幸福とは、既に持っているものを見つけ出すこと

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幸福とは、既に持っているものを見つけ出すこと

著者:
Leo Babauta
原文:
原文公開:
2012-8-31
日本語訳:
日本語訳公開:
2012-9-23
日本語訳更新:

7年ほど前、人生の不幸を幸福へと転換する決心をしたとき、私はそのための方法をいくつか思い描いていた。借金を返済し、ダイエットし、もっと良い仕事につき、家をすっきりと片づけ、体調を整え、生産性を高め、本を書くのだ。

私はそれらを全て実現したただけでなく、他にもたくさんのことを実現した。素晴らしいことだった。人生は変わり、今ではとても幸福だ。

しかし、私が幸福になったのは、それらを実現したからではない。

私が気づいたのは、幸福のために必要なものは既に全部持っていたにも関わらず、それは不安、人生に対する不満、自分の身体や自分自身に対する嫌悪感の下に埋もれていたということだ。持っていたのに、隠されていたのだ。

幸福とは、既に持っているものを見つけ出すことなのだ。

あなたは今、幸福になるために必要なものを全て持っている。自分自身も人生も、変える必要など何もない。必要なのは、既にそこにあるものに目を向けることだけだ。

自分自身について私が気づいたこと、私がどのように幸福を手にしたのかを紹介しよう。

人生を変える

幸福になることを決意したとき、私は人生を変えたいと思っていた。私の中には、目指す理想の人生の姿があった。それが実現できれば幸福になれると思っていた。

全ては幻想にすぎない。みんな同じだ。誰もが理想的なパートナー、理想的な子ども、理想的な仕事、家、車、コンピューター、服、旅行、家具、テレビ、そしてもちろん身体について夢想する。夢に描いた理想どおりのものさえ手に入れれば幸福になれるはずだ。そうだろう?

いや、そうではない。まず、幻想が現実になることはない。そこに近づいていると思うかもしれないが、思い描く通りの現実が訪れることは絶対にない。

例をあげよう。私がこのことを学んだのは、不要なものがないミニマル主義的な家を創り上げても、そのこと自体が自動的に満足感を与えてはくれなかったということからだった。それはまた別個に学ぶ必要があったのだ。

とはいえ、不要なものをなくす取り組みは数多くのことを教えてくれた。たとえば自分がモノにこだわる理由(怖れ)が理解できたし、その怖れには根拠がないこともわかった。そうした偽物の安心感がなくても自分が充分にやっていけること、そして数多くの不要物なしでも生きていける程度の力を既に持っていることにも気づくことができた。

私は人生のシンプル化をお勧めするが、それはあなたが思い描く夢の人生のためではなく、自分自身について知ることができるためだ。

ダイエットに成功したとき、それでも自分の身体についての不満は残ったままだった。それは依然として完璧ではなかった。正直に認めよう。男性誌のカバーモデルが振りまく幻想を基準にするなら、完璧が手に入ることは永久にない。幻想が現実になることは絶対にないのだ。

しかしダイエットは、より健康的な食事とエクササイズを楽しむことができるということを教えてくれた。それは思ったほど恐ろしいものではないし、ストレスや怖れや孤独や退屈などに対する[支え]として食べ物は必要ないということもわかった。

私の抱える他のあらゆる幻想についても同じだった。幻想を求めて奮闘しても決してうまくいかないこと、そこに到達することは決してないこと、たとえ近づけたとしても幸福には結びつかないこと。しかし同時に、これまで抱えていた荷物はもう必要ないこと、幸福のために必要なものはすでに持っているということ。

幸福のために必要なもの

結局、何があなたを幸福にするのだろう? 幸福になるためには何が必要なのだろう? 外的なモノを手に入れることで幸福を目指すこともできる。家、仕事、車、恋人、食べ物、ドラッグ、ショッピングなど。しかしこれらのモノはあなたを幸福にはしてくれない。少なくとも長い間は。モノが持続的な幸福感を与えてくれなければ、もっとたくさんのモノを手に入れようと奮闘しなければならない。つまりあなたの幸福は、常に外的なモノや誰かの気まぐれの影響下にあることになる。

そうではなく、自分自身の中に幸福を見つけることもできる。自分の内に素晴らしい何かがあり、ありのまま受け入れさえすれば——幻想と比較しようとしなければ——それは美しいものだということに気づくことだ。人生は幻想抜きでも常にそのままで素晴らしい。そして、幸福が内にあるということは、他人の気分や、幸福の源が外的な出来事のせいでどうにかなったなどという理由で、それを失うことはないということだ。

それは、幻想をひとつひとつ削り落としていくということだ。内面に目を向け、そこに見つかるもので満足するということだ。一晩でできることではないが、素晴らしい何かはあなたの内側に既にある。実際にはあなたの周囲のいたるところにある(そして内側と外側というのは、実は同じことなのだ)。幻想など必要ないのだ。

この記事は、Leo Babauta(レオ・バボータ) さんがUncopyrighted(コピーライトなし)として公開されている記事の日本語訳です。原文同様、この日本語訳もUncopyrighted(コピーライトなし)とします。当サイトの翻訳文書に関するその他の注意事項については、翻訳文書についてをごらんください。