俊樹の部屋(?)

俊樹の部屋(第6回)


(96.10.19アップデイト)

5月30日、歴史は始まりました。ついに布川俊樹のホームページがスタートしたのです。このページを立ち上げた4、5月はギターを弾くよりとにかくこのホームページ製作に追われる日々、日夜Macに向かっておりました。この「俊樹の部屋」は毎回僕がたわいもないことをエッセイ的に書き連ねたり、「徹子の部屋」みたいにゲストを呼んで対談をする、みたいなコーナーであります。

さて今回は前回に引き続き「生徒総会事件」の後編をお送りしましょう。前編を読んでない方は下のバックナンバーで前編を最初に読んでね。



だだだだだだだだーん!!!僕の銃声は緊張を切り裂くように講堂一杯に鳴り響きました。生徒会長はあまりにバカバカしい僕の行動にほとんど我を失っていたようです。彼は一言も発することもなく僕の方をたじろぎながら見つめていました(と思う)。僕は銃を乱射しながら異常に気持ちがよくなってきて、撃ち終わるとゆっくりとそれを両手で振り上げ、会場に向けて振り回しました。するとどうでしょう。それまで息を飲むように静まり返っていた会場はついに臨界点を越え、堰を切ったように大爆発したのでした。グォ------------------ッ!!!

さてその後も総会が続いたかどうかはまったく記憶がありません。僕は悪友達から5000円を受け取りかなりの興奮状態で講堂を出ていきました。女のクラス委員のTさんは僕の胸をこぶしで叩きながら「何てことしてくれたのよ!あなたのせいで滅茶苦茶よ!」と泣き叫びました。そんなこと言ったって男のクラス委員のSは金出してんだぜ。「金もらってやったのは許せない」なんて言う女の子もいました。しかし大半の学生に僕の行動がバカ受けだったのはキムタクが僕よりもてることよりも明らかでした。「布川は決して受け入れられないほど素晴らしいことをしたのだ」なんてしたり顔でわけわからないこと言う奴とかみんないい気なもんです。とにかく異常にハイになってすぐ学校からたしか1人で帰宅しました。僕が帰ってしまった後の校舎には僕を連呼する校内放送が鳴り響いていました。「3年H組布川君直ちに教務室まで来るように」、「3年H組布川直ちに教務室に来なさい!」、「布川直ちに教務室まで出頭せよ!!」

家に帰るといきなり母親が「あんた、学校で一体何したの?」僕は「来ましたか」とニガ笑い。案の定、担任から電話があったようです。「あんた学校でハレンチなことをしたって言ってたわよ」。とにかく事情は説明されなかったが母親にも明日校長室への出頭要請があったそうです。昼間の一件を話すと「おまえは信じられないバカね。でもそれはハレンチとは言わないわ。何か女子生徒にイタズラでもしたのかと思った。明日学校へ行って文句言ってやる」ってんだからうちの母親も凄い。その日は何本か女の子から応援の電話をもらったりしました。うれしいなあ。それから金を払ったやつらと打ち合わせです。金もらってやったってえのも何か問題がある気がしたので。金は絡んでないことにしようということで話はまとまりました。一応退学とか休学とかいやだしなあ。

翌日、校長室に母親と一緒に出頭、まあこってり絞られましたが予想したほどの処分はありませんでした。たしか担任と教頭がいたのかな、担任は僕のことわかってて「こいつに政治的意図はない、単にお調子者なんだ」ということで片づいたようです。母親も前日ほどの剣幕ではなく「ハレンチとおっしゃるから………と思いましたけど、ほんとにバカな息子ですいません」と皮肉まじりにあやまっていました。布川お咎めなしのニュースはチーターよりもインパラよりも速く学校中に拡まりました。

さて、はたして僕はゲットした5000円を何に使ったでしょう。私の記憶が正しければ、校長室出頭の翌日は日曜日でした(祭日だったのかもしれない)。僕は気持ちを新たにするために床屋へ行きました。そこで何をとち狂ったのか生まれて初めてパーマをかけてしまったのです(これがけっこうかっこ悪かった)。その頃は茶髪の学生なんていないし、ましてや超受験校です。パーマかけてるやつなんてほとんどいない。月曜日以降僕に対する教師陣の風当たりは真っ二つに割れました。物理の先生なんて僕の顔も見なくなるって感じだったし(僕は相当物理の成績は良かった)、例の生徒指導部体育系教師は朝礼かなんかで「先日の生徒総会で不埒な行いをしたものがおる。まったく風上にもおけない」てなことを全校生徒の前でのたまわる。その一方、世界史の先生みたいに「歴史の中にも布川のように認められない存在があった」なんて発言を授業でする人も出てきたりしてなかなか面白かったすよ。

とにかく、その後何年か僕はその高校で最も有名人となり、また馬鹿な事件として語り継がれることになったのです。僕も大学入ってからの数年、合コンはこのネタでもちました。この話の教訓、あまりに突拍子もないバカなことをやるとまともな側(抑圧する側)は対処できないということです。止めようと思えばあの行為は止められたのにね。風下がなけりゃあ風上もないんだよ。僕がいままでの人生の中で最も受けた(その後ミュージシャンになってもこんなに受けたことはない)この事件は僕にそういうことを教えてくれました。



「生徒総会事件」の顛末、いかがでしたか?僕の人となりがわかったかもしれません(いつもこんなことやってるわけではないですよ)。下にバックナンバーも用意しているので見逃した方は是非、読んでみてください。


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