back index next

1000-01.jpg

アビの巣

 ある日、散歩をしていて池の近くを通りかかると、水面に一羽のアビが浮かんでいるのが見えた。ツンドラの中に点在する湖沼でよく見かける、赤いノドが美しい水鳥だ。見かけることは多かったがいつも近寄らせてはもらえずにいた。ツンドラには、こちらにとっても相手にとっても身をかくす場所がまずない。近づいていけば、いつものようにアビは対岸近くに泳いでいくかもしくは飛び去ってしまうだろう。
 しばらくその池をながめていたら向こう岸のあたりが気になった。水際に草とは違う何かが見えたような気がしたのだ。双眼鏡でのぞいてみると、それは草の間にうずくまるようにしているもう一羽のアビだった。
 池に近づいていくと、水面にいた一羽はいつものように遠ざかるどころか少し近寄ってきて、しわがれた声であきらかに僕に向かって鳴き、さらに少しすると飛び去っていった。
 岸をまわってたどり着けば、やはりアビの巣がそこにはあった。直径30センチほどのマウンドが水際に張り出すようにしてつくられている。材料はたくさんのコケや草。上はお皿状にへこませてあり、そこに黒いフワフワの綿毛に包まれたヒナが一羽いた。ヒナは、大きなわりにおぼつかない足で動き出ようという気配。巣に座りこんでいた方の親鳥は、水面に泳ぎ出て遠巻きに見守っている。
 僕は手早く何枚かの写真をとって立ち去ることにした。少ししてからふりかえると、いつの間にか水面には二羽の親鳥と一羽の小さく黒いヒナが泳いでいるのが見えた。

Copyright © 2004 Mamoru Yasuda