太鼓の夜(2008-06-15)

太鼓の夜(2008-06-15)

仕事仲間・Z子(28歳)が所属する和太鼓グループのコンサートを聴きに行った。Z子はそのグループの創立メンバーのひとり。

その日がどんな日だったか、一応説明しておくと、朝から熱っぽくて体調が悪く、天候は終日冷たい雨で、仕事でもトラブルや面倒が立て続けに起こった週の、やっと来た週末。そんな日に約束してしまったコンサートが行なわれる場所はというと、電車で一時間以上かかる、普段の生活ではまず訪れることはない縁遠い場所。

要するに、その日のコンサートに行かなかったとしても、ぜんぜん不思議はなかったということ。それでもがんばって出かけていったのは「行く」と約束していたから、という、ただそれだけの理由。

でも、結果的には、——Z子本人にも言った通り——それは「人生の中の無駄ではない一日」だった。「それは誉めすぎ」とZ子は言ったけれど。やった側とすればそうかもしれない。うまく行かなかったこと、もっと良くできたはずのところは、おそらくたくさんあるだろうから。

でも、コンサートからの帰り道、朝からのだるさとか熱っぽさとか、たまっていた一週間分の疲れとか、そんな、自分の中の濁りみたいなものが一掃されていて、リセットされたみたいに体が軽くなっていた。

会場には、Z子と仲がいい上司のFさん夫妻、それに元上司のYさんも来ていて、皆で並んで帰ったのだから、帰りがけにちょっと一杯ということになってもおかしくないのに(本当は、そのつもりだったんだけど)、それもせずにまっすぐ帰った。あまりにも気分が良かったから。

個人の心をそこまで動かすって、考えてみればけっこうスゴイことだ。そのコンサートのサブタイトルには「元気をあなたに」とついていた。もし自分がタイトルを考えるのであれば、決してつけないであろうタイトル(笑)。でも、確かに元気をもらった。おそらく演奏した本人たちが思っている以上に。



Z子が子どもの頃から太鼓を習っていることは、以前から知っていた。でも、演奏を聴くのははじめてだった。

「あんまり壮大なものを期待しないでください!」
招待状をくれたZ子自身が何度もそう言うので、無意識に期待レベルを二段階くらい下げていたかもしれない。

Z子の言うとおり、ステージは学芸会的な手作り感あふれるものだった。入場は無料(受付でカンパあり)。舞台のセッティングも演出もパンフレットも、もちろん自作。お客さんも地元の人と、メンバーの家族が大半。その意味では、最初のうち、自分がちょっと場違いな場所にいるような気がしたのも事実。

でも、その日に見た(聴いた)ものは、当初の期待をはるかに上回っていた。

オープニング、全員が自己紹介・顔見せを兼ねて12小節ずつソロをとる。その一発目の音で、完全に持っていかれてしまう。その音は、学芸会のイメージとはかけ離れている。その一発目のソロを取ったのは、打頭をつとめるZ子だった。ぼくは太鼓にはぜんぜん詳しくないけれど、音楽を聴く耳はそんなに悪くはない(と、思ってる)。Z子がだてに十何年も太鼓を叩いているわけではないことは、音(スピード、パワー、うねり)を聴けばわかる。

Z子だけではない。メンバー18人全員のソロが終わり、ヒゲに「一番」Tシャツの団長が登場する頃には、ぼくはすっかり彼らのファンになっている。

この集団の最大の特徴、そして魅力は、メンバーの多様さだ。上は還暦を迎えたという団長から、下は中学生まで。職業も大学教員、会社員、主婦、専門学校性、大学生、高校生、中学生。その雑多なメンバーの出す音がひとつの曲、ひとつの舞台をつくる。

曲によって当日の出来不出来はあっただろうし、キャリアの違いからくる技術の差はあるのかもしれない(といっても、一定レベルは全員が楽々クリアしている)。むしろ大事なのは、技術の差も含めたメンバーの多様性がうまく絡み合うと、不思議なうねりのようなものを生み出すこと(いわゆるグルーヴってやつね)。普通なら絶対に交じり合わないはずのメンバーたちが創り出す音。それが結果的に独特の迫力につながっていると思うし、こういう音は、統一性のある、技術的に均質な集団には、おそらく出すことができない。

さらに、「全体としての音」があった上で、団員の個性が、演奏やパフォーマンスに現れる。

Z子を含む創立メンバー5人。技術、経験とも高いレベルで安定している。それでもちゃんと音に違いがある。団長との掛け合い漫才(?)が印象的な、さらさら茶髪のおにいさんは、体も演奏のスケールも大きい。彼に比べて、地味な見た目の、これもおにいさん二人は、見た目と違って音がすごくお腹に響く。そして、実は生真面目なZ子は、ちゃんと生真面目な音を出す。生真面目なのに(生真面目なだけに?)音がでかくてスピードがある。正面突破しようとするところが、Z子らしい。

若手メンバーでは、アイドルっぽい(ジャニーズ系な)華やかさと、スピードとテクニックとキレを兼ね備え、「俺を見ろ!」オーラ全開の大学生。もう何年かしてオトナになったら、すごくかっこよくなるかもしれない。と言ったら怒るかな? 高校3年生の女の子は、なぜかいちばんセクシーだった(笑)。ちっちゃくて音で飛ばされそうに見える中学生の女の子は、しゃべりの独特の「間」で客をつかんでしまったけど、演奏もすごくしっかりしてる。

そして、一度見たら絶対忘れない強烈な個性を放つ、ヒゲに「一番」の団長。団長はほとんど全曲を作曲し、もちろん演奏でも中心的な役割を果たす。それからギャグの面でも。この集団自体が、実は教師をされているというこの団長の、人間性そのものという感じ。

もちろん、それ以外のメンバーも、メンバーそれぞれが個性を発揮し、自分の見せ場をちゃんとつくっている。

この集団は、実はこの団長が地元の子供たちとともに始めた夏祭りの子ども太鼓が出発点なのだという。子ども太鼓から続けてきた創立メンバーたちを中心に、新しいメンバーを迎えながら成長してきたのだ。



エンディング曲は、この集団が単独でコンサートを開くようになった12年前から、不動の人気第一位の曲だという、構成が複雑で、スケールの大きい曲。

演奏は団長と、子ども太鼓時代の創立メンバー5人。全員が仮面(なんだろうか、よく見えなかったけど)をかぶっての演奏。かなり抑制した感じの前半部を経て、後半で一人一人順番に仮面を脱ぎ捨ててのソロ(余談だけど、コンサートの中で「脱ぎ捨てる」演出が多用されていたような気がする)。

Z子が仮面を取ったとき、顔は思っていた以上にいっぱいいっぱいな感じで、その曲が技術・体力とも相当なものを要求していることがわかる。そして、それは仕事の場では絶対に見ることのできない顔でもある。

で、背筋がぞくっとする。知らないうちに、少しだけ涙が出る。正直言って、Z子に泣かされるとは思わなかった。

その曲、「道−木枯らし−夜」は本当に素晴らしい曲で、演奏も(さすが創立メンバー!)ハイレベル。ラストにふさわしい演出もあった。でも、心を動かされた理由は、多分それだけではない。

「太鼓が好きだという気持ちを伝える」

団長は曲の途中でそう言った。確かにそれは伝わってきた。「〜が好きだ」と言葉で言うことは簡単だけど、大人になって、好きなことを、好きだというだけで続けることがどれほど難しいことか、ぼくも少しくらいは知っている。

「雑多」とか「多様」とか簡単に言うけれど、突出しようとする力も、別の方向に行ってしまう力も、押さえつけることなく、全て飲み込んで、集団としてひとつの音を作り出していく。それは並大抵のことではないことは想像がつく。

そんなことを、どう考えてもヒマとは言えない仕事をしながら続けていることとか。
明らかにリーダータイプじゃないのに、この危ないバランスの集団の中で(上に団長がいるとはいえ)リーダー的な役割を担うこととか。
だからたぶん、間違いなく泣いたり逃げ出したくなったりしたであろうこととか。
でも、太鼓に対する気持ちや、太鼓を通じてつながる誰かに対する気持ちがあることとか。
人を強くしてくれるもの、人に本当に力を出させてくれるものは、「それが自分にとって絶対に必要なんだ」という感覚だということとか。
Z子だけでなく、団長の、創立メンバー全員の抱える、それぞれの気持ちとの相乗効果だとか。
それには間違いなく、絶対に意味があることだとか。
単なる表情とか。

そのときぼくが感じたのは、おそらくそんなようなものだ。

うまい表現がずっと見つからなかったんだけど、思いついた中でいちばん近いのは「ポジティブな悔しさ」みたいな感じ。自分が維持できなかった集団のことや、好きだという理由だけで続けられなかった好きなことを思い出すという意味で。でも、思い出してよかったという意味で。



彼らのコンサートは、年に一回、初夏に開催される。来年もこの時期にみられるはずだ。コンサート後のアンケートにほくは「次も来ます。それが答えだ!」と書いた。「あんまり期待しないでください」というZ子に対して、「じゃ、良くなかったら二度と来ないから」と言ってあったから。

でも、考えてみれば、もう一度みられる保証なんて、どこにもないのだった。もしみられたとしても、同じような音が聴ける保証はない。Z子も含め、メンバーの何人かは、来年はそこにいないかもしれないんだから。自発的な意思によってつながる集団というのは、それぐらい危ういものだ。

その、来年も出会えるという保証なんか何もない集団に、出会うことができて、彼らの気持ちを感じることができたから、確かに「人生の中で無駄ではない一日」だったと思う。

ちなみに、Z子は、仕事場では太鼓のことを秘密にしていて、それにも関わらず、当日会場にいた仕事関係者3名(ぼくの他に、上司のFさん、そして元先輩にして宿敵?・Yさん)が、なんとなく現場で浮いてるのは、たぶん偶然ではない。ような気がする。



和太鼓グループ「冬のどどんが団」は、南町田を拠点に活動中。

2016-11-19

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