アウトライナーと父

アウトライナーと父

著者:
原文:
原文公開:
2012年5月19日
日本語訳:
日本語訳公開:
2012年5月27日
日本語訳更新:
2012年6月11日
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私のはアウトライン嫌いだった。しかし父が幸運だったのは、息子がプログラミングを学び、コンピューター上でアウトラインを操作できるようにしたことだ。

アウトライン・プロセッシングの素晴らしいところは、再構成ができるということだ。それこそが、アウトライン・プロセッシングの目的だ。これは紙ではできない。だからこそインデックスカードが発明されたのだ。しかしインデックスカードは、一階層のアウトラインに過ぎない。コンピューター上で扱える、複数階層かつ再構成可能なアウトラインと比べれば、足下にも及ばない。アウトラインは、紙の上よりもコンピューター上での方がはるかに有効なのだ。

私の父は、ニューヨーク州立大学バルーク校で、後にはニューヨークのペース大学で、MBAを目指す学生たちにマーケティングを教えていた。いったんアウトライナーが完成すると、父とその学生たちはマーケティング・キャンペーンの立案方法を学ぶ授業に、息子の開発したアウトライナーを使うようになった。父の同僚たちはそれを親バカと考えたが、私は父のことをよく知っている。父はそういうタイプの人間ではない。むしろ逆だ。アウトライナーが、それまで彼の知らなかった息子の価値を父に教えたのだ。父はそのアウトライナーをあまりにも気に入ったので、やがて「毎日が父の日だ」とまで言うようになる。当時の私はそれを照れくさく思ったものだが、今はそうではない。私はそれを父からの承認だと思っている。それは好むと好まざるとに関わらず、全ての息子が父から得ることを望んでいるものだ。

私自身も、もちろんアウトライナーを使っていた。しかし最近まで、父の使うような方法では使っていなかった。私がアウトライナーを使う目的は二つあった——ひとつは大きく、もうひとつはそれほど大きくはない。大きい方は、プログラムコードを書くことと、そのコードが扱うデータを整理することだ。私が大学院の学生だった頃に開発を始め、90年代初めに完成したプログラミング環境であるFrontierは、その全てがアウトラインを中心として作られている。どのような意味あいにおいても、アウトラインは後付けではない。階層構造を操作できるツールであるということが前提だったのだ。私にとっては、プログラミングとアウトライン・プロセッシングは不可分のものだ。私は成人してからのほとんどの期間を、この環境でプログラミングしてきた。1989年からのことだ。2012-1989=23年だ。PythonかJavascriptで同じことができるようにならない限り、他の環境で仕事はできないような気がする。ちなみに、PythonやJavascriptへの対応に関して、門戸は開かれている。

それはともかくとして、二つ目の利用方法は仕事の整理をすることなのだが、それは最近まで私にとってそれほど重要なものではなかった。かつて私の元で働いていた人々は、MOREやThinkTankをその目的で使っていた。特に商品を市場に出荷することが仕事だった人々はそうだ。私の顧客たちも同じ目的で使っていたのだが、最近まで私自身はそうしていなかったのだ。

それを変えたのは、驚くべきことにジェレミー・リン(訳注・NBAニューヨーク・ニックスに所属するバスケットボール選手。NBA初の台湾系アメリカ人選手)だった。ジェームズ・バーク(James Burke)は、テレビの「Connections」シリーズで素晴らしい仕事をした。一見偶然の一致に過ぎないと思えるものが、アイデアの誕生のために必要なセレンディピティ(思いがけない発見)を生み出すことを示したのだ。私にとっては、今年バスケットボールの試合を観戦するために費やした膨大な時間がそれだった。試合を観ながら、私はアイデアを書き留めるためにダース単位で買い続けていた取材用のメモ帳のかわりに、ラップトップを開いて思いついたアイデアを書き留めればいいことに気づいた。書き留めたアイデアのうちの一つが、新しいプランへと発展した。次の日、プログラミングをするためにコンピューターの前に座ったとき、そこにはそのプランが、いつでもスタートできる状態でそこにあった。次に何をするべきか考える必要はなかった。おかげで私は、ずっと早く仕事を進めることができた。これは年齢を重ねるにつれて習熟していくタイプの物ごとだ。次の大きなタスクに取りかかる前に、一度立ち止まって、物ごとを整理することには価値がある。

私がわかっていないことを、父は知っていたのかもしれない。そしてそれは、「なぜアウトライナーがどれほど革命的なものかを人々に説明するために、もっと努力しないのか」という父からの質問への答えにもなっていると思う。私が説明できなかったのは理由は単純で、単にそのことを知らなかったのだ。

私にとってのアウトライン・プロセッシングは常に直感的なものであり、言語化が困難なものだった。私はコンピューターの中のあらゆる場所に階層構造があるのを目にしていたし、それに対してなんらかの投資をすることは妥当なことだと思われた。階層構造を扱うためにこれほどの時間を費やすのなら、なぜそれらを統合することに努力を払わないのだろう。たくさんのまあまあなツールのかわりに、階層構造を管理するための単一の強力なツールが常に手元にあるようにするということだ。今日に至るまで、汎用的で再利用可能なアウトライナーが、モダンなオペレーティングシステムの中に組み込まれていない理由が私にはわからない。そういうものがあるべきだ。

そして今、私はアウトライナーを使ってダイレクトにWEBに書き込むことができるツールをリリースしようとしている。自分のマシンとWEB上のコンテンツの距離は、クリックひとつだけだ。あなたが望んでいる距離はまさにそれだろう。父は他界したのでそれを目にすることはできないが、もし生きていたとしても興奮のあまり死んでしまったのではないかと思う。これは私と父が遺伝子レベルで共有し、DNAに刻み込まれていることなのだ。それは、人間の思考を取り出してコンピューターに載せることが可能であり、そこでより強力かつ有効な知的構造を創り出せるということだ。父には生きてこれを見て欲しかったと思う。本当に。