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 イッカククジラの来る海で




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そのクジラは突然にあらわれ、僕を驚かせ、そして消えた

第9回 ホッキョククジラの物語


「バファッ!」
テントの布地を通して破裂音が響いてきた。大きな空気の塊が飛び散ったかのような音。イッカクの呼吸音ではない。その何倍も大きな低い音。これは……僕はカメラをつかみテントから飛び出した。
「アクビック!」
チャーリー父さんが教えてくれる。やっぱりそうだ。アクビックとはイヌイット語でホッキョククジラのことをいう。しかし近くの水面にその姿はない。どこだろう。チャーリー父さんは、と見ると、水中にいるその姿が見えるらしく、その目がゆっくりと動きを追うように移動している。その視線の向かう方向は……僕のいるすぐ前の海。
 突然、目の前10メートルほどの海面が割れて、その黒く大きな頭部があらわれた。つづいて息を一気に吐き出す強烈な破裂音。
「ド、ファッ!」
イッカクとは比べものにならないほど大きな体と、耳をふさぎたくなるような大音響に、思わず後ずさりをする。鼻の穴につづいて背中があらわれ、そのうちにフファッ!と大量の空気を一気に吸いこむ、これまた大きな音。しだいに浮上部分は背中から下半身へとアーチを描いて移っていく。大きな尾ビレがあらわれ、それが空中へと持ち上げられた。たくさんの海水がしたたり落ちる。ついにはその尾ビレもスーッと静かに潜っていった。イッカクとちがい一度の呼吸によって長時間潜水できてしまうのだろう。しばらくながめていたが、見渡すかぎりの水面にもう一度その背中が浮かぶことはなかった。
 大きな生きものと出会うと、それがたとえほんの一瞬のできごとだったとしても、その存在感の大きさからだろう、十分に幸せな気分になってしまう。

 ホッキョククジラ。北極圏最大の生きもの。大きくなると、体長20メートル、体重100トンに達するという。クジラヒゲを何百本と備える巨大な口は、大きく弓なりのカーブを描いていて、英語ではボウ(弓)・ヘッドという名がつけられている。
 このクジラほど北極圏において人間の活動の影響を深く受けてきた生きものもいないだろう。かつての北極海には多数のホッキョククジラが生息していた。しかし、脂肪とクジラヒゲをたっぷりと備え、しかもゆっくりと泳ぐこのクジラは、ヨーロッパからやってきた捕鯨者たちにとっては格好の獲物だった。ホッキョククジラは17世紀から200年余りにわたって大量に捕獲されつづけ、その結果、商業捕鯨中止から何十年とたった現在でも、その生息数は当時の10%にも満たないといわれている。
 イヌイットたちはそれよりはるか以前からこのクジラをとってくらしていた。だが現在では、その生息数の減少によって、ごく限られたイヌイットの村に伝統捕鯨としての割り当てがまれにあるばかりだ。とりわけ生息数の回復が遅れる北極地方東部ではそれもほとんどないという。
 56才のチャーリー父さんにきいても、「ボウヘッド、捕る、覚えてない」という。彼の中に記憶がないということは、このバフィン島周辺の海域において、もうかれこれ50年ほどもイヌイットによるホッキョククジラ捕鯨が行われていないということを意味している。

 だが、北極地方で浜を歩いていると、このホッキョククジラの骨をたびたび目にする。たとえばその巨大な頭骨の一部が落ちていたりするのだ。生息数が少なくなり、捕らなくなって久しいというのにどうしてこんなに落ちているのだろうと、はじめは不思議だった。しかしある日、これらの骨はまだホッキョククジラがたくさんいたころのものかもしれない、ということに気がついた。
 海岸線近くのツンドラにはしばしば大きく浅い円形のくぼみがある。イヌイットの先祖たちは、このくぼみのまわりにホッキョククジラの骨を並べて壁と屋根の骨組みにし、そこにカリブーなどの毛皮をかぶせた家にくらしていた。遺跡にいけば、くぼみの中には今でも大きな骨がゴロゴロと転がっている。そしてそれらの骨は年数をへているわりによく原形をとどめているのだ。それは、ここが分解の進行のきわめて遅い北極圏だからだ。何十年か前の骨がそのままに残されていてもおかしくはない。だから、ときおり浜で見かける骨も最近のものというわけではなく、おそらくかなり以前、たとえば商業捕鯨が盛んだったころの、もしくはさらに昔、イヌイットの先祖たちが実際に家の骨組みとして使っていた骨かもしれないのだ。
 なぜ、かつてのイヌイットたちはホッキョククジラの骨の家に暮らしていたのか。それというのも、北極の地には柱にできるような木など存在しないからだ。正確にいうと、木がまったく生えていないということではない。ホッキョクヤナギというヤナギの仲間が生えている。しかしそれは高さがせいぜい数十センチほどにしかならない、曲がりくねり、はいつくばった灌木であり、それでもツンドラ地帯においてはもっとも背の高い植物なのだ。

 あるときこの、北極には木らしい木がない、ということを実感するできごとがあった。それは、1年前のこと、2ヶ月間の旅を終えてバフィン島のイカルイットからオタワに向かう飛行機の窓から風景をながめていたときのことだった。高いところを飛んでいるときには気がつかなかったのだが、オタワ近くになって高度が下がってきたころ、僕は不思議なものを目にする。地面からところどころたくさんの釘だか針だかが突き出していたのだ。まるで真っ平らな薄い板にところどころ下からびっしりと何百本もの釘が打ちつけられているように見えた。
 無数に飛び出たたくさんの釘、何のことはない、それは木だった。木が何本もまとまって林として生えている、ただそれだけの風景だった。ところがそれが不思議に見えてしょうがない。それまで2ヶ月過ごした北極圏のツンドラの風景というものは、たしかに地形的には山もあるし谷もある。しかしそのいずれも、地面はせいぜい高山植物かコケ、地衣類におおわれているだけであり、自分の背丈より高いものなど何もなく、飛行機から見下ろせば、それはもうのっぺらぼうな地面そのものでしかなかった。そういう垂直方向のない風景を見慣れていたところへ、いきなり高さをもった木々が飛び出していたので、その立体感がとても新鮮に感じられたのだろう。僕たちが暮らしていた世界がこんなにも三次元だったことをあたらめて知ったのだった。
 北極圏で、木材の代わりになる特別に長いものといえば、それはホッキョククジラのアバラ骨であり、頭骨だったのだ。イヌイットの先祖たちは、それらによって高さをつくりだし、屋根をつくり、家とすることができたのだった。

 かつてのイヌイットたちがくらしていた遠い昔の家の跡に入り、コケや地衣類がこびりつくホッキョククジラの巨大な骨に触れていると、想いだけはその遠い昔にまで飛んでいけるような気がした。
 海に漕ぎ出す何艘ものウミアック(デッキのおおわれたカヤックに対して、いわゆるボートをこうよぶ)。のりこんだ男たちはモリ一本で巨大なクジラと対峙している。丘から漁のなりゆきを見守る家族たち。クジラが一頭しとめられると、それはたくさんの食べものとなった。ホッキョククジラ一頭分の肉は、70人が1年間くらしていけるだけの分量になるという。そして、浜の近くにつくられた半地下住居を支えるのはその頭骨やアバラ骨。その時代、ホッキョククジラと人は濃密なかかわりあいをもってともに存在していた。しかし、それはもうはるか昔の物語だ。
 ホッキョククジラの商業捕鯨は50年前に終わった。しかし、イヌイットはホッキョククジラを捕ることができなくなってしまった。ホッキョククジラは食べられなくなり、その肉の味を知るものはもうほとんどいないだろう。骨も使われなくなった。今ではかろうじて、浜から拾われてきた背骨が彫刻をほどこされ工芸品として売られるくらいだ。イヌイットたちは南から入ってくる木材を使った家に暮らすようになったのだ。そして何よりも、あの巨大なホッキョククジラを、ウミアックとモリでどのようにして捕るのか、それを知る人がほとんどいなくなってしまっていることだろう。
 ホッキョククジラは将来、ふたたび北極海をにぎわすほどになるだろうか。そしてもしも何十年、何百年か後に、ホッキョククジラの生息数が回復したとして、そのとき、ふたたびこの巨大なクジラとの幸福な物語を、人は生み出せるようになっているのだろうか。


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