歩く広告

歩く広告

著者:
Leo Babauta
原文:
原文公開:
2011-05-25
日本語訳:
日本語訳公開:
2011-09-26
日本語訳更新:

ミニマリズムは、私たちを純粋な消費者や商品へと変え、市場メカニズムに組み込もうとするトレンドに抵抗するものだ。

マーケティングや広告によって押しつけられるこうした商品のうち、ひとつとして必要ではないという単純な事実を、私たちはを見失ってしまった。

必要なものはほんの少ししかないということを忘れ、たくさんのものを買う。そして、企業が私たちを広告とマーケティングの道具として利用している事実に気づいていない。

この事実は私を不安にさせる。自分たちがそんなふうに利用されていること自体が不安だが、もっと不安なのは、それに気づかないまま喜んでそこに参加していることだ。

私たちが企業のロゴやスローガン入りの服を着るとき(アップル、ナイキ、プラダ、グッチ)、私たちは彼らのために広告をしているのだ。歩く広告塔だ。こうした企業の新商品についてツイートするとき、私たちは単に新しいクールな商品の情報を友だちと交換しているのではなく、企業の手のひらで踊っている。新しいガジェットについてのレビューをポストするとき(あるいは読むとき)、私たちは有益な情報を収集し交換しているだけでなく、マーケティング装置の中に組み込みれている。

私自身もその例外ではないが、そろそろこの状況についてきちんと考えてみる必要があるのではないかと思う。

どれだけクールに思えたとしても、企業のためのマーケターになるのは止めよう。アイデンティティは、何を買い、何を持っているかではなく、何を創り、どのように貢献しているかで規定しよう。

現代における会話の支配的形式としての広告を拒否しよう。そして人間同士のつながりを再発見しよう。

そうしてもいいはずだと私は思う。そうすることが私たちには必要だ。

この記事は、Leo Babauta(レオ・バボータ) さんがUncopyrighted(コピーライトなし)として公開されている記事の日本語訳です。原文同様、この日本語訳もUncopyrighted(コピーライトなし)とします。当サイトの翻訳文書に関するその他の注意事項については、翻訳文書についてをごらんください。