『名 も 無 き 花』  
     
                                                   Written By ぽんた
                             
        
      窓の外を、見慣れない風景が通り過ぎてゆく。  各駅停車のお陰で、歩いている人の表情まで見てとれる。  もう、何時間列車にゆられているだろうか。  以前は、よくこうして旅をした。  彼のとなりにはサーニン。向かいにグレアム。そして、グレアムの隣にぴったりくっ  ついていたマックス。  「ねぇ、グレアム。また駅に停まったよ。ぼく達まだ降りなくてもいいの?」  停車のたびにマックスが聞いた。  「いいんだよ、マックス。君が乗っていたいと思うだけ、好きなだけ乗っていていい   んだよ」  その都度丁寧に答えるグレアムに、彼はおつかれさんとウインクを送った。   サーニンは、黙って風景を眺めているのがすきだった。   4人がけのボックス席は時として彼らのベッドにもなった。  そのくらい長い時間旅をしたものだった。飽きることはなかった。  窓の向こうのあの家にはどんな人が住んでいるのだろう、などと話をしたり、トラン  プゲームのいかさま方法を考えたりしていると、時間はあっという間に過ぎて行っ  た。   腕時計を見ると、午後2時。まだ家をでてから4時間しか経っていなかった。  一人でいると、時間は遅く流れてゆく。   今日の午後2時。この時間を家で過ごしたくない為、彼は一人で列車に乗った。  意外に几帳面な彼女のことだ。ちょうど家に着いた頃だろう。  彼女が家の扉を開けると、飛び出すのはマックスだろう。サーニンはマックスの後ろ  から、リサを抱いてちょっと恥ずかしそうに出迎える。リサは、知らない人を見ると  吠える。体は大きくなっても、いつまでも甘えん坊だ。そして、飼い主であるマック  スよりも、サーニンによくなついている。  そして、グレアムは・・・・・・どんな風に彼女を招き入れるだろう。  考えあぐねてふと外を見ると、道端に小さな花が咲いている。名前はわからない。  ただ、以前彼女が好きだと言っていた花であることは確かだった。  彼女に会うはずだった時間に、この花を見かけた。これは偶然だろうか?  次の停車駅で列車を降りた。名前も知らない無人駅だった。  降りた駅で清算するつもりで、入場券だけ買っていた。  『乗り越し料金と、ここまでの切符をお入れください』と書いた箱がある。  正直に入れる奴いるのかね、と思いながら箱をのぞくと、結構たくさんの小銭が入っ  ているものである。  世の中馬鹿な奴が多いんだな。とひとりごちて、そのまま改札を抜けた。    花が咲いている場所は、思いの外遠かった。  「ねぇ、アンジー。私、この花好きよ。」  彼女が言ったのはいつだったろうか。ずっと以前のように思える。  線路沿いの道をたどりながら、記憶を辿って行った。  「へぇ、意外だな。フー姉さま、花に詳しかったの?」  彼女が怒るかと構えていたが、楽しそうに彼女は笑った。  「失礼ね、私だって女の子よ。好きな花くらいあるわ」   「じゃあさ、これ、何て名?何科の植物?」  「・・・・・名前は知らないわ。でも、好きなの!」  「あはは!そんなことだろうと思ったよ。」  二人で思いきり笑った。お腹が痛くなるほど笑って、ふと彼女を見ると、真面目な、   寂しそうな表情で彼を見つめていた。    「ねぇ、アンジー。その花摘んでくれる?」   彼はためらった。その花は、一輪だけで咲いていた。  「え、やだよ一輪しかないんだよ。それに、こんな細い茎だもの。姉さまの家に着く   前に枯れてしまうよ。」  「あなたは、本当にやさしいのね」  彼女の目には涙がにじんでいた。    「そんなんじゃねえけど・・・泣くこたぁ、ないだろう・・・」  彼の言葉を制しながら彼女は涙をぬぐって、笑顔を作った。  「誰かの歌にあったわ。花も折れない位に優しい人に恋はできないって。恋の上手な  人たちは少し意地悪なんだって。あなた、恋が下手なんだわ。」   彼女の言葉と大粒の涙が、彼を突き刺した。  「誰が言ったか知らねぇけど、そんなに欲しいなら花くらい取ってやらぁ」  花を摘もうとした手をおさえて、彼女は決心したように言った。  「ねぇ、アンジー。私。結婚するの」     道端の花を探しながら、あれが、そんなに以前のことではなく、一週間前の会話  だったことを思い出した。  家族の耳にはすぐに入った。エイダがグレアムに電話で知らせたのだ。  皆が自分に気を使っているのがわかる。  熱があるからと、学校もサボって部屋に篭った。  居間の前を通るとマックスの楽しそうな声が聞こえる。  「すごいや、グレアム!結婚式でパイプオルガン弾くんでしょ?  フーちゃんの花嫁さん、楽しみだね。ねぇ、ねぇ、パムも行くでしょ?」  重く、長い一週間だった。  とても気まずそうに、サーニンが彼の部屋に入ってきたのは昨夜だった。  「あの・・・アンジー。フーちゃんがね、明日、旦那さんになる人と、うちに来るん   だって。  午後の2時だって・・・。グレアムが、アンジーにも言っておいた方がいいからって・・・・  ぼくが言うのが一番いいだろうって・・・・」  グレアムの判断は、いつも的確だった。グレアムが来たら何かしらの口論になるだろ  うし、マックスが来たらどなってしまいそうだ。かといって、だまっているわけには   いかないだろう。   サーニンは彼の返事を待たずに部屋から出て行った。    花は、線路の脇で、やはり一輪だけで咲いていた。   「オフィーリア・・・・」   彼女の名前を口にした途端、信じられないほどの涙が溢れた。   彼女の告白から一週間。初めてのことだった。   それからしばらくの間、彼は思いきり、声をあげて泣いた。   無人駅を通過する快速電車の車輪の音に、彼の声は吸い込まれ、涙は向かい風が拭っ   てくれた。   花は、電車が巻き起こす風にも花びらを散らすことなく彼を見守っていた。   不思議と、涙と一緒に今まで溜まっていた何かが溶けて行くように感じる。    彼女に対する気持ちが薄らいだわけではない。   多分、生涯こんなに熱い想いを知ることは無いだろう。   そう思う一方で、心のどこかに彼女の幸せを願おうとする自分が生まれていた。   涙は止まっていた。しかし、立ち上がることができなかった。   一週間、まともな食事をしていない。無理もないことだ。     線路の脇で座り込んでいる彼を、一人の少女が見つけた。 彼好みの丸顔でかわいい少女だった。   「あの、あなた。大丈夫?体の具合でも悪いの?よかったら、私の家で休んでいく?   すぐ近くなのよ」   差し出された少女の手にすがるように立ち上がった。   「ありがとう、おじょうちゃん。でも、残念だけど、俺、もう帰らなくちゃ」   心の中で『何を言ってるんだ、俺は。こんなに可愛い子が俺を誘っているのに』そう   思いながらも、足は先程の駅に向かっていた。   「でも、あの・・・」   心配そうに見つめる少女に振り返って言った。   「ごめんね、心配してくれてうれしかったよ。本当はそこに咲いている花でも摘んで   プレゼントしたいのだけれど、その花は、摘めないんだ」   少女は少し安心したように笑顔で答えた。   「そうね、かわいそうだわ」   駅の自動販売機で、自宅の最寄駅までの切符を買った。  改札を通るとき、先程の清算箱が目に入った。ポケットの中には、今朝買った入場券  が入っている。   ―ちきしょう!切符なんか買わなくても、入場券を出せば出られたじゃないか―  以前の彼なら、そんなことはすぐに思いついただろう。放浪生活は、彼にとって遠い  昔になっていた。  ―グレアムのせいだ。あいつが馬鹿真面目で馬鹿正直なせいで、俺まで似ちまったん  だ。 それから、サーニンとマックスのせいだ。あいつらがすぐに真似をするから、俺はい かさまができなくなったんだ。― 自分に言い聞かせるように、彼はポケットの中の入場券と、今買った切符と同額のお 金を清算箱に入れた。 「あは。俺様正直!」   自宅についたのは夜の8時を回っていた。 家族は、何事も無かったかのように彼を出迎えた。  それがかえって白々しく、重かった。  どうすればいいのだろう。考える間は無かった。  「あれ?フーちゃん、帰っちゃったの?」  彼の意外な言葉に、サーニンが食って掛かった。  「アンジー、そういう言い方ないよ。みんなが、どれだけ心配して・・・・フーちゃん  だってとっても心配して・・・・アンジー、もう帰って来ないんじゃないかって・・・・なの  に・・・・」  殴りかかろうとしたサーニンの手を黙ってつかんだのはグレアムだった。  「一番心配していたのはサーニンなんだよ、アンジー。わかってるね」  そんなことは百も承知だった。   気まずさはそこまでだった。   マックスが「おかえり!アンジー!」とさけんで、パムが「さぁさぁ、みんな。お腹  がすいたでしょう」と料理をテーブルに並べ、ジャックが「アンジー、一週間講義を  サボった分、明日から特別授業だぞ」と言った。  親父が、通学している大学の担当教授というのも、こういうときには便利なのか、都  合が悪いのか・・・・。    その夜、彼は自分でも不思議なくらい落ち着いた気持ちで受話器を握っていた。  「フー姉さま。今日はごめんね。急なデートでさぁ。」  本当に嘘が下手ね。そう思いながら彼女は答えた。  「あら、シベールはあなたの家にいたわよ。かわいい娘じゃない。私、なんだか安心  しちゃったわ」  「うん・・・・・・。」  少しの間があり、彼女はためらいながら聞いた。  「アンジー、結婚式には来てくれるんでしょう?」  「そりゃあもう、バッチリ。バイト料入ったら、服新調するんだ。」  「地味なのにしてよね。お願いだから。ね、アンジー。」  「あは。白のタキシードでさ、式の途中で現れて、花嫁を奪い去るっていうのはどう  ?」  もう、彼は大丈夫だ。確信めいたものが彼女の中で生まれた。  「きゃー、やめてやめて。本当にやりそうで恐いわ。あなた、前科があるから。」  「大丈夫だよ。ねえさま、いくらなんでもエルよりもは軽いでしょ?」  二人同時に笑った。こんなに早く、彼の笑い声を聞けるとは思っていなかった。  「それはそうと、ねえさま。グレアムがパイプオルガン弾くんだって?」  「ええ。今日正式にお願いしたわ。」  「じゃぁ、俺、ヴァイオリン弾いてやるよ」  「本当?本当に?アンジー。素敵だわ。・・・・・ちょっと待って。あなたが弾ける曲っ  て・・・」  「そう。グリーンスリーブス」  「きゃーーーー!!進歩の無い子ねぇ・・・・」  今度は彼女一人が大笑いした。  彼の無言に、ふと不安がよぎった。  「アンジー、アンジー。どうしたの?大丈夫なの?」  「うん・・・。あのね、これだけは、どうしても言いたかったんだ。  おめでとう。フー姉様。誰よりも幸せになってよね・・・・」  返す言葉が見つからなかった。一番聞きたかった言葉だった。  進歩が無いなんて、そんなことは無い。彼は確かに、確実に成長していた。  彼女は涙でのどをつまらせながら、「うん。うん。ありがとう・・・」そういうのが精  一杯だった。彼女はこの上なくやさしい、安らいだ気持ちで満たされていた。  「それからね、フー姉様。あと一つ」  今度は、しっかりと、おちついた気持ちで彼の言葉を受け止めようと構えた。  「なぁに、アンジー。言って。」  「てめえの好きな花の名前くらい、覚えていやがれ!!」     「な、なんですって?あなたねぇ、人が真剣になっているときに!!もう!」  怒りではない。二人の関係が、ずっとこのまま続いてくれることに感謝していた。    「あは。俺様の勝ちだね。」  彼もまた、清々しい、彼女の幸せを心から祈る気持ちでいっぱいだった。       



この作品は春先に切腹した私の快気祝いとしてぽんた様から頂いたた物です。


ここから↓はぽんた様への私信です。
あれは忘れもしない4月12日、前日からの腹痛のため、朝一近所の大学病院へ 普段なら5分で行けるところを15分もかけてえっちら、おっちら自力で歩いて行き そのまま拉致られてその日の内に緊急OPな目に遭いました。 その後順調に回復し、10日間の入院生活の後無事退院し現在に至っております。 天候の悪い日には傷が痛むのでグレアムの気持ちがよぉ〜〜〜くわかりますともサ!!(爆) ネット新参者の私はこのNovelの存在を存じませんでしたが、以前『はみだしっ子』ファンサイトで ごらんになった事がある方もいらっしゃるかも…。 この度、私のHPにてUPさせて頂けたこと、大変幸せです!(だってAが主役!!) ぽんちゃん、またまたありがとう!!三原キャラがそのまま生きてる感じが大好きです! メールで「順さまの新作が読めないなら自分が書くしかない!」って言ってた事がすごく羨ましい。 私にはそんな才能ないからねぇ…。また、新作が出来たら“いの一番”に読ませてね!! 白薔薇な壁紙とパールでブライダルなイメージを表現したつもりですが、如何でしょうか? フーねえさまと、アンジーのそれぞれのしあわせに乾杯!! 更紗 拝

ぽんたさま、ありがとうございました。 Sat.31th,Jul.'04 SARASA