「今を生きる」ことの驚くべき力

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「今を生きる」ことの驚くべき力

著者:
Leo Babauta
原文:
原文公開:
2011-8-12
日本語訳:
日本語訳公開:
2012-1-8
日本語訳更新:
足で大地に接吻するかのように歩け。——ティク・ナット・ハン

ストレスに満ちた日々のカオスのただ中に、心の静けさと平穏を手にするには、どのようにしたらいいのだろう。

答えは簡単だ。だが実践するのは簡単とは限らない。それは「今を生きる」ことを学ぶことだ。

あなたの1日がどれだけコントロール不能でも、仕事がどれだけストレスに満ちていても、「今を生きる」ことがオアシスになる。それはあなたの人生を変えてしまうかもれしない。そして驚くほどシンプルだ。

どんなものに心の平穏を乱されるか、人々に訊ねてみたことがある。そのときの答えの一部だ。

  • 仕事、インターネット、自分自身のトカゲ脳。
  • ソーシャルメディアやその他のデジタルな雑音。
  • 私にとっては、あまりにも多くのものが一気に降りかかってくることです。ニュースでも何か判断が必要なことでもやらなければならない仕事でも。
  • 自分の4人の子どもたちです。
  • 食器洗い、洗濯物、子どもたち。
  • 不要な中断。
  • コントロールの欠如。私はIT企業で働いていて、直ちに検討し対処すべき「緊急」案件がしばしば発生します(相手のとって緊急なのであり、私にとってではありません)。
  • 私自身の猿なみの頭脳。

驚くべきことだが、ここにあげられた全ての問題点は、たったひとつの方法で解決することができる。「今を生きる」ことだ。

「今を生きる」ことが問題を解決する仕組み

ここにあげられた問題点をよく見てみると、全ては頭の中の問題だということがわかる。もちろん外的な圧力はあるだろう。コントロール不能の仕事、子どもたちや雑用や中断やデジタル雑音に起因するストレスなどだ。しかし、こうした外的な圧力を私たちの意識がどのように扱うかが問題なのだ。

あなたが完全に今という時間の中にいたら、外的な力はもはや問題ではなくなる。なぜなら今この瞬間に存在しているのは、あなたとその外的な力だけであり、他に気にしなければならない何百万もの心配事ではないからだ。

子どもがあなたのしていることを邪魔したとしよう。ただでさえ心配事を抱えている上に子どもが新たな心配事を追加した、あるいは心の平穏を乱したという理由でストレスを感じることもできる。あるいは「今を生きる」ことで、今ここにいるのはあなたと子どもだけだと考えることもできる。子どもがその子自身であることに感謝し、その瞬間をいっしょに過ごせることに感謝することもできる。

あなたの仕事が、緊急のタスクにフォーカスするように要求するとしよう。他に山ほどやるべきことがあるのにとても時間が足りないという理由でストレスに参ってしまうこともできる。あるいは「今を生きる」ことで、今ここに存在するのがあなた自身とその一つのタスクだけであるかのように、そのタスクに100%注力することもできる。終わったら次のタスクに移行すればいい。

ソーシャルメディアやその他のデジタル雑音は、それを閉じて、今していることに全力を集中することを学べば、私たちを邪魔することはない。メールやツイートをしたり、ブログを読んだりする必要があれば、他のことはすべて脇においてそのひとつのことをすればいいのだ。

こうして「今を生きる」ことは、あらゆる問題、あらゆる雑音、あらゆるストレスの源に対処するための方法になる。「今を生きる」ことで、他の全てがフェードアウトし、あなた自身と、あなたが今取り組んでいることだけが後に残る。

「今を生きる」ために

「今を生きる」ための方法は比較的単純だが、もっとも重要なのは練習することだ。

ほとんどの人に「今を生きる」ことが身につかないのは、練習しないからだ。「今を生きる」こと自体があまりにも困難だからではない。

何かを常に練習していれば、上達する。それはTo-Doリストや、やりたいことのリストに書き出すような「やるべきこと」ではなく、むしろ生き方そのもののようになってくる。

練習に練習を重ねれば、自然に「今を生きる」ことができるようになってくる。

これがそのやり方だ。どんなことであろうと、今やっているその一つのことに対して、完璧にフォーカスできるようにするのだ。今していることのあらゆる側面に、身体に、感覚に、思考に注意を向けるのだ。

自分の思考に注意していると、思考が他のことにジャンプすることに気づくだろう。それは構わない。他の思考を全て遮断しようとしているわけではない。ただ、思考があちこち飛び回ることに気づくことで、今やっていることに自分自身をそっと押し戻すためのツールを手にしたことになる。飛び回る思考を認めた上で、愛情を込めて戻ってこよう。

これを一度実行し、更にもう一度実行しよう。何回繰り返さなければならないかなど気にする必要はない。ただ実行しよう。

慣れないうちは疲れを感じるかもしれない。それも気にする必要はない。疲れたら休めばいい。しばらくしたら戻ってきてまた練習しよう。消耗するためにやっているわけではない。ただ、心配事が次第に消え、今していることをずっと楽しめるようになってくる様子に気づいて欲しい。

今していることが何であろうと、それを楽しもう。それができることに感謝しよう。そのことに関するどんな小さな動きも手触りもフルに感じるようにしよう。どんなことでも驚くような体験になり得ること、奇跡になり得ることがわかるだろう。

毎日、一日を通して練習しよう。ちょっとした「気持ちを込める合図」を決めておくと、自分自身を今の瞬間に引き戻す役に立つ。ティク・ナット・ハンはかつて赤信号を「気持ちを込める合図」にすることを推奨した。同じようなものはどこにでも見つかる。子どもの声、同僚に会ったとき、コンピューターで普段していること、道路の騒音。何でもいい。

瞑想も素晴らしい方法だ。世界の複雑さの多くを排除し、ただ自分の意識だけに注意し、今この瞬間に自分自身を引き戻してくれる。難しいことは何もない。瞑想はいつでもどこでも可能だ。見つけることができれば、先生につくのもいい。

練習しよう。小さく、単純な、そして美しいステップを繰り返そう。ひとつひとつのステップ自体が奇跡のようなものだ。練習を重ねるたびに、人生の交差点の真ん中で平穏を感じるための助けになる。

ゆっくりと、畏敬の念を持ってお茶を飲もう。ゆっくりと、ペースを崩さず、急がず回転を続ける地球がその周りを回っているかのように。今この瞬間を生きよう。この瞬間だけが人生なのだ。——ティク・ナット・ハン

この記事は、Leo Babauta(レオ・バボータ)氏がUncopyrighted(コピーライトなし)として公開されている記事の日本語訳です。原文同様、この日本語訳もUncopyrighted(コピーライトなし)とします。当サイトの翻訳文書に関するその他の注意事項については、翻訳文書についてをごらんください。

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2012-5-20

レオ・バボータのブログmnmlistより「living for everyone else」の日本語訳を「他人のために生きる」として公開。

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