをくれる整形外科ではなく、行き先は整骨院だ!という直感のもと。
院長先生がみてくれて、だいじょうぶ、歩けるようになりますよ、と言ってくれたので、おじいちゃんもほっ。
寝っ転がってできる足の運動を伝授してくれた。
帰りは、少しスムーズに歩けるようになったので、励まして、目の前の駅まで歩いて、二人で、クリスマスのパンとコーヒーを飲んだ。
本当は、今日、おじいちゃんのリクエストで、KAZUの大学のイルミネーションをみて、二人でクリスマスディナーをするつもりだったんだけどね。
まあいいでしょ。できることをできる範囲で楽しむのもいいもの。

みなさん、メリー・クリスマス!
 
2010年12月21日(火)
原画展の仕込み&今年最後のイベントのお知らせ
今日は原画展の仕込みに、漫画家の森雅之さんと国分寺のカフェスローに。
1日かかって原画を額に入れ、飾ってきました。
販売するかわいい絵や絵はがきや缶バッチもあって、会場はとても楽しそうな雰囲気に。
23日は出版を記念してイベントをします。キャンドルナイトもします。
よかったらぜひいらしてください!

***一杯のコーヒーから幸せを考える***
 つむぎ、はくぐむ フェアトレードのお話

◆ブラジル・カルロスさんの有機コーヒーが絵本になりました!
その出版を祝してトークイベントを開催します。
著者である文化人類学者の辻信一さん、絵を描かれた北海道を拠点に活動する漫画家の森雅之さんに、この絵本への想いや、誕生秘話などたっぷり語って頂きます。
後半では、物語のモデルとなった九州を拠点に活動する有機コーヒー・フェアトレードの草分け「ウィンドファーム」の中村隆市さんにもご登場頂き、この絵本の続きを考えます。
OrazNoaさんによるアコースティックライブ、さらには、数組のプレゼンターもお招きして、『しあわせ』と自分の好きなフェアトレードの商品や、絵本になりそうなご自身で行っているプロジェクトについて語っていただきます。
ナビゲーターには、フェアトレード界の若きリーダー藤岡亜美さん!

キャンドルナイト冬至のこの季節。
ほっこりあたたかな蜜蝋キャンドルを灯して、つくり手と使い手、お互いのしあわせというモノサシを語り合う”ナマケモノ流フェアトレード”の展開に、耳を傾けませんか。

■日 時:12月23日(木・祝)開場:17:00 開演:17:30
■料 金:予約¥1300/当日¥1500/学生¥1000 (共に1ドリンク付)
■出 演:
 辻信一(文化人類学者、環境運動家)
 森雅之(画家)
 中村隆市(㈱ウィンドファーム代表)
■音 楽:OrazNoa(オラノア)/ギター・唄
■「しあわせ」プレゼンター
      ・「パラソル」の皆さん
      ・「まちチョコ-国分寺・国立」プロジェクトの皆さん
      ・矢野宏和さん(スロービジネススクール、㈱ウィンドファーム)ほか調整中
■ナビゲーター 
 藤岡亜美(スローウォーターカフェ㈲)
◆今からのお申し込みは電話が早いです。電話…tel: 042-401-8505(火曜定休)
◆カフェスロー→http://event.cafeslow.com/?eid=1080170
 
2010年12月19日(日)
居ながらにして探索の旅へ
今日は休み!
仕事はちょっとしたけれど、洗濯だけして掃除をさぼって、大半はだらだらと寝転がって至福の読書。
サンタさんに金曜日にもらった、冬休みのための3冊を読んでしまった。
あ~、もったいない……。でも、おもしろかった。
ロビン・ホブのファーシーア一族の続きの3冊。文庫だけど厚いから1冊1000円。その前の2冊は1冊1500円だもの。かなり厚い。だからこそどっぷり浸れる。
読書の途中、昼ご飯つくりで中断されたので、飢えのために狩りをして肉を食べている登場人物にあわせて、お歳暮のボンレスハムを削って食べた。
KAZUとおじいちゃんは、暖かい食事をしたんだけどね。
ここはやっぱり旅の気分で……。
片づけものをして、また読書。
今日は居ながらにしてとても遠くまで行ってきました。
 
2010年12月18日(土)
お疲れさま会&病院&休日出勤……
シーラ、昨日はごちそうさま!!
妖怪講座最後の日、サンタポストの粕谷さんと画家の石井さんとシーラの家へおしかけた! 私の荷物には、ボージョレーヌーボーとワインがもう1本。
お庭ではすでに炭をおこして準備万端。seino3も到着していて、ほたてにえびを焼いて、銀河高原ビールで乾杯! う、うまい!!
その後、お宅にあがりこんで、満州仕込みの皮からつくった餃子をぱくぱく。
石井さんは餃子に目がないということで、至極気に入ってもらえた。
とっても、楽しい酒盛りでした。
おばあちゃんにもすっかりお世話になりました。
早くから飲んだから、比較的早い時間に帰れました。

木曜日は、御茶ノ水駅そばの「ビストロ備前」(フランス料理を人間国宝親子の備前焼きで食べるというレストラン)で、長崎出版の中嶋さんと、A社のKさん(許可をもらってないので怪しげな表記でごめんなさい)とランチ。
若い女性編集者二人と華やかなおしゃべりでもりあがりました。
私はずうずうしく、自分の原稿も持参。とにかく種は蒔かなくちゃネ。

おじいちゃんと、今日病院へいきました。
整形外科にも寄った。
「歩けない」というのでタクシーをたのんで、やっとのことで行って、車いすで病院内を移動していたのだけれど、レントゲンをとったら骨には異常なし。
筋肉(筋)の痛みだという。ほらほら、歩けないと思いこまないで、一歩一歩少し痛くても歩かなくちゃだめなんだよ、と言いふくめ、試しに歩いてみたら、けっこう足が動いた。
とはいえ、まぎれもない高齢ではあるのだから、油断は禁物だけど。
毎回血液検査があるんだけど、終わると「アルコール(消毒)はだいじょうぶですか?」と聞かれる。そのたびに私は「ぷっ」と吹きそうになるんだけど、本人も、「毎晩飲んでますからだいじょうぶ」と一度言ってみたいけど、「まだ試したことがないんだよなあ」と笑っていた。
ほんと。毎日胃のなかはアルコール消毒しています。

午後から休日出勤して仕事をしていたら、隣の席の部長も登場。
二人で仕事をしていると、どうも休みという気がしない。
なんだかなあ。とにかく仕事を少し片づけ、帰宅した。
明日はたまった家事をしながら、うだうだしよう。いや、仕事も持ち帰ったのだった。。。
 
2010年12月15日(水)
小災難つづき……
職場におじいちゃんから電話が……。
月曜日、なぜか右膝が痛くなってしまって、家の中でも杖をついている。
と思ったら、「右手首が痛いんだ~」と。
ちょっと手をついたら、ねんざしたらしい。
が、ねんざ経験のないおじいちゃんは、どんどん痛くなり、赤く腫れてくるのでびっくり! 思わず電話をしてきた。
のだが、保育園からの呼び出しじゃあるまいし、仕事は片づいていない。打ち合わせも入ってしまっている。
「悪いけどすぐには帰れないよ」というわけで、湿布をする指示をして、あわただしく仕事を片づけ、2時間後に電話をしたら、少し落ちついていた。
とはいっても、大事にはいたっていないので、小災難ということで、厄よけをしたと考えよう。あと2週間、仕事はとんでもなくつまっていて休めないので、どうにか無事過ごしてね、おじいちゃん。と、祈る昨日でした。。。
2010年12月11日(土)
土曜日の遠出
今週はぎりぎりセーフという感じ。
月曜日から風邪をひいて、仕事は休めないから、バファリンやイブ(沈痛解熱剤)を飲み、速効元気のウイダーゼリーやビタミン飲料を飲んで、1日、1日やりすごした。
頭痛はとれなかったものの、どうにか仕事をこなして一週間が過ぎた。
今日は、八王子の多摩美まで打ち合わせに。
とはいえ遠い。片道2時間以上、3時間の講義を聴いて、3分の打ち合わせ。
走って帰ったけれど、夕飯の時刻はとうに過ぎ、おじいちゃんを待たせてしまった。
さてさて、来週こそ仕事の山場。再来週はイベント。
その次が今年最後の週。
その後に年賀状とおせち料理が待っている。
大そうじや庭木の剪定もね。
 
 
2010年12月7日(火)
朝日新聞夕刊を見よ~
朝日新聞夕刊に、山中先生の顔写真と記者会見と本のことが掲載されました!
さっと取材にきて、すぐに簡潔な記事を書く。そのフットワークこそが新聞だったはず。
ネットの流通で速度感は薄れているかもしれないけど、活字にして人の手に届けることの価値は、今この時にはあると思える。
少なくとも無視されずに感謝している。
教育基本法改悪や沖縄基地問題では、なぜこんなに報道がないのかと思った。
新聞も本も、生き残りをかけるとき、どんな価値が本来あるのか、自ずと問い帰さずにはいられない。
自らの価値を知り、それを曇らせぬよう舵取りをし、新たな鍛錬も必要なはず。
そういう時期、人の言葉に耳を傾けつつ、自分で決断をしなければならないことは多い。なにが正しいかそうでないか、わからないけれど、真摯な気持ちを忘れずに、日々神経をとぎすませ、努力し、すすむしかない。
答えがあるなら聞きたい。ひとつにすっきり方針が決まるならどんなに楽か。
でも、混沌は、なにかが生まれ出でようとする状態であることを信じ、めげずに一歩ずつ踏み出していくしかないのだと思う、今日この日。。。
 
2010年12月5日(日)
講演会、無事終わりました
昨日、盛況のうちに山中恒先生の講演会が終了しました。
新聞記者や雑誌記者さんもきてくれて、広報活動としても成功でした。
さすがに時流に敏感な方たちは、間際に誘った方も、忙しいなかちゃんと足を運んでくれた。そのフットワークの軽さ、学びに対する姿勢、私も見習わなくてはと思った。
懐かしい人にも会えて、それもうれしい会でした。
また、本がよく売れて、会社の面々も大喜び。
難しい内容をおもしろく、笑いを入れて語ってくださる山中先生。
そして、最後に「がんばろう、」と。
みんな元気づけられたことと思います。
石坂啓さんとの対談も、野上暁さんの司会で現代的な話題と戦時下のことを比較しつつ、つっこんだ話が展開できたと思う。
質問コーナーはとくにお二人の返事が的を射て、さすがでした。
懇親会も大いに盛り上がり、参加者全員が自己紹介し、語り、最後はわいわいと名刺交換。こちらも有意義で楽しい会となりました。
同人誌ももたろうと、鬼ヶ島通信社からお花もいただきました。

シーラ、来てくれてありがとう。
微熱があるといっていたけど、だいじょうぶだったかな?
seino3,しゅうまいの差し入れありがとうございます。
帰ってから、KAZUと食べました。
2010年12月3日(金)
いよいよ明日
今日、都庁で記者会見がありました。
山中先生出席されて、戦時下の統制と現在の規制の似かよっている点について指摘されたようです。検索してみてください。内容がでてきます。
表現する者にとって、公の表現規制とはなんなのか。
これはよーく考えてみる必要があります。
劇団なんてどこへいっても鼻つまみもののところがあって、規制がかかりそうな対象では常にあるわけだけれど、規制をかけるということは、管理しやすいように、御しやすいように、または権力が利用しやすいようにするということ。
それがやりやすいのは、まずは子どもにかかわるもの。
子どもの健全育成に弊害があるとなれば、賛同を得やすい。
子どもに関わることは常にそういう危険性をはらんでいる。
よいこと、正しいこと、子どものため、未来の社会のためという名目をかかげ、真っ向から抵抗しにくいようにもっていきやすい。
でもなあ、自分だってどんな正しい生き方をしているのやらとは思わないのかな?
自分は正しいと、よいことをしていると思っているのは、すごく危ういよね。
模索しながら生きる。その場合、模索できるような自由な考えを表現したり、討論したりする場所がなければこまるわけ。
正しくないから見てはいけない、さわってはいけない、考えてはいけない、というのは閉塞感を呼ぶだけ。
表現にかかわる者としては、その危うさを感じる今回の条例改正案です。
 
 
2010年11月30日(火)
わ~い、無事更新!
シーラに教えてもらって設置しなおしたら、無事更新できた!
よかった、よかった。
シーラの家は、おばあちゃんが入院していたのだけど、明日退院できるんだって。
よかったよ~。

日曜日のことで書き忘れたのだけれど、帰りに里見の龍神さまに寄ろうとおもって真間山をのぼったら、ちょうど龍神さまの周りは目のさめるような黄色の銀杏の葉の海。
もとは水が流れていたところも黄色い葉で埋まっている。
まぶしいくらいで、小さな橋の上で思わず手あわせて天を仰いでしまった。
スポットライトがあたっているようだった。

今日は粕谷さんと御茶ノ水でランチ。
がいあに行ったら、改装中でなんと明日から新装開店なんだそう。
挨拶だけして別のお店でおしゃべりしながら、楽しいランチ。
いろいろ相談もできてよかった。まだ時間が足りなかったけど。

土曜日に迫った山中恒先生の講演会。
昨日、マガジン9条の新宿事務所に行ったら、ここは御苑の近くなんだけれど、黄金色に輝く銀杏がすぐそばにあって、ほうっと見上げた。
都内でもけっこう紅葉は楽しめるものだなあ。
帰りはクリスマスネオンの瞬く新宿を走って帰った。
夜、電話があって、今問題になっている、都の「青少年健全育成条例」のなかのマンガやアニメの表現を規制する項目について、金曜日に記者会見を開くことになったので、山中先生にも出席してほしいという要請が。
あまり急な要請でどうかと思ったけれど、今朝先生に電話をしたら、出てくださるそう。
戦時下の表現統制と、現代の表現統制。
どちらも一見、子どものため、よいものをつくるため、という路線で多くの人に受け入れられていく。俗悪なものを子どもに見せないというのは、あたりまえのことだと。
でも、同じ都が、障害児に行われていた性教育をわいせつなものとして、新聞社を先導してバッシングした。あれがわいせつなら、どこまでが俗悪なもので、どこまでがよいものかなんて、決める基準を持ち得ているのか、まずはそこがすごく疑問。
やるべきことは、ちゃんとした教育を子どもに保証し、子どもたちが自分で選ぶ力をつけることだと思う。
性教育をしなければ、子どもたちはちまたにあふれる雑誌やマンガやアニメをこっそり情報源として見る。でも、今度はそれは俗悪だからとりしまるという。
くさいものには蓋をしろ、というのではなにも問題は解決しない。
一見よいことのように思えることは危ない。想像力を働かせよう。
その先、その先がどうなっていくのか、なぜ表現を統制しようとするのか、管理する側の思惑を推測してみなければ。
ほんとうによい例、戦時下の統制という歴史があるのだから。
という意味でも、山中先生の『戦時下の児童文学』~児童文学作家は戦争協力の作品をなぜ書いたのか~という検証は現代にも大きな意義がある。
にわかに戦時下と現代の問題が迫ってきて、講演会ももりあがりそうな気配。
こうご期待。
 
2010年11月29日(月)
あれあれ、更新ができないね
なぜかデータアップのところが初期化されてしまって……。
更新ができずに、シーラに泣きついています。
書きためておいて、後でまとめてアップしよう。

昨日、おじいちゃんと電話機をみにいって、駅でお昼をたべて、紹興酒を二人で一合のんだら、おじいちゃんは家に帰って昼寝。
私は、わが街の紅葉探索へと散歩にでかけた。
土手を歩いて台地をのぼり、里見公園に裏のわき水の階段から入ると、あれ? 冬なのにきれいな看板が……。
あっ……。なんと冬バラが満開。いろとりどり。思わず目をぱちくり。
まるで夢の花園、アリスの花園に迷いこんだみたい。
失敗したあ、おじいちゃんを無理してでも連れてくればよかったあ。
と嘆きつつも、一人で冬ばらの色と香りを楽しんだ。
プリンセス愛子も咲いていましたぞ。
こんな夢のようなことがあるんだ。
バラ園の外の紅葉もそれはきれい。光を好かして赤く染まっている。
空気が澄んでいい気分。
わが街は、北東の公園に「もみじ山」と呼ばれる場所があるそうな。
それはそれはきれいなもみじだそうな。こちらも、いつか行かなくちゃね。
歩いていくと1日がかりになるかも。挑戦しがいがありそう。

帰りは、じゅんさい池をまわって、台地を乗り越えて帰ろうとしたら、あれあれ、またもとにもどってしまった。。。
このあたり、まだ畑も残っていて、なぜか菊の花が野菜のまわりに満開の畑もあった。
いいなあ、菊畑と名付けよう(そのままじゃん!)。
うろうろ迷っていたら、小さな柚のたくさんなっている木を発見。
どうも廃屋のよう。。ひとついただいて、ともぎ、どうせならと3ついただいた。
ありがとうございま~す。今夜は柚湯だ~。
歩いて家にたどりついたら、足の裏(指のつけ根)がぽったり腫れていた。
2時間くらいしか歩いてないのに、もしかして、体重過多??
いやいや坂道が多かったからだと思おう。
歩け、歩け。歩けるなら歩くんだ、と自分に言った休日でした。
それにしても、桜も紅葉もこんなに近くで鑑賞できて、なかなかいい町じゃない、とこの場合、自画自賛じゃなくて、我がすみし町、自ら誉め、って感じ?
そうそう、辻切りの藁蛇は2体しか確認できなかったけど、
「もう限界だよ~、新年につくりなおしてね~」と、枝からだらりとさがっていた。
雨風にさらされて、1年。見張り、ごくろうさまでした。
 
2010年11月27日(日)
なぜか帆船の苦労話
「デイルマーク王国史」、4冊読み終わってしまった。ああ、おもしろかった。
ダイアナ・ウィン・ジョーンズは、よくまあこんなに書けるものだと感心。
2巻に昔の小型帆船(ヨット)での、漂流に近い航海の様子がでてくるのだけど、これはヨットの経験があるか、よっぽど調べないと書けない。
じつは私、『ティンパウ物語』の続きで、昨年の今頃から16Cころの帆船やジャンク船を調べていたのだけれど、帆船の仕組みはじつにわかりにくい。帆船お宅ではないし、船によって帆の枚数や形やマストの数もちがうし、なにせロープが多いしね。どこに旗をたてて、どこが船室になっていて、どこで操作して……???
「和船史」とか「世界の帆船物語」とか「歴史」の本をひもとき、帆船日本丸や、ディズニー・シーの帆船まで乗りにいき、「海賊」関連の本もけっこう読んでみた……。
そうしたら、シーラが「帆船大好きだったのよ」とか言いだして、『ティンパウ物語1』の絵を描かなくちゃならないのに、私がコピーした資料に読みふけってたよね。オイオイって感じで。。。
と、話は横道にそれたけど、シーラは事情があって、週末は久しぶりに料理に奮闘中のはず。もしかして外食ですませた?? あとで報告して。
来週、週末は土日とイベントなので、今から英気を養っておかねば、なんていう考えはくだらないのでやめて、さて、さて……。
ハリー・ポッターの映画も先週からはじまったし、せめて我が町の紅葉を楽しみたいし、作品も書きたいし、本も読みたいし、でもそうじと片づけはしなくてはならないし……。
今朝、ハリーと庭を見回っていたら、梅の木にハリーがばりばりのぼって、まだ細い木だから、「おいおい、だいじょうぶ?」と見ていたら、てっぺんまでいきつき、そこから飛びおりる塀は近くになく、また引き返してきて、落ちそうになっていた。
私が見ていたので、ちょっと調子にのったのかな?
草にかみついてみたり、ついたてで爪を研いでみたり……。
この小さな日陰の庭の同好会メンバーだね、私たち。
 
2010年11月22日(月)
あと○ふんばり
来年2月までに「はじめてよむ童話集」(5冊)をつくっています。
編:野上暁さんで、「1わらっちゃう話」「2どきどきする話」というように続くのだけれど、著名な作家の作品でも埋もれてしまっているものもあり、いい作品を掘り起こし、文字を読みはじめた子どもたちへすてきな物語をプレゼントする、というこころみです。
入学祝いにも最適!
たくさんの作品を読ませてもらって、とても有意義で楽しかった。
自分でテキストをうちこんだので、勉強にもなりました。
画家さんたちもすてきな絵を描いてくれた。
そして今、実作業に追いまくられて、明日も休日出勤というわけです。

今年もあと少し、イベントが二つ、出稿する本が5冊、どうにかやりとげよう。
おじいちゃんもおかげさまでそれなりに元気だし、仕事も続けていられる。
冬支度もしていないけど、それもどうにかなるだろう(手袋が一つもみあたらない)。
年賀状もおせち料理も大掃除も、なるようになるさ。
風邪をひかないように気をつけて、今年あと少し無事に過ごせますように。
みなさんも体に気をつけてあとひとふんばりしてくださいネ。

ダイアナ・ウイン・ジョーンズの『デイルマーク王国史』を遅ればせながら読んでいる。
1と3を読んで、2と4が手元に。
読み始めると一晩で読み上げてしまう。おかげで寝不足。
単なる権力争いの物語ではなく、土着の宗教や、独特のめくるめくめくらませ(?)があって、読み応えがある。
灯台守さんに紹介してもらった、ロビン・ホブをちょっと休んで間にはさんでいる。
こちらは、4冊読んで、あと5冊。厚いのがいい。
どっぷり物語に浸っていたい。
物語への逃避は休日(人生?)の醍醐味!!
 
2010年11月20日(土)
訃報つづきの……
今週も毎日必死に仕事をして、土曜日にたどりついた。
昨日は、無事妖怪講座3回目にでられた。
妖怪チームの妖怪研究も、粕谷さん主導で関東地方までおりてきた(出発は北海道)。
しかし、妖怪の世界は深い→おもしろい! 
あと2回あるので欠席しないよう、仕事をがんばろう。

このところ訃報続きで、水曜日は、おじいちゃんと長年の知人で運動家のKさんのお葬式に行ってきた。
寒くてだいじょうぶかと思ったけれど、ひとまわり下のKさんのお葬式の弔辞を話すことになってしまったのだ。
年月はどんどん流れているんだなあ、と今更ながらに思った。
でも、私は今も父と出かけることができて、それは幸せな時間だとも思う。
翌日、おじいちゃんがかわいがっていた作家のKさんが亡くなったという知らせ。
11月3日は、Kさんの病状が悪化して行かれなくなったというので、おじいちゃんは姉と九州までいって、かわりに講演を半分受け持ったのだ。
まあよく行ったもんだと思う、病気もちの86歳なのに。
Kさんは私と同い年で、父のところに資料の質問などに来ていた。
私の会社にも寄ってくれたことがある。
これからなのに。これから仕事が充実していくときなのに。
自分の仕事の流れを少しでも継いでいってくれそうな研究者&作家を亡くして、父はがっくりきたようだ。
思えば、母も同じ年ころに亡くなった。
それでも生かされている者は、生きて、やれることを続けていこう。
父はそんな気持ちを持ち続けてきたのだと思っている。
(ほかにも訃報を2通受けたのですが、私がここで書いてよいものかと思い、伏せておきます。身内の訃報を他人が書くのはどうなのかなと思うので)

おじいちゃんが、病院帰りに葉ボタンのピンク色をひとつ買ってきた。
「おどり」葉ボタンの横に植えた。
クリスマスローズのつぼみはいつひらくかな。
侘び助のつぼみはたくさんついているけれど、まだ固い。
庭も冬に向かっている。

今日は、整骨院で鍼をうった。
なかなか治らない頸椎に、先生も私も業を煮やしてしまった。
左腕のしびれはとれたのだけれど、首筋がぴしっとはって痛い。
その後、二ヶ月ぶりに髪を切りに。
ううむ、もう少し身なりをきちんとしなければと思うのだけれど、ついつい二の次。
伯母に、「もっと身なりを気にしなさい」と言われたのは春のことだっけ?
改善の兆し、なし……。
 
2010年11月14日(日)
クリスマスローズ
クリスマスローズを買ってきて植えた。
白とピンクとローズ。かわいい3株。
以前から憧れていた花だけれど、値段もまあまあ高いし、そのままになっていた。
ほしいけれど手元にない。こういう状態がけっこう好き。
あ、○○さんの庭にもあるんだ、あ、あそこの庭にも……。
なんて見て憧れる……。目の形がちょっとハート形になっていたりして。
憧れていると、ほわっと心が飛んで、物語が浮かんでくるような気もする。
でもおじいちゃんが、「カンパするから買っておいで。1~2年先に咲く花じゃ見られないかもしれない」と言ったので、今年咲くクリスマスローズの株を選んできた。
半日陰でも育つというので、うちの庭でも大丈夫かも。
暖房の排気口の風が吹き付けるから、ついたても新調した。
あとは、冬に強い葉ボタン(「おどり」という名前!)と、モーツアルトバイオレットというローズマリー。前のが枯れてしまったので、こちらも新調。
湿気があるうちの庭にハーブは根付かないと思ったけれど、ラベンダーを鉢で吊していたら夏をのりきって、今頃また花を咲かせている。
少しずつ増やそうとタイムもこのあいだ買ってきた。
あまりにちょっとずつなんだけど、ちまちま楽しんでいる。
 
2010年11月13日(土)
リュートの音色とリュートソング
シーラとリュートソングのチャペルコンサートにいきました。
はじめて聴く、リュートソング。
シェイクスピアが生きていたころ、今から300年~400年前のイギリスの歌。
全体的に軽くて明るく、そして哀調。
歓びも歌っているけれど、惹かれるのは悲しみを歌いあげるところ。
「悲しみよとどまれ」という歌は、痛ましく不運な身に悲しみよとどまれという歌。
「ただ落ちていく、落ちていく、落ちていく……」と終わる。
「孤独」という歌は、「孤独 私のもっともここちよい選択……」と始まる。
アンコールの最後の歌は、唯一の日本語で「花の街」だった。
あれ、懐かしい。小学校の教科書に載っていた。
「七色の谷を越えて、流れていく風のリボン~
輪になって 輪になって 踊っていたよ~
春よ、春よと踊っていたよ~」
この、3番知っています?
2番まで明るい春の歌かと思うと、こんな歌詞なんですね。
それがまたいいでしょう?

「すみれ色してた窓で
 泣いていたよ 街の角で
 輪になって 輪になって
 春の夕暮れ
 ひとりさびしく ないていたよ」

この3番を裕子さんへ……

シーラとフランスカフェでワインを飲んで帰りました。
ニース風サラダがおいしかった。
 
2010年11月13日(土)
「戦時児童文学論」完成
山中恒先生の本が完成しました! 388頁の大作。
昨日、藤沢の先の先生のお宅まで見本を届けてきました。
またまた書庫を拝見させていただきましたが、すごい資料です。
本や雑誌も背をつけてきちんとわかるように分類されているし、紙芝居もあるんですよ(もちろん戦時中のもの)。
以下の会を企画しました。ぜひ、おいでください。
貴重なお話と資料が見られますし、なにより楽しい会にしたいと思います。
本も特価で販売。抽選で直筆色紙プレゼント、を考えています。
懇親会は忘年会と思って、山中先生をかこんで楽しくやりたいですね。
以下、情報です。

****子どもの本と戦争
           ~作家はいかにして戦争協力したのか****

 山中恒さんは、かつて「ボクラ少国民」シリーズの執筆に当たって、膨大な戦時下の子ども文化関係資料を収集されました。このたび発刊した『戦時児童文学論』では、「国家総力戦体制下では、作家や子どもたちの内面まで国家が介入し、荒廃をもたらすものである」と書いています。第一部では、本にも登場する「戦争プロパガンダ」に使われた「絵本」や「児童書」の実物も紹介しながら、戦時下児童文学の実態についてお話いただきます。
 第二部では、ゲストにマンガ家の石坂啓さんを迎え、『戦時児童文学論』や講演内容をもとに、今日における作家と表現の自由を主要テーマにして語り合っていただきます。
 
2010年12月4日(土)
15:00~17:30(開場14:30)
@新宿駅南口から徒歩5分・カタログハウス本社地下2階セミナーホール
参加費:1500円(学生1000円)
*お申し込みは、左記へ。→http://www.magazine9.jp/gakko/004/
*講演の後、本のサイン会、懇親会(会費3000円)も予定しています。
会場の地図はカタログハウスのウェブサイトをご覧ください。
 
2010年11月6日(土)
蔦のからまるチャペル
昨日は妖怪講座の2回目。
千葉師匠があらたな資料で未知の妖怪との遭遇を用意してくださった。
おお、すごい! なかでも、酒飲みのサンキチオニ、気に入りました。
サンタポストの粕谷さんと画家の石井勉さんともすでに妖怪仲間(?)。

今日は、KAZUの大学へ初めて行った。
今時の大学は保護者のための会があるのだ。
なかなか楽しかった。大学へ行く道には、古本屋あり、定食屋あり、大学内にはかの文豪の旧邸や真っ赤な蔦のからまるチャペルもあり、季節を感じられた。
いいなあ、学生時代……。
今の本人にとってはいろいろあるだろうけれど、人生の換えがたい時期であることは確かだと、過ぎてしまった年代の私にははわかる。
来週の土曜日、チャペルでイギリス・リュートのコンサートがあるというので、シーラにさっそくお誘いの電話を。だって、アーサー王の歌やアイルランドの民謡が演目にあるんだもの。私たちが行かないでどうする!、って感じ。
途中にすてきなパリ風のカフェがあったから、帰りに寄ろうね。

明日はまた仕事。
でも、地植えのためのパンジーを3株仕入れたので、庭のお手入れもしよう。これはなにより楽しみだから。千日紅はもう終わりかけている。
今年の命が終わる。でも、来年の春には新たに出会える命もあるはずだ。
命の巡りは、この自分の存在も含めて、期限の約束はできない。
永遠ではないからこそ巡っていく。
ケーテ・コルビッツの自画像がこちらを見ている。
私も祈りをこめて見返す……。
2010年11月4日(木)
眠い、眠い……
昨日、休日出勤して、夕方、劇団でお世話になった方のお見舞いへ。
私にとっては懐かしく落ちつく古巣。
ついつい長居をしおしゃべりして、家に帰りついたのは11時過ぎ。
疲れていたのに興奮したのか、夜中目がぱっちり。
ここで仕事でもすればいいんだけど、本を読んでしまった。
眠いけど、今日の仕事もミスはできない!
3カ所渡り歩いて、今日中に校了の本があるのです。
ではいってきます。
 
 
2010年10月31日(日)
あいまの晴れ目
どうも夕方まで雨はあがるらしい。
あわてて洗濯をして、庭に球根を埋めた。
こういう植え方でいいのかなあ。ちょっと深く植えすぎたかな。
注文しておいた『栽培テクニック250』という本が届いたのだけれど、読んでもよくはわからないよ。
ぎぼうしの根のあたりから小さい葉がでていた。来年また伸びるかな?
オリヅルランを花壇の淵に鉢をひっくり返して乗せておいたら、「う、動かない……」
小鶴(コヅル)が周囲にしっかり着地してしまった。このままにしておこう。
掘り返していたら、茗荷まで掘ってしまった。
これは茗荷の寄り合い所へ移動。
シャコバサボテンがつぼみをつけはじめたので、二階の日当たりのよい場所へ。
胡蝶蘭も新たな根(つやつやしている)をのばしているけれど、高級花のお世話はよくわからない。けっきょく、放ってある。
とまあ、かなりいい加減な私の園芸生活であります。

昨晩、パソコンが動かなくなってしまったので、仕事はやめて読書三昧。
ネズビットの『宝さがしの子どもたち』を読んだ。
母のいない6人きょうだいが、事業に失敗してお金のない父を助けようと、宝さがしをする話。宝さがしといっても、実はお金稼ぎのこと。それがとても現実的。書いた詩を新聞社に売りにいったり、シェリー酒の見本をとりよせて歩合販売をしたり、薬をつくって売りだそうとしたり……。お金の計算もこまかい。
結局子どもたちは、「お父さんの仕事をいっしょにする母方のインディアのおじさん(子どもたちにも理解がある)」という宝をさがしあてるのだ。
また、このころの本は解説がくわしくていい。
***この話は、ネズビットの経験による実感が織り込まれている。
イーディス・ネズビットは1858年イギリス・ロンドン生まれ。3歳のとき父を亡くし、農業専門学校の経営は母がうけついだが、姉のメアリーが具合がわるくなり、療養のために一家は引っ越しの連続。
ネズビットは婚約するが、別の男性ヒューバート・ブランドと知り合って、婚約を破棄して「できちゃった婚」をする。22歳のとき。
夫はまもなく天然痘にかかり、生死の境をさまよっているときに、共同経営者にお金を持ち去られ、夫妻は無一文になる。そこでネズビットは、自分が書いた物語を雑誌社にもちこんで売った。なかば強引に。家事、育児、介護をしながら、物語の朗読やクリスマスカードの制作もし、とにかくなんでもお金になることをして、家をひとりで支える。
3年目、夫には別の女性がいて、子どもまでいたことが発覚。のちに、その子どもを二人ひきとってネズビットは育てることになる。(なんとまあ……)
しかし、夫のヒューバー・ブラントは、社会問題や労働者の福祉問題に関心があり、運動を展開し、有名な「フェアビン協会」ができる。劇作家のバーナード・ショウ、作家、経済学者、生理学者など多数参加して、イギリス労働党の基礎をきずいた。そこに、クロポトキンやウィリアム・モリスも出入りして、夫妻と親しかったというのだ(ちょっとびっくり)。
ネズビットはボヘミアンタイプの女性だったそうで、短い髪にタバコをふかし、ジンを飲んだ。1914年、夫をなくしたネズビットは病気がちになり、蓄えをしていなかったので、また金銭的な苦労をする。第一次世界大戦がはじまり、わずかな年金では暮らしていかれないので、家をゲストハウスにし、庭の果実や花を売り、養鶏をして卵も売った。
1917年、ネズビットは再婚し、ふたたびペンをとるが、1924年、65歳で永眠、遺言により村の簡素な墓地に埋められる。

ネズビットといえば『砂の妖精』が思い出されるけれど、その主人公もきょうだいたちだ。イギリスの児童文学は圧倒的に中産階級の子どもたちが読むもので、暮らしのある程度豊かな子が登場する。ネズビットは、中産階級の子どもたちを書きながらも、政治活動家であったし、また自身が経済的な困窮をしたことで、視点はやや広い。
この物語に登場するきょうだいも中産階級ではあるけれど、家にはお金がなくて学校へも行けないし、お小遣いもとめられ、当然、旅行(バカンス)もない。それでも、きょうだい(仲間)がいて、確固とした子どもの世界がある。
けれど、日本の今の子どもの貧困には、こういう楽天性はない。つまるところ、社会のあり方(大人のあり方)がちがうのだろうけれど、日本でリアルな子どもの生活を土台にして貧困をかくと、こんな話はかけないだろうなと思った。貧困をはじめさまざまな問題が子どもたちを痛めつけ、それが随所にボディブローのように効いてきている、というのが現状で、現実をふまえて楽天的な子どもの文学を書くとすると、かなり書く(料理する)側の力量がいるだろう。
うわべだけの楽天性ではなく、ということなんだけど……。
文学とはなにか、という問題にもかかわる。
ナルニア国物語を書いたルイスも影響を受けたというネズビットという女性作家。
政治活動家でもあり、貧乏と闘ったことはあまり知らなかった。
いい勉強になりました。
 
2010年10月30日(土)
やっと土曜日が……
う~む、やっと土曜日になった。
お化け屋敷に入るよりも、絶叫マシンに乗るよりもスリルがあったと思うこの一週間。
肝を冷やしたり、どぎまぎしたり、緊張でぴきっとなったり。
ミスが発覚すると、もう編集者は無理と思い、この仕事を悲観したくなる。
でもほかに食べていく道は今のところないじゃない、と自問自答したり……。
客観的にみれば、なにをいまさら、と言われるのだろうけれど。
という感じで、今日もまた家で仕事なのでした。

ぐちはこれぐらいにして、4月のももたろうの会で久しぶりにお会いした、灯台守さんこと藤原さんのおすすめの本をやっと2冊目まで読んだ!
最初はとっつきにくかったけれど、いやあ、けっこうはまりました。
王子の庶子(フィッツ)の少年が主人公なんだけれど、厩で暮らし、王の暗殺者としての訓練を受け、指名を受ければ毒殺を引き受ける。
灯台守さんいわく「庶子が主人公のファンタジーってことがめずらしいでしょう?」と。
試練につづく試練であまり明るくない話。こういう話、私好きなのね。
『騎士の息子 上・下』(ロビン・ホブ、創元社推理文庫)
まだあと4冊あるので、つづけて読もうっと。
『ペギー・スー』のシリーズもそうだけれど、試練と困難の連続のストーりィ。
こういう話は、自分がよい調子でないときに読むのに適している。
ひたすらじっとりと読む。
フンケの『魔法の声』と『魔法の言葉』もそんな物語。
現実のつらさを、絶望的な設定の物語にはまることで、じんわりと受け止めていく。
物語にはそんな役割がじつのところ大きいのではないかと思える。
楽しい物語を書いたりつくったり売ったりするほうが好まれるに決まっているのだけれど、こういう物語こそ、現代には効力があると思える。
絶望を書く勇気があるか。
と問われれば、それはとても重い……。
それに、絶望を経験したことのない作家には本来書けないのかもしれない。
それぞれの経験から書くものは決まってくる。
そんなこんなで、現代に生きている私は、私が書ける物語をどう書くか、それもファンタジーという手法で、と考えるのであった。チャンチャン!

昨日、廃校になった旧錬成中学校に行った。
ここは今、「アート千代田 3331」という場所にかわっている。
1階には広いギャラリーがあり、日比野克彦さんの展覧会「人はなぜ絵を描くのか?」が、今日から始まった。
昨日はそのプレスレビューとレセプションだった。
私がいっしょにつくらせてもらったのは、『考える絵本4  美』(日比野克彦作)。
「美とは、創造された作品ではなく、それを見て、感じる人のなかにあるのではないでしょうか」と日比野さんは、この本で問いかけた。
花は美しいけれど、そこから生まれる種こそは、記憶を抱いて、人と人、土地と土地をつないで、感動を広げる力があり、それこそが動的な「美」であり、「美」というアクション、または「美」のもつ力なのかもしれない、と。
見えないものを見よう、見えないものが見えてきたら、船をだそう、恐れずにつながっていこう、と。
エジプトの海底遺跡にもぐって絵を描く、砂漠で絵を描く、遺跡に上って絵を描く、世界の様々な場所でかかれた絵が展示されている。
洞窟の壁画より、いい絵は描けるのだろうか。人類は絵を描くということで進歩しているのだろうか。美を受け取るという能力は退化していないか。
人類の進歩とはなんなのだろう、と考えさせられた。
秋葉原か御徒町から歩いて7,8分。末広町の駅から1分。
おもしろいスペースなのでよかったら一度たずねてください。
屋上では、菜園スペースもあって貸し出し中。書店、カフェ、印刷所、いろいろなスペースがあります。『美』は展覧会会場で販売中!
→http://www.3331.jp/
 
2010年10月27日(水)
週中折り返し
息つく間もなく週中折り返し地点。
仕事でスリルの連続。
落ちついてすすむ仕事が少なすぎると思うんだけれど、これも現実。
運命を天に任せている仕事がいくつかあって、決着は今週中。
おじいちゃんのことも含めて綱渡り続きです。
でもまあ、今までもこんなふうだったかも。
そうでなくなったとき、本当に自分のやりたいことができるのかはわからない。
とりあえず、今日は『トールキン小品集』の「ニグルの葉」に感銘をうけたので、これについて書きたいと思っている。
と思ったら、ムーミンもまだだった。
それに会いにいこうと思っている人にも会っていない。
ちょっとため息……。
相変わらず課題の多い毎日です。
 
2010年10月24日(日)
球根の植え替え
プランターに植えっぱなしで、花が咲かなくなった球根を、土に植えた。
もう芽がでちゃっているのが多くて、反省……。
花は咲かないかもしれないけれど、元気に葉はでるかも。
根がすごく伸びているのもあった。

今日は、原稿読み(書きではなく!)が一段落したところで、自転車でユニディへ。
ビオラ4色と、名前のおぼえられないピンクの花(宿根草)と、チューリップと水仙とムスカリとクロッカスの球根を買ってきた。
まずは、今すでに咲いている苗を鉢に移して、庭の壁につるす(おじいちゃんの冬の間の鑑賞用)。
それから上記の作業をしたのだけれど、すでにここで腰が痛く……。
夏のあいだに伸びたつるたちをとりこんで、残っている茗荷はそのままにして、根しょうがはどうすればいいのかな。芽が一本でているんだよね。とりあえずそのままにしておこう。
枇杷もとても元気に育っているよ、裕子さん!

来週、球根は植えることにした。10月ぎりぎり。
あっというまに寒くなって、椿がつぼみをつけている。
茶毒蛾にはわるかったけど、早めに処理したおかげか、椿のつぼみが目の高さのところにいくつもついている。
こうしてみると、毎年、茶毒蛾にやられて、上のほうしか咲かなかったのかなあ。
それとも風通しをよくしたのがよかったのか。
この侘び助、寒村さんも楽しんでくれたとかで、おじいちゃんのお気に入り。
咲くのが楽しみ……。

土曜日は、小熊秀雄の会にでて、その後、アーサー・ビナードさんとみっちり3時間打ち合わせ。コーヒー一杯で。その後、走って家に帰った。
アーサーさんは、小熊秀雄の『焼かれた魚』という童話を翻訳し、対訳で絵本として出版している。
アメリカからこちらへ来て、日本語学校でテキストとして出会った話なのだそう。
おじいちゃんが、小熊秀雄童話集『ある手品師の話』(晶文社)を出してくれた。
おもしろかった。なぜ童話なのか、ということがよくわかるし、童話ってなにかもよくわかる、という意味でもおもしろい。
そして、深い表現にはやはり力があるということもわかる。
池袋モンパルナスに住んでいた童画家たち、という本を会場で購入。
懐かしい絵がたくさん!
芸術劇場の前の広場では古本市が開かれていた。
『小さい水の子』(プロイスラー)、『トールキン小品集』、『宝さがしの子どもたち』(ネズビット)を購入。
古い本の味わいはやはりいい。
驚くほど変わっていくものと、ぜんぜん変わらないものがあるのだなあと思った1日。

お~い、シーラ元気かね?
 
2010年10月22日(金)
妖怪講座
今日は、千葉師匠の妖怪講座に出席しに、実践女子大生涯学習センターへ行きました。
ここって、シーラの家のある駅なんだよね。
今はモノレールができたから使わなくなったけれど、大学時代からよく見知った駅で、懐かしかったよ~。
サンタポストの粕谷亮美さんと画家の石井勉さんと3人で参加して、終わってから妖怪談義を。
講義をきくのは○十年前の学生時代に帰ったみたいで、とても楽しい。
ましてテーマは妖怪だもの。
ああ楽しかった。まだまだ妖怪講座は始まったばかりで楽しみも続きます~。

明日は、「芸術家の解放区 池袋モンパルナスの集い」に参加します。
テーマは「小熊秀雄とアイヌ民族」。
おじいちゃんの先生でもある小田切秀雄さんが、小熊秀雄の研究をされていて、不思議な縁がつながりました。
「ご来会自由、歓迎!」です。
豊島区立勤労福祉会館、6F大会議場にて
14:00~16:30
 
2010年10月17日(日)
二人ではしごの1日
シーラ、昨日はお疲れ様でした!
まず、お昼に飯田橋であって、カンボジア料理店でシーラのお誕生日ランチをする予定が、その日にかぎって昼は貸し切り。
とはいっても、そこは神楽坂。小さな路地裏にお店はたくさん!
オープンテラスのこじまりしたフレンチを発見。昼からコースのランチを楽しんだ。
フォアグラに魚介類。おいしかった~。
でも次の予定があるので、ワインはグラス一杯のみ!
そこから、四谷三丁目にでて、四谷ひろば、CCAAアートプラザ・ランプ坂ギャラリーで、石子順造の「丸石神展」をみて、シンポジウムに参加。
というのは、そのメンバーに中沢新一さんがいるからで、私は仕事でご挨拶を。
シーラにもつきあってもらったわけだけれど、『ティンパウ物語 蛇神の杯』は、中沢新一さんの『虹の理論』の影響を大きく受けている。
ので、シーラにもお話を聞いてもらいたかった。
次に、国分寺のカフェスローへ移動して、「生き物会議」に参加。
おなじみのナマケモノ倶楽部の皆さんや、シンガーソングライターの松谷冬太さんもいらして、わいわい。私たちはワインとビールを飲みながら参加した。
12月22日~28日に今度出版した『考える絵本7 しあわせ』の原画展をこのギャラリーでやって、23日はイベントも企画しているので、その打ち合わせもかねて。
終わってから、二人で駅の近くで一杯のんで、今日の打ち上げ!
なかなか有意義で楽しい1日でした。また遊ぼうね。

お誕生日、おめでとう! シーラ。
 
2010年10月11日(月)
生物多様性会議COP10はじまる
今朝、NHKで生物多様性の特集をご覧になったでしょうか?
カナダのデヴィッド・スズキとセヴァン・スズキ親子が登場。
二人の本を以前出版しました。
どちらも子どもから読める、生物多様性に迫る本です。
『きみは地球だ』(デヴィッド・スズキ著、辻信一・小形恵訳、森雅之絵)
『わたしと地球の約束』(セヴァン・スズキ著、辻信一・小形恵訳)
セヴァンの本は写真絵本で、今日、テレビに映った写真はほとんど載っています。
デヴィッドの本は、生物学者としての彼の視点で地球環境の考え方について、子どもにわかるように語られています。森雅之さんの絵もとてもいいのです。語りかけるような訳も。
ぜひ、よろしかったらお手にとってください。
生物多様性。
あまりにあたりまえのように思ってきたけれど、この多様性が失われたときは、どこから修復してよいかわかっていないことがほとんどなのだそう。
でも、生態系は多様性があってこそのものだという認識は、きっと、誰もが子どものころから身についているはず。
たとえば、珊瑚礁の海。まるで形態のちがう生物たちが集まる、海の森。
のぞいてみると驚きと歓びに満ちている。
自分と違う形態の数多の生き物が世界に存在していることにふれたとき、子どもはきっと発見する。これらはどこかでつながっている、と。
顕微鏡で池の水をのぞいてみても同じ。普段は見えないけれど、こんなにも多くの生き物がいる。それはまるでみっしりと空気と水と土を、つまりこの世界を共有しているのだ、と。
環境問題の話をすると、しょせん無理、経済が優先だもの、企業がやっているんだもの、人間は増えているんだもの……となることが多い。
でも、本質は自分がどう生きていきたいか、なのだと思う。
つながりのなかで生きたいのか、つながりを断ち切って生きていくのでよいのか。
セヴァンは言った。まず自分の裏庭から耕すこと、と。
小さなことでいい、自分ではじめてみることだと。
 
2010年10月11日(月)
ドライブ、ドライブ
土曜日、おじいちゃんのつきそいで、帝国ホテルで開かれる教え子のクラス会に。(おじいちゃんは教師であった)
雨のなか、仕事をかかえて、ホテルへ。
挨拶だけしてカフェで仕事をしようと思ったら、「ごいっしょにどうぞ、席を用意してあります」と、中央の白い円卓へひっぱられていった。
アラエイティの元先生方に囲まれて、シャンパンで乾杯。
帝国ホテルのお料理もワインもおいしかったよ。
でも私はぬけだして仕事をして、二人で雨のなかを帰ってきた。
そのころ、KAZUは大学がおわってシーラの家へ。バイトのAIちゃんをまって、3人で房総へ車でGo!!(電車でgo!っていうゲームがあったよね)
11時ころに着いた!という連絡が。その夜はすごい雨、雨……。
翌日、ネットでみると案の定、外房不通。内房も不通。途中までしかいかれない。
早めにでて、電車にのってしばらくすると、外房が開通。
無事、駅につくと、3人が車できてひろってくれた。
それからドライブへ!
なんだか道をまちがえて山道へ入ってしまい、いろいろあったけれど、亀山湖について、湖畔で温泉にはいって、おいしい食事にありつけた。
帰りは山のてっぺんにある三石寺というお寺へ行き、4時で閉まるというのであわてて岩山を上って、私は少々足をすりむいた。
ほんとうに巨岩のてっぺんにご本尊がいらっしゃるのだ。
私たちが岩を登り切ると、雨があがり、さあっと日がさし、山々が輝いた。
おお~。

もうひとつ、日蓮上人が幼い頃修行をしたという清澄寺へよって、町へ入ると、雨があがったので、そこかしこで山車がでてお祭りが始まっている!
行き着いたら、すでに町内は大盛り上がり。あっちゃこっちゃで踊りの輪。
大きな山車が何台もでて、子どもも若者もおおはしゃぎ。
山車の上で踊りまくる人もいる。
マスターの店へいくと、はっぴを貸してくれたので、シーラとAIちゃんは、東京音頭(なぜ?)とパラパラに参加。
なじみのお客さんも来ていて、皆でわいわいのんだ。
漁師町だからお祭りは派手でにぎやか。どこにこんなに人がいたの?という感じで、大勢の人が道にあふれた。
最後は、駅前であばれ神輿。神輿をえっさえっさと左右に揺すったり、上下に揺らしたり、そのたびに歓声があがる。
もりあがって部屋でまた飲み直した。
今日、房総半島を横断して、無事帰ってきました。
KAZUとAIちゃんが運転してくれて、とても楽しかった(スリルもあったね)。
先生役のシーラ、お疲れ様でした!
 
2010年10月7日(木)
あり、あり、さびしかろ
山中恒先生の『戦時児童文学論』、校了間近!!
索引に、人名索引、書名索引、作品索引をつけたので、その校正に??の日々。
こうなったら、おじいちゃんにお願いするしかない!
ちょっと調べておいてね、人名辞典と近代文学事典とその辺で……。
とお願いして、昨夜帰ったら、西條八十の大正時代の童謡集が掘り出されていた。
ぱっと開くと、そこにあったのは「蟻」

  蟻

 蟻  蟻
 寂しかろ

 はこべの葉っぱに
 ついてきた
 道灌山の
 黒蟻を

 神田の通りで
 放したが

 蟻、蟻
 寂しかろ
 路がわからず
 さびしかろ。


 ひゃ~、泣けました(酔ってたかな?)。
 ほんと、神田の通りで道がわからないのは私かも、と思って……。

 山中恒先生の本、11月10日発売です。
 追い込み、本気でやっています!
  
2010年10月6日(水)
ちょっと自慢?
おじいちゃん、病院へもう一度いったら、どうも骨盤の骨の端っこにひびが少しだけ入っているかもしれないという診断。
やっぱり、とちょっと自慢?のように報告。
まあ、年は違うけど、ひびが入っていても、私たちはテーピングして舞台をやっていたんだよ、とは言わないけどもね……。
まあ、ひびてよかったです。

庭のキンモクセイの枝を朝切って生けた。秋の匂い。
ゴーヤのつるもとうとう全部とって、処理した。
季節が終わるとゴーヤには虫がつく。
虫がはいりこんだ実はぐにゅっと柔らかいのですぐわかる。
緑色の細い青虫。ふしぎな蛾の幼虫。
ワタリヘリクロノメイガといって、♂の尾にはオレンジ色の鱗毛の束がついているらしい。
ゴーヤごと飼って、観察した人がいる。
ううむ、私も観察すればよかったかな。庭の端にころがしておいたから、そのあたりでサナギになったかもしれない。

仕事の関連で、「自然農」の本を読んでいる。
つながりついでに『奇跡のリンゴ』も読んでしまった。
土を耕さない、というのはかなり意識変革がいる。
いつかここに、「土を耕すDNAはいつから継いでいるのだろう」と書いたことがあるけれど、「土によりそって生きるDNA」はもっと前からあるのかもしれない。
とにかく、自分ではできないのがわかっているけど、だからこそ?自然農の実践記録にはまってしまった。
今からはじめても、自然のひとめぐりに10年はかかる。
でも、ほうっておかれた田んぼや畑ほど、土のよみがえる時間が短縮される、というのには目からウロコ。
あったでしょ、あったでしょ、そういう田んぼや畑が房総にはたくさん。
不耕作ってもちろんほっぽりぱなしって意味ではない。
自然の営みを知ろうとし、それに寄り添うように育てる。
庭のような小さな場所では、自然にあるような健康な土にもどすことはできないかもしれないけれど、我が家の庭はかなり可能性があるかも。(ほっぽりぱなしって意味で)
花壇をきれいにつくって、雑草を全部ひきぬいたり、きちっときれいに整えるガーデンづくりは私向きではないと感じていた。
そうだ、手探りでいいんだ。
今年はゴーヤが豊作だったけれど、来年もまたなにかやってみよう。
自然農は虫を敵とせずだから、精霊バッタもぴょんぴょん飛んでいていいのだ。
ただ、収穫しようとするなら、早めにするとか、隔離するとか、方法はこうじなければならない。しかし、自然農の本を読んでいると、なぜこんな苦労をして自然農をやろうとする人が増えているのか、不思議を通りこして……よくわかる!
 
2010年10月4日(月)
足が動く? 動かない?
治りかけた足で変なかっこうをして、動けなくなってしまったおじいちゃん。
私が留守だったので、KAZUがお世話をしてくれた。
帰って、マッサージとか着替えをして、今朝はどうにかたてるようになった。
ほっ。
いち早く車いすの手配をしようと考えたよ。
しかし、基本的に痛い思いをしたことが少ないのか、大騒ぎをする傾向あり。
びっくりして、こちらの寿命が縮みそう(縮みませんように)。
マッサージの腕はほめてもらったけどね。
自分が痛くて整体や鍼に通っているから知っているんだよ~。
 
2010年9月30日(木)
症候群っていわれてもねえ……
腕のしびれは、「KKー1症候群(首肩腕症候群)」というそうだ。
昔は工場労働者に多かったけれど(いつのこと?)、今はデスクワークの女性(特に中年)に圧倒的に多いのだそう。
あんまりぴったり状況が一致したので、なにも反論できなかった。
とーにかく、がんばって医院に通うことと、歩け!、歩け!

今日、おじいちゃんが室内でころんだ。骨折はしなかったけれど。
マッサージが必要な私がマッサージをしている(これがすごく上手なのよ。自画自賛だけれど)
いやあ、なかなかリラックスできないね。仕事も生活も。
  
2010年9月26日(日)
私は雨です……
昨日は、上野の国際児童図書館に行って、ジャクリーン・ウィルソンさんの講演を聴きました。コーディネーターは、おにのののがみさんとさくまよしこさん。
鬼の那須田淳さん、ジャクリーン・ウィルソンさんの本を日本で翻訳出版している、K社の社長とR社の編集長もいらしてました。
お話によると、イギリスでも書店がつぶれているし、売れる本しか並べない書店も増えているのだそう。それは書店としてはあたりまえかもしれないけれど、日本も同じ状況が進行中なので、それがどういうことか伝わってくる。業界全体の問題なのですね。
でも、その話を作家のフィリップ・プルマンとした、というところで目がぱっちり!
すごい作家とすごい作家がそういう話をしているんだあ、となぜか感激(感激するところではないんだけど)。
古典がもっと読まれればいいと思います、という発言にもうん、うんと。
イギリスでももう古典(日本でいえば小公子とか小公女とか?)はあまり読まれないのだそうです。
ずっと作家になると決めていた、というのにもびっくり。そうか、最初から作家になろうと思っていたんだ。作家ってやっぱり職業なのね。と、これもまた不思議な感動と発見……。
終わってから、走って千葉市美術館まで行って、田中一村展を観た。
会期が明日までだというので、だんだん暗くなる道をほんとうに美術館まで一走り。
いや、すごい画家でした。生きている間は無名で終わったそうだけど、すごい絵。壮観……。
30歳~50歳を千葉で過ごし、50歳から亡くなるまでを奄美大島で。
芭蕉の葉、ビロウの葉、クロトンの葉、はまゆうの花、くわずいもの実、あだんの実……。
どれも呼吸をしているよう。
構図がまたいい。こんなふうに草花に視点をあてて描いていくという感覚がまた、胸の奥にうれしいようにしっくり伝わってくる。
『ナーガの杯』を書くときに、南の島の植生の細かいところがよくわからなくて、「琉球弧の植物」とか「熱帯雨林」の本をとりよせたり、沖縄の写真集を観たり、ネットで調べたりしたから、植物の名前が頭のなかにちゃんとでてきて、身近に感じられて、それもうれしかった。
帰りも走って、どうにか夕食の準備に間に合った。ふう……。

今日は、10時から「手塚治虫のマンガ・アニメにみる環境」を聞きに、早稲田へ出かけた。シーラとseino3といっしょで、それもまた楽しくて、会場につくまで3人でメールのやりとり。結局、シーラがいちばんのりで、席を並んでとってくれた。
手塚さんの最後の実験アニメ作品「森の伝説」をさいしょに観た。
このアニメ、4楽章に分かれていて、最初は絵が紙芝居のように動かない。だんだんに動くようになって、絵がこまかくなって、色がついて、最後はフルアニメになる。たった20分でアニメのすべてを観たようなすばらしい作品だった。
また、戦後まもないころ、高度経済成長の初期、すでにダムで沈められる村を描いた、いわゆる環境保護のマンガを描いていたというのは、すごいこと。当時は受けなかっただろうなあ……。でも、里中真智子さんはそのマンガを子どもの頃に読んで、今でも覚えているのだそう。
主人公が悩んでいい、暗くてもいい、救われなくてもいい、マンガのテーマはなんでもあり、マンガに自分の思想を描いていい、という道をつけてくれたのは手塚先生だった、と里中さん。それに「いのち」をテーマに描いている手塚作品は、どの作品も環境と無関係ではない、むしろ環境を多くの作品が書いている、と。
ほんとうにすばらしい先達だったのですね。

お昼を3人で食べて、午後は、国際ペン大会の開会式に参加。
オープニングは井上ひさしさんの遺作「水の手紙」。
水に視点をあてて、まるごと地球の環境問題を群読で書いた作品。
決めゼリフの「わたしは水です」というのは、ディープ・エコロジーに近い思想。
『きみは地球だ』という本を出したことがあるけれど、この考え方は今後かなり重要になると思う。つまり、水をきれいにしようではなく、私の中に水があり、私たちはが水自身であるということ。同じように私たちは土であり、空気であり、地球である、と。
また、これは持論なんだけれど、子どもの文学に関わる人は、環境に敏感であると思う。それはアニミズムに似た幼児感覚をもっている人が多いから。それこそ、動物も虫も草も石も同じく生きているという感覚で、手塚マンガの表現にもまさにそういうところがたくさんある。
だからディープエコロジーと改めて言われなくても、子どもの文学ではすでにたくさんの表現があるし、あるところ自然にもっている表現なのである。
そうして、私は子どもにみせる芝居をやってきたから、まさに舞台の上で、鳥になり、蝶になり、トンボになり、うさぎになり、いもむしになり、ウサギになり、羊になり、アヒルになり……。そういうときは、演出家に言われて、動物園に通って観察した。だから動きや鳴き声なんかかなりリアルに出せたものだ、その当時は。
ということで、「私とファンタジー10」にも『クレヨン王国』のことは書いたけれど、子どもの文学にかかわる人は、かなり自然環境に関連する物語を書く資質がある。そうして、手塚先生というお手本があるように、自然環境との関わりを描くことは、「いのち」の連なりを描くことであり、宇宙で、地球で、どのようにいのちがつらなって生きているか、生きていくのがよいのか、人間はほかのいのちとどのように関係して生きていくのか、を描くことでもある。これこそ、これからを生きる子どもたちになんらかのメッセージを伝えたい部分でもある。でも、書くのはかなり難しい。私たちの社会がどうなっていけばいいのか、経済も含めて様々な問題をはらんでいるからである。
総じて、「環境」を扱った本は売れない。これもまた私の実感からは真実だ。
もちろん例外はあるけれど、ある時期から人間はあきらめてしまって、これほどすすんでしまった問題に真っ向から向かい合う気力を捨てたのかもしれない、と思う。
今回、ペンクラブで「文学と環境」という問題をとりあげたのは、このテーマが現在地球規模で抜き差しならないものであるから。書くものにとって、「環境」は無視できないテーマとなっている。そのなかで子どもの文学は、このテーマを描く可能性を持っているのだと思う。

今日もののがみさん、那須田さん、金沢さん、ペンクラブの方々がお世話してくれていた。大きな大会で準備もさぞやたいへんだったと思います。お疲れ様でした。
私はすっかりお客様で、3日間、楽しませていただきました。
「書く」ということを見直し、考えさせてもらった時間でした。
大学時代、「私は風」という歌が好きだったなあとぼんやり思い出し、駅についたら雨がふってきたので、思わず「私は雨です」とつぶやく……。(かなり単純)
  
2010年9月25日(土)
雨があがった
暑い夏の間、毎日庭に水をまいていたけど、どう、この雨の量!
土に染み渡る。自然はやはりすごい。
大きな水瓶にためておいて使わなくちゃもったいないと思ってしまった。
(実際はやらないし、やれないんですけど)
と書いていたら、あっというまに明るくなって、雨はやみました。

23日、ジャクリーン・ウィルソンさんにご対面してきました。
思っていたとおりのすてきな人。
黒字にお花の模様(茎や葉までついた花)のワンピースを着てらしたのだけれど、まるで本の装丁のようなデザイン。大きな滴型のネックレスもすてき。
でもお話のなかで、南北朝鮮の分断の話を知らないということや、日本の作品は今回くるのに上橋菜穂子さんの本を読んだだけで、あとはアニメ映画の「千とちひろ」を観ただけというのは少しびっくり。行きたいところは、原宿と秋葉原で、日本の10代の様子を見たいのだそうです。
もっと作品についての話を伺いたかったので、今日、上野の国際児童図書館へ。
幸運にも空席ができたそうで。

23日の帰り、知人の編集者たちと小隈の先の韓国料理でマッコリでいっぱいやってきました。
長崎出版の中嶋さんのお友だちおすすめの店だったんだけど、これがまたおいしくてリーズナブル(ここが大事よね)。生マッコリは発酵していてしゅわしゅわっと、それはおいしかったのでした。とうがらしにつけたカボチャのチヂミもからくてあまくて(どっちなんだ!)グ~! 

では今日の報告はまた後ほど。
 
2010年9月23日(木)
彼岸花
すごい雨の音で目がさめた。すずしい~。
庭のすみに彼岸花が咲いた。6本。とてもきれい。
気候はおかしいのに、ちゃんと彼岸に咲くんだね。
まだゴーヤがとれつづけている。昨晩も1つ食べた。
あと4,5個かな。こぶりになってきているので、そろそろ終わり?
黄色い花はまだたくさん咲いているけど。

ジャクリーン・ウィルソンの続き。
『ローラ・ローズ』と『ダイヤモンドガールズ』を読んだ。
『ダイヤモンドガールズ』の最後のほうの展開には、うなってしまった。
こんなに問題をいくつも散らばせておいて、残りの頁数でどうやって終わらせるの? もしかしてこれってシリーズだった?なんて心配していたら、「あっ」という展開で、見事に終息。いやあ、すごかった。
次はなにを読もうかなあ。

まだ腕のしびれはとれないんだけれど、鍼をさして頭が軽くなったら、読書がおもしろいようにすすむ。頭のなかへちゃんと入っていく(今までは入っていかなかったということだけど)。で、どんどん読んだ。
『絵本があってよかったね』(内田隣太郎)、『わたしたちが正しい場所に花は咲かない』(アモス・オズ)、『ファンタジーと歴史的危機』(安藤聡)、『沖縄戦が質うもの』(林博史)、『覚めよ女たち』(江差昭子)、『戦後児童文学史の未解決問題』(宮崎芳彦)、『赤い髪のミュウ』(末吉暁子)、『いのちの中にある地球』(デヴィッド・スズキ)、『童話作家はいかが』(斉藤洋)、そして、ジャクリーン・ウィルソンを7冊。
なんかもっとあった気がするけど、つん読をくずしていった。

今日は、ジャクリーン・ウィルソンに会える日。遠くから眺めるってことだけど。
うれしいな。
 
2010年9月19日(日)
しびれと毛虫とジャクリーン・ウィルソン
おばあちゃん、お誕生日おめでとう!! 
まだまだ若い! うちのおじいちゃんと10歳近くちがうんだね。

私は冴えない一週間で、とはいえ、覚悟をきめて、整骨院に通いました。
左腕のしびれはとれないけど、鍼をうってもらった次の日。
おお、久しぶりに目の前のもやがとりはらわれた。原稿を集中して読めた!
この感じだよ! 仕事がすすんだよ!
「やっぱり更年期ですかね?」と聞くと、
「いいえ、とにかく疲労が蓄積されこういう体をつくりあげてしまった、という感じでしょうね。頸椎も腰も足も全身!」
こういう体、と言われても・・。
なので、時間をかけて疲労の蓄積の結果を取り払っていくとともに、本人も努力せねばらなぬとのこと。
つまり、寝る前に本を読む時間を削って、体を動かすことに時間をまわす。
仕事をずっと続けないで、時折休んで、首を動かす、腕を伸ばす、そのへんを歩くなど。
いや、わかってはいる。でもその心と時間の余裕がなくなってしまうから問題なのだ。

庭のユウガオに、すごくでっかい幼虫が出現したのは一週間以上前のこと。
鮮やかな緑色だけど、つのがにゅっとでている。ううむ、これは蛾だな。
「ユウガオ 幼虫」検索したら、でてきたでてきた。スズメガの幼虫ですぞ。
家の前にはおしろい花があるんだけど、スズメガっておしろい花の蜜を吸いにくるらしい。そんなことも関係したのかな。
気になって何度か見ると、いつもいる、ちゃんといる。でっかい幼虫。でもついこのあいだ姿を消した。きっとどこかでサナギになったのでしょう。
さらに、椿に茶毒蛾の幼虫が!
葉っぱの裏にびっしり張り付いている初期に発見し、2枝を処理。このあいだ葉っぱの表にびっしりついている1枝を処理。
4万本の毒針をもっていて、人が近づくと、いっせいにダンスを踊って飛ばす。
そういえば、枝を落とそうとしたら、もぞもぞもぞもぞと動き出したなあ。
毛虫にさされるというのは、この茶毒蛾がとても多いのだそう。ご注意を!
落ちている毒の毛にさわってもさされるし、卵は毒の毛で覆われていて、生まれた後の卵をさわってもさされる。とにかく茶毒蛾の関係物にさわってはいけない。でも気づかずさわってしまうことが多いそうだ……。
そういえば、9月は毛虫の季節。それを知ったのは、KAZUが小さい頃、この季節に外で遊んだ後に何度かかぶれたことがあったから。
大きな花を咲かせる黄色いハイビスカスのつぼみには、アブラムシがびっしり。
ハイビスカスはアブラムシにすかれるみたい。酢を薄めて拭き取ったけれどどうかな。
南天の下のほうの枝の割れ目で、きれいな緑色のカナブンが逆さV字バランスをしていた。
え、これってもしかして、アオカナブン?? きれいな緑色。
しかし、どうしてこんなところで逆さV字バランス??
そこへ、おなじみヒキガエルJ.と精霊バッタも登場。
なんか、庭に生き物が増えた? こういうのが里山環境の始まりなのかな?
昨日、ピンクと白のコスモスと桔梗を植えた。ちょっと秋らしいでしょう。
ゴーヤのつるも少し整理した。まだまだ小さいゴーヤがたくさんなっている。
来月は、来春の球根を植えなくちゃね。なにを植えるか迷っているところ。

今週は、ペンクラブの国際大会が始まる。
23日は、ひこ・田中さんの司会で、出演は「ジャクリーン・ウィルソン、イ・オクベ、上橋菜穂子」、26日は、森絵都さん司会でマンガやアニメが主題。どちらも、若干当日券があるようです。→http://www.japanpen.or.jp/
シーラとは、26日の午前中、午後は井上ひさしさんの会に参加予定。
23日は、サンタさんや知り合いの編集者と参加予定です。
25日(土)の児童図書館のジャクリーン・ウィルソンさんも申し込んだけれど、残念ながらはずれ。
怒濤の勢いで、ジャクリーン・ウィルソン作品を読んでいたのでちょっと残念。
「ミッドナイト・真夜中の妖精」、「シークレッツ」、「わたしのねこメイベル」、「ヴィッキー・エンジェル」、「ダストビンベイビー」……。まだ注文して届いていない本もあり。
昔、カニグズバーグに夢中になっていたのと似た感覚。
すごい作家だなあ、ジャクリーン・ウィルソンは。思春期の心理学やグリーフワークなどの知識を物語の底にレールのように敷いて、物語の中に立ち上げてくる。ちゃんとした大人でありながら、子どもや若い人の感覚にぴったりの表現をする。
間近でお話聞きたかったけど、お顔をちょっと拝見できるくらいでいいのかも。
このごろ思うのだけれど、願いや思いは全部かなえられないほうがいいのかもしれない。そのかなえられなかった願いや思いは自分の中に残って、表現する力に変化するのかもしれないぞ、と。
私のなかのこだわりや忸怩たる思い、卑屈な感情、それら美しくないものも、いつか表現につながるのかもしれないし……。これこそ願望かな。

◆『ティンパウ物語~蛇神の杯』が、『日本児童文学 2010,9-10月号』の「創作時評」に掲載。ひこ・田中さんに紹介していただきました!
「読書人」の書評とあわせて、近々読めるようにしたいと思っています。◆
 
2010年9月15日(水)
いろいろあった一週間
今日はおばあちゃんの77歳(喜寿)の誕生日。
プレゼントのオーデコロン買って、バースデーケーキとワインも買って帰ったけど、彼女はお友達と出かけてました。お寿司のケーキでお誕生パーティしてもらったみたい。でも、帰ってきてから、しっかりケーキも食べました。

先週の水曜日は、静岡まで山野楽器の懸賞で当たった日帰り旅行に行きました。台風の中美味しいお魚を食べてきましたが、景色は全く見えず(富士山も)、濃霧と風雨の白一色の世界でした。クルージングも中止、代りに清水の「ちびまる子ちゃんミュージアム」に行ったよ。帰りは東名高速が通行止めになって、4時間遅れで帰宅。バスの中で一日暮らしました。やれやれ……。

土曜日は、リエルと築地本願寺へ。牡蠣おいしかったねー!! お刺身も兜焼きも! 詳細は下の日記を見てね。

日曜日は、カズがうちに来てくれて、一緒にドライブしたよ。日の出町まで往復約2時間くらいの運転でしたが、カズはなかなか落ち着いていて、慎重でした。
日の出町には、おばあちゃんお気に入りのお味噌を売っているお店があって、カズくんにはそこまでお使いに行ってもらったというわけ。燻製チーズも燻製チーズ入りラー油も美味しかったね。家に帰ってから焼肉した(お肉が残ったので次の日はすき焼きになりました)!!
今度は奥多摩湖を一周しよう!緑の中を走るのは本当に気持ちがいいよ。
…っと、その前に来月の連休は江見へ車で行くんだった。楽しみだな!

いろいろありましたが、けっこう美味しい一週間だったかな?
 
2010年9月13日(月)
落語とドライブとオイスター?
シーラ、昨日はKAZUがお世話になりました。
運転がしたくて、シーラといっしょにドライブにいってもらったんだよね。
私はまったくのペーパーなので・・。
おまけに、夕食ごちそうになって、おみやげもらって帰ってきました。
どうも、どうも、お休みのところ、ありがとうね。
私は、おじいちゃんと「6代目円楽の襲名披露」に行ってきました。
落語の襲名披露というのは見たことがないとおじいちゃんもいうので、地元だし、と二人で出かけた。
圓歌さんや歌丸さんもやってきて、いい会だったよ。
久しぶりにたくさん笑って、おじいちゃんも楽しかったよう。
帰りに二人でイベリコ豚が売りの和風ダイニングでいっぱいのんで帰ってきた。

土曜日は、シーラと銀座のイソップ展(イラストレーター182人展)へ行ってから、築地本願寺の平和フォーラムへいったのだけど、その合間に、腹ごしらえをしようというので、オイスターバーへ。
築地にオイスターバーなんてあるの?と思うでしょうが。
末吉童話マップでオイスターバーの話を目にした私は、「そうだ、シーラは海鮮物に目がないぞ!」と思い出し、ネットで調べたら、それらしきものが見つかった!
そこは魚屋さんの店先、ビルの通路。
本日の牡蛎は、銚子と茨城の岩牡蛎に北海道の真牡蛎。
私たちは、2種類の岩牡蛎を食し、スズキとキンメとサンマの刺身をつまみ、シーラの大好物の兜煮を注文。
並んでいる魚の頭を見比べて、シーラが選んだのはつぶらなお目々?のキンメ。
気軽でおいしい飲み屋さん。大満足の味で、お値段も安かったよ~。
さて、腹ごしらえもすんだので、コーヒーをのんでからいざ本願寺へ。
宗教をこえて平和を祈るというので、築地教会の牧師さんと、聖路加病院教会のチャプレンさんも参加した。
演奏はパイプオルガンと尺八のコラボに、お経。
なんかキリスト教も仏教も似ているのかも?と思えるような雰囲気。
これでイスラムも加わったらよかったのに、と私は密かに思った。
ラミス先生の沖縄の基地と日米安保条約の話はまったくもってその通り。
本土の私たちは目をつぶってしまおうとする。いや、9条と安保を分けて考えてしまう。それは沖縄があるから。
カクマクシャカさんのラップもよかった。辺野古のことと、沖縄大学のヘリ事故のこと。
彼は沖縄大学のヘリ事故から、言葉で伝えるラップもはじめたのだそう。
お寺の本堂でラップだよ。これはなかなかすごい。
阿弥陀様というのは見守る仏様なのだそうで、「平和にしてください」と祈る対象ではなく、「私たちは平和のためにこういうことをしています」という行動を見守っていてくださるのだと、本願寺の副住職さんが話してくれた。
なのでラップあり、境内でキャンドルナイト&ライブあり、アースディマーケットにワインあり。
「There is no way to Peace. Peace is a way.
私たちは平和を遥かな目的とは考えません。
平和とは今私たちがとるべき方法なのです。」
9.11の起こった日に、この時代に生きる私たちが平和を考えるフォーラムでした。
駅についたら、止んでいた雨が降ってきた。
 
2010年9月10日(金)
明日は9月11日(9.11)
今日は整骨院に行きました。
一週間左腕のしびれがとれずに、どうにも首をたてにしているのが辛かったもので。
頸椎がつまるのはいつも右なのに、初めて左が。
緊張が強くて、骨の周りの筋肉がかちかちになっているそうで。
「これは、なかなかほぐれませんよ~」
夜、涼しくなってきたのが唯一の救い。
やっぱりナイトウォーキング?? 自力でも治そうとしなくちゃね。

火曜日は、サンタポストの粕谷さんがきてくれて、帰りに近くの店でいっぱい!
な~んて、いっぱいどころじゃなかった(あたりまえといえばあたりまえ)。
おしゃべりはつきず、楽しくてのみすぎた~。
でも、仕事の話もできて、有意義でした。
おもしろい企画考えちゃいました。実現するといいな!

千日紅が庭で元気に根付いてくれたので、追加でピンク色を増やした。
一年草なので楽しむのは秋までかな。
その後、球根を植えるかなあ。
もう終わったかなとおもったゴーヤが、また育っている。
今年はほんとうにゴーヤにお世話になりました。

明日は、シーラと「平和フォーラム2010」(in築地本願寺)に参加予定。
昼間は境内でアースディマーケットが開催。
平和の法要、トーク、ライブは、18:30~本堂にて。無料です。
遅くまでがんばれる人は、キャンドルナイト&ライブもあります。
沖縄からダグラス・ラミスさんがいらっしゃいます。
以前、『エコとピースの交差点~ラミス先生のわくわく平和学』を発刊。
この本も売ってま~す!
→http://www.sloth.gr.jp/aboutus/event/2010/100911.htm
 
2010年9月5日(日)
「ことばの力」って??
KAZUは無事、免許皆伝(?)。
昨日さっそくドライブに行きました(私は遠慮)。
シーラにも、いっしょにドライブしてほしいそうだから、よろしくね。

私は、体中が痛くて、寝たり起きたりしながら、仕事や読書をしている。
昨日整体へいったら、疲れがでたのかよけい痛い。
気分もなんかめりこみ気味。

朝日新聞夕刊連載「イラク 深き淵より」が終了した。
いっしょに本をつくった人たちが何人か登場した。
イラク開戦からこの間のことをいろいろ思い出した。
どうしてこんなふうに、社会は、世界は変わってきたのだろう。
12回目で登場した、シンディ・シーハンさんの本は、シーラにデータ制作をお願いしたっけね。『わたしの息子はなぜイラクで死んだのですか?』
イラク戦争で息子のケーシーを亡くし、休暇中のブッシュに面会を求め、テキサス・クロフォードにキャンプをはった暑い夏の記憶。全米で議論が巻き起こり、反戦派も保守派も集結した。多くの中傷も浴びたシーハンさんだけれど、「子どもを埋葬する悲しみに比べたら、そんなことなんでもありません」。母親たちが集まる会で、9条の会の澤地久枝さんがこの本を掲げてくれた。
イラク戦争が始まってからこれまでの、イラク・ラマディから発信されたカーシム・トルキのブログを、高遠菜穂子さんと細井明美さんが訳して出版した。最初のゲラ(ブログを翻訳して打ち出したもの)を歩きながら読んでいて涙がこみあげてきた。あまりに過酷な日常。この本の帯には、故筑紫哲也さんが推薦をくださった。
「自己責任論」が噴出したとき、本当に憤った。『イラク「人質」事件と自己責任論』の出版にとりくんだ。その後、小泉劇場が展開し、構造改革、小さい政府、郵政民営化……、あれよあれよとすすんでいった。極めつけは教育基本法の改悪。国会の前に何度かかけつけた。その悪しき結果が、今噴出しているのだと思う……。
大塚英志さんの『サブカルチャー反戦論』や『キャラクター小説のつくり方』を読み返してみた。「イラク 深き淵より18」に「ことばの力に賭けてみる」で登場。「ぼくたちは始まってしまった戦争という『現実』の前には『ことば』も『理念』も無力だと諦念してしまう。だがそう簡単にぼくたちは『ことば』によって『平和』を求めることを断念してしまってもよいのか」。大塚さんは若い人たちに向けて、イラクをとりあげた著作を書き続けた。
「すぐもどれ自衛隊」を掲げたピースウォークに参加したとき、先頭付近では歌とエイサーを踊りながら、中盤では虹色の旗をもってのんびり行進する若い人やお母さんたちの流れに、沿道から怒号を発しながら、怖そうな男たちが拳固を振り上げている。警官が止めてくれたけれど、恐怖感を感じた。そのときは、現職議員の喜納 昌吉さんが参加していたので、警官には確かな安全を守る義務があったらしいと聞いた。脅しや恫喝は効果があるのだなあと、変に納得したものだ。地元の9条の会にいくときも、右翼の車が7,8台はやってくる。そうなれば警官も警備にきて、その間を抜けて会場に入るのに抵抗がある人は多いだろう。
憲法、反戦、イラクを扱った本は売れない……。定説のようになっていた。残念だけれど、結果もでているように思う。
なんだかどっと疲れがでた。疲れがでるほどのことをしているのか、という自分に対するツッコミもある。それでも、文字やことばにかかわる者として、「ことばの力」をもう一度探っていかなければならないのだろうな。

少ししゃきっとしようと、「ムーミン」関連の本を読み返した。
トーヴェ・ヤンソンは、戦後すぐに「ムーミン」一作目を書いた。
行方不明のムーミンパパをさがし、ムーミンママとムーミンが旅にでる話。
最後に一家は自分たちの家と住む場所を見つける。
休みが少しとれたら書こうと思っています。
 
2010年8月28日(土)
暑気払い(悪魔払い)の会(怪?……)
庭のゴーヤがたくさんなって、昨日はオリーブオイルとニンニクでいためてワインビネガーでつけたら、グッドなおつまみ!
今日は甘酢漬けをつくろうかな。ほうっておくと黄色くなってはじけて、赤い種が落ちる。
ユウガオの種もできたので、来年にとっておこう。
昨日、花の苗を買ったので、今日の夕方植えるつもり。
つくつくほうしが鳴いて、夏も終わりのはず(!)だから、庭も少し趣をかえて。
擬宝珠はなかなか増えないなあ。紅葉の根元で元気だけど。
擬宝珠を増やして、火鉢のあいたのに植えて、玄関に置くという計画があるんだけどもね・・。まあのんびり、楽しみながら。
玄関から庭への細い通路にテラコッタのタイルを設置。
ほうっておくと雑草が生えて足の踏み場もなくなるし、だんだんここも庭の一部として開拓していこうと思って、まずは道づくり。
今、仕事で通っているデザイナーの先生のお庭は、とてもすてきなシェードガーデン。奥様がきれいに手入れされている。植物の種類が多くて、擬宝珠も大きく育っている。

今週は打ち合わせで外へでる日が多かった。
炎天下、道を歩いていると、ここは東南アジアか?と思うくらい暑い。
するとなぜか時折バカンス気分に……。
社でそういったら「まったくものは考えようだねえ」と。
たしかに現実は、原稿や原画もって暑い道をふうふう歩いているんだけど、まとまった休みもとれないこの猛暑に、時折、幻想くらい抱かないとやってられない。
普段は日傘を使わない私も、日傘にたよって炎天下の道を歩いた一週間。
倒れずにすんでよかった~。

火曜日、千代田図書館の編集者・ライター向けの企画に参加してきました。
おにのののがみさんと千葉師匠と、長崎出版の中嶋さんもきて、帰りは暑気払いならぬ、悪魔払い(千葉師匠銘々)の会。そこへシーラも駆けつけた。
この企画はサンタポストの粕谷さんが呼びかけてくれて、悪魔払い?の会場もおさえてくれたのです。粕谷さん、いろいろお世話になりました!
そうそう、粕谷さんの宅配書店サンタポストが、読売新聞多摩版に写真入りで紹介されました!
千代田図書館の蔵書は興味深いものがたくさんあり、勉強になりました。
悪魔払いの会も楽しくて、食べて飲んであっというまにできあがってしまったので、もっと話したかったことがあったような気がして名残おしかったけれど、この日も先に外出を二つしていたので、帰りはふらふら、くらくら。
みなさま、ご無事でしたでしょうか? 悪魔は落とせたのかな??
 
2010年8月24日(火)
夏の海
シーラと土日、房総の海で泳いできました。
すごく気持ちよかった。風もなく、日が傾くまでゆっくり。
夕方の海って静かで日差しも柔らかくて最高。
「サ」のつくおいしい収穫もあって、帰って二人で一杯。
次の日も、海で遊んで帰ってきた。
ここに永住したいねえ、と二人で近隣の土地を散策。
そうしたら、山の麓にとてもいい土地があって、マスターにきいたら、作家さんが昔住んでいたのだそう。今は更地。
お金があればすぐ買うんだけれどもねーーと。
そして、庭をつくるんだ、野菜をうえるんだ、アトリエと書斎をつくるんだと、夢想し……。

KAZUは仮免に受かった。その間たった6日。
ちょっと早すぎるよね。大丈夫かな。

帰ってくるなり、また仕事に追い立てられています。
まだまだ暑い夏は続きそう。
 
2010年8月19日(木)
毎日ゴーヤは食べているけど
雨が降るといったのに、思いっきり暑く、晴れあがった空でしたね。
ちょっと泣きが入りそうな日々です。
仕事がすすまない。集中力がない。段取りが悪い!
そもそも疲れがたまったままなのが悪いのだけれど、これが悪循環で、仕事がたまれば休めないし、休めなければ疲れがたまって、仕事の進行もぐずぐずになる。
これを暑さや年齢のせいにしていいものかどうか。
うーーんとうなるところです。
週末は、シーラとお出かけしてきます。
ぐちをこぼしあい、気を休め、また元気になれますように。

ゴーヤは元気に育っていて、毎日1個小振りなうちに収穫して食べています。
あまったらピクルスにするつもり。これはおすすめのおいしい食べ方!

KAZUは、運転免許取得中。2週間もしないでとれちゃうのだそう。
 
2010年8月16日(月)
妖怪好きは親譲り?
今日はお休みです!
おじいちゃんと、銀座へゲゲゲ展を見に行きました。
松屋にたどりついて中へ入る前に、ひと休憩。
今日はすいているんですよ、と言われたけれど、けっこうな人の波。
見られるところからつまみ食いしつつ、当時の貸本漫画や雑誌などには食い入るようにのりだして見るおじいちゃん。
妖怪の説明は私が耳元で。
「なぜあなたはそんなに妖怪にくわしいの?」とおじいちゃん。
だって、小さいとき「妖怪入門」とか、「妖怪100の秘密」とかいう水木しげるさんの本、おじいちゃんが買ってくれたんじゃない。暗記するくらい読んだよ。
そうだっけ?
てなもので、二人で楽しく妖怪談義しながら見た。
おじいちゃんは、『芳書月刊』の編集をしていたころ、水木さんにインタビューに行ったことがあるそう。奥様とも会ったのだって。いいなあ。
原画の緻密さと、構成のすばらしさにはおじいちゃん、うなっていた。
妖怪が現れる時って、雲や風や草木まで妖気が漂っている、その気配が描かれている。
つまり妖気が描かれている。
目に見えるものではなく、気配を描くってこういうことなのね。
水木さんは妖怪は見えない、感じるものだ、とお話ししてました。
見終わって、妖怪グッズ(妖怪ぐい飲み)と絵はがきを買った。
「仕事は決戦! 理屈なし」という水木さんの提言が、気に入っていたおじいちゃん。
でもそのすぐ横には、「ナマケモノになりなさい」と。私はこちらのほうがいいな。
お昼は、近くの沖縄料理店に。おじいちゃん、初めてのタコライスに挑戦。
ふたりでオリオンビールを一杯飲んだ。
その後、歌舞伎座の近くの手ぬぐいやさんへいって、私は、「海の青波」という模様の手ぬぐいを買ってもらった。
手ぬぐいの端をまつり縫いして、首にまくとちょっとおしゃれな和のミニマフラー。
汗はすうし、どんどん洗えるし、とっても便利。
というわけで、帰って、ダウンする前に家のそうじをして、ほっとしたところ。
貴重な休みがもうすぐ終わります。
 
2010年8月15日(日)
とりあえず夏休みです
昨日はシーラの家へおじゃましてきました。
午後行って、庭を見せてもらってから(いろいろな草木が育っていていいね)、机の前に座るなりビールで乾杯!
おばあちゃんのつくった、大豆のひたし豆とゴーヤのごま炒め、おいしい~!
いや、ちょっと、私、なにしにきたんだっけ??
AIちゃんの卒論の相談だったよねーー(テーマが発達障害なので)。
AIちゃんは夕方までバイト。帰ってくるまでに資料本と原稿を読んでチェック。
私の作品の原稿と資料もシーラに渡した(どうにか3分の1くらいまできたのかなあ)。
AIちゃんが帰ってきて、相談をして、夕食は手巻き寿司。
アスパラにウインナーに大きな天ぷらまで巻いて巻いて、がぶり!
土佐のうつぼも食べた。うつぼと言えば、泳いでいると岸壁から顔をだしてゆらゆら。
岩の穴にむやみに指をつっこんじゃいけない、うつぼに食いちぎられるよ!とおどかされてきたのに、まさかこんなふうに食べてしまうとは。
あっというまに夜になり、電車でうつらうつらしながら帰りました。
お疲れ様でした。今日はお墓参りにいくと言っていたね。気をつけて~。

私は明日まで社が休み。たった1日だけど。
それで、木・金は仕事が終わらなくて久しぶりに連続残業。
ほんとうに渾身の力をふりしぼって仕事した。
自分でいってちゃ身も蓋もないけど。
いやあ、お疲れ様でゴンス!って感じでした。

庭にゴーヤがはびこってしまった。
芙蓉の木にゴーヤがなっている、ユウガオにもゴーヤがなっている(ように見える)。
いろんなところで、ゴーヤがぷらんと揺れている。
トマトはまだならないなあ。(シーラのうちのはよくなっていたね)
これだけ暑いと、日当たりの悪い庭でも日差しが暑い。
枯れたと思っていたホオズキを根だけのこしておいたら、ちゃんと芽がでた。
うれしいな。来年は赤いホオズキがなるかも。
シソはすっかりバッタのアパート。水をかけるとぴょんぴょんと飛んで逃げる。

残業がおわって帰った夜、路地でひきがえるジュニアと遭遇。
お、こんなところに出てきたらあぶないよ、と言うと、ぴょんぴょんと草むらへ入った。
庭のすみかにもどったかな。
  
2010年8月8日(日)
恒例の「路地から花火」
昨日は地元の花火大会。
隅田川の花火に続く大きな大会なのだけれど、あまり知られていなかった。
ここ数年、ネットのせいか、すごい人、人、人の波……。
でも河川敷があるからたぶん、悠々と見られるとは思う。
というのは、もう何年も、河川敷まで見物に行っていないから。
おじいちゃんにつきあって、路地をでたところに椅子をもっていって、ビールを飲みながら見ている。
「た~まや~! か~ぎや~!」
ただ、惜しいことに噴水のようにあがる仕掛け花火は家の影であまり見えない。
でもまあ、見えないことも想像力を広げるからよしとしている。
今年も二人で、道に椅子をおいて眺めた。火薬の匂いが風にのって流れてくる。
花火大会も終わって、しばらくしてから、KAZUが京都から帰ってきた。
「自転車で京都市内と嵐山はほとんど回ったよ」と、楽しかったよう。
よかった、よかった。夏の京都は暑いけどそれもまたいい思い出でしょう。

あまりぐだぐだと家にいたので(仕事や書き物はしていたけど)、夕方、庭に出た。
「シェード・ガーデン(日陰の庭)」のつくり方の本を読んで、目からウロコ。
私の好きな山野草のほとんどは、半日陰を好むという事実。
たしかに木の根本に生えているものね。
で、植木鉢に避難していたシャガと、石と壁の間に生えた折り鶴蘭の一種(だと思う、なぜこんなところに??)を掘りお越し、もみじと椿の間の土を耕して、植えてみた。
ぎぼうしは、紅葉の木の根本に。
あら、それぞれに違う色のしっとりとした緑がきれい、チュラサヨ~。
こうやって土を耕しつつ、楽しんで少しずつ植えていこう。
誰にも、農耕民族のDNAって備わっているのかなあ。
最近まで土を耕したことなんてないのに、つい熱中してしまうのはなぜ!?
ゴーヤの赤ん坊がぷらぷらと揺れている。きゅうりの苗ではなく、まちがいなくトマトであろうそれは、黄色い花を咲かせた。花を咲かせていない枝を切ってやる。
ふむふむ、それから、夕食を餃子にしようと材料をそろえたのに、なんと餃子の皮がないのに気づき、散歩がてら外へ出た。
土手には夕涼みの人たちがけっこうでている。
昨日のにぎわいを想像しながら、土手を歩き、スーパーに寄って、暗くなるころ帰る。
KAZUは友だちと遊びにでてしまった。
この餃子、どうするかねえ、とおじいちゃんと食べた。
明日からまた会社。夏休み気分をもうちょっと味わいたいところ。
 
2010年8月7日(土)
奈良薬師寺で歌舞伎見物
シーラ、今週はお疲れ!
おかげさまで、『悲しみにおしつぶされないために~対人援助職のグリーフケア入門』の本は、月曜日に校了です。お世話になりました!(お仕事部屋にアップしてね)
木曜日は、大学時代の男友だち二人が、出版(『ティンパウ物語 ナーガの杯』)のお祝いをしてくれるというので、仕事帰りに赤坂で待ち合わせ。
Mくんとシーラは待ち合わせ場所にいて、私とFくんはまちがえた場所にいた。
まちがえていながら同じ場所でばったり会うなんて、二人ともあいかわらずだね、と言われ……(なにがあいかわらずなの??)。
Fくんのお知り合いのフレンチに行き、白ワイン、赤ワイン、赤ワインをたのしみ(ムール貝がとてもおいしかった。あと根セロリのサラダというもの)、その後、バーにいき、ハイボールとウイスキーを。
私とMくんはポルトガルワインでしあげをし、シーラは帰ってから仕事をしましたトサ。
次の日「生きてる~?」とMくんにメールをうったら、「しんでます……」
復活を祈る!

ところで、火曜日、水曜日は、おじいちゃんとKAZUとシーラとAIちゃんと皆で奈良へ。
遷都1300年の今年、世界文化遺産の薬師寺での大歌舞伎奉納の公演。
勘三郎と息子の勘太郎、七之助が出演して、演目は「船弁慶」
さてさて、6月ころ申し込んだのはいいけれど、この猛暑。
行く前から不安。はたしておじいちゃんは無事に行って帰ってこられるのか……。
まずは、薬師寺の見学をし、立て直しのためこれから10年は見られないという、東塔の1300年前の柱や中を見て、奥の院の玄奘三蔵の特別展へ。
とはいっても、駐車場から薬師寺まで炎天下をあるいたおじいちゃんは、奥の院まではいかれなかった。お休みところにいてもらって、私だけ走って見てきた。
若草山の麓までバスで移動して食事。柿の葉寿司やくずきりや生麩や関西ならではの料理をおいしくいただき、バスまで帰ろうとすると・・。
一方通行でバスの駐車場は遙か彼方(に思えた)。
坂道階段、おじいちゃんの手をとりながらやっとバスに行き着いて、また薬師寺へ。
そして夕刻、とうとう薬師寺の歌舞伎の観客席にたどりつきました。ほっ……。
そこへ、試験で遅れてきたAIちゃんが合流。皆で、夕風に吹かれながら観劇。
疲れていたおじいちゃんも芝居がはじまる前には、目を輝かせ、KAZUとAIちゃんに歌舞伎の歴史から演目の説明の講義(元教師なもので)。
勘三郎の静御前の舞は抜群だった。でも、さすがに貫禄がありすぎて、七之助・義経とのバランスはとれていなかったかな。
後半、平知盛の亡霊になって登場したときのほうが役としてはばっちり。亡霊というより、妖怪変化。頭を振って登場すると、なぜかかわいい印象が……。
「そのとき、義経、少しもさわがず」……このフレーズで能の謡いをはっと思い出した(大学時代謡ったことがある)。
勘太郎・弁慶が「はあっ」と数珠をすりあわせ、
亡霊は撃退され、波間に消えて、幕。
さて、それからすごい人混みのなかをバスに行き着き、京都のホテルへ。
ホテルの部屋で皆でビールをのんでうちあげ。
おじいちゃんは、すぐにいびきをかいて寝ていた。

翌朝、おじいちゃんをホテルにおいて、4人で東寺へ。
ハンサムな帝釈天を拝み、3人はそのまま新熊野観音寺と神社、三十三間堂へ。
私はホテルにもどり、おじいちゃんと新国立美術館の上田秋成展へ。
おじいちゃん、一時期上田秋成に凝ったことがあるそうで、とても熱心に楽しんで展示をみていた。私も「春雨物語」の直筆は初めてで、「ああ、こうやって物語を書いたんだ」と感銘をうけた。
今はパソコンでとんとん打っているけれど、墨をすって、巻物に筆で書いていく。
ああ、いいなあ、手書きの文字……。書く姿勢が伝わってくる。

美術館の前でおちあって、私たちはタクシーで豆腐料理の店へ。3人は電車で。
そこへ「同人誌ももたろう」でいっしょに活動していた河原潤子さん(『花ざかりの家の魔女』あかね書房、『蝶々、とんだ』講談社など)が合流して、久しぶりのおしゃべりを楽しんだ。
河原さんは、おじいちゃんの手をひいて京都駅まで見送ってくれた(美女に手をひかれておじいちゃんもうれしかったことでしょう)。
帰りの新幹線で、シーラにもらった冷やしタオルを頭にのせて、おじいちゃんは熟睡(目がさめて「富士山を見ようと思ったのに~」と言ったのがおかしかった)。
KAZUはそのまま京都に置き去り。+3泊の京都旅行を楽しんでいるはずです。

というわけで、今週は楽しかったけれど、週末の仕事はおせおせで、終わってみればやっぱり怒濤の一週間でした。
でも、心配していた天気もばっちり(雨だと歌舞伎は中止だった)で、無事に奈良・京都に行ってこられて、たった一泊だけど夏の大行事を終えた気分。
シーラとAIちゃんともいっしょで楽しかったよ!
ほんとにお疲れ様でしたね、シーラ。
観音寺で仕入れた頭痛封じの枕カバーの効用や、いかに。
 
2010年8月1日(日)
静かな家に生まれ変わるか?……
昨日は、仕事しながら……雑事しながら……ほとんど寝てた。
今朝、そうじをして体を動かしたら、だいぶ、頭がすっきりしてきた。
そうそう、今週水曜日から、朝日新聞の夕刊の一面で、「イラク戦争その後」のことが連載記事になっている。木曜日は、はからずも新宿で集会があったのだけれど、いっしょに本を何冊かつくった、JIM-NETの佐藤真紀(♂)さんが登場した。
いっしょにつくった本は、『戦争なんて、もうやめて~戦禍の子どもたちと自画像で握手』
『イラク「人質」事件と自己責任論―私たちはこう動いた・こう考える』
『ヒバクシャになったイラク帰還兵―劣化ウラン弾の被害を告発する』
佐藤さんは、日本国際ボランティアセンターで活動していたころ、パレスチナへ行った。
焼け跡に子ども図書館をつくり、さだこの本や、ガンジーの本を子どもたちに紹介し、いっしょにたくさんお絵かきをした。
私がたずねていったとき、段ボールに入ったたくさんの子どもたちの絵を見せてくれて、一人ひとりの子どもについて話してくれた。
それは、宝の箱のようだった。子どもたちの思いと命がつまっている。
それらの子どもの絵を中心につくったのが、『戦争なんて、もうやめて』。
その後、「イラク戦争なんだったの!?~イラク戦争の検証を求めるネットワーク」(私も賛同者ですが)を立ち上げ→コピペしてください。よかったらいっしょに名を連ねてくださいませ。
http://isnn.tumblr.com/post/241619151
超党派で、議員に向けてロビー活動もつづけている。
大量破壊兵器があるといったあの嘘を、政権が変わったからといって、時が過ぎたからといって、ないことにしていいはずはない。
そのために亡くなった多くの人たちの命は返ってこないし、大量に落とされた劣化ウラン弾は、大人もとくに子どものガン発病率を劇的にアップし、今も苦しんでいる人たちがたくさんいる(米兵でさえ被害にあっているのだから→『ヒバクシャになったイラク帰還兵』参照)。
私たちの生活から、イラクは遠い。
けれど、イラク戦争は忘れてはならない分岐点であったと思う。
政治家にとって都合の悪いことを、すぐに忘れてあげるような物わかりのよい人間にはならないぞ、と思う。
母の命日ははからずもバレンタインの日。
私は、イラクのサブリーンの絵の缶に入ったチョコを会社とお寺で配りました。

ところで、静かな家の話ですが、おじいちゃんは入院してから耳が遠くなった。
それに比例して、私の声は大きくなり(ただでさえでかいのに)、近所中に響き渡っている。
そこで注文した簡単な補聴器。にぎっているときこえるというすぐれもの。
今日、それが届いた。
どれどれとテレビをだして使っていると、「あなた、声うるさいよ」と注意された。
ひえ~! いつもの5分の1の大きさだよ。
KAZUが「おかあさんの声、もともと甲高くてうるさいから」
(よけいなお世話ダネ。よく透る声と言ってほしいよ)
で、ないしょ話をするように話したら、なんと心が安まることか。
これで会社でも声が大きいと言われなくてすむかも。
いや、補聴器をもっていないときは、やはり大きな声で話さなくちゃならないし。
よくわからないが、ガンガン鳴るテレビの音を聞かなくてすみ、とにかく、ほっとした今日でした。
せみの抜け殻が、庭の草や網戸についている。
おとといから急に蝉が増えたのかな。お茶の水にも蝉時雨が降り注いでいた。
 
2010年7月31日(土)
ここにも生まれていた……
庭に根づいたシソ。青々とした葉を広げている。
休みになったので今日こそ積んでみそ漬けをつくろうと近づいたら、
ピョ~ン! 何かが飛んだ。
あ、ここにもショウリョウバッタの保育園が出現。
うわ、いるいる。葉の上に脱皮した抜け殻まであって……。
食べられていない葉を選んで摘んだ。
Mさん家の手製の味噌に漬け、ごま油をちょいと垂らす。
エゴマの葉のキムチがおいしいから、きっとこれもおいしいはず。楽しみ。
ゴーヤがつるを四方に伸ばし、黄色い花が咲き始めた。
キュウリと書いてあった苗は、どうみても、葉がトマト……。
なにがなるのやら……。

一週間がやっと終わりました。
今週は(も)がんばりました。
来週は火曜日と水曜日に休むので、週末もがんばろう。
とはいえ、かちかちになった体をほぐしにまずは整体へ。
「うーーん、一週間に一度くらいはきてくださいね」
といわれて数えたら、前にきたときからすでに二週間がたっていた。
暑いせいか、起きたときに間接がぎしぎしいっている。

夏休みがとれたら、トーベ・ヤンソンについて短いエッセイを書きたい。
ヤンソンは、「子どもにも逃避する権利がある」と言った。
逃避主義、それでなぜいけないのか、と。
「すばらしい子ども時間をすごした人間はよりよいもののために戦いぬくことができる」とも。
一周するのに8分しかかからない小さな岩島に、親友と30年近く住んだヤンソン。
私も物語(文学)を読むことは、現実からの逃避であると思っている。
すばらしい逃避! 
書くことも逃避の一種かな、と。
ずっと書きたいとは思っていたのだけど、ムーミン谷を全部読み返すには時間がかかるし、それをするなら作品をすすめなくちゃと思うし。
でも、書きたいことは書いておかなくちゃ、とも思う。
いつ書けるかな?と思う今日。まずは残っている仕事を片づけなくちゃ。
これは逃避できない現実!
 
2010年7月27日(火)
ショウリョウバッタの赤ちゃんたち
今朝、KAZUを送りに玄関にでて、おしろい花を観察していると、あ、いるいる。
今年も、ショウリョウバッタの幼虫たちが現れいでた。
そうか、毎年現れるのは、親が卵を産んで冬越ししているからなんだ、と今頃気づく。
おしろい花も根で冬を越していることがわかったし。
ここにはひとつの生態系ができているんだ。
ショウリョウバッタの幼虫は、おしろい花の葉も食べるんだね。
ふと、ショウリョウバッタとは、精霊バッタ?
と思って調べてみたら、本当に精霊流しの季節にでてくるからそう呼ばれると。
なるほどねえ。
夜、庭にでてみたら、このごろとんと姿を見せなかったひきがえるジュニアと遭遇。
夕方少し雨が降ったからね。

仕事帰りに伯母の病院によってきた。
今週末には退院できそう。3週間の入院でした。
退院後に行くことになっていたオーストラリア旅行は、さすがにあきらめるそう。

シーラとの仕事も最終段階を迎えました。
ミスのないよう仕上げよう。
 
2010年7月25日(日)
少し涼しい風が……
午前中はとにかく寝てました。縦にすると体が痛かったので。
午後、原稿を読みました(山中先生の原稿です)。
それから、自分の作品を少し進めました。

誰も見たことのない世界にこぎ出す。
一つずつしか進まない。一つひとつにひっかかる。
資料を読み直し、メモを取り直し、思索にふけって……またパソコンの前へ。
遅々とした歩み。
登場人物の人生を考える。これはけっこう重い。
結論は見えない。この世界はどうなっていくのだろう。
どっと疲れる……。
でも、書いていればきっと見えてくる、はず。そう信じて船を出す。
少しずつ櫂を漕いで、前へ、前へ……。

またまた、ほとんど葉のない山椒の木に幼虫が二匹出現!
アゲハがひらひらとよく庭を飛んでいた。
卵をここで産んでも山椒の葉はないよ~、と声をかけたのになあ……。
「どうするの? あんたたち!」
とりあえず、丸坊主の枝から葉が少しある枝へつまんで移してやったけど……。
おじいちゃんが、「やっぱりもう1本山椒を買えば?」
だよね~。買うかなあ。
山椒の木もがんばって新芽をだしているけれど、いかんせん葉が小さい……。

ナイトウォークに出たら、久しぶりに涼しい風が。
雨がくるかな?
 
2010年7月24日(土)
夏野菜の収穫
仕事に追われた一週間。いつもより1日足りなかったし。
あまりの暑さに、机の前に座っているのもだるくて、なにかへまをやるんじゃないかと、自分の仕事に自信がもてなかった、そんな一週間でもありました。疲れました~。

今日は、3月まで会社にいたSさんの家(松戸市でお近く)に、会社のMさんとKくんとおじゃましてきました。
Sさんの畑の収穫に同行するのが目的。
川の近くの畑に着くと、おお、なっている、なっている。
トマトにナスに枝豆にとうもろこしに、おくらにズッキーニ。
空芯菜にモロヘイヤにニラにシソにバジルにささげ。
とうがらしにゴーヤに枝豆。
うわあ、すごいなあ。大きなカボチャがころがっている(わけではないが)。
オクラの黄色い花がきれい。この花も食べるとおいしいそう。
ズッキーニのなっているのは初めて見た!
こんなふうになるんだね。びっくり~。そして大きい~。
ホオズキとシソとバジルは土つきで掘り返した。
バジルの花がきれい。
Sさんの家に寄って、とれたての野菜と魚河岸の魚とビールと日本酒で乾杯!!
うーーん、おいしい。ついさっきまで枝についていた枝豆のやわらかいこと。
ゆでたてのとうもろこしの甘いこと。ゴーヤもささげも瑞々しい。
おみやげの野菜をかかえて帰ってきて、さっそくシソとバジルとホオズキを植えた。
ついでにしょうがを掘ったら、いくつもできてたよ! いい香り!
今日は収穫日和!
あとで味噌をつけてばりばり食べようっと。
ん? おかしいな。こんなに暑いのに外にいると元気だなあ。
 
2010年7月20日(火)
梅雨があけたね~
お久ぶりです。本格的な夏がやってきましたね。

この三連休(久々の~!)は、リエルではないけれど、あそこも片付け、ここも掃除しようと意気込んでいたのに、どうやら「屋内で熱中症になる人も…」という報道のごとく、体調不良でほとんど寝ていました。アルコールもまったく飲んでません。あ~ぁ、損した気分です。

私も美容院にいきました。短くなって、洗うのも乾かすのもラクだね!
そうそう、江見でリエルといっしょに買って植えたショウガが、立派にそだって、2本ほど食しました。美味し~い! みずみずし~い!

次のお楽しみは、京都・奈良旅行! それまで厚さに負けず、お仕事頑張りましょう!
 
2010年7月18日(日)
掃除に片づけ
久しぶりに(でいいのか?)掃除をした。
普段は最低限の家事しかやらないし、もしかして最低限にも満たないかもしれない。
家に帰りつくと、ほとんど事切れ状態なので、本当に簡単な片づけ物も、郵便物の返信なども週末にためこんでいる。
そのせいで、ただでさえ不眠症なのに、休みの前の日まで、「明日の休みは○○をやらなくちゃ」と数えて眠れなくなることも(眠れないくらいなら起きあがってやればいい、とやっと気づいて実行中)。
な~んか、人間小さいでしょ? 相当太っ腹に見えるみたいだけど。
だから、普段の日は、仕事の段取り考えていて目がぱっちりしてしまうわけ。
「ああ、こうやっても、どうやっても終わらない!」とか。
なら、今すぐ起きあがって仕事しろ、だよね。
ほんと、わかってはいるんですけどねーーー。
夜は判断力が低下しているから、きっと、ただただ心配になったりしちゃうんだろうなあ。
さあ、今は、ぐちをこぼしている暇に、仕事のひとつでも片づけよう。
そうして、自分の作品の続きを書かなくちゃ、だね。
出発点にたどりつくまでに山あり、谷あり。そこで息切れしないようにしなくちゃ。

雑事の多いみなさん、お互い、どうにかやりましょう。
 
2010年7月17日(土)
お休みに突入……
暑い中、あたふた走り回った一週間。
伯母の入院先は会社のそば。何度か顔をだしたけど、落ち着いていて大丈夫そう。
KAZUも花をもってお見舞いへ。伯母はとても喜んでいた。
その合間に、おじいちゃんが暑さにやられて熱をだした。
そうして、仕事は山場へ。
考える絵本『愛』(落合恵子文、ワタナベケンイチ絵)見本ができました!
クレヨンハウスへご挨拶をし、販売のお願いをした。
クレヨンハウスの夏の学校(2泊3日の泊まりの学校、楽しそう、『9をまく』で展示に参加してことがあります)と、お店にたくさん仕入れていただけるそう。うれしい!
3階のミズ・クレヨンハウスは、女性に関係ある本を中心に、平和・戦争、環境、スローライフ、自然化粧品、食、育児、いろいろな本がとりそろえてある。
このお店、なにより選書がすてきだし、並べ方もすばらしい。
平和と戦争→世界の状況(紛争、人権問題その他)→憲法→環境問題→スローライフと流れるように書棚に本が並ぶ。そうそう、みんなつながっているテーマなのだもの!
会社に帰って、「ああ、癒された……」といったら、「癒されてどうする」と笑われた。
たしかに……。
でも、思いをこめてつくった本がちゃんと並べてもらえるのは、本当にうれしいこと。
地下一階の自然食の昼食バイキングもおいしかった! 
営業のYくんに、ごちそうしてあげた。

体中が痛かったので、今日は、とうとう整体へ。
「いやあ、見事にこりかたまりましたね~」と、感心(?)されて、えいえい、と。
「少し続けてきてもらえませんか?」「なかなか時間がとれないんですよね」
その後、美容院へ。
ポイントがたまっていたので、ヘッドスパなるものに挑戦。
オイルをつけて頭皮をもんだり、すっと冷たくなったり、熱くなったり、いい具合にほぐされた。
久しぶりに買い物でもしようとダイエーによったら、「サービスで洗剤がつきますからもらいにいってください」
洗剤やらなにやら両手に荷物をさげて帰ったら、もう夕方……。
1日は早い。
でも連休はいい。気分的にダラ~リとできます。

昨晩は、お盆のお送り火をたいた。
KAZUもいたので、ほうずき提灯をもって通りまで見送ってもらった。
「ほかの家、どこもやってないじゃない? ちょっと恥ずかしくない?」と言いながら。
ハリーもでてきてつきあってくれる。
いいじゃあないの。駅にできた高層マンションの明かりが煌々とともっているけれど、ろうそく一本のほうずき提灯の明るいこと。
ちゃんと行く手をともしてくれる。
「また来年ね~」と、通りの向こうに手を振った。

朝、プランターにいれておいたゼラニウムを庭に植え付け、芙蓉の葉を伐採。
ユウガオのつぼみが3つついているのを発見し、おじいちゃんに報告。
KAZUもでてきて、しょうがやにがうり(ほろにがくん)、きゅうりの伸び具合をみてくれた。
植物は青々と夏に向かって伸びている。
ペチュニアが赤とピンクの花を咲かせている。
 
2010年7月11日(日)
昨日は楽しいドライブ、今日は雨にぬれ……
昨日は、サンタポストの粕谷亮美さんと、野上暁さんと、甲斐大泉(小淵沢から小諸線で2駅目、清里の手前)の「絵本の樹美術館」へ行きました。
私が編集を担当し、野上さんが著者の一人である『考える絵本6 子ども・大人』(野上暁、ひこ・田中文、ヨシタケシンスケ絵)の原画展が開催されているからです。
その美術館のそばに、田中周子先生のお宅があり(『針と糸でつくる』、『おばあちゃんの出番! 孫と楽しむ手の仕事』の本を書いていただいた著者・前者のさし絵はシーラ)、粕谷さんともお知り合いなので、美術館で待ち合わせを。
美術館の館主は、田中裕子さん。グランママ社ですてきな本もたくさん出されている。
→http://www.cam.hi-ho.ne.jp/g-mama/(コピペしてください。展覧会の情報も掲載)
KAZUが一歳前のころ、グランママ社の『うたえほん』を開いて毎日歌っていた。
美術館のショップに並んでいて、「ああ、なつかしい~、この本にお世話になりました」。
美術館の一階は、さるかに合戦の世界に入れる空間となりきりグッズがある。
それらは、すべて布の手作りの品。思わずサルの家にあがりこみ、「粕谷さん、いっぱいどう?」と、お酒をすすめる私(とっくりとおちょこがそろってましたもので。やっぱり私は敵討ちされる役どころか……)。
二階の展示も楽しく、なにより本が売れているというのがうれしい!
図書室には、懐かしい本もたくさん並んでいて、馬場のぼるさんの猫ちゃんぬいぐるみと写真をぱちり!
絵本や童話の世界にあこがれていたころが蘇り、タイムトリップ!!
5人でお茶を飲んで話していたら、なんだか人脈がどんどんつながって、「おお~!」と驚くことしきり。粕谷さんは『あなたの知らないカビの話』と『あなたの知らない細菌の話』の本を出し、野上さんも『子ども学 その源流へ』をとりだし、私も『ナーガの杯』を出し、楽しいおしゃべりはとめどなく続いていく……。
でも、残念なことに、この美術館は今年で閉館予定だそう。
ぜひ、11月までに一度いらしてみてください。
気持ちよい空間と、すてきな選書。本について語り合うのにぴったりの空間。
とても楽しくてすてきな時間が流れている場所です。

その後、田中先生のお宅の庭先で、ジューンベリーとうこぎをとって食べさせていただいたりして、絵本ミュージアムの酒井駒子さんの展覧会に。
原画がすばらしかった。印刷ではなかなかでない色に、出版社の人も苦労しただろうけれど、こうすればでるのかなあ、ああすればどうだろうと、職業柄、思いを巡らせていた……。
それから、フィリア美術館のケーテ・コルヴィッツ展示へ。
ここに来たかった!
ケーテ・コルヴィッツは、第1次世界大戦で末息子を、第二次世界大戦で孫を亡くした。
亡くなった息子を抱いた母の像「ピエタ」には、思わず涙がぽろり。
もう一作、見たかった「母親たち」(戦争連作6)は額装がえで不在。残念!
でも、2、3年に一度、所蔵作品を出してケーテ・コルビッツの特集をするというので、そのときにまた来たい。
第二次世界大戦終戦間近でこの世を去ったコルヴィッツ。
ナチスへの抵抗をつらぬきながら、深い慟哭のような作品を残した……。
小淵沢の駅まで田中先生に送っていただいて、ビールを買いだして(!)電車に乗る。
思わぬ晴天の日、とびきり楽しい1日でした!

今日は、家の掃除とお盆の用意、と思っていたら、伯母が入院したという知らせ。
あわてて電車にのり病院へ。
慢性の心不全が悪化して2週間くらいの入院ということだけれど、本人はいつものとおりにおしゃべりしている。
でも、その階のみしか移動してはいけないというので、必要なものをそろえてきた。
帰りに、お盆のお迎え日の飾りを買い出しした。
仏壇の脇に立てる笹、それをつなぐ縄、仏壇に敷くござ、おから2束、ほうずき、蓮の葉、みそはぎ等……。
雨が降ってきたので、お墓参りはあきらめ、自転車を飛ばして家へ。
ぐっしょり濡れそぼって帰りました。

いろいろ報告も残っているのですが、今日はこの辺で。
庭の青虫は、その後、蟻が鉢にたかっているので不吉な予感がしたら、やはり1匹に減っていた。でも、その1匹はぷくぷくと太り、山椒の葉を食べ尽くし、旅にでたもよう。
絵本の樹美術館に「はらぺこあおむし」のリアルな青虫ストラップがあったので、思わず購入。 無事、サナギになり、羽化するんだゾ~!
 
2010年7月4日(日)
うわっ、増えてるし…
庭にでて、さんしょの木をのぞいて、一回り大きくなった幼虫を確認。
おじいちゃんに、「ほら、こんなに大きくなったよ」と鉢を見せようとしてもちあげたら、「あ!」、なんともう一匹いる。
「3匹になってるよ、葉っぱが足りるかなあ」というと、おじいちゃん、にこにこして、
「もう1本、さんしょの木買ってきたら?」
「いや、それって……」
そこに幼虫がもう3匹やってきたらどうするのよ、ねー。

seino3から、「詩誌 かもめ号 26」が少し(だいぶ?)前に届きました。
私はこの詩誌がだいすき。なぜって、文字だけ、贅沢にシンプルに並んでいるから。
私もじつは詩を書くのが好きで、とくに高校時代、何冊も何冊も書いてた。
でも、それは内面のつぶやき(今なら一人ツイッター?)で、詩にはなっていなかった。
だから、seino3の詩を読むとうれしくなる。詩人てすてきだなあ。

「地球上に二人だったら」

きらいな子と、もし地球上に二人きりだったら?と想像する女の子。
むずかしいね、これって永遠のテーマだよね。
無理して好きになることはない。でも距離をたもちながら、いいところを発見することはできるんじゃないかなあ。好きじゃなくても力をあわせることはできるはず。いっしょになにかやれば、その先にまた別のものが見えてくるかもしれない。
ほかに「マグマちゃん」と「お年玉」。
seino3の詩は、「詩集~風の景色~」で読めます。
→http://harukaze77.blog106.fc2.com/

もう一冊。詩集のご紹介を。
『空が青いから白をえらんだのです 奈良少年刑務所詩集』(寮美千子編、長崎出版)
寮さんとは、昨年末にお会いしました。
私は寮さんの作品が好きで、ぱろる舎で出していた『ノスタルギガンテス』とか『ラジオスターレストラン』とか読んで、そのざらざらした、深く掘っていくような、鋭い感性をもつ作家像をイメージしていたのだけど、実際にお会いしたら、とびきり明るい笑顔でけらけら笑い、すごいパワーでぽんぽんはずみながら続く楽しい会話にびっくり! 
そんな寮さんだから、今度の本をつくっていった情景が目に見えるよう。受刑者の少年たちと笑ったり泣いたりたくさんおしゃべりしたり……。
たった一行で、タイトルにもなっている、

「  くも

 空が青いから白をえらんだのです」

は、無口なAくんの作品。この詩を朗読した後に、堰を切ったように母親の話をはじめたそうです。六年前に母親は、「つらいことがあったら、空を見て。そこにわたしがいるから」と言って亡くなった。自分は、体の弱い母親をいつも殴っていた。……すると教室の仲間たちが次々手をあげ、「ぼくは、おかあさんを知らないので、この詩を読んで、空をみたら、ぼくもおかあさんに会える気がしました」「この詩を書いたことがAくんの親孝行だと思います」と。発言後に自分の母親を思い、おいおい泣き出す子も……。
たった一行の詩にこめられた思いとそれを受けとる人。
本来の言葉の持っている力を感じました。

比べるべくもないけれど、一時期、女子校で教えていたことがありまして。
詩を書いてもらい、一人一人呼んで声をかけ、いいところをほめた。
ほかの子は読書の自習。
驚いたのは、高校2年生になるまで一度も教室でほめられたことのない子がけっこういたこと。先生と二人きりで話したことがなかったという子も。
自分の書いた詩をみなとても大切にし、またすごく恥ずかしがっていた。
自分の思いをのせる自分の言葉。
一見ありきたりで、どこにでもある言葉とその並びだけれど、それをその人の表現として受け止めてみると、まるで変わってくる。
自分の思いを言葉にのせて表現することは、生きるうえでとても大切。
周りが自分の表現を言葉によって受け止めてくれる、という実感を味わえたなら、人の表現を受け止めることにつながる。
するといままで何気なく読み飛ばしていた言葉が、自分に迫ってくる。
文学と出会うきっかけにもなる……。
言葉がもっている本来の力を発見する場を、もっともっと教室に、そして生活の多くの場にとりもどしていければいいなあ。
と、2冊の詩集を読みながら思いました。
 
2010年7月3日(土)
アゲハの幼虫大変身!
シーラ、昨日は遅くまでお疲れ様でした!
今日も朝から仕事でだいじょうぶかな?
無事を祈っています。

昨日は、シーラが会社の仕事を終えてから、打ち合わせに私の会社にきてくれた。
『悲しみにおしつぶされないために~対人援助職のグリーフケア入門』という本。
8月25日完成予定。
それまでに赤字を入れ終わろうと、必死に赤ペンをにぎり、ゲラを読む。
たどりついたシーラも、迎えた私もどちらも顔にはどっと疲れが……。
はい、それからがんばりましたゾ。
直しの説明をして、カバー、帯、表紙の紙を選んでいたら、社にMさんが帰ってきて、「すみませんけど、急ぎでイラスト1枚お願いします!」「え??」
飛び込み仕事の打ち合わせもおわり、となりの店でビールで乾杯!
二人でおしゃべりを楽しんでいたら、Mさんと子どもの未来社の奥川さんもやってきて、また「乾杯!」
賢治絵本や大逆事件の本の売れ行き状況(大逆事件の本、先週の日曜、朝日新聞に紹介されました!)や、新しい企画の話や、会社のごたごたのぐちや、酒飲み会の企画や、なにやら、わいわい、よくしゃべり、よく飲んで、気づいたら、あっ、こんな時間?! あわてて帰りました。
家にたどりついておじいちゃんの部屋にいったら、なんかおかしい。
熱がある。あわてて起こして水と薬を。
そういえば、今日は公民館で金曜会があり、おじいちゃんは講師なんだけど、プリントづくりに熱中していたなあ、と。
KAZUが「おじいちゃん、夜中まで起きてがんばるのは体によくない!」と。
ほんとうだよ、年を考えてよ。酔いがさめたよ。(また、ビール飲み直さなくちゃ)

今朝、庭に水をまこうと、さんしょの木をのぞくと……。
「あっ!!」
幼虫が脱皮して変身した!
鳥の糞のようだった黒い虫が、今やきれいな緑色の幼虫。
1匹は葉っぱの上にちょこんと乗り、もう1匹は葉っぱの裏にぴとっとくっついて、顔だけのぞかせている。か、かわいい……。
おもわずなぜようとして、指をひっこめる。おどろかしてはいけないぞ、と。
KAZUに「保護しようか。鳥がくるかもしれないし」というと、「微妙なところだね」と。
まあ、このまましばらく様子をみよう。
首周り(?)の模様の細かくてなんてきれいなこと。
つっついたら、赤い臭覚をだすのかな。
今日のところは誘惑に負けず、そっとしておこう。
夕顔のつるがきれいにきっちり棒に巻き付いていた。
そういう遺伝子が組み込まれているんだね。
なんかとっても不思議だなあ。
 
2010年7月1日(木)
アゲハの幼虫が……
我が家の門の生きたブローチ、アゲハのサナギは、無事、月曜日に旅立っていきました。
火曜日の朝、いつものようにサナギをみたら、「あ、色が変わっている」
中身がすっぽりなくなっていました。きれいな抜け殻。
おじいちゃんを呼んで見せました。
KAZUにメールしたら、「オレも見たよ。でも、何かに食べられたんじゃない?」と。
前に蜂に卵を産み付けられたのは、さなぎの下に穴が開いたけど、今度のは上のほうがきれいに裂けていた。雨の日に無事に羽化したと思うよ。
「それはよかった。(^o^)」

ほっとした。
のもつかの間……。
今朝、庭に水をまこうとしたら、さんしょの木がなんか変。
てっぺんあたりの葉っぱがまるごとない!
顔をちかづけたら、ああ! 鳥の糞のような虫が2匹くっついている・・。
ナミアゲハの幼虫? 前に育てたのとにているぞ。
いったいどこで聞きつけてやってきたのさ、こんな小さなさんしょの木に。
それに、この木で2匹養えるのかなあ。ううむ、複雑な気分。
これからどんどん大きくなるだろうから、とりあえず明日も見てみよう。
 
2010年6月27日(日)
花壇のある庭
昨日は、上野の国際子ども図書館へ行ってきました。
日本ペンクラブの子どもペンの催しで、~いま、世界の子どもの本は?~~
角野栄子さんが「魔女から見た世界の子どもの本」というお話を、
ショウ イーフンさんと令丈ヒロ子さんが、「いま、台湾の子どもの本は?」
という報告をしました。司会は野上暁さん。
どちらのお話もおもしろかった。
令丈さんは「若おかみ」シリーズで台湾のことを書くので、取材で北投(ペイトウ)温泉と小学校へ行かれた。青い鳥文庫は、台湾でも子どもたちにとても人気だそう。
その話をききながら、「鬼・桃」台湾旅行のとき、霧の山中を恐ろしくがたがた揺れるバスでたどりついた温泉が蘇りました。楽しくスリリングな珍道中……。
その後、お疲れ様会。
私は、上野高校へ通っていたから、久しぶりの上野は懐かしく、不忍池に蓮がびっしり広がっているのを見ながらお店に入ると、なんとれんこん料理満載の店!
レンコン、大好き! ハッシュドレンコンなんていうものあったし、レンコン海老はさみあげや焼きレンコンや、レンコングラタンや、きんぴらレンコン、もちろんからしレンコンも……。
子どもペンに入っているおなじみの編集者さんたちや作家さんたちと飲みながら、子どもの本の状況や、プラハのブックフェアの様子や、来年のブックフェアのことなど、いろいろ話がきけて楽しかったです。昨日までの仕事の疲れが一瞬ふっ飛んだ(気がした)。
とくに、台湾のショウさんとは、媽祖様で盛り上がりました。
旧暦の3月、新暦で4月半ばに大きな媽祖様のお祭りが台中であるのだそう。
いきた~~い!と、すでに気持ちは海を越えていたのでした・・。
次回の子ども図書館での会は、9月25日です。今回も申し込みが多くて抽選でした。
行かれる方は早めにチェックしてくださいね。
同じく、9月23日は大隈講堂で子どもペンの催しがあります。
予定は「日本ぺンクラブ」のホームページへどうぞ。

で、帰りに駅前で花と野菜の苗を買って帰り、今朝、植え付けました。
「いや、よくこれだけ買ってきたねえ」とおじいちゃん。
(酔っぱらいは大胆なのです……)
土をスコップで掘り返し、冷蔵庫で忘れられていたカビの生えかけたおからと油かすと塩(裕子さんに習った)を混ぜて、柔らかくしてから、いざ、植えん!
「ほろにがくん」というゴーヤも植えた。
それに、ブルーサルビアやニチニチソウやユウガオ(朝顔は売ってなかったのね)など。
本で調べたら、インパチェンスは日陰につよいとか。
とりあえず、庭に花壇らしきものができました。あら、きれい。チュラサヨ~~
奥のほうでは、しょうががつんつんと伸びている。
しょうがの収穫はまだまだ先だね。シーラのうちのも伸びてきたかな?
いっしょに千倉で買ったショウがなんだよね。
今年うまくいったら、来年はもっと植えようっと。
日当たりをよくしようと、藤つるや芙蓉の葉を落としていたら、芙蓉の葉の間をスルスルと逃げていったものがいる。そうっと見ると、ヤモリさん。
朝ご飯中だったのね。失礼しました。
 
2010年6月24日(木)
我が家の門を飾るもの……
シーラどうも、「グリーフケアの本」おせわさま!
要求多くて悪いね。どうかよろしく。M先生もいい本になりそうだと喜んでいます。
この本の最初はサンタポストの粕谷さんにテープ起こしを手伝ってもらったのでした。
みんなの力が本に凝縮するはず!です。

昨日は、沖縄慰霊の日。
いつかこの日に沖縄へいって、参加したいです。

ウォーク9の写真、楽しみね。
私も、前にシーラの家に行く前に、カフェスローで3時間くらいみんなの報告を聞いたのです。笑いあり、涙あり、涙あり、歌ありのすてきな報告でした。
一部でいいから私たちも参加したかったよね。
今、T先生が韓国を行き来しています。そのうちなにかイベントを組むと思う。
参加できないものだろうかね。参加できなくても思いだけは持ちつつ、なんらかの形でかかわれたらいいね……。

格子戸の1本に、アゲハ蝶がさなぎをつくりました。
「お母さん、そこ気をつけて」とKAZUに言われて、「おー、おー、」と二度叫んでしまった。
なんでこんなところに……。
茶色い格子戸の一本にきれいな黄緑色のさなぎが、道にむかって斜めにつきだしている。
危ないじゃない、すごく危ないじゃない。誰かひっかかったらどうするの。
なにこれ?と、つままれたらどうするの。
とはいっても、どうすることもできないので、見守ることにしました。
まるで、胸につけたブローチのように、我が家の門を飾っているサナギ……。
 
2010年6月22日(火)
韓国ウォーク9の写真
「グリーフケア」の本では、たいへんお世話になっております。もたもたしていて、ごめんなさい。

去年出版した正木高志さんの『蝶文明』が韓国で翻訳出版されることになって、韓国の出版社から、ウォーク9の写真等掲載したいので、探してほしいと連絡がありました。
今日は、正木さんの紹介で、小金井に住むSさん(女性)にお会いしました。
彼女はウォークの最初から最後まで参加して、たくさん写真を撮って来られたそうで、いろんな写真を見せてもらいました。
半そでTシャツで、真夏の日差しの中でスタートしたウォークは、途中で木を植えたり、音楽イベントを開催したり、地元の人々のお世話になりながら、最後は日中でも-10℃という寒さの中でゴールを迎えました。
写真1枚1枚について、ていねいに説明していただいて、まるで自分が行って来たかのような、いい気分にひたってきました。
Sさんは、途中の尼寺で髪を剃ってもらったそうで、それ以来気に入って、自分でバリカンで刈っているのだとか! 長さ3~5㎜!? とってもさっぱりしたヘアスタイルでした。
 
2010年6月20日(日)
生きとし生けるものの世界へジャンプ!
西沢杏子さんが『青い一角(つの)のギャロップ」を送ってくださいました。
西沢さんは、虫めづる姫。作家で詩人。
じつは私は子どものころ、虫が苦手でした。ミミズも芋虫も鳥肌がたつほどきらい。
遠足の芋掘りで、みみずが土から出てくると卒倒しそうなくらいだった。
なのにどうしたことか。
今は、青虫の頭をなでられるくらいになってしまったのね。
虫を見ると生命の神秘を感じ、自然のなかでその姿を発見すると、虫の体の色が輝いて見える。そのとき、私は人間ではない立場にたっている……。
今朝、朝日新聞の「ひと欄」に載っていたのは、アメリカ人の虫好き女性。
アメリカで「虫好き」はとってもとっても珍しいのだそう。
彼女は、「虫をめづる国・日本」を知り、歓びでクラクラっとしたとか……。

本題です。
この本は、主人公の理子が、お姉さんの知子、ユニコーンのブローチ、レースドール、ピアノにからんで、絵から飛びだしてきたユニコーンに乗って音階の国へ冒険の旅へでます。
そう書くと、少女らしい美しい世界の話に思えるけれど、ドの国で登場するのは、なんと、どろまんじゅう。ミはミミズ、ソはそら豆。
ミの国では、土の中の穴に理子が移動すると、巨大な大蛇ほどもあるサンマイダというミミズが、理子の友だちがかけた、おしっこまみれになり苦しみ、のたくりながら登場。次に、やせこけてしわっぽいガリガリ博士のミミズ、さらに、ぷりぷりに太ったもりもりくんミミズ。ミの国を出るときに、サンマイダミミズはS字にくねったまま死んでいる。
ソはそら豆天国。そら豆たちは、害虫から逃れるために、巨大シェルターをつくる計画をすすめ、「実よけ」「種なし」「実いらず」の新薬を使って巨大そら豆のさやだけをシェルターにしようと育てたつもりが、中には畳一枚分もある、色あせた緑のしわしわ巨大そら豆が育っていた。
理子は、ふつうのそら豆から「害虫さん」と呼ばれるけれど、合い言葉を覚えたので仲良くなり、病的な巨大そら豆におそわれる。
さてさて、この話をどう読む? 現実世界では、人間が都合よく品種改良し、種をつくらない品種を多くつくりだした。遺伝子組み換えをし、種を独占する巨大企業が農の世界を牛耳り、借金を返せずに農薬を飲んで自殺する農民たちがいる……。
次のラの国には、孤独なゼロライオンがいて、獲物がほしいが友だちもほしいという究極の選択の中にいる。理子がすすめたのはタバコ。ゼロゼロせきこみ、苦しみながらタバコを吸い、ライオンは「ほんとうの友だち、ほんとうの恋人に会える日、同時にゼロ(0)リボッチになれる日を待つ」という。孤独と生きることとの関係はなんと深いことか……。理子は自分のなかに孤独をちゃんと据えている。
ここまでで、作者は、死、ゆがんだ生を与えられた憎しみ、孤独という3大テーマを描いている。いや、じつはもっとたくさんのテーマが盛りこまれているのだ。
さて、物語の本題。シの国では、現実の世界と同じように、姉の知子と同じ名のシマリスとその家族がいて、行方不明になっていた猫の風太が、タラヨウの葉っぱに手紙をかいて毎日出している。この国に理子の家族と猫の風太がいてよかった、と私は思った。
なぜなら、姉の知子は理子よりも優秀で、とくにピアノについては母の期待を集めている。そして完璧主義者だ。ところが、知子は家のピアノを弾けなくなってしまったのだ。理子は、それは自分のせいでもあると思い、ユニコーンと旅にでたわけだ。
ファの国で、知子は理子に、自分の壊したレースドールに渡してほしいと、レースドールの愛するユニコーンのブローチをたくす。
それでも、シの国には、知子の分身である知子リスがいて、母親と父親のかげに隠れたままだった。レースドールのところへ行くという決心をひきだすのは、理子の歌。知子は、理子の歌に共鳴し、自分の歌を歌いだす。
完璧主義者の知子。少しこわれたら全部壊してしまうという、その業の深さのリアリティにちょっとぞっとする。自分を守るための感性と、外とつながろうとする感性のバランス。そのバランスのとり方は理屈ではない。だれもが自分にあったやり方で身につけ、メロディのように奏で続けていくものなのだ。
私たちは性として、多かれ少なかれ、自分の理屈に人や動物や物事をあわせようとする。でも、一人の理屈で世の中はまわっているのではない。
一人ひとりが、それぞれ広く豊かでごっちゃな内面世界をかかえ、そうして、数え切れない種とのつながりの中で生き、生かされているのだ。
そのことを、理子はつかもうとし、そして私たちも理子の世界を旅しながら、自分の内面世界の豊かでごっちゃなそれを思い返す。
そうして、私たちは物語を読みながら生きるバランスをさぐり、それを自分のメロディとして奏でていることに気づく。
家族との関係、自分の才能や生きる道、もっともっと大きなつながりの世界のなかの自分。足下にある小さな小さな無数のつながりの世界をかいま見る自分……。
私たちは自分のメロディを奏でながら、ひとの奏でるメロディに耳を傾け、共鳴して生きているだろうか……。
「深い恨みと悲しみの果てに、永久のよろこび」はほんとうにあるのだろうか。
作者は難しい問いを、子どもにも大人にも、人間にも投げかけた。
また、この物語は、ひとつの枠におさめようとしないで、少女の内面を描き出している。
近年、形におさまってしまう物語が多いのではないかと感じている。
それは物語をつくるものが、知らず知らずのうちに物語にからめとられているからではないだろうか。物語からの要求や、読者、しいては編集者や出版社の要求を察してしまう。しかし、それはどこからくるのか。それは私たちが今生きている社会を注意深く見る必要があるのではないか……。
そのことをよく考えてみると、私たちが本当に必要としているのは、これが物語だという典型の物語ではなく、ひとつの形や理屈におさまらない物語ではないのだろうか。
読みやすさだけでなく、わかりやすさだけではなく、深く混沌としていてなおかつ生きる論理をたくさん抱えている。本来物語とはそうであったのではないかと思える。
神話とは、人間と自然世界とのつながりの形を描いた哲学だと、中沢新一さんは書いていたように思う。
この本は、さまざまなテーマが消化しきれていないように見える物語でもある。
でもだからこそ、多くのことを消化できない自分を投げ込み、旅にでることができる。
私自身、深い恨みと悲しみの果てに、永久のよろこびがあるのか、まだわからない。
自分のメロディを奏でながら、人のメロディに耳を傾け、共鳴していくその道の先に、永久のよろこびがあってほしいと思う。
そんな願いを思いおこさせてくれる作品だ。

(なお、これは私個人の読み方でありますから、それぞれの物語として読んでくださいね)

昨日、ポーチュラカという花と、ペチュニアとを2色ずつ、それにキンセンカ3色を買ってきたので、今日、庭に植えてみました。
新しい盛り土は水はけが悪そうで、おまけにクーラーの排気口の風も幾分かかり、日照時間も短く、だいじょうぶかなあと心配……。
まずそうだったら、鉢を吊すようにしましょう。
お花を買ったのは地元の八百屋さんで、市場から新鮮な花を仕入れてくれます。
店先に鳥取砂丘のらっきょうがでていたので、ふらふらっと手をだしたら。
「この前テレビでやっていたのだけど、先に塩漬けするなんて面倒くさいことしないでも、熱湯に10~20秒入れて、それですぐに酢につけるとうまくできますよ~」と。
昨晩、がんばってやってみましたが、さあ、できは??
 
2010年6月20日(日)
サボテンの花
♪「ほんの小さなできごとで……」
口ずさみながら、朝食をつくる。
なぜって、私の部屋の窓辺でサボテンの花が開いたから。
黄色くてとても大きな花。
KAZUが小学校3年生くらいのとき、「あ、ふしぎばなだ!(ポケモンの)」と思って、甥っ子と二人に買ってかえった。
あれから10年が過ぎようとしているのに、サボテンったら全然変わらない。
小さい体に、大輪の黄色い花を一輪、この季節に咲かせる。
そういえば、ふしぎばなの編みぐるみも編んだっけね。
KAZUのお気に入りはふしぎばなだったから。
150のポケモンの変化形も覚えて、しりとりもすらすらできたけど、今となっちゃ全部忘れているなあ。
ポケモンぬり絵の型をつくって、コピーして保育園に差し入れしたこともあったっけ。

♪「たえまなく降り注ぐ この雪のように
  君を愛せばよかった~」

楽しかった思い出なのに、もうずいぶん前のことになって、サボテンの花を口ずさむと、ちょっと切ないような気分になるのでした。

昨日の大逆事件のシンポジウムは、聞き応えのあるものでした。
社会と文学、文学の言葉はどういう力をもつことができるのか。
文学の言葉は、今、どのくらいの力をもっているのか。
文学を書く者と研究する者がさまざまな角度から考え続ける。
「そうだよ、私も書く者なんだ」と、自覚をあらたにしました。
ところで、沖縄文学の発表もあったのですが、今となってはどう?
沖縄のことは封印されたかのように、政権も、マスコミもふれない。
さぞ、沖縄の人は落胆していることでしょう。
『沖縄戦が問うもの』
(林博史)~我々は何度沖縄に捨て石を強いるのか~
という本を出しました。でも、今手にとってもくれる人は少ないと思えます。
何ができない、これもできないという前に、大事なことは覚えておこう、心にとめて、しっかりとめて、意識して忘れない、ということを自分に課そう。

 西沢杏子さんが『青い一角(つの)のギャロップ』(角川学芸出版)という、かわいい本を送ってくださいました。
 近々あらためて紹介させていただきます。

昨晩、劇団での知人のさっちゃんが電話をくれた。
「本読んだよ!」と。
で、誰かと話したかったのだけど、近くで同じ本を読んでいる人がいない(そりゃそうでしょうとも)。そこで、私に電話をくれたというわけ。
さっちゃんは、ビン笛のグループをやっていて、昨日、NHKで放映されました。
10月にコンサートがあるというので、決まったらここでお知らせします。
懐かしかったし、うれしかった。
さっちゃんの元気なおしゃべり、久しぶりに聞きました。
聞いてみないとわからない、うわあっと吹き出すような迫力あるしゃべり!
本の踊りの部分が舞台のように目の前に見えた、と。
舞台の前のあの緊張した一時、
舞台に光が入ると、まるで別世界の空間のように思える。
その舞台へ一歩を踏みだす。
毎日舞台にでていても、その緊張感は薄れることなく(きっと薄れたらだめなのだと思う)、気持ちと体を引き締めるのです。

と、書いたら思いだした。
昨日KAZUが私のことをしげしげとみて、「お母さん、太ったんじゃない?」
「はあ?」
そりゃ事実だけど、なぜ今しみじみと言うのさ。
「いや、太るのは健康な証拠だからいいよね」
フォローになってな~~い!!
少し反省して、ひきしめるよう努力いたしまする。
 
2010年6月19日(土)
一週間、お疲れ様でした!
先週が怒濤の一週間かと思ったら、今週もでした。
いつも先の読みが甘いし、のどもと過ぎればなんとやらで……
だからやっていけているのかもしれません。
今週は、どうにか8月発刊の本を出稿しました。
やっと訳ができたのですが、表指定が多くて、なかなかすすまず。
表指定は、デザイナーさんが丸ごとつくってくれれば楽だけど、指定で出すとなると、横の枠が○ミリでいくつ、幅合計○ミリ、縦の枠が○ミリで何段、長さ合計○ミリ、罫は○ミリ罫、中に入る文字の大きさと書体は、○級で○体、罫からの空きは○ミリ、というような感じです。それがたくさん。
けっこう楽しい作業なんだけれど、時間がないとなると頭フル回転でやっているので、時折プスプスとショート気味。
7月の絵本の色校がでて、8月の本はシーラに組をたのんでいて、9月の本(2冊ある)の打ち合わせがすすんで、出稿準備にかかっていて、それ移行の本(すでに来年のものも)の打ち合わせと準備をしている……、といった感じでしょうか。
ちょっとひと段落というわけではないけど、来週は先週より楽なはず!?
走って帰ってきて、夕食や片づけなど終えて、さあ仕事にかかろうとすると、22時半をまわっている。ちょっと前までだいじょうぶだったのに、なんだかねえ。けっこう疲れるのね。
シーラも、ご飯を食べたらそのままうとうとして朝まで寝ちゃった、と言っていたし。
まあいろいろあるけど、のりきりましょう。
山あり、谷あり、谷あり、山あり……。(平地はないのか?)
やどかりテラスのキリ番でいただいたカレンダーの今月の英語は、

 「だれも時をもどしてやりなおすことはできない。
 でも、だれもが今日、新しいスタートをきることができるし、
 新しい結果をつくることができる」

という内容でした。
ほんと、ほんと。
めげて、疲れて、たるんで、休んで……。
それでも今日また新しいスタートをきることができる!
あ、そろそろ出かけなければ。
 
2010年6月15日(火)
みんなでだるければこわくない
月曜日、家をでようとしたらくらっ。
どうしようかと一瞬迷ったけど、立っていられないので横になった。
次から次に人に会い、順調に打ち合わせをこなし、ほっとして目をあけたら、そこは自分の部屋のベッドの上でした、トサ。
ああ、笑うに笑えない。夢に入った瞬間がわからなかった……。
こういうのは一種の意識混濁というのでしょうか? あぶないなあ。
今日は、午前中社の会議。
ばたばたと仕事をして、大学へいって、監修の先生から訳のだめだし。
アスペルガー当事者向けの本なんですが、たとえば
「『きちんとやる』という表現はだめです。アスペルガーの人には具体的に書かないとわかりません。『この表とこの表をくらべて違いをチェックする』というようにね。ぼくたちは、『きちんと』という言葉にたくさんの意味をこめちゃっているんだなあ。それがアスペルガーの人たちにはわからないと思ってください」
たしかにおっしゃることはよくわかります……。みっちり3時間余。
自分の頭の中から日本語の語彙と表現を必死に駆使……
ああ、言葉が表現がでてこない、どうしてくれよう!
ワジワジ~(沖縄の言葉で気分悪い~、いらいら~)
なかなか苦労のいる本だけど、その苦労をする人がほかにいないなら、これはチャンスですから、苦労も喜んで買ってでる!
だって、唯一の必要な本になるのですものね。
1冊、1冊、本作りはハプニングの続出です。
家にたどりついてご飯をつくって、さあ食べよう!としたら、顎を動かすのもかったるくて、ついついビールばっかり飲んでしまった……。
今週もはじめから難所続き。
なにやら、シーラはぎっくり腰気味のよう。湿気がいけないんだよね。
お大事に。お願いしている仕事もぼちぼちよろしく!

「ぼくらはみんなだるいんだ。だる~いのは梅雨のせい
ぼくらはみんなだるいんだ。だるくない人はほっておこう」(懐かしい歌の替え歌で)

だる友の皆さん、だるいのはあなただけじゃない。体に気をつけて仕事しましょう!
 
2010年6月13日(日)
夜の庭、雨が近いかな?
夜、庭にでてみました。
蛾が網戸にきているのを、ハリーがつかまえようとしている。
庭をわたる風が気持ちいい。
すると、ノサリ、ガサリと、ひきがえる氏も登場。
「お、夜の散歩ですか? いや、夕食タイムかな?」
ハリーが飛んできて、にらめっこ。
「やめなさい、飛びかかっちゃだめだよ」
カエルの皮膚には毒があることを知ってか知らずか、ハリーはひきがえる氏を見逃しました。おりこう、おりこう。
夕方、少しだけ植え替えをしたのだけど、まずジャガイモを地植えにし、その横のしょうがを堀りおこしたら、お、芽がでている! ツンとした緑白色の芽。
「ちゃんと育っているじゃない、ごくろうさん」と思わず声をかけ……。
寒さにも乾燥にも強いゼラニウムには、がんばってみてもらおうとためしに地植えにし、ほかにもキンセンカやノースポールも。
もう花は終わってしまったようだけど、様子を見てみよう。
風が気持ちいい。雨を連れてくるのかな。
静かな夜。KAZUが走りに出て行った……。

◆6月19日(土)の大逆事件関連の会のお知らせです。
*2010年度 日本社会文学会春季大会
 大逆事件・韓国併合から100年~社会文学の可能性を問う
*フェリス女学院大学緑園キャンパス キダーホールにて
*入場無料
*開始は午前10時から自由発表
*午後1時からテーマ発表・シンポジウム・ディスカッション
  木下尚江と「1910年」ーキリスト教社会主義者の抵抗
*シンポジウム
 「1910年」からの問題提起・「帝国」に抗する想像力
 物語の殺意ーー天皇制が織りなすジェンダー表象
 沖縄文学の想像力
*ディスカッション
*閉会 17:00

 興味のある方はどうぞ~~! 私も午後から参加予定です。
 
2010年6月12日(土)
怒濤の一週間、壁の完成
今週は、怒濤の打ち合わせと原稿整理で、あっというまの一週間。
木曜日に帰るとき「まだ1日あるんだ~。あんまり疲れたから金曜日かと思っちゃった」
といって、皆に笑われました。(^_^;)
今日は、KAZUが学校へ行ってから、ちょっと寝て、また夕方寝て、その間に工事の最終確認……。疲れて、寝た、寝た。
夕方、庭にでてみると、ああ、なんだか別世界。
というと大げさですが、きれいな塀ができて、風が吹いて、土も新しくもってある。
というのは、塀の土台をつくるのに土を掘って、その分、盛り土も増えてしまったというわけ。
運び出してもいたんだけどね。
ここで畑ができるような錯覚に……。でも日当たりが悪いから無理なのよね。
朝顔の苗を買ってきて植えようかな。
猫のハリーに「見回りにいこうか」というと、「ニャ」と鳴いてついてきた。
どうやっておとなりに行くのかな? いつもは塀の隙間から行っていたけど、直しちゃったから隙間がないぞ、なんて思っていたら、あっというまに塀の向こう側にいた。
さすが猫! 人間の心配なんてものともせず。
ずっとうちの庭は日があたらない……とマイナスに思っていたけれど、このごろ、日陰の庭もわるくはないな、と思いはじめていたところ。
どくだみのそばに、雪の下の群落ができていた。今はないけれど、きっとまた生えてくるでしょう。なんとも清楚でかわいい花です。
シャガも少し移植しておいたので、また植えれば増えていくでしょう。
ヒキガエル氏もちょっと日陰の庭のほうがお好みのはず。ヤモリ一家もね。
夏は虫が多くてたいへんだけど、庭のことを考えるとうれしくなってきた。
萩の紫の花がこぼれるように咲いていて、南天はつんとした白いつぼみをつけている。
脚立の上にのせていた折り鶴蘭は、花芽をひょろんと伸ばしはじめた。
ジャガイモはどんどん青い葉をのばしている。でも、ショウガの芽はでないなあ。
枇杷の苗も青くて元気。山椒もバジルも。
さあて、さて。みなさん、庭が新しくなりましたよ!
気持ちよく過ごすために、お手入れしましょうね。
小さな日陰の庭なのに、いろいろな草木があるもんだなあ、と庭を見直した今日。
 
2010年6月6日(日)
日傘をさして……
昨日は、カフェスローでサンタポスト主宰のイベント、「バオバブと納豆菌の話」。
85人以上も集まって、とても盛会でした。
粕谷さんのかわいいお二人の娘さんたちといっしょに受付をして、楽しかったです。
「おかげさま市場」という全国のオーガニック調味料や世界のオーガニック食品を売るお店がカフェの入り口にあらたにできて、福島のウスターソース(このごろウスターソースってあまりみかけないでしょ、おじいちゃんの必需品!)とオーガニックのバルサミコ酢、シーラのおばあちゃんに、国産大豆と赤レンズ豆とひよこ豆ブレンドを買いました。
って、買い物にきたんじゃないのよね!
顔見知りのスタッフや店長さんと話をしていたら、お店のスタッフで『9をまく』という9条の本をいっしょにつくったYさんが、子どもを二人連れてやってきた。
いつもは忙しいから、休みの日に、トイレにおむつをかえられるクッションを設置しようと寄ったのだそう。かわいい娘さんと楽しいおしゃべりの時間。
おしゃべりってこんなに体で楽しむものなんだ、とちょっと感動。
また孫が増えた、という感覚に……。
ビールで乾杯の後は、みんなでわいわい。
おみやげは納豆でした。
シーラの家にかえって一杯やるときにつまみに食べた。
verry good!でございました~~。

今日は、シーラのうちで、次にたのむ仕事の打ち合わせと(8月発刊のメンタル系の本のデザイン)、お礼状やらを作成。
二人でお菓子やさんまで日傘をさしてでかけました。暑かった~。
なんか大学時代も二人で日傘をさして歩いていたし、芝居でも日傘をもって登場する場面があったなあと、ぼうっと思い出しました。
会の写真を見ながら、おばあちゃんとAIちゃんと笑ってもりあがりました。
朝からごちそうで、昼もごちそう+ビール、おばあちゃん、ごちそうさまでしたーー!!
(裕子さん、シーラの家の枇杷茶を飲んできたよ。おいしかった)

夜、劇団風の子研究所の同期生のカンちゃんから電話がきた。
「本だしたんだってね、みんなに知らせたよ」
みんなとは、同期生のこと。うひゃ~、恥ずかしいなあ。
アマゾンで一時品切れになっていて、今日買えたんだよ、と。
カンちゃんもCDを制作中とのこと。できたらここで宣伝しますね。
稽古場で、だいたいカンちゃんはギターを抱えてあぐらをかいていた。
私はとなりに座って、歌詞を考えたり、台本を書いたり、小道具をつくったり……。
「こんな感じでどう?」 コードがジャラン、ジャーンとなって、曲ができていく。
思わずカンちゃんの手元をのぞきこむ。皆が歌いだす。新しい曲の誕生!
楽しい時間だったなあ……。
○十年前の同期生から電話ももらえたし、本を出してよかったです。

今週は打ち合わせや会議や入稿で息をつく間もなさそう。
おまけに家では塀の工事。おじいちゃんが疲れそうだから走って帰らねば。
暑くなってきたので、皆さん、体に気をつけてくださいね!
シーラもね!!
 
2010年6月5日(土)
続々出版おめでとう!のイベントが
月曜日は、仕事帰りに劇団でお世話になった神田さんのお宅へ、多田徹さんのお見舞いに伺いました。
多田さんの本は、『僕のロングマーチ・・児童演劇50年』という本で、私が編集を担当しました。戦後の焼け野原で、「子どもに文化を、演劇を、本を」とはじまった活動が、劇団風の子になり、他の児童演劇運動や子どもの運動にもふれながら現在までの道のりを書いています。この本は絶版ですが、私の手元に数冊あります。もし、ご希望の方がいらっしゃれば、メールでご連絡ください。多くの人に読んでいただきたい本です。生きた児童演劇の歴史の本はとても貴重ですから。なぜ子どもにかかわったのか、なぜ児童演劇「運動」なのか。

劇団の高坂さんが本を80冊も注文をしてくださって、土曜日に注文がきて、中嶋さんがすぐに手配してくれて、火曜日にど~んと我が家へ。
重いので、玄関に正座して夜なべでサインし、書評のコピーをはさんで、再び梱包。
水曜日の朝に発送。自画自賛ですが、早業でした……。
電報やお花を贈ってくださった皆さんにお礼状等を用意しているうちに、あっというまに一週間が……。
しかし、その間、大学時代の友だちが会へ差し入れてくれた「獺祭」を、裕子さんにいただいた備前焼きのぐい飲みで、おじいちゃんとぐびり、ぐびり。
二人で争って飲んで、あっというまになくなってしまいました(え~~ん!)
シーラ、私たちだけでのんでごめん。なにか埋め合わせを。

今、山中恒先生と「戦中児童文学」の本をつくっているのですが、昨日社に電話がきて(先週から韓国へ行かれていた)、「蛇神の杯、読んだよ。なかなかおもしろかったよ」。「ヒエ~~!」(会社でどっと冷や汗かきました。普段はこちらがゲラを読む立場なのに、読まれてみれば、作家さんの気持ちが少しだけわかりました……)
その後に「おれはね、一作目だけはかなりほめるんだよ」と。(^_^;)

今日は、サンタポスト主催のイベントがカフェスローでありますが、その前に、現代女性文化研究所主催の「大逆事件」のシンポジウムが、四谷の主婦会館であります。
そうそう、『革命伝説 大逆事件1 黒い謀略の渦』(神崎清著・子どもの未来社)が発刊(復刊)されました!(シーラ、表紙をアップしてね)
故・松本清張さんが推薦しています。
「その筆は虚偽を告発する文学者の情熱である。現在の政治権力の傾向を考えるとき、この本は何度も読み返されるべきであろう」
大逆事件の真実をあきらかにする会の山泉進さん(明治大学副学長)が巻頭言を書き、おじいちゃんも編集に加わりました。
私はそばでさわいでいただけですが、一巻目がでてとてもうれしいです!
子どもの未来社とは、賢治絵本(お仕事部屋参照)でもお仕事しましたが、この大逆事件復刻でもおつきあいをしています。小さいけれど(他社のことはいえないが)とてもすてきな出版社です。
研究者以外は個人ではなかなか買えないと思いますから、図書館へリクエストして、ぜひお手にとってくださいネ。
また、今年は韓国併合、大逆事件100年の年で、シンポジウムや集会がいくつもひらかれる予定です。ぜひ、足をお運びください。今回はできませんでしたが、次回の会は早めにご案内します。
とりあえずわかっているのは、6月19日(土)フェリス女子大学での会です。
サンタさんのイベントは、私は版元なのでお手伝いを、シーラは会に参加予定です。

来週から隣家との境界塀を直します。今朝、隣家のかたがた立ち会いのもとに、境界を確認しました。お願いした先は、コープホーム。生協にはいろいろお世話になっています。
仕事も夏に向けてたいへんつまっています。
時々(毎日?)ううっとうなりつつ、でも、歯痛は去りました……。
 
2010年5月31日(月)
すてきなパーティ、ありがとう!
お忙しいなか、『ティンパウ物語 ナーガの杯』の出版を祝う会におこしくださった皆さま、ほんとうにありがとうございました。
また、私たちのためにいろいろ準備などお世話してくださった「ももたろう」の方々、心より感謝いたします。
お蔭さまで、賑やかで楽しくて、ほんとうに素敵なパーティになりました。
無事に終わってよかった~! 母と娘を始め、叔母や従姉にその娘、高校・大学時代の友人など、一番親しい人たちが集まってくれて、うれしさ半分、恥ずかしさ半分……!?
いつか本を作って、出版記念会をやる日がくるのかしら…なんて、たま~に考えたこともあったけど、現実になるとは! 「思い続けていれば夢はかなう」というのは本当なんだね(そういえば、家を建てたときもそう思ったっけ)。
ということは、これから先も、思い続け、願い続ければ、何でも実現する……に違いない!
欲張って、夢をどんどんかなえるわよ~!

『ティンパウ物語』のつづき、ほんの少し読みました。ますます、おもしろくなりそうだね!
 
2010年5月30日(日)
感謝をエネルギ-にかえて……
金曜日に、『ティンパウ物語 ナーガの杯』の出版を祝う会を開いていただきました。
場所は、シーラと大学時代に通った「レモン」というお店です。
ここは昔はジュースの専門店で、二日酔いの日はバナナイチゴジュースがおいしくて……(もっと美しい思い出を語りなさい!)。
卒論のゼミの山田先生(イタリア演劇)は、授業時間にこのお店に連れていってくれて、昼間からビールおごってくれたっけ(お酒の思い出しかないのか!)。
「あとは体力をたくわえて書くだけだよ」なんて言いながら。
いい先生でした。おいしいビールでした(どっちなんだ??)。

というのは前置きで、きてくださった皆さんには心から感謝しています。
ほんとうにありがとうございました。
また、来られないからとお花や祝電を送ってくださった皆さんにも厚くお礼申し上げます。
(追々お手紙をださせていただきます)。

親族も集まって、「いつもお世話になっています」「おうわさはかねがね……」なんて挨拶をしあい、まるで結婚式のようでした。
だって、おばあちゃんとおじいちゃんは初対面だものねーー。
まあ、ふつう、大学の友だちの親同士なんて会う機会はあまりないよね。
おばあちゃん、髪を結い上げてきれいでした。
叔母様、とてもすてきな方でした。従姉妹のお姉さんとは、シーラの家でトランプしたことがあったっけね(○十年前に)。
従姉妹の娘さん、AIちゃん、お友達のミッキーちゃん、パーティの苦手なKAZUもきて、平均年齢を下げてくれましたね。
おじいちゃんも、どうにか無事参加できてほんとうによかったです。

ここに来てくださった方々にお一人ずつお礼を書いていると長く長くなりますので、それは個別にお伝えしたいと思います。
でもやはり少しだけ。
岡山から来てくれた裕子さん、ほんとうにありがとうね!
神戸から来てくれたスミレ洋裁クラブのIさん、お顔をみられてうれしかったです!
ももたろうの面々には、なにからなにまでお世話になりました。本当にありがとう。

また、私が最初に童話講座に通ったときに教えてくださった国松俊英先生が、お花を贈ってくださいました。
今からさかのぼること20年、劇団を離れたので時間ができ、「なにか勉強したい!」と思って通ったJULAの童話講座。
私の書く作品はどうもふつうの童話からずれていたよう……、今思うと。
でも国松先生は「発想がいいね!」とか「会話がいいね!」とか、いつもほめてくださった。
そこでうれしくなってどんどん書いた、書いた。毎週作品を出していた……。
勉強仲間とみんなで房総へ遊びにいったこともありました。
国松先生は野鳥の会に入っていて、双眼鏡持参。私たち13人はしゃべりつづけ、お酒をのんで、ごろ寝(若い女性が多かったのに……)。
先生の言葉で忘れられないのは、「いつかこもって一人で作品を仕上げなければならない時がくる」ということ。
そのころその時期になっていたメンバーの一人に、「しばらく集まりにはこなくていいし、作品も新しいのを書かなくていいから、一人でこもって作品をじっくりしあげなさい」と。
私のこの数年は、その言葉に支えられました。
父が挨拶で「ぼくには一言の相談もなかった。でも本は最後は一人で作り上げるものだと思う」と。
え、そうだっけ? 相談したのに聞いてなかったんじゃないの?と思ったのは娘の浅はかさなの?
たしかに、依頼されて書いている原稿でもなし、自分で自分を押し上げなければその先には何もない、という思いはありました。
でも、「私書いているんだ」とか、「本を出せるかも」と言っても、「は??」という顔をしていたんだよ、おじいちゃん!
私が書くことに固執していることが伝わってなかったんだね。編集の仕事だけでもせいいっぱいに見えていただろうし。
でも私は書く人でありたかった。それには書くしかないし、書き続けるしかない。
それに、依頼原稿でないってことはすべて自由。自由に書く!というのは歓びで、誰にも期待されてないってのは気が楽~。

劇団の人たちも来てくれました。
、九州にいる林陽一さんは、琉球新報を持ってきてくれた。
沖縄の人たちが基地反対に集まった日の記事。「地元ではこんなに大きく報道されているんです」と。広げた紙面いっぱに人の波、波……。
そこでにわかに記憶が蘇ってきた。
劇団にいたころ、沖縄に1年に一度は行かせてもらっていた。
それは陽一さんが組んだコースなのです。年明けに鹿児島から沖縄へ入ることもあれば、沖縄から入って、九州をまわって帰ることもあった。
2月の沖縄は桜が咲いて、名護の桜祭りではあっちゃこっちゃで飲んでさわいで。
そのころの沖縄って、どこにいっても飲めたなあ。まあ、いっぱいって。
私は酔っぱらって、ガジュマロの木によじのぼったりした。
ある時、若い人たちが多い班で、「なんで沖縄の子はぐずぐずしているんだろう」というような発言があった。
その週の休みには、辺戸岬へ行くツアーを組み、バスの中で「さとうきび畑」の歌を最後まで歌い、それは沖縄戦の歌なんだと皆で知り、そうして、私は沖縄戦の証言の書いてある本を朗読した。どのように沖縄の人たちが次々に殺されていったかを。
暑いバスの中がすうっと寒くなったように、皆黙りこんで聞いていた。
あの本を持たせてくれたのは陽一さんでした。
今から25年くらい前の話です。

秋田事務所と八王子事務所を切り盛りしている高坂諭さんとは、カナダ公演にいっしょに行った。
そのころ私は樽に乗ってお手玉(ジャグリング)を舞台で披露していた(どういう舞台?と思われるでしょうがそれはまた次の機会に)。
ジャグリングをやっている人がいると、そばにいっては新しい技を習っていた。
カナダのチルドレンズフェスティバルでは、大きな広場に芝居をやるテントがたくさんあって、そのほかにも野外で芸を披露したり、練習したりする芸人たちがわんさかいた。
樽をすり抜ける芸人さんとも仲良くなった。スリムでハンサムな人だったのヨ。
ある日、なぜか非常に緊張して、幕のあく前こともあろうに泣いてしまった。
「よしよし、どうした」となだめてくれたのは、高坂さんでしたっけ。
(私も若くて未熟でした)
その公演の最中に、風の子をアメリカに招聘してくれた、あのベアテ・シロタ・ゴードンさんがいらしてくれた。憲法の男女平等の項を起草した人です。
いっしょにとった写真は今でも大事にしています。
と、書けばかくほどいろいろなことが蘇り……。
今日はここまでにして、また続きを書きます。
高坂さんは、私の本を売ってくださるそう……。ありがとうございます。

「ただいま!」と玄関をあけると、百合の花の匂いがふうんと迎えてくれる、
今日はお花をわけて、お墓参りに父と行きました。
庭にでたらテントウムシが葉っぱにいた。
来週は隣家との境界塀を直すので、その準備をしなければ。
小さな庭園はしばしひっこしです。
人と人とのつながり。それはエネルギーを生み出す。
生きる力を呼び起こす、すばらしいエネルギー。
とにもかくにも100パーセントクリーンな自然エネルギー!
 
2010年5月23日(日)
庭の片隅で営まれる命のつながり
子どものころ、近所にいたうるさいおじさん、おばさん。
いつのまにやら年をとって、健康をこわしたり、亡くなったり。
ずっともめごとになっていた境界の壁やゴミ捨て場のことも、あっというまになし崩しになってしまった……。
我が家のほかのメンバー曰く、今や近所でいちばんうるさいのは、この私!だそう。
なにせ声がでかい。近所はお年寄りがほとんどで音がしない。
だから、私の声だけが響いているのだと。たしかに声はでかいけど。
そういわれると、うーーむ。
うなった結果、ならば、これからは私が目を光らせていなければ。
うるさいおばさんがいるなら、おかしなこともすぐには通らないでしょう。
地元のうるさくてけむたいおばさん目指して、がんばります!
でもねえ、昔は近所のおじさん・おばさんにかわいがられてにこにこしている、毒気のない子だったんですよ。今じゃ誰もしんじてくれないね。

今年は、「国際生物多様性年」。
10月に名古屋で国際会議が開かれます。
20世紀に入って、生物多様性に光があたってきた。
エコロジーは、生物多様性を抜きに考えられないということも。
私たちも生物多様性の一環なのです。人間だけが別のところにいるのではない。
地球の水も空気も生物多様性がつくりだしてきたのです。
これがどんどん壊されている。1年で7万種が絶滅を続けているのだそう。
そこで、生物多様性といっても身近で感じることは?と考え、思い当たりました。
昨年末、先にあげたゆっくりノートブックシリーズ6で『スローメディスン』(代替医療・統合医療)の本を出しました。
ちょうどそのころ、おじいちゃんの調子が悪くなって、私はなにができるかと思いを巡らせていました。
その本のなかに「園芸療法」というのがあって、木や草や花を植えたり育てたりすることは人間の生命力を回復させるのだそうです。
病院へいく途中、バスから花屋が見えたので、帰りにおじいちゃんをさそって寄ってみました。買ったのは、冬でも花をさかせるというガーデンシクラメン。
そこから、私たちの冬の庭づくりがはじまりました。
日当たりの悪い庭で花を咲かせる。私はうーーんと考えました。
なるべく日があたるように鉢を吊そう!
そこで、吊せる鉢を仕入れ、吊り棚を修理し、庭の片隅に花を増やしていきました。
花たちのなんと健気なこと。
寒い冬でもちゃんと花を咲かせ続けてくれる。
おじいちゃんも「毎日庭を見るのが楽しみだな。冬でも花を楽しめるなんて」
と喜んでいました。
わたしも土をいじるのが楽しくて、庭にでるのが楽しみに。
(裕子さん、枇杷の苗木も元気に育っていますよ)
そうしているうちに春がきて、つつじの花が数年ぶりに咲いたのは前に書いた通りです。
ある日、庭にでてみると、デージーとキンセンカに、小さな蜂がきている。
「蜂がきているよ!」とおじいちゃんに報告。
つつじの葉の上では、ハエが手をすり、足をすり……。
思わず観察し、いっしょに手をすってみました。
日当たりのよいところに鉢をうつそうとどけたら、ひきがえる氏が登場。
次の日には、「おっ!」
そのひきがえる氏の半分くらいのヒキガエルくん(さん?)が歩いていた。
花がさいて虫がくればカエルもでてくる。鳥もくる。
生物多様性とは、生物のつながりのことなんだ。
網の目のような生物多様性のなかに私たちもいる。
つながりを感じることは生きる力をやさしくはぐくむ。
「生物多様性」
・・どんな生き物もどこかにつながっているはず。
自分の生も死も自分だけのものではないはず。
つながりのなかで生きて、生かされている。
 
2010年5月22日(土)
初夏のひざしのなかで
あっというまに一週間が……。
天候がかわって、湿度が高く、周囲に調子の悪い人が続出。
かくいう私もいろいろなところが傷んで、いすに座っているのが苦痛。
でも、当然ながら仕事はまってくれない。
昨日は暑くなったけれど湿度がひいて、皆の顔色も少しよくなったと、ほっとしたところです。

今日は、環境系シリーズの「ゆっくりノートブック7 しんしんと、ディープ・エコロジー」の出版記念イベントで、国分寺のカフェ(カフェスロー)へ、打ち合わせをかねて行ってきます。
ディープ・エコロジーって、なんだか革新的なとがった思想のようにも受け止められるけど、私の理解としては「アニミズム」に近い。
人間以外の生き物の立場にたってみる。それは日本ではごく自然な昔からの考え。
でも、人間中心の西洋哲学や、そういう視点で物事を考えたら発展や進歩や経済利益はあげられない、と考える人たちの間では、強行に排除、阻害される考え。おかしな宗教のような扱いを受けることもあった。
私が、もっともっと若くて世間知らずだったころ、まさにアニミズムに近い思考が自分のなかにありました。だから、私にとっては回帰です。
年をとってまた同じところに立つ、というのもまたうれしいものです。
このカフェスロー。ここでも何度か紹介しましたが、国分寺にあって、オーガニックコーヒーの飲めるお店。関連の絵本をいま制作中です。
来月の6月5日には、サンタポスト主催でイベントがあります。
サンタポストの粕谷亮美さんの本『あなたの知らない細菌の話』、『あなたの知らないカビの話』が発刊され、そのお披露目もかねて、監修の熊田先生(納豆菌が専門)もいらしての会。「バオバブと納豆のはなしとおいしいビールの会」だそうです。
バオバブは画廊で写真を見られますよ。写真家の田中健雄さんもこられます。
で、本はうちが発行元なので、編集部3人でお手伝いにいきます。
そろそろ定員に達するというので、予定されている方は予約してくださいね!!

◆ティンパウ物語・制作裏話その10◆
***まとめ*** 
制作裏話もそろそろまとめに入ろうと思っていたところ、「読書人」に名取弘文先生が、「図書新聞」に野上暁さんが、書評を書いてくださいました。
身に余る内容です。(追々、シーラにアップしてもらいます)
え、そういう作品だったのね、と思わず相づちうちたくなるような……。
って、ほんとうにそういうことを思って書いてはいたのですが、そう書いていただくと、なんだか遠いことに思えるのはどうしてなのでしょう。
きっと身の丈にあわない大きな課題にとりくんだからだと思うのです。
書いてみてつくづく感じているのは、なんとも課題の多い作品になったということ。
自分の文章力や発想力はもちろん、結論のでていない問題、歴史を背負った課題、そもそも人間とは?という問いやさまざまな問い。それは自分のなかで答えがでていない問いだし、誰に問うてもすっきり答えがでる問いではないと思えるし。
私にとって書くことは、それを考え、さぐっていくことでもあるので、これからまた少しずつ書いて、さぐっていこうと思います。
新たな航海へ……。

来週、同人誌「ももたろう」の友人たちが中心になって、祝う会を開いてくださるそうです。
場所はシーラと大学時代に通った店です。
遠方から裕子さんも、スミレ洋裁クラブのIさんも駆けつけてくださるとのこと。
本当にうれしく、感謝しています。
シーラがククモイとネアクのちょっとしたカットを描いてくれました。
おいでになる方のカードにあしらってみましたので、どうぞお楽しみに。
 
2010年5月16日(日)
ちょっと遊んできました
久しぶり、シーラ!
って実際には金曜日にあったけど。
「ももたろう」の表紙、アップごくろうさま。懐かしいね。
最初のころはまるでkazuでしたね。とくに梅の木にぶらさがっているのがそっくり。

金曜日は二人で某所へ取材をかねて、気分転換へ行きました。
ほとんど遊びでしたが。楽しかったねえ。
今朝、起きる間際に浮かびましたよ、すばらしいアイディアが!
夢の中で、「おお」と思ったほど。
茂木さんが書いていたけれど、脳というのは休ませると閃きが出てくる。
それが休みの効用だそうです。(ずっと休んでいればいいわけでもないらしいが)
さてさて新たな航海は着港地を間近に迎えています。

◆ティンパウ物語・制作裏話その9◆
***ジンプのモデルはGackt?*** 
シーラがキャラクターイメージをスケッチしなおしていて、「ねえ、ジンプさんは誰のイメージ?」と聞かれ、テレビをほとんど見ないのでなかなかこれといった人がでてこない。
「Gackt」かなあ、と。おじいちゃんが数年前に見ていた大河ドラマ「風林火山」をちらりとのぞいたことがある。これまた変わった上杉謙信がでてきたなあ、と印象に残っていたので。
後で調べたら、彼は沖縄の糸満出身だそう。
全然無関係ではなかったかも。でも彼の本業の音楽は聞いたことがありません。
ククモイがもくじで走っているところが、「うまくかけないなあ」とシーラ。
「これ、見て」と私がだしたのは、kazuが試合で疾走している写真。
その後、「ナーグはどんな感じかなあ」と言われて出したのが、ラグビー部の集合写真。
「あ、いたいた。この子だね」とシーラがさしたのは、kazuの後輩で、名前は知らないけど、なんとなく表情がほわっとしたかわいい子。(あんまりラグビーは強そうじゃないな)
とまあこんなふうに、一つひとつイメージづくりをしていくのです。
でもこれはイメージのとっかかりで、最終的にシーラが描いたものはモデルにそっくりというわけではありません。
私たちがいちばん盛り上がったのは、学校の寮の食堂棟。
お天気のよい日は木立のなかで食べられるコの字型の建物。
メニューはなにかな? どんな人がお料理をしているのかな?
とはいってもこの絵は、最初から本に載せる予定ではなかったんですけどね。
 
2010年5月12日(水)
ごぶさたでした
この間日記を書いたのが、新年のご挨拶だなんて、本当に時が経つのは早いね。
『ティンパウ物語』が、本になって、ホッとしています。
絵を描いている間は、ククモイやネアクやハディたちにまた会えて、楽しくてしかたありませんでした。
さて、ご無沙汰していた「シーラのお絵かき帳」に同人誌「ももたろう」の表紙絵を、一挙にアップしました。1号の絵をたのまれたときは、まだ何もわからず、うまれたばかりの「ももたろう」君でしたが、あれから十数年も経ったんですね。
2枚ほど原画を紛失してしまって、コピーをつかっています。
これからもボチボチアップしていきますので、懐かしさに浸ってくださいね。
 
2010年5月10日(月)
あこがれのうさこちゃん
今日までのミッフィー展(銀座・松屋)のチケットを、印刷所の人(チラシとチケットを印刷した)がくれたのを思い出し、あわてて帰りによりました。
ところが、最終日だけ5時で終わり! がっかり。
アニバーサリーのお皿が1枚だけ残っていたので買ってきました。
昔、青山の叔母の家にいくと、うさこちゃの本がありました。
これは従姉妹のもちものです。
うらやましくて何度も何度も読みました。
でも、母はあまり関心がなかったのか、買ってはくれませんでした。
だから、うさこちゃんは私にとって懐かしくちょっとせつない本なのです。
そうしたら数年前、荷物整理をするので、叔母が「あなたこの本いらない?」と、うさこちゃんの本が登場。
「え? もらっていいの?」
従姉妹は荷物が増えるからいらないという返事だったそうです。
こんなに成長しきってから、ほしいものが、それもそのときのものが手にはいる、というのは……。
あれあれ、という不思議な感覚でした。でもうれしかった。
父とそんな話をしながら、二人で飲んでいるうちに、昨日見つけた歌集を出して、私は突然、歌いだしました。
なつかしの唄オンパレード。
サンタルチア、菩提樹、歓びの歌、冬の星座、コロラドの月、エトセトラ。
中学校の教科書をピアノの上に並べていて、不思議なのは、○十年前の歌が蘇ることです。すっかり二人でもりあがり、楽しい宴会……。
ハリーは「ふん」という感じで、いすで寝ていましたが。
あ、しまった。今日はまだこれから仕事もあったのです。
ついつい楽しくて。ではまた。
 
2010年5月8日(土)
連休の珍道中
連休後半、シーラと房総へ行きました。
3日の夕方出発して、電車で夕食を食べながら、ビールで乾杯!
おまけにチューハイまで飲んで、気炎があがったところで到着。
ひとやすみして、マスターのお店へ。
「このあいだは会えなくて寂しかったよ」と、マスターがシーラに。
サンガ焼き(アジをたたいて焼いたもの)やいのしし肉の焼き豚(この場合焼きいのしし?)をサービスしてくれて、おまけに最後は磯辺焼き。
(「酒呑みに餅をだすか?」という私に、シーラが「まあまあ」)
地元でついたお餅でとてもおいしかったそうです(シーラ談)。
私はお餅を食べるくらいなら、もういっぱい飲む、と言いました。

次の日、seino3がやってきて、千倉で待ち合わせをして、3人で白浜へ行きました。
灯台へのぼって、漁業博物館をみて、シーラとseino3は、サザエカレーにサザエ丼を食べ、私は刺身にビール(え? みんな飲まないの?)、千倉に帰る途中、高家神社へ行きました。
ここは日本で唯一の料理の神様の奉ってある神社なのだそうです。
毎年、包丁式も行われます。
シーラは料理がうまくなるお守りを買いました、とさ。(試してみるべし)
千倉の駅前で「酒」の看板をいち早くみつけた私は、「『酒』には反応早いんだから」とシーラにからかわれながら、さっさと店へ。
宴会の買い出しもばっちり。
根しょうがも買い、シーラと半分こしました。
植えておけば、芽がでて食べられるそうです。楽しみ。
そうして、夜は3人でひたすら、食って、飲んで、しゃべったのでした。
ああ、楽しかった……。

5日はとても天気がよいので、浜へ行きました。
堤防にのぼったり、磯遊びをして、昼は海産店へ。
そこで食べたのが、うに・いくら・さしみ定食。
シーラは「もう一生分食べたかも、しばらく食べられない……」。
(でも帰りの電車でお菓子食べてた)
よく話し、よく笑い、よく食べ、よく飲んだ3日間でした。
みんな、無事日常生活に復帰できたでしょうか?
もし、ここを読んで、次にはこの房総行きに同行したいという友だち関係の方々、ぜひ、お声をおかけくださいね。泊まるところはありますから。

今日は、劇団でお世話になった方のお見舞いへ。
その後、叔母さんと浜町で待ち合わせ。
叔母がいうには、明治座へ行こうとして、いつもとは違う道をなぜか通りたくなったら、ちょうどその日、画廊のオープンがあって、入ってみたら、沖縄の海に大きな虹がかかっている絵がどんとあった。
「ああ、これはティンパウ物語じゃない!!」
叔母は画廊の人を呼んで、「この絵を売ってくださいな。姪にプレゼントするんです」。
そこで今日、いっしょにいって、画家さんと会って買ってきたというわけです。
本もさしあげてきました。
「もう、このごろ神懸かりになってみたいでこわいのよ。どんどん縁がつながっちゃう」
と叔母。二人で甘酒横町を歩いて帰りました。

◆ティンパウ物語・制作裏話その8◆
***振り返るな*** 
漢字のルビ(ふりがな)は、中学生以上の漢字につけることにしました。
漢字のままでルビをつけるか、ひらいてしまうか(ひらがなにしてしまうか)、編集の中嶋さんと相談をしました。
そこで、「振り返る」という表記は、「ふり返る」という中嶋さんの案になり、ひらがなに直していったわけですが、けっこう何度も出てくるのです。
「振り返った」り、「振り向いた」り、よっぽど後ろ向きの人たちの集団か? そこで振り返らなくてもいいだろう、と、自分で自分につっこみをいれ、描写を再度見直しました。
これらの表現は、「反応する」という意味で使ってしまうのですが、「そう振り向くなよ」と、思わずつっこみを入れたくなるのでした(苦笑)。
  
2010年5月2日(日)
魂のピアニストと3Dアリス
4月30日は墨田トリフォニーホールへ、フジ子・ヘミングさんのコンサートを聴きにいきました。
フジ子さんのCD「奇跡のカンパネラ」を聴いたとき、「ピアノってこういう楽器だったんだ」と目からウロコでした。
私もむか~しピアノを習っていたのですが、ピアノという楽器は完成されすぎていて、どうもおもしろみがわかなく、伴奏楽器のように思えました。
なのになのに、フジ子さんにかかると、ため息も嘆きも流れるように湧き出る楽器に変身!
さらに、リストってこういう作曲家だったのね。ため息ってこういう曲だったのね。
と、ウロコが落ちっぱなし。
演奏を聴いていると自分の感情がどんどん流れでて、あふれ出て、危ないくらいになります。
でも、コンサートは高いし、今まで行ったことがなかったんですが、KAZUにAC・DCの1万円のチケットを買わされたとき、決意しました。私だって行くぞ!
フジ子さん77歳。左耳は40パーセントしかきこえない。
なのにあの演奏、まさに魂のピアニスト!
「一つ一つの音にいろをつけるように弾いている」。
という反面、「私はミスタッチが多い。直そうと思わない。」という大胆さ。
さらに猫好きのフジ子さん。
「私の人生にとっていちばん大切なことは、小さな命に対する愛情や行為を最優先させること。自分より困っている誰かを助けたり、野良一匹でも救うために人は命を授かっているのよ」とも。
「ラ・カンパネラ」には、やっぱり感動。
アンコール曲のべートーベンのテンペストもよかった。
ピアノより大きい巨大な生け花は、假屋崎省吾さん。
なんで音楽というものがあるのか、自分の人生を振り返ってみて、改めてその理由を抱きしめました。

昨晩は、映画1000円デーだったのに気づき、夕食後に自転車とばして3D「アリス」を見に行きました。
うーーむ、なんといったらよいでしょうか。よくわからん。
ジャバーウォッキーがただの怪物になっていた。
ジャバーウォッキーはアリスにとってなんなのか。子どものころのアリスにとってではなく、19歳のアリスにとって、その意味や?
19歳になってまたもやうさぎ穴に落ちていくアリスにとって、赤の女王と白の女王の対立する国で、赤の女王が抱えている怪物を倒す意味はなんぞや。
「その戦い方はちがうでしょ、ちがうでしょ」と思っていた私。
19歳になって決断ひとつするのに、ワンダーランドへ行かねばならんのか。
アリスは結婚は拒否するけど、西洋的な行け行けビジネスの社会にどっぷりつかっていくような結末はいかがなものか。
おまけに目も疲れ、軽い車酔い状態になりました。
表層ではない映画にしてほしかったです。
帰ったら12時半でした。KAZUはその後の「シャッター・アイランド」をみると。
とりあえず連休の楽しみ方としてはOkか?

◆ティンパウ物語・制作裏話その7◆
***モデルは出張中*** 
シーラに、最後の場面で空中で踊るククモイとネアクのイメージをたずねられて、「敦煌の飛天とかさ、日本なら雲中供養菩薩みたいな感じなんだよね」。
雲中供養菩薩とは、宇治平等院鳳凰堂中堂母屋内側の長押(なげし)上の壁に懸けられている52体の菩薩像で、皆雲にのって、踊ったり、演奏したりしています。
それはすばらしい木彫りの仏像で、躍動感たっぷりです。
「じゃあ、今度カタログもっていくよ。上野の国立博物館でやった展覧会のがあるから」
といって、シーラに見せると、「ああ!!」
なにを驚いているのかと思ったら、はじめてAIちゃんを京都・奈良へ連れていったとき(シーラとAIちゃんとおばあちゃんで)、平等院へも行ったそう。
でも、なんか物足りなかった。なぜって?
 「この雲中菩薩がなかったのよ! そのとき上野に行ってたんだね!」
あれごめん、私は東京にいながら見ちゃったよ。
ということで、いつかまたいっしょに見に行こうね。
 
2010年4月29日(木)
つつじのつぼみと○十年前のはがき
庭にでたら、つつじにつぼみがついているのを発見!
ここ何年も咲かなかったのです。
周りの木を切って日当たりをよくしたから、花がついてもいいのになと思っていました。
ああ、うれしい。
たいした世話はしていないけど(実際ほとんどなにもしないけど)、風とおしをよくしたのがよかったのかな。つぼみをつけてくれてありがとう、つつじさん。
おじいちゃんに報告しました。
昨年から今年にかけて、侘び助もたくさん花をつけました。
今は、去年植えたフリージアが開きつつあります。
あとは、なにをしなくても毎年たくさん咲いてくれるシャガの花。
日陰に強い花なんですね。子どものころからずっとあります。
おじいちゃんの教え子が最初にもってきたのだと、今日初めて聞きました。
その教え子さん、スペイン語が話せてずっと南米に行っていました。
今はどうしているかしら。
あのときのシャガがうちの庭中に咲いているとしったら、さぞ驚くことでしょう。

ところで、本をお送りしたらお礼状や感想をいただいたので、そのお返事を書こうと、ごそごそと封筒や便箋を引き出しから探しだしました。
今やほとんどメールでのやりとりが多くて、封筒がなかなか見つからない。
いったい何年前の便せんと封筒??と思うものもでてきました。
(はっきり言って30年前のものだったりする)
そうしていたら、そのころ書いたはがきを発見。
なぜ出さなかったのかわからないけれど、大学時代に友人に書いたもの。
そうして、私は手紙魔だったのも思い出しました。
書くのが好きなんだから当然でしょうが、私の書いたこういう手紙がどこかにあるかと思うとなんだか恥ずかしいものです。
ちなみにそのはがきの一部分を。
~~~~~
人形劇をやりながらいろいろなことを考えます。
長い事自分が考えていた事と現実とのくい違いが歯がゆくて、自分の想いらしき物が空中で分解しそうになる時、いても立ってもいられなくなって目をつぶってしまいたくなります。
そうそう、戯曲研究でハムレットの勉強をしていて
「これは私の持論だが、人生においてもそのもっとも劇(はげ)しい瞬間においては、人は演戯している。生き甲斐とはそういうものではないか。自分自身でありながら自分にあらざるものをつかみとることではないか」という言葉を見つけました。
~~~~~

そうそう、このころ、私は課外活動としては、人形劇と謡曲研究会と実験劇場と3つをかけもちしてばたばたしていたのでした。
勉強していたのは演劇学。
本を出したおかげで、大学時代や高校時代の友だちともひさしぶりにやりとりして、タイムスリップしたような気分です。

◆ティンパウ物語・制作裏話その6◆
***おたまじゃくしは黒くない*** 
与論島にいったときのこと。
海のそばに水道があり、水がたまっていて、そこになんだかたくさん泳いでいるものがいる。
魚かな?と思ってみると、形はおたまじゃくし。
でも、透き通っている。黒くない! なにこれ~!!
あわててKAZUを呼んで見せていると、民宿のお兄さんがいうことには、
「島のおたまじゃくしはみんなこうだよ。なんで内地からくる人はびっくりするんだろう」
「だって、おたまじゃくしといったら黒いもの。こんなの見たことない!」
「へえ、そうなんだ。ぼくは子どものころからこれしか見たことない」
「うっそ~!」
おたまじゃくしにはかわいそうだったけど、ペットボトルに数匹入れて持ち帰って、育てました。
そうしたら、なんと、金色のカエルになったとさ。
これホント。
「日本のカエル」図鑑で調べたら、ヒメアマガエルというカエルでした。
沖縄や東南アジア、台湾に見られる種類だそうです。
ああ、びっくり。
それをシーラに話して、おたまじゃくしのマウの子タナガイは、透明の感じにしてほしいと言うと、「それじゃ、みんなにはおたまじゃくしってわからないんじゃない?」
たしかに。
なので髪の毛を黒くしてもらったのでした。
ということで、常識というのはあてにならないもの。

虫と言えば、硫黄の取引を画策した北の部族出身のカバーシ、ニボー、トーグイの三人の名の意味は、ギンヤンマ、ヤンマ、オニヤンマ。
なので、私はトンボ3人組と呼んでいます。
トンボ3人組があれからどうなったのか。
私としてはけっこう重要なこととして考えているところです。
 
2010年4月24日(日)
エリカと山椒とバジル・・
22日は、同人誌『ももたろう』の年に一度の集まりがありました。
お世話になった鬼ヶ島通信の方々や、画家さんや、緑陽社さんや、サンタさんもいっしょの楽しい会。もちろんシーラも参加。
シーラは、1号から32号まで表紙絵を描いています。
会場は新宿のサザンテラス口からすぐの店。初めていきました。
仕事が終わって走ってたどりついて、何杯(?)か飲んだ後、やっとほっとしました。
みんなにあえて楽しかったです。
おもしろい本や今書いている作品のことや読書の話をできるのは至福のとき。
いい気分で家までよたよた帰りました。

次の日は、劇団時代にお世話になった方のお見舞いへ。
池尻大橋の病院へいってきました。
『ティンパウ物語』の感想もきけて、また、本を劇団関係の人に売ってくださっていて、恥ずかしいやらうれしいやら・・。
帰りに駅の近くの花屋さんで、エリカと山椒とバジルを買いました(どういう組み合わせだい??)
山椒は、seino3の木の芽みそがあまりにおいしかったから。
以前、山椒の木はあったけれど、ベランダをつくるときに切ってしまったのです。
鋭いとげがあって、何度もひっかかれたけど、蝶の幼虫もいついていましたっけ。
バジルは、ちょっとチーズが食べたいときにあると便利!
虫がつかないように、コンクリの台の上に置いてみましたが、さあどうでしょう。
エリカはおじいちゃんがよろこぶと思ったから。
案の定、とても喜んでいます。
エリカにはいくつかの種類があるのですが、私が買ったのは「ジャノメエリカ」。
蛇の目、です。こんなところにも蛇との不思議な縁が。
花の中心の黒い部分が蛇の目模様に見えることから銘々されたそうですよ。
小さいけどふっくらとかわいい花が鈴なりです。

◆ティンパウ物語・制作裏話その5◆
***パーパーはバーバー(婆)*** 
ティンパウで使っている言葉は、与論の言葉がもとになっているのですが、沖縄の言葉と同じように、母音が「あいういう」。
「え」と「お」を「い」と「う」に置き換えるとだいたいわかります。
「おちつけ」→「うちちき」
これは、「うちつき」なんでしょうが、言いにくいのか「うちちき」になったのかな?
「う」と「い」はけっこう入れ替わることも多いようです。
私は会社で「ちょっとおちついて」と人に言うときに、雷のマウの子、ハンヤイになったつもりで「うちちき!」と言いたくなる衝動にかられます。
なんかぴったりくるでしょう?
それと、与論の言葉は、P音が多いです。
ククモイがおばあちゃんを呼ぶ「パーパー」は「バーバー」のこと。
「花」は「パナ」。「墓」は「パカ」。「福木」は「プクギ」。「蜂」は「パチ」
ところで、驚くのは、英語にも近いこと。
蝶は「パピ」、蟻は「アンク」。
ほかの言葉と同じように、鳴き声からついた名前もあります。
それではここでクエスチョン! 鳴き声から名のついた次の昆虫とはなんでしょう?
「アシャシャ」

夏になると土の中からでてきて、木の上で短い命を謳歌するように鳴く、そう、○○ですね。
 
2010年4月21日(水)
歩きながら寝たい・・
昨晩は、サトクリフの『第九軍団のワシ』を読みながら寝たら、朝5時におきてしまって、また読んで結局最後まで読んでしまいました。
目が疲れていて、パソコンをみていると文字がかすむというのに、ついつい夢中。
そのせいで、今日は昼間歩きながら寝たかったです・・。
ローズマリ・サトクリフは子どものときにめぐりあわなかったので、けっこう代表作が抜けているのです。
いつ読もうかな、とずっと楽しみにしていて、ついに4部作を読み始めてしまいました。
すぐに次を読みたいけれど、はまってしまうので、どうしようかなあ、と。
読みはじめてすぐに「マーカス」という名前が頭にすみついてしまって、次に「エスカ」。
ほんとうにサトクリフの作品はおもしろい。生きるということがこんなふうに表現されていくとは。うれしい喜びでした。イギリスにも行きたい!と燃えるように思う今日でした。
最近、本を読み始めたKAZUが、昨日ふと聞くのです。
「登場人物の顔ってリアルに頭のなかに描ける?」って。
私はそんなことはないな。挿絵にもよるけれど。だんだんに人物が形づくられていくのだけれど、現実の人間のようにしっかり固定した顔にはならないよ。だから、そうとう好きな作品でも、映像化されるとその役の俳優のイメージが強く焼きついてしまうんじゃないかな。
映像でみるのと、読書で人物を形作るのとでは根本的に頭の働きというか、人物のとらえ方がちがうんじゃないかな、と言うと、KAZUは、「安心したおれもそうだよ」と。
こういう質問は映像時代ならではだし、読書をはじめた初々しい疑問。
ワープロのない時代、パソコンのない時代にかかれた物語は、それだけで時間の流れ方がちがうと思えるから、もう一度手で書いてみようかとこのごろ思ったりする。
そんなことを思いだしながら、KAZUの話を反芻してました。
読書はやっぱりたのしい! 読書だからたのしい!

◆ティンパウ物語・制作裏話その4◆
***蛇にまぶたはない*** 
編集の中嶋さんが営業にいってくれたら、新百合ヶ丘のヴィレッジヴァンガードにも、本がはいっていたそうです。うれしいですね。
KAZUは、お茶の水の三省堂で発見。一階の女性作家の棚にあったそう。
AIちゃんは、立川オリオン書房で発見。思わず買ってくれたそうです。
シーラも新宿紀伊国屋で発見し、1冊購入。
って、身内だけで買っている???
かくいう私は、まだ書店に並んでいるのをみていません。
忙しくて書店に寄る時間がないのが理由です。
新刊期間のうちにどこかで遭遇できるといいな。

ところで、吉野裕子さんの『蛇』を本棚で発見。
何度も何度も読んだ本なのに、どのあたりに入ってしまったのか、ずっとさがしていました(整理がわるくて・・)
この本の始まりには、「蛇、このふしぎな生物と人類とのつきあいはきわめて古く、世界各民族はいずれも蛇を無視することはできなかった。」とあります。
「序」では、大和の首長が中国における北極星の神霊化、天皇大帝の名を自らの呼称とし、七世紀後半に起こったであろう宗教改革の前にあった信仰、および祭りの根幹にあったものが「蛇」なのだ、とあります。
次に蛇の生態がくわしく説明されていますが、蛇にはまぶたがない。
透明な角質で覆われている。閉じない目が、光るように、強い力をもっているように見えるのではないか。
地底の大蛇、白蛇の神様を描くとき、「蛇はふと目を閉じた」と書いて、「いや、蛇にまぶたはない!」と、思わず声にだしていい、手をとめたことがありましたっけ。
吉野裕子さんにかかると、山でも餅でも縄でも箸でも木でも、なんでも蛇に見えてくるから不思議です。
 
2010年4月17日(土)
猫と見上げる雨あがり
寒い日がつづきました。
幸いおじいちゃんが元気でほっとしています。
AIちゃんの風邪はひどかったね。お大事に。
冷たい雨もやっと上がり、明るくなったけれど、まだ寒いですね。
ハリーが窓際のいすを占領して、うとうとしています。
今度のパソコンはノートなので、画面が今までより小さくてちょっと見にくいけど、「スモールイズビューティフル」と思って、ささやかにやろうと思います。

昨日は、新聞の取材や打ち合わせが続いて、午後から夜にかけてばたばたと走ってました。
金曜日は一週間の疲れがたまってくるのかつらいですね。
そして明日休みと思うと、気がゆるんでお酒がすすんでしまう。→要注意!
ここ2週間くらい肩と首がはって痛くて、○十肩??と思っていたのだけれど、昨日あたりからふと首筋の痛みが取れました。
なんでかなあ?

『ティンパウ物語 蛇神の杯』を、西沢杏子さんが「虫の落とし文」で、赤羽じゅんこさんが「三日ぼうず日記」で紹介してくださいました。
どうもありがとう! うれしいです。
今度リンクはらせてください。→シーラよろしく!
裕子さんも「枇杷の葉なし」で書いてくださいました。
AIちゃんとKAZUはミクシィで話題にしてくれたというし(まず身内から・・)。
今後、紹介してくださる、という話も届いています。
すでに読んで感想をメールやはがきでくださった方が何人もいて、本当に感謝です。
長い話ですからお時間のあるときにぼちぼち読んでください。
途中で止まっている、という話も聞いています。
きっと登場人物が多いということと、沖縄をイメージさせる島というあたりがこの作品のネックになっているような気がしていますが、どうでしょうか。

◆ティンパウ物語・制作裏話その3◆
***赤い蛇の子*** 
何度校正してもどこかになにかある、ことを実感!
作品が長いので、一度校正するのに5晩くらいかかります。
その極めつけは赤い蛇の子を説明する「半身半蛇」という言葉。
眠い目をこすりながら、なにかひっかかって口に出してみた。「はんしんはんだ・・」
体の半分のそのまた半分が蛇っておかしくな~い??←おかしいでしょ
あ!と気づきました。私は「半人半蛇」と書きたかったんです。半分が人で半分が蛇。
読みがにているから見過ごしていたんですね。
これは何度か書き直しているときに気づいたのだけど、ミーツカイのもっている傘。
最初は黒いコウモリ傘でした。
谷川健一さんの『神に追われて』に登場する実在のユタからイメージをもらいました。
「五十を過ぎた程度の、いつも黒ずくめの衣裳をまとい、雨が降らない日も黒い洋傘をさしていた」
でも、『蛇神の杯』の時代はだいたい16世紀くらいのイメージ。
今はどこにでもある黒いコウモリ傘もそのころは当然ないはず・・。
黒い涼傘(リャンサン)に変更し、シーラにも絵を描き直してもらいました。
ちなみにさとうきびが沖縄に伝わったのも16世紀以降。
どこまでも続くさとうきび畑という風景もまだなかったようです。
2010年4月12日(月)
とりあえず回線がつながりました
今日の工事で新しい光回線が開通。
でも、この更新は古いパソコンでしています。
新しいパソコンで新しいビルダーで今週中に接続予定。
結局、KAZUも私も新しいパソコンにし、無線ランにしました。
しかし、なんて面倒くさいんでしょう!!(もとからひどい面倒くさがりやではあるが)
すごーーく、消耗しました……。
シュウッて空気が抜けていった感じです。

気分をとりなおして、そうそう、KAZUが今日から大学の授業。
英語のディスカッションの授業は黒人の先生で、とても楽しかったそうです。
あとスペイン語の授業も始まったとか。
いいなあ、私もまた勉強したいなあ。
高校時代はほとんど本など読まなかったKAZUですが、このところ書店に行くのが楽しそうで、幾たびに本を買ってくる。
先日、何の本を買ってきたのかなあとこっそりのぞくと、「ニーチェの言葉」。
ヒエ~ッ! 母はぶったまげました(訂正→感動しました)。
"ソ、ソ、ソクラテスか、プラトンか
 ニ、ニ、ニーチェか、サルトルか
 みーんな悩んで、大きくなった!”(古い!!)
高校生のころ、口ずさみながら倫社の勉強したものでした。

でも、週刊ジャンプもワンピースの単行本も続けて買ってきてね。
マンガ大好きなんです、私が。

裕子さん、枇杷の花芽茶と種茶が届きました。ありがとう!
AIちゃんが調子が悪いそうなので、明日、半分を転送しますね。
 
2010年4月5日(月)
早春賦
3日(土)は、おじいちゃんと病院へ行った帰りに、近くの公園の桜があまりにきれいなので寄り道してきました。
 青空に生える薄ピンクの桜の花。メジロやひよ鳥が一生懸命みつを吸っていました。
 地域の老人会の人たちがテーブルを出してお花見している横で、保育園の子どもたちがお弁当を食べている。
 春がきた。やっときた。桜が咲いた。きれいに咲いた。
 とてもうれしいお花見でした。
 帰りに、ルピナスさんとラベンダーとポピーを買って、庭に植えました。

 4日(日)は、seino3とシーラが我が町へ花見へきてくれました。
 駅裏に建った42階の展望台へ行ってみたら、桜の名所がいくつも見えました。ほんとうに桜の木の多い町なんですよ。
 その後、天気は曇ってきたけれど、里見公園へ。入り口の桜並木も満開。公園も満開。ほんとうに咲き誇っている。
 春がきたねえ、ほんとうに桜が咲いたねえ、きれいだねえ……と、3人でお茶を飲んで持参した桜ご飯を少し食べて、散策。
 帰りに真間山に廻って、街角ギャラリーの木内邸で一服してから、弘法寺の枝垂れ桜を見に行きました。
 ああ、見事!
 枝垂れ桜は、ソメイヨシノより一週間早く咲いてしまうのだけれど、今年は天候のせいかいっしょに満開を迎えました。この桜は、「伏姫桜」と言います。里見八犬伝の伏姫からとったのですね。
 母が昔、書道で「真青なる空より枝垂れ桜かな」という句を書いたのを思いだしました。母はかなの得意な書家でした。
 その後、我が家で春の宴会。seino3がもってきてくれた奈良のタケノコと手作りの木の芽みそがもう絶品! あまりにおいしくて私は興奮! 来年もぜったい食べたいです!
 私は散らし寿司をつくりました。おじいちゃんは、美女(!)に囲まれて上機嫌。春の香りがする、とても楽しい酒盛りでした。
 AIちゃんが風邪をひいてこられなかったが残念! お大事にね。

*追記/光回線工事中で我が家のパソコンが12日までネットにつながりません。ティンパウ制作裏話はまた落ち着いて書きます。早くも読んで感想を送ってくださった方もいて、とてもうれしく拝見しています。書店で見かけたという話も。
2010年3月28日(日)
謀叛論・・新しいものは常に謀叛である
昨日は、おじいちゃんの代わりに、大逆事件の勉強会(社会文学会主催)に、早稲田奉仕園へ行ってきました。
お題は(←演芸会じゃないのだからテーマでしょ)、徳富蘆花(健次郎)の「謀叛論(むほんろん)」。
蘆花、あらため健次郎は、大逆事件で捕まった者たちの助命嘆願をしていたけれど、明治44年1月18日、24人に死刑判決が下り、22日に旧制第一高等学校から演説をたのまれ引き受ける。しかし、1月24日、25日に異例の早さで死刑が執行されてしまう(12人が刑死)。
蘆花は、2月1日、一高弁論部の集会で「謀叛論」を講演。題名は直前まで隠されていたそうだ。
謀叛論の自筆草稿は都立蘆花恒春園にある。ほか、草稿は『蘆花全集』や岩波文庫『謀反論』に読みやすい形でおさめられている(ネットでも読めます)。

・・・・自ら謀叛人となるを恐れてはならぬ。新しいものは常に謀反である。

この一節は名文であると思う。ほか印象的な部分を抜粋すると、

・・・・我等は生きねばならぬ。生きる為に謀叛をしなければならぬ。古人は云ふた如何なる真理にも停滞するな、停滞すれば墓となると。人生は解脱の連続である。

・・・・我等は生きねばならぬ。生きる為に常に謀叛しなければならぬ。自己に対して、また周囲に対して

 ほか、小説家上司小剣(かみづかさしょうけん)の作品と大逆事件についての発表もありました。小説『平和主義者』を読んでみたいと思いました。幸徳秋水、堺利彦、木下尚江、石川三四郎、大杉栄、島村抱月、田中正造、片山潜、山川均等のメンバーが実名で登場するそうです。
 知らないことばかりで勉強になりました。

◆ティンパウ物語・制作裏話その2◆
***地図はだれが書いた?*** 
 物語の舞台となる島の地図。
 編集の中嶋さんがやはり地図があったほうがいいのではと、シーラに依頼。
 私も頭を整理して下書きを描いてみた。
 方角を表すところに蛇を使おうね、とか、島の形もひっくりかえしてみたり、横にしてみたり、蛇や花の形をイメージしてみたり……。
 ここに湾があると、ここに河があって、ここは高台で……と、二人で地形を確認。
 さて、地図は描き上がりましたが、中嶋さんとデザイナーさんが「文字も手書きがいいと思います」と言うと、「え~~!」とシーラ。
 「文字を書くの? 私が~?」と、腰が引け気味。「う~ん」とうなって、「そうだ!」と浮かんだ案が、左下のサイン。
 「これを描いたのはナーグだからね」
 と、シーラは笑って言ったのでした。??? 
2010年3月27日(土)
ライブに行った! 本が発売になりました!
シーラ、AIちゃん、水曜日はお疲れ様でした!
3人で紀伊国屋で待ち合わせをして、スペイン料理とワインを楽しみ、ライブハウスへ。
穴蔵のようなスタンディングスペースの空間。バーカウンターがある(ここは重要!)
なんか懐かしい雰囲気……。
そうそう、私たちも学生のころ、アングラ演劇をやっていたので、穴蔵のような劇場へはよく出入りしていたのでした。
KAZUたちのバンドはラスト。いつものとおり、最後はギター振り回したり、ドラムに飛び乗ったり、倒れているヤツもいました(どんなバンドかわかるでしょ)。
日がかわるころ、バンドのメンバーが家にやってきた。
「おつかれさま! ビールのむ?」(←こらこら未成年だぞ)
終わったばかりなのに「うー、またギターがひきてえ!」なんて言っているヤツも。
食べて、飲んで、ざこ寝。私は翌朝皆を置いて出社。
しかし、翌朝になっても、耳がワンワンしてました。

木曜日、長崎出版へ寄って、献本の発送の準備をしてきました。
多分、来週半ばまでにはお世話になった方々へ本を届けることができると思います。
アマゾンやBK-1等、ネットショップでは早々と検索できるようになっていました。
なんかどきどきしますね。あまり直視したくないような……。

◆ティンパウ物語・制作裏話その1◆
***どんな装丁にするか*** 
 やはり蛇に関連した図柄だろうということで、まず、アンコールワットのナーガの写真と、フランスのギメ博物館にあるナーガの写真を編集の中嶋さんへ送りました。
 でも写真はデザインしにくそう。
 そこで、蛇のウロコを全面に使ったらどうかと、岩国の白蛇センターの写真を送りました。
 さらに、ジャワ更紗に蛇のウロコのようなデザインがあったので、それも送りました。
 そうして、シーラと蛇のウロコの1枚1枚に花とか葉とかマウの子とか描いたらどうかねえ、と下書きをしてみました。
 蛇のウロコは、魚のウロコとは違い、長細くてきれいな形をしています。ティンパウの言い伝えや、章の数字の周りも蛇ウロコでそろえることにしました。
 シーラが忙しかったので、ウロコの下書きを手伝いました。楽しかった。
 さて、こちらは装丁家の宇佐見さん。ネットで蛇をいろいろ見ているうちになにやら気分が悪くなってしまったそう……。
 何種類もデザインをだしてもらって、手直しまでしていただきました。
 そしてとうとう、装丁のできあがり!(お仕事部屋をご覧ください)
 明るいところで見ると「蛇神」の文字がきれいに見えるそうです。ほんと!
 とてもすてきな装丁でしょう。いかがですか? 
2010年3月23日(火)
本ができました! もう春ですね!
シーラ、お仕事部屋の改装、ありがとう!!
ということで、私たちの本が無事にできあがり、あさって発刊です。
ああ、よかった。うれしいと同時にほっとしました。
また、同時になんだか恥ずかしいものですね。でも宣伝しなくては。
制作裏話は、ここへ追々紹介しますね。
早々と、ももたろうの掲示板で話題にしていただきました。
皆さんどうもありがとう。
今度、リンクの頁つくらなくちゃ(って、シーラつくってね。ヨロピク)。

ところで、連休は、シーラとAIちゃんとおじいちゃんとKAZUと、房総へ遊びにいく予定だったのです。が、しかし、しかし……。
電車組で早出の私たちは行き着いたのだけど、アクアラインを越えてこようとした車組のシーラは、なんと道路が強風のために封鎖されてこられなかった!!
ガ~ン!! ショックだったよねーーー。
久しぶりに皆で遊ぼうと思ったのに……。

すごい風だったよ。
その風のなか、私はウォーキング、KAZUはサイクリングへ(物好き親子)。
なにせ下り坂なのに自転車さえも押し戻されるほどの風。
いやいやすごかった。自然の力を存分に感じました。
海が吹き上げられて煙っていたもの。椰子の木はばさばさ音をたてているし。
おじいちゃんもがんばって、少し散歩したんだよ。
やせているから、本当に飛ばされそうで、腕組んで歩いた。
電車もとまってしまって、KAZUは電車が動いている駅までバスでいって、帰ったのよ。
私とおじいちゃんはもう一泊しました。
その晩、私はマスターのお店にご挨拶に(って飲みに)。
地元の自称サミーちゃんとか(サミー・デービスJに似ている)、初対面の人が次々にきて、なんだか夜中までおおいにもりあがりました。
マスターが、シーラとAIちゃんに会えなくて残念がっていたよ。
次回はぜひいっしょに行こうね。

そして、明日はKAZUのライブin新宿。
シーラとAIちゃんもきてくれるというので、どんな感じがわからないけど、とにかく盛り上がりましょ!
2010年3月14日(日)
春の花が咲いてきたね
午前中とっちらかした家のそうじをしたので、午後はおじいちゃんとタクシーで近くのジュンサイ公園の梅祭りにいきました。
(KAZUはACDCとかいうバンドのライブでスーパーアリーナへ行った)
なんとあったかいいい天気。
すでに一升瓶を横に、芝生で寝ている人もいて(あら、うらやましい……)、梅の花見にしてはめずらしく暖かく1日外で過ごせたようです。
子どもづれも多かった。
池には、小ガモがたくさんいて、えさを争っている。
休みながら池を半周して、石井農園という苗屋(&ハーブ園&梅園)へ。
おじいちゃんが、白いデージーとわすれな草がほしいというので、買ってかえって植えました。
たった2時間弱の散歩だったけれど、気分替えによかったみたいです。
こぶしの花もミモザの花もきれいでした。
桜のつぼみが黄色くなっていました。
あと2週間もすれば咲くのね。どきどきしました。
2010年3月13日(土)
庭の梅も満開
やっと春らしい陽気になってきました。
庭の梅も満開。明日は近くのジュンサイ池公園の梅まつりです。
おじいちゃんが元気ならいっしょに行こうかな、と。

昨日は、シーラと大学時代の友だち(いっしょに芝居をしていた)が奥さんと二人でやっている焼き鳥屋さんへ。(池尻大橋駅・とり方←こぎれいな焼き鳥屋さんで落ち着いて飲めます。奥さんは画家でアーチストでもあります)
仕事で駒沢大学へ行くことがおおくて、昨年秋に電車でばったり!
久しくご無沙汰していたので、二人で尋ねました。
彼は、整版(版下)会社の社長だったのだけど、印刷業界の技術変容で仕事が減ってきたので、社をしめて、前からやりたかった焼鳥屋を開いたのです。
いつか、「ももたろう」のキリ番でみんなで行ったこともあった。
あれって何年前だったかしら。あっというまに年月がすぎるね。
このお店も6年、ということです。
そうそう、これは10年前にもなるかなと話したんだけど、皆で房総の海にいった。
そのとき、彼がふんどしをして泳いだので、AIちゃんはいまだに「ふんどしのおじさん」として覚えているのだそう。
そのAIちゃんもいまや酒盛りの仲間だものねーー。いやはや。
でも、これから10年、またひと勉強、ひと仕事だね、といいながら帰ってきました。
お疲れ様でした。
2010年3月6日(土)
卒業式も終わって……
2日はKAZUの卒業式でした。
午前中、学校で卒業式。その後、お母さんたちと昼食を食べて、3時半からホテルで先生方と謝恩会、その後、ラグビー部父母会で打ち上げ。
1日でずっぱりでした。
謝恩会でお世話になった先生方にご挨拶をすると、なんかまたいろいろ(くどくど)。
たしかにね、学校にいれば呼び出せばすむけれど、外へでたらそうはいかない。
まだ言い足りなかったのかな、心配を残しているのだな、と。
とりあえず、親子で6年間お世話をかけました、と御礼を申しあげておきました。
(親まで反省文書かされたっけね……)

木・金と人間ドックに入ってきました。
毎年、緑内障の疑いがかかって、再検査。
最初はこのまま見えなくなるかとどっきりしたけれど、経過観察が続いている。
でも、視力はどんどん落ちていくし、やっぱり不安だなあ。
日々、健康に気を付けなくちゃとは思うけど、気力がないときは、体を動かすのもおっくうになる。どんよりとこのまま落ちていく……、という感じ。

池上永一さんの『ぼくのキャノン』と『夏化粧』、おもしろかった!!
あと、梨木香歩さんの『沼地のある森を抜けて』
ぬかどこから菌類が増殖して、脈々と受け継いだ情念を人間として形作っていくような話です。
こういう話をどんよりした気分のときに読むと、ぴったりはまって、かえって心地よい。
どんどん得体のしれないどんよりの中にもぐっていく感じ。
こういう世界を描くのって、私もとても興味のあるところなんだけど、梨木さんはやはりすごい作家だなあ。
『からくりからくさ』でからまった草が、今度はぶくぶくと増殖する粘菌類に……。
そして最後に命が生み出されていく。
恐れずどんよりしていていいのだな、と肯定されたような安心感がありました。

そこで、どんよりから醸し出された一つとして、以前書こうとしていた「アストリッド・リンドグレーン」を「ファンタジー読書ノート」にアップしました。
短いですがよかったら読んでください。
2010年2月28日(日)
ウォーク9&シーラの家で……
昨日は、ウォーク9の報告会に国分寺のカフェスローへ行って、帰りにシーラの家におじゃましました。

ウォーク9は、昨年は9月から12月までの100日間、韓国縦断ウォークをしました。
憲法9条の精神を中心に据えて、すべての生きものとつながる生き方を実践する。
東アジアの中心に9条を、という祈りもこめた巡礼ウォークです。
一昨年は、出雲から六ヶ所へ。
報告会は、韓国の青年たち10人もくわわって、写真を写しながらの笑いあり、涙ありの話。
途中で韓国の仲間とぶつかって、だれもいなくなってしまった時期もあったそう。
それでも、行く先々で「ウィーク9を支援します」という韓国の人たちの言葉に支えられ、最後はイムジン河のほとりで、「東アジア人宣言」を日本語と韓国語で読み上げたということです。
参加者には若いミュジシャンも多いので、パワフルで心にしみる歌や踊りも披露してくれました。
実際、韓国でもミュジシャン同士でもりあがり、平和コンサートもしたそうです。
中心になっている青年は、いっしょに『9をまく』という本をつくった仲間で、シーラにたのんでつくってもらった『蝶文明』は、メンバーの古老(?)正木さんの本です。
私は参加できなかったけれど、顔見知りの人も何人もいました。

思えば、私も25年前、韓国に公演へいった経験があります。
日本人の公演は初めてだということで、最初は客席ががらがら……。
でもそのとき、韓国の作家さんが、芝居が終わったあとでお茶をごちそうしてくれて、「あなたたちの芝居は私の心に届いた」とおっしゃってくれた。
その後、学生たち、若い人を中心にお客さんがふえて、最後は満杯だった。
日本が弾圧した天道教の教会での公演は、本当に緊張した。
同胞をばたばたと殺した日本人の劇団をどのように迎えるのか……。
白いチョゴリを着たおばあさんたちも集まって、私たちが演奏をする韓国の音楽に手拍子をしてくれた。
「日本人か」と横目で見ていた子どもたちは、終演後はバスを追いかけてきた。
そんなことを思い出しながら、変わったことも多いのだろうけれど、変わってないところもまだまだあるんだなと思い、それを受けとめて交流していこうとする人たちがいることがうれしかったし、そういう人がちゃんとつながっていくのだな、と思った。
何度もジンとしました。

その後、シーラの家へ。
KAZUもやってきて、大学合格祝と私の誕生会をしてくれました。
お肉も海の幸もとてもおいしかった。おばあちゃん、ありがとう!
おばあちゃんは、枇杷茶で元気だそうです。
枇杷葉酒も自分で考えてつくっていて、疲れたときに飲むと元気になる!と。
あとは、枇杷の化粧水で美白だね!!
うちに育っている枇杷の苗木を今度もっていくことにしました。
日当たりがよくないのに、元気にたくさん育っています。
AIちゃんと人生ゲームに興じるKAZUを置いて、私はひきあげました。
あやうく午前様。
シーラ、絵を見てくれてありがとう。
HPの更新、時間のあるときによろしくね!!

今日は、KAZUとパソコンを買いに秋葉原へ。
中・高のパソコンは使いものにならなくなったのだそう。
6年間つかったから、新調することにしました。
ついでに無線ランにしようとしたら、まあ、手続きには時間がかかりました。
でも、ほうりだしていたことをひとつずつこなしていかなくては、とこらえました。
私的にはパソコンのない世界にもどりたい。
電気街は疲れるし、新しい機種も興味ないし、買い物も人混みも苦手!
シーラ、パソコンのことはまかせたよ。
2010年2月25日(木)
中途半端な時期
ここ数日間暖かくなって、一時の緊張が薄れました。
こういうときは要注意ですよ。
やることだけは満載で、でも気持ちは緩んでいて、急かされればイライラする。
ちゃっちゃっとやることやればいいのに、やることをリストをつくってる時間のほうが長い。
当然、やることの多さに、やる前に疲れてしまう……。
うまくいかないのも、気分が落ち込み気味なのも、多分に年齢のせいにしているのだけれど、がんばっている人のそばにいけば、だらだらぐちをこぼす気も失せる。
こういう時期は、動きつつ調整していくべきだと、今朝はとなりの駅までウォーキング。

賢治絵本2冊の見本が届きました!
できあがってよかったね。
反省するところは反省しつつ、完成を喜びましょう!!

もう1冊の本も、装丁案をいくつもいくつも出してもらって、完成がすごく楽しみです。
装丁が決まったら、ちゃんとアピールをしなくては。

KAZUの卒業式や入学式、私の癌検診や人間ドック、となりの家の建築と道問題、おじいちゃんの健康問題、仕事以外の本の進行、そして、仕事、仕事!! 家の片付け……。
さらに、自分のやりたいこと、書きたいこと、諸々。
そろそろ時間調整をして、自分のための仕事をしなくちゃならないと思うのだけれど、なかなか現実はそうはいかない。
それでも、できる範囲で努力をしなくてはと思ったのは、今日、400頁に及ぶ原稿が新たに入ったから。
読んでいたら気持ちが引き締まりました。
山中恒先生の本です。どうぞお楽しみに!

そうそう、この間に1つ年をとりました。
裕子さん、お酒ありがとうございます!
まだ冷蔵庫に冷やしています。
叔母が、英語のカードを贈ってくれました。
開くとバラが飛び出てきます。
叔母は、建築家アントニン・レーモンドの秘書をしていたので、英語はぺらぺら。
レーモンドさんは、旧アメリカ大使館やロシア大使館を建てたり、軽井沢のペイネ美術館や新発田のカソリック教会なども建てました。
木造建築を愛し、新発田のカソリック教会はお金もないので、ステンドグラスのかわりに障子をつかった斬新な案で建てたそうです。
写真だけ見せてもらったので、いつか見に行きたいです。
質素だけどきりりとして、とてもステキです。
で、叔母は、今でも町で外国人がいればすぐに友だちになって、家に招くので、外国人の友だちがたくさんいます。
今年のお盆は、お盆の飾りをみたいと、フランス人の女性(カンボジア在住)を連れてくると、今から予約されています。
私はその血をひかなかったのかしら。英語はうといです。
外国へ遊びにいくためにも、勉強しなおさなくちゃ。気持ちはあるので後は努力のみ。
2010年2月20日(土)
ちょっと一段落……
シーラ、久しぶり! って、先週11日に会ったんだよね。
二人で賢治絵本の残り2冊の校了に、池袋の印刷所へ行きました。
雨の日だったね。
来週22日に見本ができるそうですよ! 楽しみね。
HPのお仕事部屋に、完成品をアップしてくださいな。

KAZUは、R大の理学部で宇宙物理を勉強することになりました。
原子から宇宙まで……って、すごい世界だよね。
物理も数学もまるでわからない私は、あとは、KAZU自身にお任せです。
受験がおわって、ライブ出演の予定がすでにいくつも入っているそうで、これからさらに楽しくて充実する日々がくるのかな。

さかのぼって話しますと、2月5日(金)は、子どもペンのシンポジウムがウイメンズプラザでありました。
私は、その日、まず「絵本の樹美術館」で開催する原画展の打ち合わせをして、次にクレヨンハウスで絵本の打ち合わせをして、新聞の取材があって、それからシンポジウムへ移動しました。
豪華メンバーで、内容も「子どもの本にはなにができるか」という根本にかえる話でおもしろかったです。
終了後に、近くのお店で打ち上げ。松本清張誕生100年記念のシャープペンシルを、ペンの会長さんからいただきました。おお、これを使えばすごいミステリーが書けるかも??
私のいたテーブルは、理論社、講談社、偕成社、ペンの事務局の方達で、久しぶりにチェコの人形劇の話なんかもできて、とても楽しかったです。
私は劇団の前は、人形劇をしていました。

先週の日曜日(バレンタインデー)は、母の命日。
お墓参りの後にお寺で昼食を食べようと、親戚10人以上が集まりました。
お弁当は、桝川という亀戸の老舗の季節弁当を用意しました。
みんなそろって年取ったなあ、という感じもしましたが、久々に楽しくおしゃべりしました。
おじいちゃんも、この日は天気がよくって元気だったけど、今週は寒くて調子がわるく、編集会議もパスしてしまいました。
来週、暖かくなれば元気になってくれると思います。

15日は、中学校から職場体験の5人が来社。
そもそも、KAZUがお世話になった学校に、なにか恩返しをしなくてはと私から申し出たのです。もう5年になるかな。
中学生はかわいかったです。編集の仕事をし、営業の仕事をし、最後は神保町で解散。
そうそう、この夜、シーラが御茶ノ水まできてくれて、本の装丁とイラスト位置など見てくれたんだっけ。
ありがとね、シーラ。
私たちの本もどうやら出版できそうな気配になってきました。
おじいちゃんのこともあるので、いつもより春が待ち遠しい日々です。
2010年2月16日(火)
新しいパソコン
ごぶさたしていました。
数か月ぶりに、やっとなんとか忙しいところから抜けました。

少しホームページも整理しなくちゃね。
と思っていたら、今日会社で新しいパソコン買ってもらいました。
ウインドウズ7とかいうので、なんだかきれいすぎる~!
これを使って原稿入力やら、データ整理やら、ホームページを作ったり、
本の受発注や、顧客管理等々、いろいろやらなくちゃ。

ウインドウズライブメールとやらをインストールしたら、なんだかつながらなくて、
いまひとつ使い方が分からなかった。でも、2時間くらい悪戦苦闘してなんとかできるようになったよ、ホッとした。

明日の夜はピアノのコンサートで、上野の東京文化会館に行きます。
雪がふらないといいなあ。

2010年2月2日(火)
雪だ!
昨日、シーラと印刷所のはしごをしました(飲み屋じゃありません、念のため)。
『どんぐりと山猫』の絵本が完成!!
その前に、2冊の校正をした。
一人が絵本を読み上げ、一人が定本をチェックし、無事終了。
その後、持参したワインで乾杯!
そのころには10時近くなり、吹雪のように。
かなり疲れて駅までの途をたどっていたのだけれど、私はわくわく。
雪が降ると気分が高揚してくる(雪で苦労している方たちにはもうしわけないですが)。
猫に近いと思っていたけど、ほんとうは犬の生まれ変わり?
スキップ踏んで帰りたくなる夜でした。家について、
「KAZU、雪だね!!」と言うと、
「なにはしゃいでいるの? 酔ってるの?」
コップ一杯のワインでなんか酔いません! きっぱり。
飲み直しました。

翌朝、印刷所の立ち会いで早起き。
すっかり天気は落ち着いて、雪景色もちょっと物足りないくらい。
KAZUに「自転車でいくならハンドルとられるから気を付けてね」
と言ってでると、玄関からKAZUが顔をだして、
「おかあさんこそ気を付けてよ! テレビでころんでケガをした人がいると言っていたよ。それから、おじいちゃんは今日外へ出ないように言っておくからね」
「は、はい」
・・そう言えば、アンコールワットのくずれそうな急勾配の遺跡に昇ったとき、
「KAZU、落ちないように気を付けて」と言ったら、
KAZUとガイドさんがいっしょにふりかえって、
「あなた(おかあさん)の方こそ気を付けて!!」
「は、はい」
私は心配されるほうだったのね~。
自覚がたりませんでした。

埼玉の工場へ無事行き着いて、『絵本 日本女性史』の江戸の巻の立ち会い。
きれいに刷ってくれていました。
印刷所を見学していると、『だるまちゃんとてんぐちゃん』や『のはらうた』や『ばばばあちゃん』や『ミッフィー』など、ロングセラーの絵本の刷りたてがあちこちに。わあたのしい。
『100万匹のねこ』や『はるにれ』もあった。
フィルムがなくなって、直接焼き付けができるようになったから、アミ点がぼてっと肥らずにシャープになって、ほんとうに印刷の精度があがりました。
原画と区別がつかないくらいの仕上がりのものもあります。
でも最後に確認(黙視)するのは人間の目。
人間ってやっぱりすごい。
丁寧に仕事をすることを受け継いでいるのもすばらしい。
かけがえのないものは身近にあるものだと再認識した今日でした。

来週は、賢治絵本の2冊の校了。
こちらも気を抜かずにシーラと印刷所へ行ってきます。
2010年1月31日(日)
大忙しのがんばり週間
昨日は、おじいちゃんと「大逆事件の真実を明らかにする会」(代々木、正春寺にて)へ参加してきました。
ここには管野スガのお墓があり、墓石の裏は荒畑寒村の筆です。
最初は土饅頭で、墓石をたてたのは40年ほど前だそうです。
毎年ひとりで参加していたおじいちゃんですが、昨年末からすべてこぶが同伴。
どちらにせよ、私も勉強したいのですすんで参加したのですが。
とても充実した会でした。昨日会った方が、昨日の夕刊に載っていました。
「人脈記」の古川力作さんの弟の娘さん姉妹です。
昨年、大逆事件を「人脈記」で書き、今回も執筆している朝日新聞の早野透さんもいらしていた。私は、『9をまく』という本をつくったときにとりあげていただきました。
作家の鎌田慧さん、横浜事件の弁護士の方、出版社や雑誌関係、研究者、大逆事件にさまざまな縁のある人たち。
驚いたのは、ほんの少しの血のつながりを継いで、若い人たちも来ていることです。
その人たちが話していると、なんととなりの人とまた遠い遠い親戚であったとか、不思議な縁が発覚したりして、ほんとうに不思議。
裁判に負けてもその後がある、という言葉が重みをもっていました。

そうそう、先週の日曜日は、ビックイシューの6周年のパーティ(表参道にて)に行ってきました。
ここも、第一回から参加していて、毎年この席でしか会わない人もいれば、ここで知り合いになる人もいる。
ビッグイシューを支援している、ということで思わぬつながりが広がっていく場です。
編集長の水越さんは私と同年代。6年間休まずにビッグイシューを発刊している。
ソフトな雰囲気で、ぜんぜんでしゃばらない感じなのに、根性あるなあ、すごいなあ。
お会いしてお話ししたら、元気をもらいました。
前日は体調がわるくて起きあがれなかったのだけど、びしっと背筋が伸びました。

今週はいろいろハードな週です。
体調をくずしていられませんから、気を付けなければ。
大事な打ち合わせや印刷所の立ち会い、原稿整理や、校了もありで、土日も満載。
そしていよいよKAZUは、個別の試験に突入!
あと少しだ、がんばれ! そして私もどうにかがんばろう。
シーラも、どうにか体調くずさずにがんばってね!
いやあたいへんだったね。でももう少しだから。

いろいろなことにがんばっているみなさん、どうぞ体調に注意してのりこえましょう!
2010年1月26日(火)
アップダウンの日々
一週間以上のご無沙汰になってしまいました。
ええと、KAZUのほうはセンター試験は思いの外よい成績でした。
高望みはしていないので一般評価はともかく、「よくやった!」と我が家では絶賛です。
おじいちゃんも結果をきいて、自分の雑誌の編集作業もすすんで、とてもいい感じだったんですが、昨日、ころんでしまいました。
仕事から帰ったら、椅子にすわって青い顔をしてうなだれているので、もうどっきり!
買い物にいって、工事中の路地を通るときにころんだらしい。
でも、それがすぐには思いだせない。私はいっしょに青い顔。
KAZUが帰ってきて、「バナナとティッシュがおじいちゃんを助けてくれたね」と言ったとき、やっと私も少しほっとしました。
買い物袋には、バナナとティッシュ……。たしかに。
ぐちゃっとつぶれたバナナを、ありがたくいただきました。切なかったけど。
私は、なんでそんなものを買いに行ったんだと思ってしまったのですが、気持ちのもちようで、ころんで骨折しなかったのは、不幸中の最大の幸せ。
今朝も震えがでて、あわてて全身マッサージをしたのですが、KAZUの言うとおりだと思い、救われました。アリガト、KAZU。
一人でパニックしてお恥ずかしい。泣きがはいってました。

l今日は会社を休んで、おじいちゃんと病院にタクシーで行きました。
帰ってから、私は駅まで買い物にでて、雪柳と、プランターと、きんせんかを買いました。
雪柳は仏壇と玄関に。きんせんかは、プランターに植えて庭へ。
おじいちゃんが庭に花があるのを喜ぶので。
このあいだ、お昼のテレビできんせんかは太陽のような花だと放映されていた。
寒さにも強くたくましい花だから、きっと日照量の少ない庭でも咲いてくれると期待をこめて。
おじいちゃんが調子の悪いとき、ハリーはずっと同じ部屋で寝ていれくれたそう。
翌朝は私の部屋で「ニャア、ニャア(ご飯の時間でしょ、起きて、起きて!)とうるさかったけれど、ハリーも含めて感謝、感謝の日々です。
アップダウンの激しかったのは私の胸のうちだけかもしれません。
修行がたりないというか、なんといいますか……。
2010年1月17日(日)
受験の季節
昨日・今日とセンター試験です。
いい天気でよかった。とはいっても、長野あたりでは雪でたいへんとのこと。
KAZUは、昨日は無事終え、なんだか少し興奮して帰ってきました。
お月様でも見ながら走ってくれば落ち着くよ、と言ったら、おじいちゃんが風邪でもひいたらどうする、と。
でも、KAZUはやっぱり走りに行きました。
おかしな受験生でしょう? ついこの前までラガーマンだったしね。
試験に裕子さんの枇杷茶をもっていきました。

シーラは今日は賢治絵本の残りの2冊のデータ仕上げをしているはず。

某やどかりテラスでは、キリ番後にやど主さんが救急車で入院されたと聞いてびっくり。
たいへんな状態だったそうですが、とにかくご無事でよかったです。
病院からの脱走歴があるそうですが、ちゃんと養生してくださいね。

コルネーリア・フンケの『魔法の声』と『魔法の文字』読んでいます。
これだけ長いと安心して読める。一晩じゃおわらないから。
とはいえ、あいまに違う本を何冊もはさんでしまうのはどうなのか・・。
仕事がらみで童話集や短編集を読み返しています。
これはとっても楽しい仕事! 
今年の4月から来年の3月までに出版する本(うちはこの期間で一期)の用意を早めにしておかなくてはと思い、だいたいの手はずをつけているところです。
もちろん、再来年の企画も同時にすすめているわけで、3年分くらいが並行して進行しているので、ときどきというか、いつも頭がごちゃっとしています。(整理、整理!)
2010年1月10日(日)
ファンタジー読書ノート、読めるようになりました
昨日から風邪をぶり返して寝込んでいました。
おじいちゃんも熱をだすし、KAZUは財布をなくすしで(警察へ届いた)さんざんだったんだけど、某やどかりテラスでキリ番をどすん!!と踏みました。(床が抜けなくてよかった)
おいしいボルドーのワインをいただけるんですって! いっしょに飲む?

ファンタジー読書ノート、ずいぶん前に書いたものだけど、どうにか読めるようにしてみました。
なんかもどるリンクがうまくはれていなかったりするんだけど、とりあえず読めるのでご容赦を。
新しいものもまとめなくちゃ、と思いつつなかなかすすみませんなあ。
書きかけのものはいくつもあるんですが。

部屋で寝ていたら、窓辺にひよ鳥がきて、なんと、私の小さな小さな菜園プランターをつついていた!!
おかしいと思っていたんだよね。
このごろいっこうに大きくならないし、なんだか荒らされているような感じで……。
まさか、ハリー?と疑ったけど、ひよ鳥とは。
ひよ鳥もハタケナなんて食べるんだあ。
はこべがたくさんでているんだから、そっちをつついてほしいよ。
ゴンベが種まきゃ、カラスがほじくる。
なんて歌があったけど、私はさしずめゴンベ??
2010年1月9日(土)
4日間働いたよ
仕事がはじまるとあっというまに時間がたっていくね。
5日は、出版をお願いしているN出版で夕方から打ち合わせと新年会。
6,7,8日と働いてもう土曜日。
1月からは、子ども向けの『絵本 日本女性史』(全4巻)の発刊開始です。
歴史の教科書には圧倒的に男性の姿が多いから、この絵本はこれでもかこれでもか、というように女性を描いてもらいました!
歴史を勉強しはじめた女の子たちにぜひ読んでほしいです。
やっぱり社会の枠組みのなかで女性たちはたくさん苦労してきた。
でも、どの時代でも枠にはまらない働き方や生き方をめざした女性が登場してくる。
血縁だけではなく、苦しみも喜びも人は継いで生きてきて今があるんだな、と実感しました。

そうそう、お正月号の「ビッグイシュー」に年賀状広告を出しました!
西原理恵子さんの「虎かあさん」の表紙の号です。
路上で見かけたら、販売者さんからぜひお買い求めください。
巻頭はその名も「成熟カルタ」
なかでも気に入った「い」と「か」を紹介します。

「い」 今 僕のいる場所が望んだものと違っても悪くない
    きっと答えはひとつじゃない(Mr.Children)

「か」 変わりながら、それによって自己自身であり続ける人たちを
    私は讃える。(ブレヒト)

しいらデザイン室では、「宮沢賢治版画絵本」を3冊、1,2月に出版します。
「どんぐりと山猫」
「注文の多い料理店」
「オツベルと象」
できあがったら、表紙を「お仕事部屋」にアップする予定(今は忙しくてシーラの手があかない!)。
完成したらなにかイベントもやりたいなあ……。
2010年1月4日(月)
あっというまにお正月休みもおわりに
シーラ、日記の更新ありがとう!
更新するたびになんか枠が増えて、ひとりドツボにはまっていた私はほっとしました。
ところで、その前に更新した日記をここに付け足しておくね。

2日は、おじいちゃんと国立劇場演芸場に新年の演芸会を見にいきました。
獅子舞(&えびす・大黒・おかめにひょっとこ)ではじまり、落語あり、奇術あり、漫才あり、かみきりありのほんとうに演芸会。
正面にかかっている額の絵は「一富士二鷹三茄子」
漫才のコンビのおじさんは、おじいちゃんより年上の87歳。ベテランの芸というのはいいですね。そしてすごいですね。久々に涙流して笑いました。
最後に手ぬぐいを投げてくれたので、私はめでたくキャッチ!
帰りに四谷で飲んで、お正月気分を満喫しました。
おじいちゃんのお供だと、家にたどりついたとき、「やった!」という感慨までおまけ付きなのよね。

3日は、シーラの家へ。
おばあちゃんが待ち受けていてくれて、すぐに酒盛り(えっと、他に用があったような……)。
そう! シーラに本の絵を描いてもらうために行ったのでした。
おとそ気分で眠くなる目をこすりながら、二人で机に原稿やら資料やらを広げ……。
夕方までやって、また一杯飲んで、そしてまた机の前に……。最後にケーキを食べて帰ってきました。
お正月からお疲れ様でした!&ごちそうさまでした!
裕子さんの送ってくれたお酒、とっても美味しかったよ。
おばあちゃんは、枇杷茶専用のポットをつくっていました。
風邪をひかなくなって、元気だそうです。

明日からまた仕事です。あっというまのお正月でした。
2010年1月4日(月)
日記を新しくしました
新年 あけましておめでとうございます!
この日記、ちょっと長くなってしまったので、新しいページをつくりました。
以前のを見たいときは「前の日記」をクリックしてね。

昨日はリエルが我が家に来てくれました。
おいしい日本酒やケーキなどを持ってきてくれて、ご馳走になりました。
ことしも大いに食べて飲みましょう!(少しは運動とダイエットもね…)
年末年始は仕事の締め切りが重なっていて、大掃除も、年賀状も、初詣も全てパス!?
年越し蕎麦とお雑煮だけは食べたよ。
ちょっと時間ができたら、初詣にはいきたいな。
そういえば初詣に出かけたAIさんが「ピニャ・なんとか~」というココナツの甘いお酒を買ってきたよ。ミルクと割って飲んだらおいしかった。……って、またお酒の話だねぇ。

会社は5日までお休みなので、絵を描いて過ごしましょう!
2010年1月1日(木)
新しい年になりました
みなさん、あけましておめでとうございます。
シーラ、あけましておめでとう!
無事、新年を迎えることが出来てほっとしています。

昨日は、おせちづくりの途中で疲れてしまって、ちょっと休んでいたら、おじいちゃんの教え子が挨拶にきて、おしゃべりしていたらあっというまに1時間半。
もう夕方。やばい! おせちがまにあうか。
がんばってどうにかセーフ。
カズは勉強に行ってしまうし、おじいちゃんと二人で紅白歌合戦を見た。
普段ほとんどテレビを観ないし、知らない人もいたけれど、古くから知っている人もけっこうたくさんいて、思わずテレビの横に立ち、いっしょに歌ってもりあがった。
おじいちゃんが拍手してくれて。(テレビでカラオケ??)
矢沢のえいちゃんもでたしねーー。
その後、カズが11時半すぎに帰ってきたから、あわてて年越しそばを食べさせて、私はひとりで初詣へ。
真間山では、すでに火をたいていて、昨年のお札や破魔矢をくべにくる人たちがいた。
除夜の鐘が響いて新しい年に。
私は、小さな里見の龍神様のお社に、カズとおじいちゃんのことをお祈りした。

さて、あけて新年。
おせちもそろって朝から美味しいお酒も飲んで上機嫌。
たずねてきた叔母とおおいに盛り上がって、夜はしゃぶしゃぶ。
にぎやかな新年の始まりでした。
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