俊樹の部屋(?)

俊樹の部屋(第25回)


(00.9.18アップデイト)

1996年5月30日、歴史は始まりました。ついに布川俊樹のホームページがスタートしたのです。このページを立ち上げた4、5月はギターを弾くよりとにかくこのホームページ製作に追われる日々、日夜Macに向かっておりました。この「俊樹の部屋」は毎回僕がたわいもないことをエッセイ的に書き連ねたり、「徹子の部屋」みたいにゲストを呼んで対談をする、みたいなコーナーであります。

さて、このコーナーもほとんどクモの巣が張ってますが、今回は対談ではなくツアー日記であります。題してマレーシアKL(クアラルンプール)漫遊記。この手の旅行記ホームページってやたら多いからちょっとためらったんだけど、久々に強力なツアーだったんで載せちゃいます。このツアーのためにデジカメも買ったんだもんね‥。

今回のデュオラマアジアツアーの発端は納ちゃんが渡辺貞夫さんのツアーで3月にマレーシアKL(めんどくさいのでこの略語で行きます)に行ったことから始まった。向こうで納ちゃんが知り合った西野さんという人が是非僕らを呼びたいということで、それでたしか4月くらいにデュオラマで東南アジアツアー(最初はシンガポールとマレーシアって話だった)をやろうではないかという打診があった。予定は9月。6月の終わりには大体日程も決まったのだが、8月の終わりになってもチケットは来ないし、ビザのこともよくわからない。まあ、ミュージシャンは基本的にはアバウトに生きているので、大して気にもせず9月7日(木)のマレーシア行きを前に結局僕と納ちゃんは超忙しいスケジュールの中、1日(金)に渋谷南平台のマレーシア大使館に朝11時頃に行ったのであった。

まあ我々は軽い気持ちですぐビザなんちゅうものは発給されると思っていたのね‥。大体普通電話かけると30分で持ってくるし(それはピザ!)‥。しかし行ってみると雲行きが怪しい。行ったらまず強力に待たされる。それで僕らの番になると「ここに書いてある書類を持っていますか」みたいな紙を渡されるが、大体僕らはパスポートと写真くらいしか持っていない。あとはマレーシア本国から発給されたビザのコピーは持ってたんだけど、原本がいるらしい(後で実は原本は大使館に届いていることがわかったんだよ。ひどいよね)。「え、何?話にならないよ。チケットも持ってないの?もう1回揃えて来てね」みたいな感じで冷たくあしらわれるも、「あのー、フライトはわかってるし、もう時間もないからそんなに来れないんですけど‥」的な感じに食い下がるが、まったく相手にされない。それでマレーシアの西野さんと携帯で連絡を取りつつ、西野さんが僕らと対応していた大使館の窓口の女子に直接話したいと言ったので、携帯を渡そうとしたら「携帯電話ではしゃべれないルールなんです」なんだそうな(苦笑)。だって西野さんはさっきから大使館の窓口にずっと電話してるんだよ。そうしたら電話線が抜かれていたのであった。そんなやりとりをしつつこれは午前中は埒があかないってことで我々2人は近くの旧山手通り沿いエスニック系レストラン「モンスーン」へ。そうしたら納ちゃんのランチに何とハエが入っていたのだ!これぞまさにフライのフライ。うーん、厄日‥。その後再び大使館に行くも午後は発給待ちの人だけということで「あなた達はここにはいれないんです!」と我々は冷たく追い返されてしまったのであった。

そして再び、月曜の朝に再トライである。納ちゃんは山形から始発の新幹線で帰ってきて洗足大学のレッスンの前にこの用事を入れたのだ。かわいそうに‥。この日に取れなかったら俺達に明日はない。2人とも火曜、水曜は仕事で大使館には来れない。木曜朝のフライトなのだ。西野さんとの周到な打ち合わせで大使館のVIPに話は通っている。公演は決まっているし、これ行けなかったら多方面に多大な迷惑と損害がかかる。結局待たされること4時間半。その日の予定を大幅にスリップビートさせながらやっと我々はビザを手にしたのだった(冷めていた)。

火曜にチケットは届いた。行く2日前、綱渡りだぜい‥。さて、当日は10時30分のフライトなので納ちゃんと8時30分にマレーシア航空のカウンターで待ち合わせ。大雨の中、車を飛ばして無事到着。納ちゃんとここまで来れたことを喜びつつ乾杯、ではなくチェックインだ。ここでまた問題発生。僕らの機材は10kgちょいの重量オーバーであった(今回のツアーはエキストラチャージを払う余裕はない)。普通はこの程度ならまずOKなのだが、またしてもカウンターの女子が厳しい。絶対許さないという態度が全身にみなぎっている(昔の学級委員の女みたいだ)。それで僕らはスーツケースからエフェクトケースを出すことになった。そうしたら「他の機内持ち込み手荷物は何ですか?」とのたまわるので、納ちゃんがまずいことにベース2本収納のソフトケースを指さしてしまった。案の定、女子は「あれは預けてもらわなければ困ります」。我々は「え、ソフトケースですよ。満席じゃないんでしょ。普通適当に席とか置かせてもらってるし、いつだって持ち込みOKですよ。」と言ったら「それならその分チケットを買ってください」だって。お人好しの2人組はしばらく食い下がるもあきらめてしまったのだ(ここにカトリアンがいれば‥。責任者を呼びだしていたであろう)。それでとにかく納氏はソフトケースを預け荷物にするという暴挙に出てしまったのだった。そしてその荷物を預けるときに僕はちょっとよろけて右手の親指を突いてしまった。いてー!爪を少し伸ばしているためにちょっと剥けるような感じで爪の中が出血してしまったのである(爪が剥がれなくてよかったがそれにしても結構痛い)。一体このタビはどうなっているんだろう。まさに不吉の前兆か‥。





納氏ビザ取得!の図。






出国は何事もなくついに我々は飛行機に乗り込む。もう酒飲むしかないもんね。2人はワインをしこたま飲みつつ、これから起こることに胸をときめかせるのであった。そして僕は寝たりゲームをしたり映画をみたりしつつ、ついにKL到着。空港は黒川紀章(字よかったっけ?)設計の建築らしい。きれいで新しくて相当ユニークな感じ。さて、マレーシア入国である。まず僕がカウンターに先に入った。西野さんの話ではノーチェックで入れるはずなのだが‥。お決まりの質問は滞在日数。僕が「6日間」と言うと明らかにオフィサーの顔が曇る。もう滅茶苦茶わかりにくエイジアンイングリッシュで「このビザでは3日間しか入れないよ」とか僕のパスポートをぱたぱた揺らしながら言うではないか。それからどんな仕事内容とかいろんなことを聞かれる。正直に答えているとしばらくすると別の人が出てきた。この人はより言ってることがわからない。「イミグレに行って何とかしろ」みたいなことはわかったので(半分くらいしかわからないのと、ここでもめるのは損だと思ったので色々な考えが脳裏を巡りつつも基本的には黙っていた)、取りあえずここは何とか入ってしまおう作戦にした。それで3日間ということで何とか入国。納ちゃんも僕に続いた。てなわけで我々デュオラマ様御一行は平穏無事にマレーシアのコンクリートを踏むことができたのであった。これから一体何が待ち受けているのであろうか(後編に続く)。





ご満悦の布川氏!
はこんな機材とギターを機内に持ち込んだのであった。実は右手親指の爪が痛い。













ちなみに「俊樹の部屋」のバックナンバーを用意しています。見てない方はチェックしてね。





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