黄金時代

黄金時代

アウトライナーの普及

ThinkTankの成功によって、アウトライナーは新しいジャンルのソフトとして注目されるようになります。ThinkTankは当初はApple II専用でしたが、すぐにIBM-PC、更に登場したばかりのMacintoshに移植され、その売り上げに一役買うことになります。

他社からもActa、MindWrite、Inspiration(以上マック用)、PC Outline(MS-DOS用)などが続々と登場し、熱狂的なユーザーを獲得するようになっていきます。デイヴ・ワイナーのLiving Videotext社からも、ThinkTankをベースに、更に高度な機能を備えたMORE(マック用)、GrandView(PC用)が登場します。

また、ワープロにアウトライナーの機能が組み込まれるようになり、MicrosoftのWord(そう、あのワードです)、Ashton-Tate社のFullWrite Professionalなど、アウトライン機能を組み込んだ高機能なワープロソフトが登場してきます。

黄金期のアウトライナー

これらのソフトは、アウトライナーとしての基本的な機能のほかに、それぞれ個性的な付加機能を競っていました。

元祖・ワイナーの手によるMOREやGrandViewは、「クローン」や「マーク&ギャザー」 など、より高度なアウトライン操作を実現するための機能を持っていました。今でもこの両者はアウトライン・プロセッサーの最高峰と見なされています。MOREはアウトラインの内容をグラフィカルなスライドとして表示する機能も備え、今日のプレゼンソフトの元祖的存在でもあります。

Actaは重厚長大なMOREに対して、ひたすらシンプルで軽快なアウトライン操作のためのソフトに徹し、愛用されました。

Inspirationは、アウトライン表示と図形表示の2つのモードを備え、ボタンひとつで切り替えることができました。アウトラインをツリー図として表示してみたり、逆に図形表示モードで作成したマインドマップを、アウトライン表示モードで文章として仕上げることができました。

MindWrite、Word、FullWrite Professionalは、いずれもアウトラインと通常のワープロのシームレスな連動を売り物にしていました。通常は出来上がったアウトラインを、ワープロやエディタに読み込んで、肉付けしながら仕上げていくのですが、これだとワープロに読み込んだ後はアウトライン操作ができなくなってしまうのがネックでした。これらのソフトはアウトラインとワープロ表示を自由に行き来できることで、最終段階までアウトライナーの恩恵を受けることができるのがメリットでした。

80年代半ばから90年代初頭にかけてのこの時代は、後にアウトライナー愛好者の間で「黄金時代」と呼ばれるようになります。

Windowsもインターネットもなく(いや、インターネットは存在はしていましたが、一般の我々の手元にどこにでも転がっているという状況ではなかったということですね)、日本でワープロと言えば富士通OASYSや東芝RUPOのとような「ワープロ専用機」のこと、パソコンといえばNECのPC-9801とエプソン互換機のこと、パソコン用OSはMS-DOS、マッキントッシュでようやく実用的に日本語が使えるようになりはじめてきた、というような時代です。

日本でのアウトライナー普及

その日本でも、80年代後半に入るとアウトライナーが紹介されるようになります。

1987年頃から、日本でもアウトライナーが雑誌で取り上げられるようになりました。正確にはわかりませんが、おそらく「バグニューズ」誌などで紹介されたのが、日本でアウトライナーが認知されるようになってきたきっかけだったのではないかと思います。この頃、パソコンを個人の思考の道具としてどのように使うかということは、パソコンの世界でのホットな話題でした。バグニューズ誌はこうした流れの先導役のひとつだったと思います。

日本語で使えるアウトライナーもいくつか登場してきます。マックの世界では、初めての日本語のアウトライナーとしてブリッジ社の「ターボライナー」が登場し、(マック関連の)雑誌のライターやクリエイティブ系職業の人になどに普及します。ActaやInspirationなど海外のソフトも、次々に日本語化されて発売されます。アメリカと同じく、アウトライナーの先導役はマックでした。

ワイナーのMOREも後に日本語版が発売されましたが、日本語化が遅れたこと、日本語化のレベルも中途半端だったことなどから、日本ではあまり普及しませんでした。

当時の日本のパソコンの標準、PC9801用にもアスキーから「IDOQ」が発売されました。長文作成に特化したシンプルな仕様で、当時日本語ワープロソフトとして圧倒的なシェアを持っていたジャストシステムの一太郎との組み合わせ使用を意識して、操作性などを合わせていました。一太郎自身も、後にバージョン4で、「ランク機能」という名前で文書を階層表示・編集できるアウトライナー的機能を搭載するようになります。同じPC9801用でもダイナウェア社の「プランUP」、エイセル社の「HiperX」は、長文作成というよりも「アイデア・プロセッサー」という用語のイメージを意識した製品でした。

さらに、80年代終わりあたりから、高機能で高価で重たい一太郎に対するアンチテーゼ的存在として、特に大量の文章を書く必用のある人たちにテキストエディタの利用が普及したのも日本のパソコン文化の特徴でした。当時のエディタの代表格である「VZエディタ」のマクロで実現したアウトライン機能なども、(ヘビーに長文を作成するユーザーが多かったこともあり)愛用者がたくさん生まれました。このあたりは、作家の高千穂遙氏や、矢野徹氏の啓蒙活動の功績が大きかったと思います。

この時期、日本でもアウトライナーが非常に注目され、期待されていたことは、ワープロ専用機OASYSにまでアウトライン機能が搭載されたことでわかります。