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 イッカククジラの来る海で




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僕がこの光景に立ち会うことはふたたびあるだろうか

第12回 たくさんの(その1)


 旅の終わりころ、村を離れる3日前のことだった。この季節にしてはめずらしいのだが、二日つづけて天気がよく、その日の夜になっても変わらなかった。バイロット島の上に雲は少なく、なかなか沈まない太陽が低い光線を投げかけつづけていた。僕はカメラを持って出かけることにした。
 村を東の方角に向かって歩く。最後の家を過ぎるころから、ツンドラは高台となり、岩場の海岸線へとつづいた。このあたりではワタリガラスがよく飛んでいるので、それを探そうと思ったのだ。
 崖の上に立って遠くをながめていたら気になる光景が目に入った。海上に鳥たちが群れていたのだ。カモメの仲間だろうか。それにしてもたくさんの鳥だ。数十羽、いや100羽ほどにもなるだろう。
 フルマカモメだろうか。このミズナギドリの仲間である海鳥は不思議な存在で、たとえばイッカクが狩られ解体していると、それまで1羽も見かけなかったのに、いつのまにか数十羽という数が集結する。そういう広い海上でエサを探知する能力にたけた鳥たちだ。
 それにしてもどうしたのだろうと、望遠レンズをとり出しファインダーをのぞくと、そこには何やらただならぬできごとが起きている気配がした。海上に浮いた動物の死体に集まっているということではないらしい。鳥たちの飛び回る下の水面が、何やら激しく波立っているのだ。
 しばし見ていてようやく気がついた。風の弱い今、海面をそれほどまでに波立たせているのは、つぎつぎにあらわれる黒いカーブした背中、イッカクの群れだったのだ。
 それも10や20という数ではない。100頭もしくはそれ以上という規模のイッカクたちが海面を激しく波立たせながら進んでいる。イッカクたちは進みつつも魚を追っているのだろう。その魚たちが水面近くにあがってくるのを海鳥たちが狙っているということらしい。話に聞く鳥柱という現象だ。これから大きなできごとがおきる、そんな予感を感じた。

 そういえばお昼ころに予兆らしきものはあったのだ。その時間でもまだうつらうつら寝ていた僕は、そのときジミーの大きな声で目が覚めた。
「マモル!来いよ!何かいるぞ……」
「???」
起きたてで少しボーッとしていたが、数秒で事態をはあくすると、エクリプス海峡をほぼ見渡すことのできるイヌアラック家のガラス窓へと飛んでいった。浜から少し離れた水面にあらわれては消えるグレーの背中が見える。イッカクの群れだ。イッカクは数匹という数で一つの小さな群れをつくって行動していることが多い。その小さな群れがいくつか東から西に向かって移動している。
 カメラをつかんで外に飛び出しその姿を追いかけたが、イッカクたちは氷山の間をぬけ、それほど岸近くによることもなく、ほどなく西の方角へと泳ぎ去った。何艘かのボートがそのあとを出て追いかけていったが、その動きからすると、イッカクたちはすでに遠くまで行ってしまったらしかった。
 あとから考えれば、昼に見た小さな群れは、大きな群れの一部だったのかもしれない。

 夜の海に突然のようにあらわれたイッカクの大きな群れ。小さなグループをかたちづくる数頭がほぼ同期しながら浮上しては潜るということをくりかえしている。それが、あちらでもこちらでも、水中からあらわれ、呼吸し、また潜り、そうやって全体として前進していて、そのことによってかなり広範囲の水面が激しく波うっている。
 群れはまだ遠い。それでも東の方角から今自分の立っている崖の下あたりを目指して突き進んでいることはわかった。あの大きな群れがこれから近づいてくるのだ。そういう事態だということがわかったときから、僕はもうそれほど多くのことを考えられなくなっていた。ただ、昨年イヌーキーから聞いた”たくさんのイッカク”については想い出していた。

 昨年の僕の旅は、今から考えると、ほぼ一つのことだけを求めていた旅だった。つきつめれば、イッカクに会いたい、想像の中だけの存在だった不思議なクジラに一目会ってみたい、おそらくただそれだけだったように思う。
 幸運なことにその願いは、2ヶ月間の滞在中何度かかなえられたが、旅のおわりころに村はずれで出会ったイッカクの群れがとくに印象的だった。その群れは、岸から遠く離れた氷のすき間にかいま見えただけだったのだが、それでもオスがディスプレイをし、独特な声を発しており、しかも約10頭というまとまった数だったため、僕は単純に感激していた。
 村に帰ってその報告をイヌーキーにしたときにいわれたのだ。
「イヌーキー、今日はたくさんのイッカクを見つけたよ」
「マモル……それはたくさん、とはいわないよ。ここでは100頭以上のことを”たくさんのイッカク”というんだ」
100頭のイッカク。それはいったいどんな光景なのだろう。想像してもなかなかイメージにはならなかった。

 話で聞き自分の想像の中だけでふくらんでいた光景が、目の前に広がろうとしていた。
 イッカクの群れが近づいてくると、一頭一頭の姿が次第によく見えるようになってきた。イッカクたちは速い速度で泳いでいるためか、浮上する際にいきおいにのっていつも以上に頭部どころか前半身を水上に突き出すように浮上していた。そして大人のオスは頭部にタスクを備えている。つまりオスは、まるでそのタスクをいつも以上に何もない空間に向かって突き刺すかのように飛び出してくるのだ。大人のオスばかりのグループでは、そうやってタスクが何本も飛び出してくる。
 折しも太陽は北西の方角、低い位置にあって、ややオレンジがかった斜光腺を、イッカクの群れに投げかけている。暗くなった海面に浮上するイッカクの濡れた体表がその光にテラリと光る。そして頭部から突き出すタスク、タスク……。その牙は生きている体の一部であるとき、むしろらせん状の溝に付着した藻によって渋い色彩であり、それほど白くは見えない。目にまぶしく映るのはむしろ腹部だった。イッカクの体は、子供のころは全身がグレー一色だが、年齢を重ね体が大きくなるにつれて白色のまだら模様が増えていき、ビッグメイル(大人のオス)ともなればお腹側がほとんど真っ白の体となる。うす暗い波間から大きく浮上したときに見えるその白い腹部は目に焼きついた。
 つぎつぎと通りすぎていくイッカク、イッカク、イッカク……。これがイヌーキーのいっていた”たくさんのイッカク”なのだ。目の前に起きているできごとなのに、何だかまだ少し夢のようでさえある。僕は、レンズを群れに向けるが、狙いを定めることもできぬままシャッターを押しつづけている。


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