孤独の恐怖

孤独の恐怖

著者:
Leo Babauta
原文:
原文公開:
2013-12-26
日本語訳:
日本語訳公開:
2014-1-1
日本語訳更新:
「あらゆる不幸は、部屋でひとり静かに座っていられないことに由来する」
(ブレーズ・パスカル)

驚くほど多くの人が孤独を恐れている。程度の差こそあれ、私たちは皆そうなのかもしれない。

パートナーや友人や家族を失うこと。見知らぬ土地で道に迷い、助けを求める人もいないこと。誰の手も借りず生きて不成功に終わること。

孤独を恐れるというのは自然なことではある。誰もが自分の奥深くでそれを感じたことがある。必死に避けようとしているにもかかわらず。

そして、それこそが不幸の原因だ。孤独の恐怖から逃れようと、私たちは止めどなく人と繋がろうとする。SNSやメールもその一部だ。孤独を避けようとするあまり、自分にとって必ずしも望ましくない相手と一緒にいることになってしまう。誰かに寄りかかりたい、頼りたいためだけにだ。そしてジャンクフードを食べ、買い物をすることで自らを慰める。それは愛の代わりになるからだ。

しかし不思議なことに、孤独は力を与えてもくれるのだ。孤独の静けさは喜びに満ちている。

私たちは、孤独を暗くて憂鬱で恐ろしいものと捉えてしまいがちだ。しかし見方を変えればそれは自由であり、成長の機会、自分を知る機会にもなる。

これは、私が大変な思いをしながら学んできたことだ。私も長いこと孤独を恐れてきた。自ら情緒的に充足できるようになったことは、私が達成してきたことの中でも最も価値あるもののひとつだ。

今からほんの少しの間、静かに座ってみてほしい。そして内側に目を向けてみよう。あなたは誰だろうか。何ができるだろうか。何を考えているだろうか。

注意深く見つめてみたとき、あなたは自分自身を受け入れることができるだろうか。

新しいことを学び、生きることについて深く考えてみたときに、自分の中に価値あるものを見出すことができるだろうか。

それは恐ろしいことなどではない。むしろ祝うべきことだ。孤独とは素晴らしいものだ。

人生をひとりで旅する

しかし、ひとりで世の中を渡っていくことは恐ろしいことではないのだろうか。ひとりきりで人生を切り抜けていくことは恐ろしくないのだろうか。その準備もできていないのに。

そう、それは恐ろしいことかもしれない。だからこそそうするのだ。

どうすれば見知らぬ街で動き回れるかわからないというなら、まずは自分の家からスタートしてみよう。知らない場所まで行って、そこから帰るのだ。GoogleMapsを使い、目印になるような建物を見つけよう。慣れてきたら近くの街に足を伸ばしてみよう。身につけたスキルを使って動き回るのだ。わからなければ訊ねればいい。道に迷っても平気なのだということを学ぼう。

どうすればきちんと生活を管理して支払いを済ませられるのかわからないというなら、まず支払いをひとつに絞ろう。ひとつずつ生活管理のスキルを身につけていくのだ。自立しよう。誰かに頼るより自分の足で立てる方がいい。それができれば、人に頼ることは弱さではなく強さに根ざした行為になる。

どうすれば自分で自分の身を守れるかわからないというなら、身を守る必要が生じるような状況を避けることを覚えよう。周囲の状況に気を配れるようになろう。逃げ方を知ろう。少なくとも助けを呼べる程度には身を守れるようになろう。そうすれば、ひとりでどこかに行っても自信が持てる。

人生をひとりで旅すること自体が学びのプロセスだ。進むにつれてあなたは強くなる。ひとりで家に帰れない子どもと同じだ。初めのうちは怖いが、いったん道を覚えてしまえばちゃんと帰れるようになる。

人間関係と孤独

孤独を受け入れられるようになるということは、他人と親密になれないということだろうか。そんなことはない——逆に、ひとりでいられなければ、人間関係に根本的な問題を抱えることになる。

なぜか。依存が生じるからだ。支払いや生活や安全だけでなく、情緒的に他人を必要とするようになってしまうからだ。注目と承認とやすらぎと愛を与えてくれる他人を必要とするようになってしまうからだ。そうしたものは魅力的だが、そのために他人が必要ということはつまり愛を求めて必死になっているということで、魅力的とはいえない。そんな人と親しくなりたい人などいるだろうか。

それよりもずっと人を引きつけるものは自信だ。自ら充足していることだ。そして強さだ。

孤独を受け入れられるようになろう。自分で情緒的な欲求を満たせるようになろう。誰かに「完成させてもらう」までもなく、あるがままの自分でいいのだと知ろう。

既に親密な間柄の人がいる場合はどうだろう。私自身がそうだったが、親密な相手がいても、孤独を受け入れることはできる。それはつまり、自分が愛を求めていることに気づいたら、一歩引くということだ。自分の欲求を自分でケアするということだ。これができるようになるには時間がかかるが、確かに効果がある。

そうなれば、その関係はずっと健全な状態になっている。今や二人の完全に独立した人間が、両者にとって価値のあることのために一緒にいることになるからだ。

孤独の楽しみ

孤独は恐ろしいものでもあるが、楽しいものでもある。

孤独なときは、そのひとときを祝えばいい。自らを探求すればいい。他に誰もいなくてもできることをすればいい——良書を読む。文章を書く。楽器を演奏する。ひとりで踊る。スケッチする。スキルを身につける。ハイキングに出かけて、あらゆるものを見て歩く。オンラインでシェアすることなど考えないで。

孤独でいよう。自分自身でハッピーになろう。

あなたにはそれだけの価値がある。

この記事は、Leo Babauta(レオ・バボータ) さんがUncopyrighted(コピーライトなし)として公開されている記事の日本語訳です。原文同様、この日本語訳もUncopyrighted(コピーライトなし)とします。当サイトの翻訳文書に関するその他の注意事項については、翻訳文書についてをごらんください。