実際に行動するために、あるいは私たちはなぜわかっているのに行動しないのか

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実際に行動するために、あるいは私たちはなぜわかっているのに行動しないのか

著者:
Leo Babauta
原文:
原文公開:
2012-12-18
日本語訳:
日本語訳公開:
2012-12-30
日本語訳更新:

エクササイズをして、野菜をたくさん食べて、揚げ物と塩辛いものと甘いものは控えるべきだとあなたはわかっている。

しかし、わかっていることと実際に行なうことの間には大きな隔たりがある。

物ごとを先送りしないですぐに行動するべきだとあなたはわかっている。テレビの観すぎやSNS(あるいはニュースサイトでもメールでも)のチェックしすぎは止めるべきだいうこともわかっている。書くべき文章を書き、前から学びたいと思っていた外国語を学び、ギターを練習し、家を片付けるべきだということもわかっている。

わかっているかどうかは問題ではない。私たちが壁にぶつかるのは、常に行動の部分だ。

ビジネスの世界には 「知識実行ギャップ」 という概念がある。企業が改善のためにあらゆる方法を研究し、コンサルタントを雇い、果てしないセミナーを重ね、毎年大改善計画を立ち上げて……実際には何も変わらずにいるということだ。何を改善するべきかはわかっているが、現実には行動しないのだ。

行動することはなぜそんなに難しいのだろう。知識を行動につなげるにはどうしたらいいのだろう。何が私たちを邪魔していて、それはどうしたら克服できるのだろう。

答えは簡単でもあり、難しくもある。どういうことだろうか。

行動すること、行動しないこと

行動を邪魔しているのは、やるべきことに対する知識ではない。知識そのものは多くの場合単純だ。

  • 体重を減らしたいのなら、摂取するカロリーを減らしてもっと動くことだ。
  • もっと健康になりたいのなら、野菜や豆類やナッツ類やフルーツや全粒粉を食べることだ。
  • シェイプアップしたいのなら、運動することだ。
  • 本を書きたいのなら、いいからごちゃごちゃ言わず書くことだ。
  • 外国語や楽器を身につけたいのなら、練習することだ。

しかし、実際に私たちがしているのはこうだ。

  • 様々な習得プログラムについての説明を読む。
  • そのことについていろいろしゃべる。
  • それをせずに何か別のことをする。
  • そして罪悪感を感じ、頭の隅の方に追いやる。
  • やがてついに着手することを決意し、さらに説明を読み、しゃべる。

文章を読むことは行動ではない(やりたいのが本を読むことである場合を別にして)。話をすることも行動ではない(やりたいのがコミュニケーションスキルの向上や講演である場合は別にして)。

行動とは、実際に行なうことだ。

では、何が行動を妨げているのだろう? それも比較的単純だことだ。

行動を妨げるちょっとした物ごと

知識を行動に変えることを何かが妨げている。それは目に見えない、謎の存在だ。誰もがそれを持っているが、どう対処すればいいか知っていることはまれだ。さらに悪いことに、その存在に気づくことさえまれだ。

それは、恐れだ。

どうしてあなたは書くべき本やブログを書かずに、フェイスブックやツイッターやメールをチェックしてしまうのだろう? それは失敗が怖いからだ。うまく書けないことが怖いからだ。どこから始めていいかわからなくて怖いからだ。

野菜ではなく揚げ物を食べてしまうのはなぜだろう? 変化が怖いからだ。快適でない物ごとが怖いのだ。友人たちと食事に行って、みんながチーズやフライドベーコンを食べている中で人参スティックとケールを食べて笑われるのが怖いのだ。

ガールフレンドとの間に難しい問題が持ちあがったとき、彼女ときちんと話をしないのはなぜだろう。拒絶されることが怖いからだ。馬鹿みたいに見えることが怖いからだ。プライドが傷つくことが怖いからだ。

あなたにひどい扱いをする人間の元を去ろうとしないのはなぜだろう? 独りになるのが怖いからだ。愛されないことが怖いからだ。独りでやっていけなくなることが怖いからだ。家族や友人から「また別れたのか」と言われるのが怖いからだ。

怖いから、私たちはもっと楽しそうに見える何かを代わりにすることでそれを避けようとするのだ。

文章を書くこと、教えること、外国語を学ぶこと、ランニング、ウェイトトレーニング、ギター、管理職、リーダー、母親……失敗を恐れるとき、私たちは失敗を避けるための様々な戦略を無意識に考え出す。サボタージュしているわけではない。自分を傷つけるのではないかと恐れていることを、避けようとしているだけなのだ!

私たちはこの種の痛みを避ける能力に長けている。そのために実に多くのことを行う。そのくせやるべきだと「わかっている」のにどうしてできないのだろうと不思議に思う。しかしそうではない。私たちは本当にはわかっていないのだ——意識の裏側では、それを避けるべきだと思っているのだ。

ということで、行動に至るためには必要なのは、恐怖を打ち負かすことだ。

実際に行動するために

ここでは、行動することで恐怖を打ち負かすことにする。どうすればできるかを学ぶ唯一の方法は、実際に行動することだ。

これがそのプランだ……ただ読むだけでなく、行動しよう!

  1. 行動することで学ぶ。説明を読むことで学ぼうとしてはいけない。もちろん少々の説明は助けになるが、読むのは少しにして、読み終わったら実行しよう。そのことについてしゃべることで学ぼうとしてはいけない。私たちは既にしゃべりすぎている。ただ始めよう。しゃべるのであれば、やりながらしゃべろう。行動しているうちに、あなたを押しとどめていたものが見えてくるだろう。これまで知らなかった、あるいは理解していなかったステップが存在することがわかってくる。そうしたら、そのギャップを埋めるためのアクションを行ない、必要なステップを見つけ出し、さらに動き続ける。
  2. 恐れていることを書き出す。行動に問題を抱えているのなら、その原因は恐れだ。あなたは何を恐れているのだろう? 自分がうまくできないと感じていることは何だろう? 行動を妨げているあなたの信条とは何だろう? 書き出してみよう。書くことは行動だ。
  3. 恐れを追い出す。行動することで恐れを打ち負かすのだ。書くことが怖い? 2分間だけ何か書いてみよう。それだけの時間なら、それだけの約束なら、それほど怖くはないはずだ。外国語をうまく身につけられないのが怖い? 2分間だけスペイン語の曲を聴こう。あるいは2分間だけスペイン語の映画を観よう。2分間だけスペイン語のポッドキャストを聴こう。何かを2分間聴くだけのことが全然できないなどということがあるだろうか。このように極めて小さなステップで実行することで、恐れが真実ではないことを知ることができる。失敗することなく行動することが可能だと知ることができる。
  4. 失敗を学びのツールとして捉える。私たちは失敗を死ぬほど恐れている。なぜなら失敗を自分がダメであることの宣言であるかのように捉えているからだ。しかしそれは間違っている。失敗は何かを学ぶことができるという印なのだ。失敗は学ぶ上で必要なステップだ。もし何かを既に完璧にできるのなら、あなたは何も学んでいないことになる。失敗し、別のやり方でプロセスを反復し、その後で成功するのだ。時には身につく前に10回ほど失敗する必要があるかも知れないが、それを「自分は本当にダメだ」という印ではなく、学びのプロセス中のステップだと見なせば、それは素晴らしいことだ。失敗はチャンスなのだ。
  5. 調整し、さらに行動する。行動し、失敗し、学び、調整し、もう一度やるというのがそのプロセスだ。失敗したら、どうすれば調整できるか考え、もう一度やってみる。新しいやり方で、もう少しうまくいくかもしれないし、いかないかもしれない。うまくいかなければもう一度調整し、またやってみる。やり方が本当にわかるまで調整を続ける。そして次にステップに進む。絶対に失敗しない方法を示してくれるプランなど存在しない。完璧に正確な地図などない。行動しながら調整していくしかない。それがこのプロセスの鍵となるスキルだ——どうすればうまく調整できるか。

恐れは人生の決定要因ではない。恐れは私たちの人生の道筋を教えてはくれない。それは意識の裏側の、不安を避けようとするわがままな子どもの声にすぎない。そして不安はそんなに恐れるほどのことではないことを私たちは学ぶことができる。それは新しい土地を探検するときの、未踏の頂を目指すときの、新しい段階に進むときの感覚なのだ。

恐れは打ち負かすことができる。今すぐに始めよう。

この記事は、Leo Babauta(レオ・バボータ) さんがUncopyrighted(コピーライトなし)として公開されている記事の日本語訳です。原文同様、この日本語訳もUncopyrighted(コピーライトなし)とします。当サイトの翻訳文書に関するその他の注意事項については、翻訳文書についてをごらんください。