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龍迷有増無減逝世三十周年記念香港3DAYS2nd.jpg
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PART3

kid.gifバスはネイザンロードを走る。九龍島の繁華街はこの通りに沿っており、ディーン・エイジャーのブルース・リーを育て、ブルース・リーが毎日駆け巡ったアヴェニューである。
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油麻地(Yaumatei)には李小龍という芸名ゆかりの地、天后廟がある。漫画の映画化「細路祥」(1950)でのクレジットは李龍だが、事実上はこの原作者袁歩雲によって父・海泉が連れて歩いていた10歳の子供は見い出され、「李小龍」が誕生するのである。

「恒豊中心」

九龍彌敦道222プルトン・プルデンシャルホテルの入った「恒豊中心」というビルは改築前の1950年代、アパートであった。李海泉とその一家はこの2階に住んでいた。18歳でアメリカに旅立つまで、多感な少年期・青年期を過ごした家であった。
今はテナントとホテルに様変わりしているので、面影を留めているものは何もない。
だが、ネイザンロードの油麻地(Yaumatei)から佐敦(Jordan)、尖沙咀(Tsim ShaTsui)はブルース・リーの街である。

恒豊中心とネイザンロードを挟んで建つのは新楽酒店(シャムロックホテル)。
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ここは詠春拳の練習明けに葉問師父と一緒に10階のカフェへ出入りしていたそうだ。

「尖沙咀・金巴利道」
さて、我々はバスを降りて、尖沙咀(Tsim Sha Tsui) はキンバリーロードの雑踏を少し歩く。
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香港時代のブルース・リーといえば、人気子役でありながら、喧嘩好きの不良。そしてもうひとつ有名だったのが、チャチャ。ダンスの名人だったのである。左の「大都酒店」というホテルの看板がかかった古いビルでかつてはそのダンスの練習をしていたそうである。また、この近辺は「人海孤鴻」のロケ地にも使われている(ブルース演じる阿三が階段を駆けて逃げるシーン)。

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VCD「甜姐兒」(1957)は潤程Winsonより37HKドル。パッケージには大きくクレジットされてますが、出番は1分足らず。しかし、ダンスはもとより、体のキレが全然違う!ブルースはチャールズ・チャップリンを尊敬していたと言われるが、むしろバスター・キートンとフレッド・アステアを掛け合わせたようなシャープさがあります。


「聖瑪利亜幼稚園」
「李小龍傅奇」を全話鑑賞し終わると、車内から歐錦棠氏に惜しみない拍手が送られる。stmerry.jpg2003年7月19日は正にスティーブン・アウによるブルース・リーメモリアル・デイ。この夜は翡翠台TVで彼の司会する特番がオン・エアされる(番組内容は別項にて)。
バスはニュー・ワールド・センターを大きく迂回するように廻る。まるでこのツアーが終わるのを惜しむかのように。
そして「聖瑪利亜幼稚園」。女の子しか入れないところでブルースは人生最初のお勉強をした。

「海運大厦」
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バスがスターフェリー乗り場に到着すると、車内からは歐錦棠氏をはじめ、クルーの労に対して大きな歓声と拍手が沸き起こる。「多謝(トーチェー)」。
誰しも胸いっぱいの感動と喜びが満面に浮かんでいる。笑顔でいっぱいだ。
ブルース・リーの足跡を辿るバスツーア最後の訪問先・・・。
ここ海運大厦が1959年アメリカに旅立った港である。harber.jpg
そして、伝説がはじまった・・・。

スターフェリー乗り場で再びマスコミのカメラに向けて記念撮影(こちらの写真はその時の1枚)。




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疲れた表情ひとつ見せず最後までサービスに勤めて下さった歐錦棠氏にもたもや多謝。
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映画人として「ビートだけし=北野武」サンのファンだと言う歐錦棠氏。新作「座頭市」のチラシをファンがプレゼントするとモノマネで返してくれました。

farewel.jpg「今度は日本で御会いしましょう。」遠ざかる背中に声を駆けると拳を突き上げて応えてくれました。
2003年末から2004年にかけての舞台にも期待がかかります!!

細鳳 Sai Fung

2003年12月19日〜21日 沙田大曾堂文娯廳
2003年12月26日・ 27日 屯門大曾堂文娯廳
2004年01月02日・ 03日 筌湾大曾堂文娯廳


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