俊樹の部屋(?)

俊樹の部屋(第32回)


(07.1.1アップデイト)



1996年5月30日、歴史は始まりました。ついに布川俊樹のホームページがスタートしたのです。このページを立ち上げた4、5月はギターを弾くよりとにかくこのホームページ製作に追われる日々、日夜Macに向かっておりました。この「俊樹の部屋」は毎回僕がたわいもないことをエッセイ的に書き連ねたり、「徹子の部屋」みたいにゲストを呼んで対談をする、みたいなコーナーであります。

2007年新年おめでとうございます。僕の干支である戌年(生まれた年を入れて5回目)も終わりました。この干支っていうのは、なかなかに自分を振り返る、そして未来のことを考えるのに適したものだと思います。1回目の戌年1958年、覚えていません(笑)。長島茂雄デビューですか。翌年二足歩行を開始します。2回目1970年、その翌年から中学に入学し、音楽に目覚めギターを始めてます。3回目1982年、大学卒業、まがりなりにもプロ音楽家生活が始まりました。翌年VALISの前身の自己のグループを作り新宿ピットインに出演開始します。そして4回目1994年までに音楽家として何とかやっていけるようになりました。VALISは2枚のアルバムをリリースしています。ちなみにプライベートではこの翌年に結婚しています。そして昨年2006年まではやはり仕事は最も充実した12年間と言えます。多数のアルバムリリース、教則モノリリース、大学での講義などが始まり音楽家としては安定した位置になったとも言えるかもしれません。息子もできました。さあ、そして次回の干支が来るのは2018年。僕は60歳、還暦になる年であります。

実は去年ずっと何となく考えていたことがあります。それは60歳で死んじゃうと思って生きてみるということです。実際、かなり死んでもおかしくない年齢ですよね(笑)。これは、でもあせってスーパーアグレッシブにやるという意味ではありません。まあ「覚悟」と言いましょうか。僕ら音楽家の実際はピラミッド構造です。どういうピラミッド構造かと言うと年齢が高くなるに連れてやっていけるミュージシャンの数は減って来る、というあたり前のことです。僕が仮に70歳まで生きるとして、60歳以降に現役でミュージシャンをやっていられるのは、相当な生存競争を生き抜いていかないといけないでしょう。もちろん、老後保障などはほとんどありません。退職金もない。思うのは「たぶん60歳まではやっていける。ただその後はわからんぞ。全然仕事なくなって貧乏になる可能性もかなりある(笑)」ってこと。それはやはり不安ではあります。でもね、「60歳で死んじゃうよ」って考えると意外に楽なのね(笑)。あとはおまけの人生。それがいい感じだったら超ラッキー!!みたいに考える。「老後は明るく」症候群からの脱皮です(究極のメンタルコントロールですな…笑)。それでだ、次の干支が来るまでの12年間、60歳までにホントに、いままで作り上げてきた「僕の音楽家としての位置」から何か色々な可能性をですね、試してね、別のこともやってみたいし、もちろんいままでの延長上にあることもより成熟させたいと思ってるわけです。2年に1枚アルバムを出すとして自分のオリジナルアルバムは6枚ですよ(大体こんな考え方自体が古いかもしれない。12年後にパッケージングされたアルバムがまだあるのか?って疑問もある。これからの12年間はほんとに音楽の発信方法、ビジネスとしてのお金の回収方法がドラスティックに変わる時代となるでしょう。プロの音楽家がどう成り立っていくのか?わからないことだらけの今後です)。気合い入れてやらにゃー。

そんなことをよく思ったりしてたんですね。それが年末のある飲み会ではっきりとしたものになりました。毎年やってるんですが、中学同級生旧友6人忘年会っていうのがあるのね。50歳も近くなった現在、皆、仕事やプライベートも佳境に入っている。その中に1人、スーパーアグレッシブに「大きな仕事」をしている友人F君がいます(これを大きな仕事と言わずして何を大きな仕事と言うかって感じ)。彼は、超優良企業のC社に勤めてます。彼のやってる仕事は環境問題。1年のうち2ヶ月、毎年10ヶ国は海外を飛び回ってるという奮迅ぶり。日経新聞なんかにもよく載っています。何か環境会議の議長役を務めてるんだって。シアトルのマイクロソフトに呼ばれてスピーチしたりもしてる!

その主な仕事は

●有害物質を製品に使わなくすることのプランニング。そういったことを関連企業に働きかける

●地球温暖化抑止のためのプランニング。各国への働きかけ。

いやあ、彼の仕事について色々と聞くのは実は今回が初めて。大変刺激的で面白くもあり、また慄然とする内容でした。CO2排出量に関する計算は、もう科学者の間で確定したということだそうです。2018年までの間に目標値に下げられないと、2028年に壊滅的な危機が来るということです(効果が出るまで10年のタイムラグがあるということです)。それで海の高さは数メートル上昇。かなりの場所が水没する(もちろん日本も)。どんな感じで海面が上がってくるの?と僕が聞いたら「カトリーナ」級の台風が何個も来るようになるそうです。まさに「ディープインパクト(馬じゃない方)」的現実です。あるまあ、そういうことが起こる前に、色々な危機的事態が発生します。保険危機(保険が意味をなさなくなるため、のきなみやられる)→そして金融危機。要するに経済の崩壊です。日本のGDPは半減。

こういう情報って、どこかで耳にしてたと思うんですよ。確かこの間、朝のテレビの「特ダネ」でもやってた気がするけど何となく見てた(嘆)。要するにそういうのって「生きた情報」としては入ってなかったんだな。でも近しい友人から聞くと、その信用度、インパクトが違う。この話の真偽について僕が何とも言えるはずもないけど、F君がそのために時間を削って世界を飛び回ってることは事実です。僕にとっては、彼の言ってることは環境問題を語る他の誰よりも信用できる。EUとの考え方との調整、そして何と言っても自国だけ生き延びればいいと思って協力しない米国。最も人が多い中国とインドの説得。何と困難かつやり甲斐のある仕事でしょう。

さて、話を戻すと要するに2018年、僕が60歳になる次の戌年までに、僕なんかどうでもいいけど(笑)、「人類」は行動しないとかなりの危機を迎えるわけですよ。この偶然の一致!に僕は気合いを入れ直すこととしました。環境問題にコミットして行こうっていうんじゃありません。僕が環境問題なんかに対して何かをやろうたって、身の回りのことをちょっと、それも生活水準はあまり落としたくない、そんなレベルのことだし、やっぱり「中国やインドがどうたら」みたいなことに直接的に関与することは不可能です。そういうのはF君のような方にがんばってください、と言うしかない。ただ音楽に真摯に向き合って、自分がよかれと思うことを丁寧にやっていくっていうのは、仮にどうしようもない危機に向かい合う、あるいはホントに死んじゃうときにですね、覚悟ができると思うわけです。自分のやれることをきちんとやって行こうということなわけです。そういうことは、まわりまわってF君のような方への応援となるかもしれない。

亥年が始まり次回の戌年に向けての最初の年にですね、そんなことを考えたわけです。まずは2007年2月末に行われる、初のオルガンとのユニット、布川俊樹 New Trio + 1でのレコーディング、それに向けて、正月の酒が抜けたら(笑)、真摯に向かい合いたいと考えてます。2/6(火)関内カモメでそのプレライブもあります。楽しみにしていてください。

今年もよろしくお願いいたします。








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