自分についてのネガティブ思考から解放されたなら

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自分についてのネガティブ思考から解放されたなら

著者:
Leo Babauta
原文:
原文公開:
2014-3-21
日本語訳:
日本語訳公開:
2014-3-23
日本語訳更新:
2014-3-29

職場で同僚たちに苛々させられたことはないだろうか。家族のちょっとしたクセが気になったことは? 店員やウェイターや道行くドライバーに腹を立てたことは? 子どもや配偶者に対してはどうだろう?

これだけ苛立ちや不満のもとがある中で、もっと寛大に、穏やかでいるにはどうしたらいいのだろうか。

私にとっての答えは、意識できるかぎり、自分自身の中から抜け出すということだ。

生きている時間のほとんど全て(私にとっては2000万秒以上に相当する)が、自分についてのネガティブな思考に費やされている。私たちの心は懸念や不安でいっぱいだ。私がしていることは正しいのだろうか。これを台無しにしてしまうのではないか。期限に間に合うだろうか。人からどう思われているのだろう。うまくやれているだろうか。なぜこんなことが起こるのだろう。どうしたらもっとうまくやれるだろう。なぜ人は話を聞いてくれないのだろう。なぜ私はこんなふうに扱われるのだろう。なぜみんな邪魔をするのだろう。なぜこんなに太っているのだろう。なぜ思いどおりにならないのだろう。私は間違っているのだろうか。

では、この種のネガティブ思考から解放されたとしたらどうなるだろう。

少しの間だけでいい。自分は正当に扱われ、守られ、認められ、安らかな気分でいると仮定してみる。くよくよするのを止めて、何か他のことをできるとしたら。

なかなか解放的な経験になるのではないだろうか。人生に居座る心配ごとから解き放たれるというのは素晴らしいことではないだろうか。

私は、その機会を歓迎したいと思う。

自分についてのネガティブ思考からの解放は何をもたらすだろう。まず、他者に目を向けられるようになる。どんな人なのか、何を抱えている人なのかが見えるようになる。そしてわかってくるのは、他人も自分と同じように苦しんでいるということだ。常に同じ心配ごとを抱え、幸福を求めながらいつもくよくよと悩み、なぜこの人(あなたのことだ)は自分をこんなふうに扱うのかと思っているのだ。

私たちはその苦しみを目の当たりにし、それがどんなものか理解できる。なぜなら私たち自身もついさっき自分の心の内側から這い出してきたばかりだからだ。長いこと同じ経験をしてきたその場所から。共感できるのだ。

それだけでなく、苦しみが減るようにと願うことだってできる。心から同情し、力づけることも。

こうして得た気づきや共感や同情を、自分自身の心の中に持ち帰ったなら・・・こんど誰かが「完璧」でないと思ったとき(あたかも自分自身は完璧であるかのように)、無礼な振る舞いをしたとき、トロかったとき、やかましかったとき、私たちはもっと寛容になれるかもしれない。

もちろん、私たちはすぐに自分のことで頭がいっぱいの状態に戻ってしまう。私もそうだ。それはあまりに強く心に刻み込まれているからだ。しかし時にはその状態を自覚できることがあり、そのときには心配ごとに埋め尽くされた狭い場所から抜け出そうと試みる。

ほんの一瞬でも意識することが、小さな光と幸福をもたらしてくれる。そして繰り返し練習すれば、他にはないような解放をもたらしてくれるはずだ。

この記事は、Leo Babauta(レオ・バボータ) さんがUncopyrighted(コピーライトなし)として公開されている記事の日本語訳です。原文同様、この日本語訳もUncopyrighted(コピーライトなし)とします。当サイトの翻訳文書に関するその他の注意事項については、翻訳文書についてをごらんください。