その他の黒人音楽
そもそも西アフリカから連れてこられた黒人奴隷達は、着のみ着のままでやってきた。もちろん、財産もないし自由も奪われた。しかし、彼らの文化的遺産までも奪うことは出来なかったのである。彼らの中にある音、メロディー、リズム、そして楽器の作り方などはアメリカという国の中でキリスト教音楽や様々な西洋楽器と触れることで交じり合い独自の音楽様式を形作り、開花した。これは1800年頃のことである。
黒人霊歌
黒人音楽の中でも最初に定着したのは霊歌と呼ばれる宗教音楽である。旧約聖書の登場人物や逸話に、奴隷としての過酷な生活への思いを重ねて作ったのが霊歌である。旧約聖書の教えに含まれる善悪、罪と罰といった価値判断基準が、彼らの土着の宗教の教えと一致した点も、霊歌の発展に大きく貢献している。霊歌は奴隷として連れてこられたその当初から、彼らの精神的支柱となったのだ。また、主人に面と向かって抗議できない奴隷たちにとって、歌は自分たちの不満などを抗弁できる唯一の手段でもあったのだ。
霊歌には、通常「ダブル・ヴォイスィング」といわれる2重の意味がこめられている。1つは白人の主人が聞いても「聖書」的であると判断できる側面、もう1つは、奴隷のみがわかる隠された意味である。奴隷達は、白人に気づかれぬように不満を歌に託したのである。
霊歌は歌とともに、体を縦に横にとさかんに動かしながら、手拍子をとる。また、即興の詩を付けて歌うこともあれば、コール・アンド・レスポンスという歌うものと聞くものが一体となって歌うこともある。大変特徴的な音楽であった。
労働歌「フィールド・ホラーズ」
プランテーションで仕事中の奴隷達にも歌を歌うことは許されていた。歌は、仕事の能率を高めるのにも大いに役に立ったので農園の主人達はむしろ歌を奨励したのである。そして、仕事場での歌にも2重の意味が隠されていた。農園で奴隷たちが歌った歌は霊歌とは異なり基本的には、やりきれない孤独感をこめた即興歌である。
そしてこれら霊歌や労働歌などの黒人歌の源流は南北戦争後も南部全域に渡って広まっていった。
19世紀後半になって、南北戦争後に生まれた世代の間で、黒人歌の源流から新たな音楽が発展していった。「ラグタイム」、「ブルース」、「ジャズ」の3つの独特でそれでいてお互いに重なり合う、黒人音楽の新たなジャンルが次第に形成されていったのである。
ラグタイム
ラグタイムの起源は、南北戦争前に奴隷がヨーロッパのダンス音楽を真似たことにあるとされている。バンジョーやヴァイオリン、その他の自家製の楽器を合わせてアンサンブルを組み、ヨーロッパのリズムに彼ら独自のリズムをかぶせていくとう演奏法である。ラグタイムの演奏は西アフリカのドラム演奏の伝統とも合致するものであり、元を正せば、ルーツはアフリカにあると言ってもよいと言われている。
南北戦争後はダンス曲としてよく演奏されるようになり、ラグタイム用のダンスの型も編み出されていった。ラグタイムの演奏には、次第にピアノが使われるようになり広がりを見せた。しかし、ラグタイムは後にジャズピアノの1形式として吸収されていくととなる。
ブルース
ブルースの起源は、ミシシッピ川のほとりメンフィスからヴィクスバーグにかけてのデルタ地方の農園で歌われていた黒人奴隷の労働歌、フィールド・ホラーズやバラードであると言われている。そのため、土手や鉄道、所汽船、農園での苦労を主題にした歌が多いのである。
ブルースで地方巡業して生計を立てるブルースミュージシャンが現れ始めた。農園労働以外の収入がきわめて限られていた貧しい黒人たちにとって、音楽はどん底から這い上がるための足掛けであった。地方巡業では現在のように交通手段も発達していなかったのでギターやハーモニカなど比較的持ち運びに便利なもので演奏されていた。
ブルースミュージシャンも2世代目になると、伝統を引き継ぐだけでなく、ブルースを全米に広める役割を果たすようになった。裏声を使う歌い方やスプーンなどを使って人間の泣き声のような効果音を出すギターの演奏法などブルース演奏の特徴として知られるようになったのである。
ジャズ
ジャズの発祥の地はニューオーリンズである。ニューオーリンズはスペイン人、ドイツ人、西インド諸島からの奴隷、イギリス系移民など様々な人々が生活する特異な港町である。そこで、ジャズは様々な文化を取り込み新しい音楽として創造されました。
ニューオーリンズは、南部の他の地域と比べると、黒人に対する待遇が異なっており、ニューオーリンズで制定された1724年の黒人法は、主人に対して、日曜日には奴隷を休ませること、結婚を許すことを定めた。そして、なにより奴隷解放も可能であった。また、裕福な白人農園主は、黒人娼婦を囲い、彼女たちとその子供たちにも自由を与えた。その結果、黒人と白人の混血児、クレオールが1つの社会階層として出来上がっていった。しかし、奴隷解放をきっかけに既得権を奪われたと感じた白人達が、黒人と白人の混血であるクレオール達の権利を奪い黒人同様の扱いを受けさせることとした。クレオール達の一部は、西洋クラシック音楽を身に付けたものも多く、黒人音楽に多大な影響を及ぼした。
黒人たちは、奴隷解放前にはコンゴスクウェアに集まり、彼らの祖先から受け継いだ伝統的な踊りと音楽に興じていた。手をたたいてリズムに乗ったり、呼びかけに応じて歌うその手法は、西アフリカに見られるパターンである。その集まりに奴隷解放後、クレオールが入り、西洋音楽的要素を導入した。やがて、黒人ブラスバンドによりアフリカ起源のスウィングのリズムとテンポの混成された音楽が演奏され、白人バンドも次第にそれを真似するようになり、徐々にジャズとしての形が整っていったのである。
そして、黒人音楽は20世紀の中頃になると更なる進化を続けるのである。
ソウル
ソウルは黒人革命のブルースである。黒人の立場は、奴隷解放後も根本的には変わらなかった。奴隷解放後に生まれた黒人達は黒人としての誇りやプライドと言う気持ちを持ち始め、黒人がアメリカの主流へ向かうという、文化的、心理的な思想を持ち始めたこと、ソウルはブルースとは違い、白人の音楽的要素も積極的に取り入れた音楽である。
ファンク
ファンクとはソウル、ゴスペルに近い音楽でその特徴はうねりとハネを取り入れた黒人独特の16ビートのベースラインにある。その独特のリズムから思わず踊りだしたくなるような音楽であると言われている。また、ファンクはメッセージ性も強く、黒人の悲しみや未来への希望を主題とした。ファンクはブルースと同様、他の黒人音楽と違い、白人の音楽文化に吸収されなかった。言わば、黒人的な部分の強い音楽である。
R&B(人種音楽)
ニューオーリンズはリズム・アンド・ブルースの発祥の地でもある。アメリカ国内で一定の社会権と経済的基盤を獲得した黒人達が次に目指したものが、自分たちのルーツとなるアフリカン・アメリカンを誇示するものであった。リズム・アンド・ブルースという呼び名は黒人のみを対象とした音楽を意味していた。
リズム・アンド・ブルースはブルース、ゴスペルを基盤とする音楽でリズム、つまりビートを強くすることで大人数の観客に対応する進化をとげたものでもある。
ゴスペル
ゴスペルとは基本的に、楽器を使って霊歌をモダンビートに載せた音楽である。つまり、宗教的な内容を扱った歌詞に、ブルースやジャズの要素を取り入れたものである。歌詞の内容は霊歌よりも軽快である。ゴスペルは、良い知らせを運んでくる歌であり、幸せがやって来ると説いているのだ。