ミニマル主義と不安

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ミニマル主義と不安

著者:
Leo Babauta
原文:
原文公開:
2011-01-20
日本語訳:
日本語訳公開:
2013-01-13
日本語訳更新:

不安が、私たちをミニマルであることから遠ざける。

私たちはなぜ必要もないし使いもしないとわかっているものを取っておくのだろう? 必要になるかもしれないという不安があるからだ。捨てることによって何が起こるのではないかという不安があるからだ。

何年もの間、私は車を所有していた。緊急時に対する不安、やりたいことや必要なことができなくなるという不安があったからだ。その後、車なしでも必要なことは全て間に合うだけでなく、それ以上のことができることを発見した。それに、もし本当に緊急事態であれば、警察や消防に電話する方がよいということも。

この冬のサンフランシスコは、私のような南の島育ちの人間にとっては衝撃的に寒かった。私はここ最近になく多くのものを買い込んだ(ほとんど全てを安売り店で買った)。こんな寒さの中で、どのように生きていけばいいのかわからなかったからだ。知識がなく確信を持てないせいで、より多くのものを持つことで不安を解消しようとしたのだ。

第一に、何かをよりよく知るにつれて、思ったほど多くのものは必要ないということに自信を持てるようになってくる。寒さの中で生活することを知るほど、機能的なアイテムが少数のあれば充分だということがわかってくる。旅について知るほど、必要なものなどほとんど何もないことがわかってくる。ブログについて知るほど、広告やアクセス解析やコメントやウィジェットやFacebookボタンは必要ないということがわかってくる。

第二に、不安はちょっとした実験をすることで克服できる。ほんの少しの間(1日とか1週間とか)何かを手放してみるのだ。何が起こるだろうか。不安は私たちが思うほど正確なものではないことを発見するだろう。

第三に、たまには不安の中に裸で立ってみることは良い経験になる。自分自身について、そして人生について多くのことがわかるだろう。それは恐ろしくもあるが、自分を覚醒させてもくれる。セーフティネットなしで、不安とともに生きてみよう。守ってくれるものが何もない中で生きるということを感じてみるといい。

この記事は、Leo Babauta(レオ・バボータ) さんがUncopyrighted(コピーライトなし)として公開されている記事の日本語訳です。原文同様、この日本語訳もUncopyrighted(コピーライトなし)とします。当サイトの翻訳文書に関するその他の注意事項については、翻訳文書についてをごらんください。