| ■2003/02/28 (金) 知的障害者の雪下ろしボランティア |
2月25日、NHK教育テレビボランティア・時代のニーズをキャッチ」というシリーズで、ある雪国での
雪下ろしボランティアの話題を取り上げていた。スノーバスターズと称して全国から手弁当での
ボランティアも募り、老人世帯の雪下ろしをするのだ。このスノーバスターズのことは大盛況だとの
記事を新聞でも読んだことがあった。
この地域では(具体的には雪国のどこなのか失念してしまったが)郵便局員もボランティアの一翼を
担っている。つまり郵便配達の際に一人暮らしのお年寄りの安否を確かめるのだ。
ここからがメモしておきたい内容なのだが、スノーバスターズの活動は週末に限られる。
そこで知的障害者の作業所に目をつけた知恵者がいた。そこの通所生に雪下ろしのボランティアを募ったのだ。
10数名が応募し、いよいよ雪下ろしが始まった。経験もあまりなく最初はヘタクソだったが、段々と手際が良くなってきた。
雪下ろしをしてもらった老人たちも彼らの仕事ぶりに大満足で、目を細めている。お膳立てをしたNPOのメンバーは、
知的障害者が社会に出て行くことでお互いの理解も深まりインテグレーションに繋がると話していた。
そうなのだ。知的障害者の授産施設は老人ケアセンターなどと抱き合わせで建設されることが多いが、
それならばこの好機に老人ホームやケアセンターなどの下働きなど、いくらでも知的障害者が担える仕事が
あるのでは、と私は常々思っていた。同じことを考えている人は多い筈だが、特に交流はないようだ。惜しい。残念だ。
それだけに雪国での取り組みは第一歩とはいえ素晴らしい。知的障害者だって受けるばかりじゃない、
身体は丈夫なのだからボランティアだって出来るのだ。
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| ■2002/07/15 (月) NHK「奇跡の詩人」疑惑について |
4月29日に放映され、この「日々の想い」に4千字近くも費やして私の感動を綴った
NHKスペシャル「奇跡の詩人・・」が放映直後から賛否両論、大反響をもたらした。
「否」の方は、インチキである、すべては母親の創作である、というものだった。
NHKが異例の釈明会見を開いたが(私は見ていない)返って疑惑を深めるものであったという。
週刊誌にも取り上げられていたのでコンビニで立ち読みしてみたが半ページくらいの中途半端な記事だった。
が、私はあんなに好感を持って受け止めたのにどうにもスッキリしない思いが残った。
先週、新聞広告で滝本太郎と石井謙一郎による「告発ルポ」と題して『NHK「奇跡の詩人」重大な罪』という
記事が文芸春秋8月号に載る事を知った。そして12日(金)、書店でじっくり立ち読みをした。
最も問題視されている、母親が左手でルナくんの手首を掴み、彼女が右手に持った文字盤を目にも止まらぬ
速さで指していくくだりについては私はことさら注目はしなかった。母親の一念でそのような技術をマスター
したのだと勝手に思い込んでいた。まずデタラメであるなどとは露ほども疑わなかった。「父親はまだ母親ほど
速くは文字盤を読み取れない・・」と優しい優しいナレーションが流れた。その時に、速くなくてもいいから
父親の読み取りも見たいとチラと思った。そうして、たどたどしくても父親が読み上げる「ルナくんのことば」が
母親経由のものと同じようなものであれば、ずい分説得力を持ったであろうに。
オームなど主にカルト被害と戦っている滝本太郎弁護士らが何故この件を問題視しているのかと訝ったが、
告発記事を読んで合点がいった。既に週間文春などで数回に渡りNHKを告発し、又、各方面からの告発の
文章を集めた「奇跡の詩人を検証する!」というような単行本も出版したそうだ。
ルナくんのような例はあり得ないとする『専門家』や同障害児の親の否定、ドーマン法の否定が並ぶ。
そのように疑惑だらけなのにNHKの担当者が「自分はちゃんと見た。だから信用せよ。」との一点張りなのは
無責任である。誰もが信用するゴールデンタイムのNHKスペシャルという一大ブランドの影響力に対してもっと
自覚を持つべきだ、うんぬん。確かにこのブランドの影響力は絶大だ。
ルナくんはレッキとした脳障害児であるからして、滝本弁護士らはその親を表立っては非難していない。
他の障害児の親が迷惑するという論点は私には受け入れられない。私は障害児の親だが全く迷惑していない。
あの番組を見てキレイごとでも何でも、ルナくんは彼と同様な脳障害児の希望の星ではないか、と大いに
拍手を送ったものだった。只、我が子とは症状が全く違うので身近に引きつけては考えなかった。ルナくんの
過去の本もこれから出版される本も買おうという気はさらさらなかった。ルナくんからの癒しを必要とはしていなかった。
だからデタラメでも何でも実害はない。そうなら只がっかりするだけだった。
が、只一点、見逃せないことがあった。それは、ルナくんのHPのリンク集の中に新興宗教「和尚」というHPがあり、
またルナくんが繰り返し言う「神は自分自身の中にあります・・」的な記述は新興宗教「和尚」の中の文言と同じ
なのだそうだ。そのことを検証本で指摘すると、その直後に新興宗教「和尚」のリンクは外され、同じだと指摘された
文言は削除されていたという。この新興宗教はアメリカで起こりフリーセックスなどを旨としていたカルトだそうだ。
私には新興宗教というのが恐ろしく無気味だ。あの爽やかな両親の澄み切ったような表情もオームの純粋な
若者達の表情と重なる。記事にはルナくんと母親の小さな写真が載っていたが、母親のストレートなロングヘアも
オームの女性たちのようだ。新興宗教が絡めば何でもありという気がする。
結論として、滝本弁護士らの告発はルナくんのことは母親の創作でその後ろにはカルトめいた新興宗教の影が
ちらつく。天下のNHKがこのようないかがわしいことのお先棒を担ぎ、大手出版社から出される本の宣伝にも
コレ努めた格好になった。その罪は深い、ということのようだ。
う〜ん、本当でも嘘でも、もうどうでもいい。何だかひたすら悲しかった。ルナくんのこと、その両親のことなど
考えても宗教が絡んでいるとすれば私には永遠に謎だ。もう忘れようと思っていたところ、今日たまたま訪問した
近所の知人宅で、その知人が丁度、文芸春秋8月号を読んでいるところだった。みちよさんも一緒だったので
ひとしきりその話になった。放送の何年も前からルナくんの本を何冊も読んでいた彼女ら2人はかなりのショックを
受けている。
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| ■2002/04/29 (月) NHKスペシャル「奇跡の詩人〜11歳 脳障害児のメッセージ〜」 |
昨夜9時からのNHKスペシャル「奇跡の詩人〜11歳 脳障害児のメッセージ〜」を大いに期待をもって見た。
以下に朝日新聞「試写室」の紹介文を引用する。
『日木流奈(ひき・るな)君は誕生直後の手術の影響で、脳に障害を受け、話すことも立つこともできない。
が文字盤を使って詩を書き、本を発表している。その内容は、大人たちへの思いやりに溢れている。
創作活動を可能にしたのは、ドーマン法というリハビリテーション。運動訓練とともに、知性面でのトレーニングも
重視する。100人のボランティアたちに支えられたこともあって、意思が伝えられるようになった。指で文字盤を指し、
それを母親が読み取るという方法で。豊富な知識は哲学書から天文書まで2千冊に及ぶ読書によるという。
「世の中は、あなたが幸せじゃないと幸せになれないのです」などと、うんちくに富む言葉で表現してゆく。
流奈くんの非凡さに驚く一方で、両親の、子どもの心に立っての教育に胸打たれる。』
この紹介文を読んだときには「エーッ?どれどれ」といった感じだったが、視聴したそれは正に紹介文通りのもの
であった。両親は40歳前の爽やかなカップル。両親の時間を取ってしまうルナくんにやきもちを焼く1歳前の妹、
ソナちゃんもいるが、この両親は実に淡々と愛情を込めて、然し毅然と教育をする。この両親だからこそ、
人手のかかるドーマン法のボランティアを求めた時、100人を越す応募があったのだと肯ける。
ドーマン法リハビリが奏効してか、5歳の時、初めて母親が支える手で文字盤を指して意志を伝えた。それは
夕食時に「あげる、パパに、さかな」というものだった。父親はルナくんの養育に専念するため会社勤めを辞めた。
それからはルナくん、読書からの知識もあって素晴らしい文章をものするようになっていく。ある時、
その内容が詩のようだと気付いた母親が詩集にする。
今では、ルナくんが指す文字盤の字句を、普通に朗読するようなスピードで母親が読んでいく。
母なればこその特技だ。それを父親がパソコンに清書する。自分のことについての本も大手出版社から出した。
地方からも交流会のお誘いが相次ぎ、ルナくん一家は出かけてゆく。ルナくんの本を読んで感銘を受けた人々
からの質問に対し、驚くほどの優しさに満ちた味わい深い返答をする。
11歳なんてものじゃない、まるで老成した哲学者のようだ。
家族ぐるみのボランティアで日木家を支える友人は、やはり会社勤務の管理職時代行き詰まりを感じていた。
が、初めて会話したルナくんとの心に染み入るようなやり取りに衝撃を受けた。自分で自分をがんじがらめに
追い詰めていたことを思い知らされ、それを解き放つ術が示されたような気がした。その時のワープロ打ちされた
会話は今でも大切に保管されている。
ルナくんは問われて言う。「私は誰とも比較されずに、あるがままを受け入れられて育ちました。そのように
育ててもらったことを感謝しています。」この奇跡の真価は正にこの一語に尽きる。
オリンピックを見ては「私もオリンピックに出たい」と言ったり、箱根駅伝を見ては「優勝した大学に入りたい」と
言うなど、自分のハンデをものともしない(意識しない)何物にも捉われない自由な発想は、同じく素晴らしい
両親に育てられた乙武さんに通じるものがある。
1日の殆どをリハビリに費やすため、100人のボランティアを使いながらも両親はほぼ24時間を喜んで淡々と
ルナくんの為に捧げる。然し、このような両親を持つことの出来る「重度心身障害児」は一体幾人いるだろうか。
同じように身体機能が麻痺してしまったまま、言葉を発することが出来ず手も使えないことから、知能も
測定不能とされ、ルナくんのように引き出されることもなく埋もれてしまった「優れた知性」は数多いに違いない。
父親が清書したものをルナくんがチェックする。「つらい」という語を父親はひらかなで打つ。ルナくんは
「漢字にせよ」と言う。漢字だと「辛い」を「からい」と読んでしまうから、ひらかなの方が良い、と父親が言う。
ルナくん、一歩も引かず「何度も言ってるのに、パパの耳はどうなってるんだ。私の言ってることは素通りか?!
ここは漢字なの!」などとエラそうに憎まれ口まで叩ける。
若い父親には「辛」という字は「激辛」などから「からい」としかインプットされていないのかもしれないが、
旧人類の私はルナくんに軍配を上げる。ルナくんの2千冊の教養書からの知識はすごい。
まだまだ未解明の部分が多い脳の働きの一端に、改めて触れた思いだ。番組のタイトルにも何気なく?
謳われている【脳障害児】という言葉からはかなりのマイナスのイメージしか浮かんでこない。語感というか
症状のイメージの問題は又、ひとつの大きなテーマだ。
脳の不思議については、「自閉症サバン(天才)」もそうだが、事故などで脳のある部位に損傷を受けた患者が
突然、絵の才能を開花させたりすることがあるという。脳は人間のあらゆる機能を司っているのだから、ある部分に
損傷が生じるとそれを補おうとして、他の眠っていた部分が俄然動き出すということがあるのだろう。
20歳を過ぎると脳の細胞がどんどん死滅していく、と一般には言われてきたが、そうではなく、我々は脳の機能の
ほんの一部しか使うことなく死んでいくのだそうだ。「脳のおはなし」は本当に魅力的だ。
精神障害も脳の機能の障害だが、役所の調査によれば精神障害者は全国に204万人、人口60人に1人
いるそうだ。大変な数字ではある。その上、こうした数字に表れないまでも、人格が破綻しているとしか思えない
ような人物も多数見受けられる。心が傷つき易く(自分の心の傷には敏感だが他人のそれには無関心のことも多いが)
日々「癒し」を求めている人々に至っては人口の大多数を占めるのではないか。
手放しの大受容でその生誕を迎えられ、その後もこれ以上ない両親の愛情をいっぱいに受けて育った
日木流奈(ひき・るな)くん。彼の発するホンモノの優しさが満ち満ちた言葉を聞き、本を読んで大人たちは
感銘を受け涙を流す。
奄美大島出身の歌手、元ちとせの「ワダツミの木」が大流行している。心に染み入り、知らず知らずに涙が
こぼれるのだという。確かに沖縄とも違う島歌風の旋律が耳に焼きつき、心に忍び込む。
「癒し」ブーム、「ヒーリング・グッズ」の隆盛は益々続くだろう。
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| ■2002/06/23 (日) 「自閉症の人たちの権利擁護」シンポジウム |
今日は「自閉症の人たちの権利擁護」と題した神奈川県障害児・者親の会連合会 2002年度総会記念
シンポジウムが、茅ヶ崎市のコミュニティセンターで開催された。これには絶対出席したいと思っていたので
張り切って出かけた。私は茅ヶ崎で東海道線を降りるのは初めてだ。
2時からなので1時間前に家を出れば十分だが、早めに出る。電車を降り階段を上っていると、斜め前を行く
顔立ちの整った中学生くらいの少年が目に入った。特に何をしているわけでもないのに、殆ど無意識的に
彼に親しみ、懐かしさを持ってしまった。すると横から「アラ!○○さん!」との声が。横浜やまびこ会の
会報担当のK野さんだった。するとやはりあの少年はK野さんの坊ちゃんで、つまり自閉症児だったのか。
伊達に自閉症児の親を20年近くもやっているわけではないなあと改めて実感。
K野さん母子も昼食はまだだというので、ご一緒にと言ってみたところ、他人と一緒だと彼が落ち着かないので
食事は自分達だけでしたいと言う。そういうことは一向に構わないが、一見おとなしそうな彼も様々な自閉的
特徴を抱えていることを推察。
道に迷ってしまいギリギリに到着。なかなかの盛況だ。シンポジストは毎日新聞記者・全日本手をつなぐ育成会
権利擁護委員会委員長、15歳の自閉症児の父親でもある野沢和広氏、(社福)翔の会・湘南ふくしネットワーク
21運営委員の和田清氏、(社福)横須賀たんぽぽの郷「わたげ」施設長の小林信篤氏の3名。
司会は港南区在住、日本自閉症協会副会長の氏田照子氏。今回は「広く浅く」ということだったが、それぞれに
深いテーマなので、次回に繋げてもらいたい。会場で頒布していた報告書も買って帰る。
内容については機会を改めて書きたい。
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| ■2001/12/14 (金) 知的障害者の権利擁護 |
横浜自閉症児・者親の会主催の、「知的障害者の権利擁護ーその新しい展開ー」と題する講演会に行って来た。
講師は、一般民事事件、刑事事件のほか、障害者・高齢者の人権問題に精力的に取り組む市村大三弁護士。
その内容は、初めて知ることばかりで、大変ショッキングなものであった。
様々な犯罪場面に於いて、一般の加害・被害者の人権問題(精神障害者含む)は最近とみに声高に
論議されるようになってきたが、知的障害者のそれは、ひっそりとして表に出ることは殆どない。
知的障害者が犯罪の被害者になったり、加害者になったりしたとき、市民として公平に尊厳をもって扱われるように、
との動きは法曹界、警察共にアメリカの方がずーっと進んでいる。というよりむしろ、日本ではそのようなことが
顧慮されることは全くない。自分を守る能力のない知的障害者は、被害者になった時には、その人権など一顧だに
されず「殺され損、やられ損」で、加害者になった時には、言葉も話せず、認識能力の殆どない最重度の知的障害者
でさえ、一般人に比して遥かに重い量刑を課せられ、刑務所に送られるのが常だそうだ。そんなことは全く知らなかった。
大きな衝撃だ。
遅まきながら、日本でも、この問題に取り組もうとする弁護士たちが現れた。副島洋明弁護士や、今回の
市村大三弁護士らだ。今春、彼らはアメリカに研修に行き、このほど【知的障害者人権センター基金】を立ち上げ
会員を募っている。
マスコミを賑わした事件の中には知的障害者が被害者だった事件が沢山あるそうだ。例えば、先般、大いに話題に
なった、名古屋の中学生が総額5千万円も脅し取られた事件だ。被害者には知的障害があったが、何故か、
そのことはひた隠しにされ、人権派の弁護士が専門誌に取り上げ、考察を始めるや、被害者の弁護士から
名誉毀損で訴えると息巻かれたそうである。何故そんなに隠すのか?
市村弁護士は訴える。「隠すことで差別をなくせるか?」「隠すことで理解は進むか?」しかも触法知的障害者に
ついて、よくよく生育歴を調べてみると、長年に渡り親や関係者から心身へのすさまじい虐待を受けており、
思わず涙することもしばしばだそうだ。
今日、初めて聞いた話なので、私自身のコメントは差し控えるが、アメリカの手引書4冊を早速注文し、
発足したばかりの上記【知的障害者人権センター基金】の会員にもなってもっと詳しく勉強しようと思う。
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