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龍迷有増無減逝世三十周年記念香港3DAYS2nd.jpg       (正哥って誰やねん?)
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The Way to Hong-Kong

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聖地・香港へ。
思いは募れど、渡航できるかどうかは皆目検討も付かなかった。
過密なワークスケジュール、転居の決定と公私ともにハードな状態の最中。奇跡を起こすため、正に毎日が賭けに出ているようなものだった。日程が合いそうだ。と思えば何と、転勤の辞令。ひとつ片付ければ、新たに涌いて来る難問課題。
7月14日、航空券だけ予約。この時点でさえ、何も確定できていなかった。格安ツアーで、誰かと相部屋にできれば費用的に賢明であろうが、仕事の進行如何ではドタキャンもありえる。だが、予約確定まで余裕はない。他人様迄、巻き込めないとの判断でエアフリーを決意。はじめてのアジア。はじめての完全フリーの一人旅少々、冒険チックで胸が弾んだ。



2003年7月18日金曜日晴れ。午前10時、どうにか強引に、キャセイ・パシフィック航空CX533便に搭乗。前日夜にバックパックとガイドブックを購入。ビデオカメラとテープ、トラックスーツとカンフースーツ、レガースにパワーショーツをバックパックに詰め込むのが精一杯準備だった。
飛行機の中で、ガイドブックと在港日本人女性のMサンから頂いたメールを照らし合わせて、空港からの油麻地あるいは佐敦までの路線バスシュミレーション。日本から香港まで飛ぶ事、4時間。時間差は1時間逆戻し。到着したのは現地時間午後1時であった。
手荷物は何もない。機内へ持ち込んでいた前述のバックパックひとつの身軽さ。「さーて、行こっか!」意気込んで入国審査へ向かおうとすると、いきなり女性職員に侵入禁止を喰らう。「なんだよ、ネーチャン。英語で言ってよ」
香港は英語と広東語って、聞いていたのにいきなり通じないじゃん???どうやら、健康問診票みたいなもんだ。SARS騒動以来まだ、尾を引いているんだな。
周囲を見渡して、人だかりへ近寄る。あった、ありました、これに記入すればいいのね。
さて、気を取り直して、入国審査を抜け、少額を両替え。「バスに乗って行くし、電話もしたいから」とコインを大目にしてもらう。案内板に従ってバスターミナルを目指す。A21乗り場だ。バス乗り場を確認したところで、先に潜入しているボンクラ軍団の居場所をつかもうと公衆電話を探す。とにかく、驚いたのが香港はIT先進地であるということ。最初に出会った公衆電話は先にタッチパネルで電話かメールかインターネット閲覧か選んでコインを投入するというもの。ふええ・・・。


「あ、監督!?たいへんです。実はベティ・テインペイが来るんですよ」
挨拶もそこそこに、いきなり電話の向こうが慌ただしい。
「灣仔のイベントにベティが2時半に来るんですって。で、私達、みんなで食事済ませてこれから開場に向かうんですけど」
「わんちゃい???そこってバスで行けるの?」
「それでは間に合わないのでエアポートエクスプレスに乗って、終点迄行って、セントラルという駅迄来て下さい。到着したら、また電話下さい。ぢゃぁ」
バスしか頭になかった・・・。実は灣仔のイベントそのものにも当初、興味がなかったのだ。仕方なく、エアポート・エクスプレス乗り場へ。またもやチケット発券機でもたつく。タッチパネルの操作が先で、お金は後から・・・。この列車は終点の「香港」まで停車駅は3つだけ。100HKドルの乗車券を買い、列車に乗り込んでガイドブックをめくる。走り出すと速い。最高時速135km/hで、国際空港駅から香港までの所要時間は23分。





腕時計を見ると、到着予定時間は丁度2時30分。
これは出迎えを期待出来ないな。香港駅を降りて、駅員に「セントラルって駅はどっち?」と尋ねる。「地下鉄だよ」
ここでもう一度、電話。
「時間が押しているので今、タクシーで会場に向かってます。ワンチャイって漢字解ります?」
c列車の中でガイドブックを見ていたのでここから2区間である事は解っていた。
「灣仔で降りたらタクシーを捕まえて、『芸術中心』て漢字を書いて見せたら大丈夫だと思います。ぢゃ、会場で」
ふえええ・・・。ガイドブック買っといて良かった。メールでアドバイスしてもらったMサンにそっと感謝する。
地図によるとその「芸術中心」なる建物は灣仔駅の近くである。歩く事にする。

しかしまぁ、香港の街中を横断するのはニューヨークより、強引さが必要ですな。おまけにそこら中工事だらけ。陸橋の登り口さえつかめない。英語は誰でも話せる訳では無さそう。年配のおばさんは特にだめ。運良く、声をかけた学生サンが「芸術中心」へ行く途中だったので、同行させてもらう。

「ヤッホー」
「か、監督ぅ!!今、ベティが中へ入って行った所ですよ。それにしてもはやかったですね。よくあの電話だけで来れましたね。タクシーですか?」
あ、あなたねぇ・・・。あの案内では来れないだろうと踏んでいた訳ぇ?(笑)
16日からひとり、17日にふたり。そして18日に筆者とさらに遅れてもうひとりと日本の各地から聖地を目指してやってきた"龍迷"と香港在住組の「世界でもっとも熱い3日間」がはじまった・・・。

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 「
飛龍在天 神話再現/李小龍逝世30周年記念展覧會」観覧中にテレビインタビューを受ける。
Q:「ブルース・リーのどんなところが好きですか?」
A:「ムービースターとして、偉大な格闘家、パイオニアとして、哲学者でもあり、男として産まれたからにはすべてにおいて憧れずにはいられないからです。尊敬してますよ」
Q:「このイベントの為に香港に?」
A:「そうじゃない。やっぱり30回忌だからね、香港に来たいとは思っていた折に、俳優の歐錦棠氏がいろいろアプローチして下さったので。実は明日、彼の招待でショートツアーに出かけるんだよ。彼は素晴らしい俳優で、私達、ブルース・リーファンの誇りでもある。メインの目的はそれと、ブルース・リーの映画のロケ地を探訪する事なんだ」
Q:「あなたにとってのブルース・リーは?」
A:「Whole of my life.大袈裟かな(笑)。でも彼に学んだ事は本当に多いですよ」
 英語だったから臆面もなく気取って喋りまくりました(笑)。オンエアされたかどうかは不明・・・。




←あの人の指がアタシの胸をなぞる・・・。
 わはは。ベティ・ティンペイに着ていたシャツへサインを貰う。
 報道陣のフラッシュが光った。

TV-SHOW

tv.jpg7月19日午後8時30分からTV翡翠台で放映された逝世30周年特番「一代武神李小龍」。
ホストはもちろん、歐錦棠。
スタジオには"龍迷"が陣取り、各界における所縁の人、影響を受けた人へのインタビューを中心に構成された。




kocho.jpg「細路祥」で共演した胡楓(中央)と馮素波(右)が子供時代のブルース・リーを語る。



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李炎才師範のヌンチャクの妙技が鮮やかに決まる。あまりにも凄まじい気合いのため、幾分スタジオの音響サンが音声をカットしたとかで、師範の心中は「キャーまでがヌンチャクなのに」とさぞかし激昂された事であろう。薬玉が割れると、とことん似てないブルース・リーのタペストリーが垂れ下がると言ったいかした趣向も。

tama.jpgエンディングはなんと日本から「たま」の石川浩司クンがゲスト出演(ウソ)。香港のニューウエイブ・サウンドをスタジオライブ(笑)。

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