俊樹の部屋(?)

俊樹の部屋(第28回)


(00.12.14アップデイト)

1996年5月30日、歴史は始まりました。ついに布川俊樹のホームページがスタートしたのです。このページを立ち上げた4、5月はギターを弾くよりとにかくこのホームページ製作に追われる日々、日夜Macに向かっておりました。この「俊樹の部屋」は毎回僕がたわいもないことをエッセイ的に書き連ねたり、「徹子の部屋」みたいにゲストを呼んで対談をする、みたいなコーナーであります。

さて20世紀最後の「俊樹の部屋」はウルトラマンジャズの仕掛け人であり、また来年のVALISレコーディングに暗躍するM78星雲からの謎の使者、池上信次氏をお迎えしてお送りいたします。一体どんな話が飛び出すやら‥。

布川:
いやいや、ついに帰ってきましたね。
池上:
帰ってくるまでに2年かかりましたけどね。
布川:
光速をもってしてもM78星雲は遠いからね。行きに1年、帰りに1年(笑)。
池上:
今でもウルトラ人気を改めて感じますね。東芝にこの「帰ってくる」企画を持っていった時も、そこのセクションが「ウルトラ・ミレニアム」というリマスターの企画を手掛けていましたから。今回のポイントは、ただそのまま帰ってこなかったところ。そのままではなかなか帰ってこれないですよね。
布川:
「俊樹の部屋」なのに質問されてます(笑)。サウンドがだいぶ変わったってことでしょ?前のはみんな聞いているしね。とにかく恥ずかしくないものをということで。プレッシャーも結構あった。今回もメインの曲はまた入れるという注文もあったし。
池上:
でも、さすがに平成ウルトラマン・シリーズはね…。
布川:
最近のはメタル歌謡みたいだし、昔の曲の方がやりやすいよ。でも「ウルトラマンの歌」のアレンジは産みの苦しみがありましたねえ。二転三転しましたよ。
池上:
同じ曲を都合4ヴァージョンやったわけで。いくらヒット曲ったって4種類もアレンジ変えてやったジャズマンはいないですよ。
布川:
セロニアス・モンクは同じ曲を何度もやってたよ。何の曲だったか。
池上:
布川俊樹はこれでモンクになったと(笑)。でも4つはなかなかたいへん。編成変えるだけじゃだめだもん。それと、「ウルトラセブンの歌」も大胆に変身してくれましたね。
布川:
そんなことを言うといろんなところから文‥‥やめよう(笑)。あれは基本的に雰囲気とリズムのコンセプトが先にあってさ。最近好きだったテクノ関係のテイストを入れられるんじゃないかと。テクノとなればエレクトリックというわけで、結果的に「セブン」だけじゃなくて半分強はエレクトリック系の音楽になったよね。前は完全にモダン・ジャズだったからいい対比ができた。「セブン」と「マン」はかなり考えて。あとはイモヅル式でできた。
池上:
プリプロもしっかりやったし。
布川:
コンセプトを考えた段階で新澤のところに持っていって。基本的にはグルーヴ重視で、とにかく譜面を渡してバックを作ってもらった。イメージはかなり細かく言いましたよ。まあ効果音はまかせたけど。
池上:
新澤さんにした理由は?
布川:
仲がいい(笑)。家が近くて彼の家には機材がある。大学の後輩でもあるし、いろいろ言いやすい(笑)というのはおいといて。もちろん才能ですよ。始まればお任せ状態。ちょっと作ってもらってイメージと違うのもあったけど、一言いえばわかるから。それにしても「決戦」のプログラミングは素晴らしい!あれは意図したもの以上のもので、感動もの。ジャズっぽいものとテクノの融合というのがコンセプトだったんだけど、実際に生リズム・セクションで録音してみると出来上がりはそうとうアコースティックな感じ。
池上:
効果音飛び回ってるけど、ぜんぜんジャズ。
布川:
「ウルトラマン」は2ステップね。
池上:
2ステップといってもジャズの人は知らないですよ。僕も知らない。
布川:
フォークダンスのステップよ(笑)。
池上:
感動したのは「タロウ」ね。ギター・トリオで激シブ路線。前の時は、あの曲だけはやれないって言ってたのに。
布川:
やっぱり有名な曲だから今回はやらねば、と。「タロウ」か「エース」かって考えて。
池上:
どっちもそうとう(ジャズにするのは)つらい。
布川:
厳しいよね。掛け声が曲中に入っていないということで「タロウ」になった。出来上がってみたら「ジャンゴ」(MJQの曲)みたいになったなあ(笑)。
池上:
知らないで聞けば、まったくのジャズですよ。でも有名スタンダードにしても、オリジナルの演奏なんて誰も知らない。映画「呪いの館」の主題曲って言われても、ねぇ。結局演奏がよければ題材は何でもいいということで。
布川:
そうね。
池上:
まあ「ウルトラマン」をやる人は他にはいないだろうけど(笑)。
布川:
池上さんも言ってましたが、昔の人はディズニーとかよくやってたわけだし(たまたま喫茶店のBGMがここでマイルスの「いつか王子様」になる)。だから題材で批判されては話にならないよね。演奏がカッコ悪きゃしょうがないけど。
池上:
布川さんからみて今回のレコーディングはどうでした。
布川:
2日目にPro Tools(プロユースのハードディスクレコーディングのソフト)のトラブルで2時間ぐらい止ったでしょ。その後にマキが入ったのがつらかった。
池上:
あれはたいへんでしたよね。僕も緊張しました。
布川:
成せば成る。
池上:
そういうところでいかに対処するか。そこで実力が出る。
布川:
男の甲斐性がね(笑)。
池上:
あんまり延びるとスタジオ料金が……。
布川:
せこいこと言わないの(笑)。ところでPro Toolsの不調といえば……。
池上:
「デュオラマ」の幻の1曲?!
布川:
そう「ドクター・ヴィレッジ」。「デュオラマ」のレコーディング中に録音データがお亡くなりに(笑)なってしまった。その日のはもう終わったと思って飲みモードに入っていた時でさ。でもその後が燃えたね。いっぺんに2、3曲録った。
池上:
エリック・ドルフィーの言葉みたい。「音は消えていっちゃって2度とつかまえられない」って。でもその音はゴミ箱の中、なの?
布川:
どこ行ったんだろうね(笑)。とにかく録音したのが田舎だったから、ハード的にもソフト的にも解決できる準備がなかった。考えるよりやってしまう方がいいという判断で。もう映画みたいな気持ちでさ。トラブルに巻き込まれている主人公。アドレナリンがどんどんわき出てくる(笑)。

池上:
今回もソロはだいたい1テイク目がOKになりましたね。「ジャズはテイク1」の格言どおり。
布川:
ソロはだいたいそうだよね。
池上:
1テイク目を録る時の心構えは?
布川:
まず録る前にリハあるいは音決めやるでしょ。その時にはソロはやらない。やるとしてもすごいテキトーな、やる気のないヤツを。マジにやるとそれがいちばんいいソロになってしまう(笑)。要するにそのリハはサウンド・チェックだから。もちろんテーマはきちんとやっておく。気持ち良くできるようなモニターバランスの環境をつくっておくということかな。長年の経験だね。
池上:
本番は何を考えて?
布川:
何でしょうね。気合いを入れるとしか言いようがない。深呼吸して意識的に力を抜いて……。
池上:
必殺技の仕込みは?
布川:
今はしない。技ないし‥(笑)。ソロはとにかく自然に。あとブースの照明を暗くする。
池上:
集中できるように?
布川:
壁見てるのもナンだし。気分がね。
池上:
スタジオではずっと一緒だったんで、改めて聞くのもナンですが、「セブン」のソロは悩んでましたね。
布川:
そうだねえ。何度もやって結局1回目のを入れた(嘆)。どうしても2回め以降って作為的っていうか何かフレーズを決めてやろうとかそんなのが出ちゃったりするんだよなあ。
池上:
布川さんがブースに入ってる時にこっち側(コンソールルーム)では、どうせ1回目のなんだからって言ってたんだけど。
布川:
ちきしょう、ありがちな話だ(笑)。まだまだ煩悩が抜けないねえ(笑)。キース(ジャレット)はプレイバック聞かないらしいね。すぐ終わる。
池上:
今後はそれでいきましょう。これでスタジオ代が半分に。
布川:
あの人達は宇宙人だから。人間はやっぱり聞かないと(笑)。
池上:
ところで今回は、布川さんが入ってない曲が2曲。
布川:
「決戦」はアレンジ凝ってるから、弾いてなくても仕事はありましたね。ピアノ・トリオはゆっくり聞いてようかと思ってたけど、ところがどっこい。
池上:
ブース間でキュー出し係でしたね(笑)。ピアノのブースとベースのブースがお互いに見れない作りでしたからねえ。ところで福田さんには、演奏やアレンジに関しては何も指示出してなかったようですけど……。
布川:
譜面渡して、指示したのはテンポだけ。これはもう人選でオーケイですよ。結局誰がやるかで音楽が見えてくるし。
池上:
今回の企画そのものも、布川という人選でキマったと思ってましたよ。

池上:
さて、ウルトラの次は仮面ライダーでいきますかね?
布川:
……(無言)。
池上:
アーティストは作品を残さなきゃ。たとえそれがすごい企画モノであっても。
布川:
結局作品を残すということは自分を追い込んでいくことでもあるし。火事場のバカ力的なところもあったりして、それが能力を引き出すことにもなる。とは言ってもなあ‥(笑)。
池上:
だから無理にでも……。まあライダーはおいといて。
布川:
アルバムをリリースするということは費用の問題とかいろいろあるしね。現実的には必ずしもアーティストが望んでもコンスタントに行かないことは多いよね。僕も95年から98年くらいまではそうだった。そういう状態ってストレスになる。
池上:
こちらも色々企画考えますよ。そういえば、布川さんとやろうとした最初の企画は「365曲占いの本」。(誕生日ごとに365冊の占いの本を作り、そこに1曲ずつCDが付いているという企画。某大手出版社から発売される見込みだったが……)
布川:
ありましたね。97年5月。絶対忘れないよ。病気の時(帯状疱疹)だから。
池上:
夢を見ましたよ。薄利多売とはいえ、年収でハンコックを超えるとか言って……。
布川:
それは絶対ないない(笑)。超えないよ。あの人ビバリーヒルズ住んでるんだよ!
池上:
デモテープまで作って、試聴会までやってボツ。でもあのデモはよかったですよ。
布川:
それが「デュオラマ」に入っている「星砂」と「クプクプ」になった。とにかくあの音を作ってるときが帯状疱疹になりかけの頃でさあ、もう制作最中に激痛なの(しみじみ)。でもたしかあのゴールデンウィーク中に仕上げないと会議に間に合わなかったんだよね。それで「これをやりゃーカネに」ってんでがんばったのよ(笑)。まさに人参ぶら下げられた馬状態(笑)。プログラマでギタリストの鈴木よしひさくん(パラッパラッパーとかウンジャマラミーとかのゲーム音楽を制作している。ギターもメセニーみたいな感じなんだけどすごくうまい。とても才能ある人)の家で作っててさ。もう最後は痛くて動けなくなっちゃった。洋服の下の腰を見たらもう10cm幅の明太子(疱疹のことです)を巻き付けてるみたいなの(笑えん!)。それでよしひさがさあ、「布川さん、もう止めて病院行った方がいいですよ」って言ってくれてそれでやっと病院行ったんですよ。僕たちは「ヘルニアかもしれない」とかとんちんかんなこと言ってたんだけどさあ、病院行ったら明らかに帯状疱疹ってことで‥。結局ちょっと対処が遅れちゃった。それでいまでも神経痛持ちですよ(嘆)。でも僕の音楽家としての人生を考えるとあれでよかったのかもね。もし実現していたら音楽家人生は終わっていたね。ない才能が枯渇しちゃうよ(笑)。芸能人の使い捨てみたい。魂を失っていたでしょう。
池上:
でも365曲ストックあれば一生曲書かなくてすむかも。
布川:
……。そういう問題?(笑)

池上:
ところでついにVALISライヴ・レコーディングが決まりましたね。
布川:
今回はお世話になりました。
池上:
いえいえ。やることが決まったというところで、まだ細かいツメが。
布川:
こういうふうにやってくれる人(ビジネス的折衝をしてくれる人の意)がいないとなかなか進まない。
池上:
レコード会社への売り込みはミュージシャンの仕事じゃないですよ。企画書書いて「こうこうこうだから、これ絶対イケますよ」なんて突撃することはビジネスの領域ですから。そうそう、まだ契約書交わしてないんで、HPでは会社名出さないでくださいね。
布川:
VALISは実は20世紀中に出したかったのね。そういう話も2000年のアタマにあったんだけど、諸事情あって出せなかった。それでしばらく活動を凍結したんですよ。自分の気持ちを新たに奮い立たせる充電期間と言うかね。とにかく前のアルバムが95年でしょ。レコード会社が見つからなかったり、『ディパーチャー』やウルトラ関係もあったりで延び延び。それで今後の方向性を考えてみて、スタジオ・アルバムをただ出すのは自分としてはおもしろくなかった。あとは『ディパーチャー』の録音後にやっぱり演奏家としての気概がついた感じがしてるですよ。スタジオで作り込んでも、ライヴで録っても同じという境地かな。勢いを出したいと思っていたし、ProTools使えば音的にも問題ないし。
池上:
現在のVALISは満足のいく状態であると。
布川:
まあしばらくお休みしてるんでよくわからないですけど(笑)。とにかく作り込まなくても大丈夫だとは思いますよ。まあ21世紀へのステップであり、今後の自分のいろんな展開のベースにもなるものだから、まず作る、と。
池上:
「俊樹の部屋」なのにすっかり質問係になってしまいました。ライヴの内容はどんな感じにしましょ?
布川:
新曲5曲ぐらい入れたいね。というか録音してないでライブでやってた曲はたくさんあるんですよ。録りは六ピで5月の予定です。
池上:
ヒット・パレードあり、また新作的な意味合いもあるという。
布川:
ヒットはしてない(笑)。小池君が入ってからの初めてのアルバムでもあるしね。僕ごときはともかく(笑)、小池、古川というすばらしいインプロヴァイザーをもっと世に知らしめたいですね。
池上:
バンド結成15年。ファースト・アルバムから10年。長寿バンドになりましたね。
布川:
カシ、スクに比べれば、細々と(笑)。さすがに最初は若かった。みんな今は立派に(笑)なって、それぞれ一家を構えて(比喩的意味よ)。うれしくもあり……。当時はしょっちゅうリハしたりとか(しみじみ)。もう今はしなくても……。
池上:
わかっている?
布川:
人のことがよくわかっているからね。それにみんなのやり方を受け入れられるようになったとも言えるし。あとスケジュール調整が大変だから‥(笑)。とにかく平たく言えば大人になったということでしょう。とりあえず自分のことを考えても、演奏はうまくなったと思う。広い意味で。楽器はうまくなってないけど(笑)。
池上:
今、ファースト聴いてどう思います?
布川:
いまあれ聴けないのよ。しおさいの石原さんに貸したままで手元にないの。あれVALISファンには意外と人気あるみたいね。でも一度中古屋で300円で出てるのを見たことがある。価値のわからんヤツだ(笑)。

池上:
ありがちですが、21世紀への展望は?
布川:
すごい違う音楽をやっていくかもしれない。この間ふと考えてみたんですよ。10年何してたかって。VALISのファーストが10年前。小さいながらも自分の店を出したという感じで、その後はあんまり他人の仕事をしなくなったのね。その前は色々な仕事をやりつつなんとか音楽界でやっていこうという感じだったけど。この10年で自分のカラーを出せたかなと思いますね。今後はもちろん続けていくことはあるけれど、改めて自分のカラーを考えたい。初心に帰るというか、全部チャラにして見直すとか。けっこう模索しているわけです。それから40歳ぐらいの世代ががんばらないと、と思う今日この頃ですね。何人かいい若いギタリストを知っているけど、なかなかアルバムとか出せないご時世でしょ。
池上:
がんばれる人たちが道標を作っていかないと。
布川:
そうしないとこの先、このジャンル全体がだめになっていってしまう。僕も音楽家として生き抜いていくには気持ちが若くないとだめ。結構アンテナは張ってる方だと思うけどね。例えばジェフ・ベック56歳にしてあの貪欲さにはまったく感服するね。ああなりたいものです。
池上:
本日は「俊樹の部屋」にてインタヴューありがとうございました。

布川&池上:21世紀もよろしくお願いいたします。





ちなみに「俊樹の部屋」のバックナンバーを用意しています。見てない方はチェックしてね。





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