back index next

1022-12.jpg

カメラなしのカメラマン

 今だから笑える話、というのがある。村から遠く離れたイルビリックという岬で一人過ごす日々のしょっぱなに起きたちょっとしたハプニングもそうだった。今だから「ちょっとした」などと書けるのだけれど、そのときの僕にとってはもちろんちょっとしたどころのできごとではなかった。
 ポンドインレットの氷が消え去ると、僕はチャーリー父さんのボートでイルビリックにたどり着いた。キャンプ道具、食料と燃料などがつまったいくつかの大きな荷物を引っぱり出しボートから降ろした。迎えの日にちを確認してチャーリーは去っていった。いよいよこれから単独生活がはじまるのだ。
 そのことに気がついたのは、テントをたて、あちこちにおいたままにしていた荷物を片づけているときだった。カメラ機材一式をつめこんだザックが一つ見つからないのだ。そんなバカな、とテントまわりをグルグルと回って探すが見つからない。
 そういえばそのザックは、ボートに乗っているときすぐにカメラが取り出せるようにと、いつも他の荷物とは別にそれだけ手の届くところおいていたのだということを思い出し、がく然となった。ボートの中におきっぱなしにしてしまったのだ。
 カメラがない。しかもチャーリーのボートが確実にやってくるのは17日後に設定してある。なんということだ。天を仰ぎ、声を出してうなるしかなかった。今年こそイッカクの姿を写真におさめようと準備をし、はるばるやってきたのに、肝心のカメラがない。そんな状況が信じられず、ばかばかしくなってついには笑いまでおきてくるしまつだった。
 皮肉なもので、こういうときにかぎって空と海はとてもおだやかで、しかもその夜からさっそくイッカクの群れがやってきた。テントのすぐ前にのんびり浮かび、呼吸音を響かせる。何頭も何頭もつぎつぎにテントの前を通りすぎる。僕にはなすすべもない。波打ち際ぎりぎりに座って「今のはモリを投げたら届くなあ」などと考えつつながめ、岩場をてっぺん近くまで登って上から見下ろし、通りすぎていくイッカクの数と方向をフィールドノートにひたすら記録する、そんなことくらいしかできなかった。
 そうして二日が過ぎた。何とかして外と連絡をとる方法はないかと真剣に考え始めたその日の夜のこと。岬の向こうから「ブイーン」という大きな音とともにボートが姿をあらわした。ふいをつかれた僕は少ししてからあわてて追いかけ手を大きく振った。よく見ると、それはチャーリーのボートだった。カメラを届けに来てくれたのだ。
「僕たちのキャンプ地についたとき、母さんが気がついたのさ。これはマモルがいつも大事にしてるカメラなんじゃないのって」
 ホッとし、ドッと気が抜けた。これでやっとイッカクの写真が撮れる。しかしこのできごとによって、チャーリーの息子リーにはさんざんからかわれた。
「マモルはカメラマンだって?カメラ持ってないのに?」

Copyright © 2004 Mamoru Yasuda