ネイティブな覚え方

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ネイティブな覚え方

韓国に行ったこともなく、韓国人の友だちがいるわけでもなく、韓国語を習ったこともないのに、知らないうちに韓国語がだんだん読み書きできるようになっている、うちの奥さんのTomo.さんですが、本人は韓国語に煮詰まってやさぐれると、「どうやって英語を覚えたの!」とぼくのことを責めます。なぜ責められるんだ(笑)。

子どもの頃、父親の仕事の関係で、5年間ほどアメリカに住んでいたことがあります。もう四半世紀以上も前のことですが、自分でも当時は確かにネイティブに英語を話していたという記憶があります。今はとてもネイティブというわけにはいきませんが、それでも英語自体にあんまり抵抗はない。でも、どうやって覚えたのかと問われると、そもそも自分でよく自覚しないまま知らないうちに覚えてしまうというのが、子どもの子どもたる所以なわけです。

あらためて当時の様子を思い出してみると、ぼくは子どもの割に覚えが遅かったようで、「半年くらいでペラペラになりますよ」と聞いていた両親を不安にさせたみたいですが、それでも1年半くらい経つ頃には、会話には全く不自由しなくなりました。両親にきくと、遊びに来た友だちと話しているのを聞いても、全く聞き取れなかったそうです。

で、全く何も理解できない状態から、だんだん周囲と会話を交わすようになっていく過程での、いろんな光景を思い出してるうちに、子どもが外国で現地の言葉を覚えるのと、大人が語学を「習う」のとでいちばん違うのは、「意味がわからなくても使ってる言葉がある」ことなんじゃないかと気づきました。意味がわからないまま、「音」で会話してることがけっこうあったからです。

言葉がわからないうちは、学校にいても周囲の状況が全く把握できない。そのまま一日学校で集団行動をするわけです(着いた翌日に現地の公立の小学校に放り込まれたことは、今でも軽いトラウマになってますが……)。そのとき、たぶん子どもなりの防衛本能だと思うんですが、あるシチュエーションでみんな口々にこんな「音」を出している。だから、自分も真似して同じ「音」を出してみる。ということがあるわけです。そのときにはその「音」の意味はわからないまま、とにかく音を出す。多くの場合、意味は後からわかってくるのです。

ひとつはっきり覚えている例でいうと、lickという単語があります。「舐める」という意味ですが、この言葉を覚えたプロセスはこんな感じでした。

誰かが食べていたアイスクリームを地面に落とす。そのとき別の誰かが「りっけら!」と言ったら皆が笑った。その後も、みんな口々に「りっけら」と言い合っては笑っている。その場面がとても印象に残ってたんです。

で、次に誰かがアイスを落としたとき(子どもなんで、アイスなんかいくらでも落とします)、ぼくは真っ先に「りっけら」と言ってみた。そうしたら、前と同じように、みんなが笑ったんです。その瞬間に自分はアメリカに受け入れられたような気がしたものです(笑)。

「りっけら」とは「lick it up」と言ってるのだと判明したのはずいぶん後のことです。直訳すれば「舐めちまえよ」というような意味。でも、正確な意味と単語が判明する前に、ぼくはずいぶんと何回も「りっけら」を使ったような気がします。もちろん、アイス以外にも、いろいろ応用がききます。子どもはいろいろ落とすから。

語学を勉強しようというとき、当然のように「覚える」→「使う」というプロセスを思い浮かべ、そのように実行しようとしますが、ここでは逆に「使う」→「覚える」になっている。さらに言えば、単語としてのlickではなく、lick it upという、特定のシチュエーションと結びついたひとかたまりの音として認識している。だからこそ、意味がわからなくても使ってみることができる、ということなんじゃないかと。

そして、シチュエーションとリンクする「音」として覚えた「lick」という言葉は、身体のどこか深いところに焼き付いていて、絶対に忘れるということはない。同じようなことは、きっと他の言葉でも何回もあったと思います。

そう考えると、Tomo.さんのひたすら「音」を聴きつづけて、頭に残った「音」に合致する言葉を辞書で引く、という方法は、意外にネイティブの覚え方に近いんじゃないか、という気がする。ぼくは語学の専門家じゃないからあくまでも感覚ですが。


それにしても、アイスを落として「舐めちゃえよ」というのは、今考えるとぜんぜん面白くないと思うんですが、当時そのようなシチュエーションで使うと必ず受けました。なんでだろう。アメリカンジョークなのかな?