待たない方法

待たない方法

著者:
Leo Babauta
原文:
原文公開:
2012-10-1
日本語訳:
日本語訳公開:
2012-12-9
日本語訳更新:
人生のどれだけ多くが待つことによって失われているだろう。
(ラルフ・ワルド・エマーソン)

私たちの人生のあまりに多くが、待つことに費やされている。

私たちは列に並び、理想的な相手が現れるのを待ち、夢が実現するのが待ちきれず、より良いスタイルとより良いボディを手にする日を待ち望み、近い将来に目標が実現するための方法を探す。

私たちは待つ。より良い人生はやってくるのであり、もうすぐそこに辿り着けるのだから。

では、待つことを止めたらどうなるだろう。夢や目標を実現しようとすることを止め、何かを願うことや期待することを止めたら? 素晴らしい人生は今ここにあり、手に入れる方法は未来を考えることを止め、既に持っているものを認識することだとしたら?

あなたが何か素晴らしいことが起きるのを待っているのなら——あるいは積極的に何か素晴らしいことを現実化しようとしているのなら——ちょっと立ち止まってみよう。人生の中で、そして物理的に、今いる場所を見回してみよう。そこはどこだろうか。素晴らしい場所だろうか。もしそうなら、なぜ未来ばかり見ているのだろう。あなたは既にそこにいるというのに。

そして、もし今いる場所を素晴らしいと思えないのなら、物ごとを充分注意深く見ていない可能性がある。

行列や渋滞の中で待つ

最近、私は引っ越しトラックを6時間も運転する羽目になったのだが、そのときこう考えている自分に気づいた。「いつになったら着くんだ!」。もちろん、その思考に気づいたとき私は自分に言い聞かせた。「お前は既にそこにいるじゃないか」。私のいる場所——ひとり、高速道路上のトラックの中、美しい田園風景のただ中——そこはそのままで素晴らしかった。足は疲れていたかもしれないが、それは私たちのほとんどが、一日中座ったままそこに足があることさえ忘れている中で、足の存在を感じる機会に恵まれたということだ。自分は生きているのだという、普段当たり前のように思っていることを思い出す機会だ。私たちは毎日のように人生の奇跡の中にいるが、それを決まり切った退屈なことと思っているだけでなく、たいていはロクでもないと思っているのだから。

足が疲れたので私はレストエリアに車を止め、足のストレッチをし、芝生に寝転がり、空を見上げた。疲れた足が私にこの機会を与えてくれたのだ。だから疲れた足は最悪などではない。それは素晴らしいことだ。

今度あなたが交通渋滞や行列で待たされて「いつまで待たせるんだ!」と思ったとき……あなたは既に素晴らしい場所にいるのだということを思い出そう。あなたは車の中でひとりぼっちかもしれないが、ひとりであることの何が悪いのだろう? 好きな音楽を聴き、一緒に歌い、体を揺らすことはできないだろうか? 窓から空を見上げて、自分が偉大なるものに囲まれていることに気づくことはできないだろうか? 自分自身と対話して、自分自信がなんと素晴らしい友であるか気づかないだろうか?

列に並んでいるなら、あなたは魅惑的な人間たちに囲まれているのではないだろうか? 観察し、聴き、学ぶための素晴らしい機会だ。

目標の悲劇

私たちは目標と呼ばれる、未来の有り様についての小さな夢を定め、それに集中する。毎日その目標に取り組み、偉大な未来に一歩一歩近づく。目標が達成されたら、おめでとう! さあ次はどうする? 別の目標がある。また同じことを繰り返す。この種の前向き思考は、目標を達成しても終わることはない。人生の最後に至って向くべき「前」が無くなるまで終わらないのだ。

しかし、実際には終わらせることはできる——今すぐに。目標ではなく、今いる場所に目を向けるのだ。

目標は魅力的に見えるかもしれない。マラソンを完走する、プロジェクトを完遂する、借金を返済する、割れた腹筋を手に入れる、大金を稼ぐ。しかし、それは幻想にすぎない。もし幻想が現実になったとしても、それはあなたが想像した通りのものではない。まるで日常のように感じられる。今までとは違う驚くべき新しい人生ではない。そのことによって人生がより良くなることはないし、永久にそうなることはない。より良い人生を望むことを止め、人生はそのままで驚くべきものであることに気づくまで。

今生きているこの人生は、そのままで完璧だ。人生を楽しみ、目標のことなど忘れてしまおう。目標を手に入れても、今ここにある驚くべき人生よりも素晴らしいことは起こらない。

「欲しいものが何もないとしたら、何をすればいいんですか」と訊かれることがある。何かを欲しがるのをやめることだ。その何かが、既に持っているもの、人生と呼ばれる途方もなく信じがたい出来事よりも素晴らしいということはないのだから。

王子様を待つ

驚くほどたくさんの人々が、夢の恋人を待ち続けている。自分を愛してくれて、人生を完成させてくれる完璧な恋人を。

その人物は現れるかもしれないし現れないかもしれないが、悲劇はその夢の恋人をあなたがまだ手にしていないという部分にあるのではない。あなたが幸福を待ち続けているということが自体が悲劇なのだ。

自らを完成させ、幸福を手にするために、あなたを愛してくれる他人など必要ない。その人物は既にあなたのそばにいる(ネタバレ注意:それはあなただ)。

あなたはあなた自身の最高の友だ。いつもあなたと共にいて、あなたが求める無条件の愛を与えてくれる。あなたはただ理想の恋人を待ち続けることを止め、自分自身を見つめればいい。こんな自分でなければいいのにと願うのを止め、ありのままの本当の自分を知ればいい。自分を認めればいい。愛すればいい。

最初は難しいかもしれないが、今すぐ試してみよう。自分自身が、ずっと待ち続けていたその人かもしれないと発見するかもしれない。

今日できる3つのこと

待つことをどうやって止めたらいいのだろう。今日からできる3つの方法を紹介しよう。

  1. スローダウンする。急ぐと、今あるものを見逃す。
  2. 注意を払う。今周囲にあるものを注意深く眺める。自分自身とその素晴らしさに注目する。あまり素晴らしく見えなかったら、もっと良く見る。
  3. 人生を讃える。

私たちは生きることがない。常に生きることを期待しているだけだ。
(ヴォルテール)

この記事は、Leo Babauta(レオ・バボータ) さんがUncopyrighted(コピーライトなし)として公開されている記事の日本語訳です。原文同様、この日本語訳もUncopyrighted(コピーライトなし)とします。当サイトの翻訳文書に関するその他の注意事項については、翻訳文書についてをごらんください。