生活するほど必要なものは少なくなる

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生活するほど必要なものは少なくなる

著者:
Leo Babauta
原文:
原文公開:
2010-11-25
日本語訳:
日本語訳公開:
2012-10-23
日本語訳更新:

生活することにフォーカスすればするほど、必要なものは少なくなるように思える。

生活にフォーカスするとはどういうことだろう。それは、関心を向ける対象を、所有物や地位や目標や美しいもの……そうしたものから、現実の人生へとシフトするということだ。ここでいう人生には、以下のようなものが含まれる。長い散歩をすること、何かを創り出すこと、友人と会話をすること、妻と寄り添うこと、子どもと遊ぶこと、シンプルな食事をすること、外に出て活動すること。

それが生活だ。ショッピングでもない、テレビをみることでもない、生存ではなく快楽をために脂っこいもの・甘いものを大量に食べることでもない、インターネットで活動することでもない、オンラインでショッピングすることでもない、有名になろうとすることでもない。それは生活ではない。大量消費と心のない生き方に私たちを導こうとする、消費主義者のための娯楽だ。

生活にフォーカスすると、そうした偽りのニーズの重要性は低下する。外に出て探検したり身体を動かしたり友人たちと散歩したりできるのに、なぜテレビが必要なのだろう。必要なものは全て持っているのになぜショッピングが必要なのだろう。今のままでも誰かと時間を過ごしたり何かを創ったりできるし、そのために必要なものはごくわずかだというのに。

私が今していることのために、必要なものなどほとんど何もない。私は生きることができる。そして必要とするものは少ない。

必要なものは少なくとも、多くの満足を得ることができる。それは非常に価値あることだ。それは私自身かつて経験したことのないような経済活動だ。

今や私が必要とするものは、愛する人々、テキストエディタ、作品を投稿するための手段、良い本、シンプルな植物性の食事、身体を温めるための数枚の服、そして外の世界だけだ。

この記事は、Leo Babauta(レオ・バボータ) さんがUncopyrighted(コピーライトなし)として公開されている記事の日本語訳です。原文同様、この日本語訳もUncopyrighted(コピーライトなし)とします。当サイトの翻訳文書に関するその他の注意事項については、翻訳文書についてをごらんください。