結果的には大丈夫

結果的には大丈夫

著者:
Leo Babauta
原文:
原文公開:
2014-4-5
日本語訳:
日本語訳公開:
2014-4-23
日本語訳更新:

あなたは道を歩いている。約束の時間に間に合うか心配だ。

遅れたらどう思われるだろうかと不安になる。何人かの人を追い抜き、今の人にどう思われただろうかという思いが頭をよぎる。自分でも意識しないうちに。

気がかりな仕事もいくつかある。私生活のもろもろ(税金、雑用、請求書)も。もっと多くのことを、もっと違うことをやらなければならないという感覚が常にある。

自分の見た目、どんな人間だと思われているか、うまくやっていけそうか、失敗しないか、どこまでやればいいか、持っていない何かについて、見逃している何かについて、人と比べて自分はどうかということについて、あなたは気にしている。

大丈夫、あなただけではない。みんな同じようなことを気にしているのだ。

ここでいいことを教えよう。どの場合も、結果的にあなたは大丈夫だ。人生はちゃんとうまくいく。

何かがうまくいかない可能性や、人から悪く思われることや、その他ものもろもろについて、私たちは常に気にしている。悪い結果のみにフォーカスしているのだ。

しかし、悪い結果というのは多くの可能性の中のほんのひとにぎりにすぎないし、簡単に現実化したりはしない。

仮に現実になったとしても(たとえば誰かがあなたのことを悪く思ったとしよう)、そのことが人生に悲惨な結果を招くことは滅多にない。

だから、悪い結果が現実になったとしても、それでもあなたは大丈夫なのだ。

ここ数年の間であなたが気にしてきたことを思い浮かべてみよう。ほとんどは小さなことだ。そしていずれの場合も、結果的にはなんとかなったはずだ。人生は崩壊しなかったはずだ。

結果的には大丈夫だと思えるようになってきたら、気になることも(その存在に気づいた時点で)手放せるようになる。絶え間ない不安と心配で消耗してしまうかわりに、もっと良い気分でいることができる

リラックスし、笑みを浮かべて道を歩けるはずだ。

この記事は、Leo Babauta(レオ・バボータ) さんがUncopyrighted(コピーライトなし)として公開されている記事の日本語訳です。原文同様、この日本語訳もUncopyrighted(コピーライトなし)とします。当サイトの翻訳文書に関するその他の注意事項については、翻訳文書についてをごらんください。