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イルビリックの17日間

 エクリプス海峡からいくつものびている入り江の一つ。幅5キロほどのその細長い入り江が奥の方で直角に曲がるあたりに、一つの岬が突き出している。
 入り江をのぞむこの岩だらけの岬。正直にいえば、ここはあまり居心地がよくない。まず、ガケ直下の波打ち際の小さなスペースくらいにしかテントをはることができない。夏は天候が悪くしばしば嵐となる。船がなければ他に移動することができない。ときにホッキョクグマがあらわれる……。
 それでも、今回の旅で中心にすえたのはこの岬にできるだけ滞在することだった。もちろんイッカクに出会うためだ。
 夏の間イッカクたちはこの海域にやってきて、毎日のように入り江を行き来する。曲がり角の内側に突き出たこの岬がイヌイットにとってのイッカク狩り最前線基地ともいえる場所だ、と気がついたのは昨年のことだった。イッカクの群れがもっとも近くを通るときには、呼吸音と声が目覚ましがわり、というほどだった。それならばあちこち行くのはやめ、ここにできるだけ長くはりついてひたすらイッカクを待ってみよう、そう考えたのだった。
 岬の名はイルビリック。イヌイットの言葉で「墓のあるところ」という意味だという。ちょっと不安になる地名だが、歩き回ってもそれらしきものはなく、その由来を知る人はすでにない。
 8月はじめに氷がブレイクアップしたあと、僕はチャーリー父さんに連れてきてもらい、結局17日間この岬でイッカクを待ちつづけた。
 朝目ざめるとまず岬の上に登り、入り江を遠くまでながめてイッカクの姿を探す。天気がよければひたすら入り江をながめて過ごす。岬のあっちこっちと場所を変えつつイッカクの群れがあらわれるのを待ちつづける。天候が悪化すればときどきテントに戻って過ごしつつ、耳だけは海の方へと向けておく。そんなイッカク漬けの毎日を送った。
 17日間でいったいどれほどのイッカクを見送っただろう。数百頭、いや1000頭は超えているだろうか。もちろんそれでも近くでじっくりというチャンスはそれほど多くはなかった。
 そういえば終わり頃、立ち寄ったイヌイットにあきれるようにこう言われた。
「ここに来て何日だい?……17日だって!?ここにそんなに長くいたのか?」

Copyright © 2004 Mamoru Yasuda