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 イッカククジラの来る海で




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8月後半の夜中の低い太陽がワモンアザラシの皮をオレンジ色に染めた

第10回 アザラシのランプ(その1)


 ハンティング・キャンプに出ていたある日のこと、その日の食事はアザラシだった。イヌーキーがテント前の浜で若アザラシを一頭しとめ、それをチャーリー父さんが解体した。生肉で少し食べたあと、さらにスープで煮て食べた。
 アザラシがしとめられると、すぐに食料にしたいときにはその場で、たくさんとれたときなどはキャンプや村に戻ってから解体される。解体は、まず脂肪の層がついた皮をはぎ、つづいて内臓を取りのぞき、骨付きのまま肉をいくつかの部分に切り分ける、という手順ですすめられる。この解体作業の途中から、肉や肝臓や脳などの内臓はつまみ食いのように食べられる。チャーリー父さんのお気に入りは腎臓らしく、解体のときにはたいていいつでもその部分をサッと切り取っては口に運ぶ。食べきれなかった肉と、脂肪の層がとりのぞかれた毛皮は村へと持ち帰られる。
 そういうわけで、その日アザラシ肉の食事が終わるころには、脳を食べおえた頭の部分、胃腸などの内臓、それと皮から切り取られた脂肪の層が残されていた。ソリ犬のために持ち帰られることもあるが、現在これらはその場に置いていかれ、海鳥などのエサになることが多い。
 しかし極海に泳ぐアザラシのぶ厚い脂肪は、かつては人のくらしに利用されていた。それどころかこのアザラシの脂肪こそが、過酷な北極という環境において人のくらしを支える大切な役割をになっていた。木のないツンドラと氷の世界にあって、それはほぼ唯一の燃料として、ランプの燃料として使われていたのだ。
 ある日、村のビジターセンターの展示室の片隅にランプとしてつかわれていたという石皿が置かれていた。黒い頁岩のような、お盆大の平たい石をけずってつくった石皿だった。見てみたいと思っていた念願の実物だったが、それはすでにその役目を終えた展示物であり、かつてそこから立ち上がっていたであろう炎を想像することはなかなかむずかしかった。

 アザラシランプの炎がぼんやりとイメージできるようになったのは、一冊の絵本に出会ってからだった。絵本のタイトルは「氷の海とアザラシのランプ カールーク号北極探検記」。
 時代は20世紀はじめ、アラスカ・シベリアの北極海沿岸に起きた実際のできごとがもとになっている。1913年、アリューシャン地方のことばで魚を意味するカールークと名づけられた船が、カナダの探検隊をのせ北極地方にやってくる。ところがこの船、その年の冬には氷に閉じこめられ、ついには沈没してしまう。隊員たちは船を失うが、はげまし、助け合って、氷の上の過酷な生活を生き抜き、翌年の秋になって無事生還をはたす……。ただし、これは物語の半分にすぎない。
 この物語のもう半分は、この探険船に同船していた、この地方の先住民族イヌピアク族の一家族の物語だ。遭難した隊員たちの命を支えたのは、クーラルック父さんが毎日とってくるアザラシの肉であり、キールーク母さんがその手から毎日つくりだす毛皮服や手袋やブーツであり、つまりは過酷な北極で生きるすべを知る彼らの存在だったのだ。
 この物語の主人公は誰か、という問いには、それはバートレット船長をはじめとする探検隊だともいえるし、イヌピアク族の家族だともいえるだろう。しかし別の見方をするならば、それはアザラシのランプだ、といっていいようにも思う。
 クーラルック父さんとキールーク母さんの八才の娘、パグナスークは、船にのる前、おばあさんからアザラシ油のランプを手渡される。おじいさんが石を刻みつくったそのランプを、おばあさんはそれまでずっと肌身離さずにもちあるいてきた、そういうランプだ。おばあさんはパグナスークにランプをわたすときにこういう。
「船にのって、おまえは長い旅に出る。ランプと歌のあるところ、そこがおまえの家なんだ」
 ランプは、船の小さな部屋で、氷の上の旅で、いつも家族を照らしあたためつづける。そして家族が無事に村へと戻ってきたときから、またおばあさんのすむ家で火をともすことになるのだ。ずっと前からそうだったように。
 この絵本を開き、ところどころにおさめられた独特なタッチの絵をながめ、おばあさんの言葉を心にひびかせると、僕の胸のずっと奥の方、つまりはどこかで涙腺とつながっているような部分がモゾモゾする。かつてのイヌイットたちの世界であるにもかかわらず、なぜかとても懐かしい空気の中に入っていくようなのだ。その空気をかもしだす光景の片隅にはいつもアザラシランプの炎がゆらめいていた。
 その炎は、いったいどんな明るさや暖かさを持っていたのだろう。

 アザラシ解体のあとに残された白い脂肪の塊を見ていて、ふとそれをためしてみたくなった。それ、とは、アザラシの脂肪を燃やしてみることだった。
 脂肪の小さなカケラを切り取り、真ん中のへこんだ平らな石を見つけてきて、その上においた。芯はかつてツンドラのある種のコケを乾燥し使ったのだというが、とりあえずティッシュペーパーをよってつくった即席のコヨリを使うことにした。はたしてアザラシランプの炎はあらわれるだろうか。
 そっと火をつけてみる……つかない。芯は燃えるのだが、脂肪の塊まで行くと消えてしまう。何度かためすがつけることができない。単純なことを忘れていたことに気づく。液体は燃えるけど固体のままでは燃えないのだった。ロウソクだって芯のまわりは融けて液体になっている。そこで脂肪の小さな塊をつぶしてしぼり出し、液体の油だけを石のへこみにためることにする。再びティッシュの芯をつくってその油に浸した。
 再び火をつける。……燃えた。しっかりとしたオレンジがかった炎がともった。風にゆらめくが、その炎は想像以上に明るい。そして手をかざせば暖かささえ感じる。数センチ大の脂肪からしぼった油にすぎなかったが、それでも炎が10分間ほども燃えつづけたのには驚いた。石皿には何本かの芯を並べ、それによって火力を調節したといわれる。けっしてパワフルなものではないが、それでもせまい家の中でなら、灯りとしても暖房としてもかなりの力を発揮するだろうな、ということは想像できた。
 最初は僕のこの即席の実験を「何やってんだ?」という顔で見守っていたイヌーキーも、その炎を珍しがってながめている。きっと僕と同じように今日初めてアザラシ油の炎を見たのだろう。アザラシの脂肪ってホントに燃えるんだ、とでもいいたそうな顔だ。
 石の皿、アザラシの脂肪からしぼられた油、ツンドラのコケの芯……。まるで人が利用できる何ものもないかのような北極圏の自然の中から、この三つを見つけ、選び、組み合わせることによって、灯りと熱を生み出したイヌイットの先祖たち。テント前の浜でつくった即席アザラシランプの、それでもしっかりとしたオレンジ色の炎を見つめていると、そんなはるか遠い人たちのことを想像せずにいられなかった。


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