知らないままにしておくというミニマル主義

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知らないままにしておくというミニマル主義

著者:
Leo Babauta
原文:
原文公開:
2012-07-18
日本語訳:
日本語訳公開:
2012-08-06
日本語訳更新:

最近では、私たちが知りたいと思うほとんどのことは、数回キーを叩けば知ることができる。知りたいという欲求をほとんど即座に満足させてくれる。

外の天気はどんなだろう? 天気アプリをチェックすればいい。ガルシア・マルケスとはいったい何者だ? ウィキペディアに訊けばいい。ウェス・アンダーソン監督の「ムーンライズ・キングダム」で主役をやっていた子役は誰だったっけ? IMDB.comを検索すればいい。Google、Reddit、Facebook、Twitterその他が、知りたいことに今すぐ答えてくれる。

驚くべきことではないだろうか。ほんの二十年前には考えられもしなかったことだ。その頃は何か知りたいことがあればテレビをつけて後は運に期待するしかなかった。あるいは(もし持っていれば)百科事典を開き、運に期待するしかなかった。あるいは図書館に出かけて運に期待するしかなかった。それでも大抵の場合、知識は得られずに終わったのだ。

一日を通じて定期的にコンピューターをオフにするようになって(私は30分単位で仕事をする)気づいたことのひとつは、コンピューターがオフの間もだいたい何か知りたいことが生じ、そのとき私はまずコンピューターのところにいって検索しようとするということだ。そうすれば、4秒かそこらで答えを知ることができる。

しかしそこで私は立ち止まり、その衝動について考えてみる。今すぐその答えを知ることが本当に必要なのだろうか。三十分、数時間、それとも一日くらい待てないのだろうか。生死も国家安全保障もその他の何か本当に重要なこともかかってはいないのだ。

私は自分を制し、後で調べられるようにメモを取っておく。すると興味深いことに気づく。今や「知らない」ということは私にとっては奇妙な現象なのだ。「知らない」ことに私は慣れていないのだ。そう、もちろん私が知らないことなど、人生のありとあらゆる瞬間、無限にある。それでも何か知りたいと思えば、大抵すぐに知ることができる。しかし今私は知りたいと思った何かについて、少なくとも30分の間、場合によってはもっと長い間、知ることができないのだ。

そして私は不思議に自由な感覚に気づく。知らないということは、盲目のまま正しい道順もわからず歩くということだ。その状態で私は生き、どうにかやっていかなければならない。興味深いことだ。それはまったく違う生き方だ。私たちの祖先の生き方なのだ!(というか、90年代初期の私の生き方でもある)。

知らないことは悪いことではない。それはただ違うだけなのだ。そこには何かミニマル主義的なものがある。今すぐ知りたい、という欲求を手放そう。そして、意識が暗闇の中で当てもなくさまようのにまかせてみよう。

この記事は、Leo Babauta(レオ・バボータ) さんがUncopyrighted(コピーライトなし)として公開されている記事の日本語訳です。原文同様、この日本語訳もUncopyrighted(コピーライトなし)とします。当サイトの翻訳文書に関するその他の注意事項については、翻訳文書についてをごらんください。