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シルクロードの東端をちょこっとだけ
'14/1/29〜2/7

中国は、ロシアとカナダに次いで世界3番目の広さ。
東京へ帰る日の便、中国のほぼ真ん中の敦煌から北京まで飛行時間3時間ちょっと。
窓際に座れて、外の景色を楽しんでいたのだけど、いつまでも続く茶色の下界。所々黒っぽい山とは言えない程の皺は火山岩かな?ポツンと見える緑や水色の点はオアシス?白や黒っぽい条は干上がった川の跡?所々カーブする線は高速道路? 
北京まであと1時間ぐらいの地点までずっと茫々とした大地しか見えなかった。

中国のおよそ3割が砂漠なのだそうだ。ゴビ、タクラマカンはよく耳にするが
他に覚えられない名前の大きな砂漠が幾つもあって、グーグルの航空写真を見ると北側はほぼ真っ茶色。

蘭州から炳霊寺へ

空港は蘭州の町まで、土地はいくらでもある中国なのに、東京成田間のように遠い。
蘭州が黄河を真ん中に両側を山々で囲まれ空港の用地を取るのが難しかったからとか。町まで黄土高原をバスでひたすら走る。今年は中国も異常気象で雨が多く不毛の地?に草がはえ緑色をしていた。
町に入れば 今の中国の如実な姿!建設中も含め見渡す限り四方八方高層アパート群!
この町から私たちのシルクロードつまみぐい旅が始まった。
経済や観光の拠点として、急激な人口増の蘭州、渋滞を抜けるのが大変、2時間半かかって炳霊寺に向かう船着場へ。高速艇に乗り換え黄河の由来そのままの、泥を含んだ流れは異常気象で増水し高速艇がなかなか進めなくて時間がかかり1時間半。 堆積岩の奇岩がそそり立つこんな景色が見え始めて目を奪う。
そう堆積岩は柔らかいので、この岩壁に石窟が掘られ、仏像が彫られようになったらしい。

ほとんどが唐の時代に作られ今に至っても保存状態が良いのは、人が近付けない秘境だったことらしい。
発見されたのが1952年だったそうだから、6〜70年前。船着場から黄河の支流の両岸の崖に200くらいの石窟が続く。

高さ27メートルの大仏、修復してやたら滑らかで、少し違和感はあるけどショウガナイ
石窟の仏像は大小さまざまで、形も美しく、彩色も残り、壁に飛天や化仏が描かれている左は釈迦如来?阿弥陀如来?
右は不空羂索観音?もちろんガイドの方は一生懸命説明してくれるが、嘆かわしくも頭をすり抜けていくばかり。スマホは有難い!

七彩丹霞

こんな綺麗な地質の場所が地球上にあるのか!物見高い質なのでぜひ見てみたかった。
「甘粛張掖国家地質公園」世界自然遺産のジオパーク

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いざ敦煌へ

蘭州から張掖、張掖から敦煌近くの柳園へと中国新幹線に乗った。
車内で検札があって、外国人の私たちはパスポートと切符の提示を求められ、それらの証拠写真を写し、さらに顔写真まで撮った。
驚いたなぁ・・・・・・・・・・・・

柳園駅から、えんえんと石コロが混じる砂漠の中の舗装道路を走ること2時間
敦煌の町が近づくにつれ、ぶどう畑やナツメの果樹園が広がり、頭の中にハテナのマーク。
着いた敦煌の町は緑豊か、祈連山山脈の雪融け水が灌漑用水であふれんばかりに流れ、作られた大きなオアシスの町と知る。

朝夕の陽はこの砂山・鳴沙山を美しく照らし、風が吹くとサラサラと砂の流れる音が聞こえるという。
麓には何千年も枯れることのない水が湧き出三日月の形の池、月牙泉!ロマンチック

砂と細かい石コロと鼠色のデコボコでなる砂漠に、砂だけでこんな美しい姿の山が生成してるのが不思議
何故?ガイドに聞いた。浸食された岩山に風で飛んできた砂がここでとどまり積もっているのです。と
深いところでは11メートルぐらい。と、やっぱりそういうことだったか。


憧れの莫高窟

鳴沙山に隣り合う莫高窟、 井上靖の小説、平山郁夫の絵が表すように、日本人の莫高窟への憧憬は大きいものがある。

炳霊寺をはるかに凌ぐスケールの700以上の石窟がある莫高窟は大勢の観光客で溢れかえっていた。
文化財保護のために、制限も多かったが鑑賞しやすく整備されていた。
私たちのツアーにはイケメンの日本にも留学し上品な言葉使いで案内してくれた学芸員の方
丁寧な説明に耳を傾け感動し、だが、わたしの頭に残ってくれない、イメージさえ残ってくれない。その上当然に撮影禁止。

帰宅後そんなことを友人に話したら、自然な美しさの写真が満載された本を貸してくれた。
(残念なことに、売店にある写真集はデジタル加工がキツ過ぎて買う気にならず、ポストカードもなかった)

右/敦煌古城の一角なのか、狼煙台?廟?関所?跡。とにかく2千年の貫禄。


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