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 イッカククジラの来る海で


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どんよりと曇った日にはエクリスプ海峡と空との境目はわからなくなる


第1回 ゆるやかな時間

 日本を出てから何度目のフライトだろう。となりの席に座ったイヌイットのオジさんと話す以外にすることはもうそれほどなかった。つたない英語力で何となくしか読みとれない機内紙を何度かながめたし、日本から持ってきた唯一の本はこの後の日々のためにとっておきたかった。そんなときは小さな窓から外をボンヤリとながめるだけだ。
 僕は一年ぶりに北極圏に向かっていた。名古屋空港から国内線で成田へ。成田からまずカナダ西海岸のバンクーバーまで8時間半、そこから4時間半でカナダをほぼ横断し首都オタワ。接続便がもうないのでオタワに一泊。翌朝、今度は北極ルートのローカル会社ファーストエアー便にのり、3時間でヌナブトの州都イカルイットへ。そこでまたのりかえてポンドインレットまではさらに4時間。単純に飛行機にのっている時間だけでも、のべ20時間あまり。待ち時間も入れればほぼ2日間。最後の方はさすがにいやになるほど長い。
 昨年、同じく北極圏に向かう飛行機の窓から氷だらけの景色を目にしたときのことを思い出す。どこまでが海氷でどこからが陸地なのかがわからない白い世界。6月はじめの海は完全に氷におおわれ白一色だったのだ。僕は「とんでもない所に来てしまった……」と緊張しながら飛行機の窓から外をながめていた。
 8月はじめの今、眼下には昨年とは違った風景が広がっていた。むき出しの岩がつながる海岸線。そこから内陸へと広がるツンドラ。ツンドラといっても植物など生えているようには見えない。沢筋に残る白い雪。遠くには氷河をいただくバフィン島の山塊。そして反対側には青黒いエリアがはるかに広がる。氷のとけ去った北極海。
 そう、昨年はいつまでもそれが海なのだという実感が持てないまま過ごしていた。だから僕の知る海とは別もののように思えるほど青黒いとはいえ、北極海に水が広がる風景は何だかとても新鮮に写った。その青黒い方のエリアに真っ白な浮き氷が点々と浮かんでいる。北極海に浮かぶ氷はどうしてあれほどドキッとするほど白く輝くことができるんだろう、そんなことを窓から下を見下ろしながらボォーッと考える。
 そう、北極圏に行くならばボォーッとすることに慣れなければならない。ボォーッとする時間がとても多いのだ。というよりもたいていボォーッと過ごすことになる。チャーリーの家でキャンプに行く日をボォーッと待つ。村はずれの崖に座っては海をながめつつボォーッとする。キャンプに行ってはテントの前でボォーッとする……。日本での普段の生活のようにしなければならないことがたくさんあるわけではないし、たとえしようと思ってもここでできることはきわめて限られている。一人で遠くに出かける手段があるわけでもなく、ツンドラを何時間も歩いていったところで出会うものはほぼ同じだとわかってくる。そういえばめちゃくちゃ忙しそうにしている人、というのを村で見かけたことはなかったような気がする。誰も彼もがたいていボォーッと過ごしている……ように見える。
 ところがそんな日常の中に、ある日突然、たとえばイッカクの群れがやって来る。するとあたりの空気は一変する。さっきまでソファーに寝そべっていたイヌイットはあっという間にライフルをひっつかみ、浜へと走り、ボートの船外機をうならせる。別人のように鋭くなった眼光でイッカクの群れを追う。ハンティング。この間は忙しい。まるでこのときのために忙しさをとっておいたかのようだ。動の時間。……しかしそれも長くはつづかない。えものをしとめるにしろ逃してしまうにしろ、それが終わればまたゆっくりとした日常が待っているのだ。動の時間を生きるためのボォーッとする日々。
 僕はイヌイットに比べれば明らかにボォーッとしていられない方の人間だけれども、彼らと暮らしているとそんな空気を吸いつづけるからだろうか、かなりボォーッとできるようになってくる。
 北極圏に行くならば、この狩猟民族特有のリズムともいえるゆるやかな時間に慣れなければならない。


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