【自閉症】改称問題

現在進行形で自分の考えをまとめる為、このページを設けた。


何が何でも改称だ!という気持ちはこの20年間の間にすっかり薄らいではいたが、更に薄らいできたことを実感。

■2003/03/09 (日) 柳美里もまた《自閉症》を誤解

「小宮悦子のおしゃべりな時間3」、これは《サンデー毎日》に94年9月11日号〜95年11月5日号に掲載された、
小宮悦子と各界の人々との対談集の第3弾である。95年1月には阪神大震災があり、3月にはオームによる
地下鉄サリン事件が引き起こされた。人々との対談でも盛んに言及されている。

各対談時に必ず載せられている写真では、さすがにみんな若い。自分の中では10年くらいあっという間に経過して
しまった気がするが、8年というのはそんなにも長い年月なのだ。

それはさておき、団地文庫でこの本を手にとりパラパラとページを繰ってみて借りることにした動機となったのは、
95年7月9日号の柳美里との対談のタイトルだ。曰く「自閉症児のリハビリのような・・・・・」

柳美里の話題作は多いようだが、1作も読んだことはない。不幸な生い立ち?、その後の奔放な生活、という点
からのみ大雑把にくくると、この対談にも出て来る内田春菊のラインだが、内田には何故か親しみを感じるのに対し、
柳には感じない。

先日、新聞を騒がせていた、顔に傷だったか大痣だったかのあるモデルとされた人のプライバシー問題で敗訴した直後、
その作品を改訂版と称して(宣伝の好機と見た出版社に乗せられたにしても、だ)敵討ちのようにわざわざ出版したのは
いただけない。潔くない。だが、もしかしたら68年生まれの若い柳には、個人の資質とは別に、時代の流れと共に、
もう既に他者を思い遣る心などは稀薄になっているのかもしれない。

なので、「自閉症児のリハビリのような・・・・・」という対談のタイトルを見ただけで、どういう状態を指して言っているのか、
おおよその察しはつくが、例え個人はもとより日本自閉症協会などが訂正を要求しても、先の裁判沙汰の敵討ちのように、
抗議されたのを逆手に取って、変な小説を発表し、おまけに日本自閉症協会の抗議をキャッチコピーに使うやもしれぬ。
何でもあり、の感が拭えないのだ。

私のこの感想は、彼女が韓国人だということと何の関係もないことは言うまでもない。何国人だろうと潔くないのは嫌いだ。
自己顕示欲を満たす為に何でもする、という態度には顔をしかめざるを得ない。

「自閉症児のリハビリのような・・・・・」が、どういうコンテクストで使われていたのかというと・・

小宮:・・・お芝居って、なにか作用を及ぼすのかな?
 柳:自閉症児のリハビリのような(笑)。
小宮:演劇療法(笑)。・・・

という具合に笑いに包まれ、茶化している。またか・・とウンザリなのだが、自閉症にリハビリという言葉は
最も馴染まないということを知っている、本家・元祖、自閉症児の親としては、やはりここで引っかからざるを得ない。

今までここにも何度も書いたように、「自閉症」というネーミングがやはり「ネクラ」関係の状態を何かカッコ良く、
さも専門的そうに表現する手段に使われている。こうして増々自閉症=ネクラ、閉じこもりなど、の図式が強固なものに
なっていく。

ということで、この20年来、自閉症というネーミングによる世間の誤解を解こうとする日本自閉症協会の徒労とも言える
実りない努力を見てきて、これはもう「自閉症」という、世間が好きなネーミングは世間の方に譲ってしまって、
本家の方は別の名称を考えた方が良さそうだ、との結論に達したことも何度も書いた。

そして全国の自閉症協会支部では、改称問題を巡って議論はなされたようだ。が、過去何度もその問題が浮上しては消え、
浮上しては消えしたように今回も立ち消えになったままだ。これは何の問題でも同じだが、本当に、自閉症という名称が嫌だ、
と思う者が改称プロジェクトを立ち上げなかったからだ。

私はというと、協会支部広報紙などに投稿された一連の医療関係者からの文章や、高機能アスペルガー者からの
ネットでの投稿を読み、ずいぶん考えが変わってきた。

何よりもこの業界の有名人、ニキリンコ氏が「自閉症」という名称に並々ならぬ愛着を抱いていることが分かり仰天した。
自閉症者ご本人の意見は尊重せねばなるまい。また医療・福祉関係者は名称に関り無く自閉症者をこよなく愛している。
たとえ間違った名称だとしても50年からの歴史を背負ってしまった。そうして、何よりも本家自閉症のことを知る人が
多分全人口の2割くらいはいるのではないか?
私自身も「自閉症」を連発している。別の名称もアスペルガーに対してカナーくらいしか浮かばないが両方とも既に
自閉症スペクトラムに包含されている。

改称したとしても世間はそんなことには関心を払わない。当分「自閉症」で通そう。明るくおしゃべりで、お出かけ好きの
ひでゆきを見て、ネクラや引きこもりを連想する人は皆無の筈だ。


日本自閉症協会横浜支部広報紙「やまびこ」では特集を組み、福祉・医療関係者、自閉症児の母親などの意見を掲載した。

■2002/10/11 (金)

マークス寿子著「とんでもない母親と情けない男の国日本」草思社1999年1月28日第1刷発行
第12章「ものごとを明快に主張できない政治家たち」内、130ページ中ほど:

「 【自閉症】におちいった若い人がインターネットではじめて自分を表現できるようになった、
インターネットでコミュニケーションができるから彼は生き延びていられると言ってインターネットを評価する人もいる。
しかい、逆にいえば、インターネットという慰めがなければ、部屋に閉じこもって四角い機会と向かい合ってばかり
いないで、生の人間と向かい合って、生の人間を話しをしようと努力をしたかもしれない、ということも言えるので
ある。」

ここでも紋切り型、ステレオタイプの【自閉症】像が出て来た。マークス寿子よ、オマエもか!だ。もうウンザリ。
【自閉症】は人生の途中で【陥る】ようなものではないのに。これほどまでに強固な一般人の【自閉症】イメージ。
本家・自閉症はやはり、こんな誤解(無理もない点もあるところがややこしい)を、もう受けぬように統合失調症を
倣って、他の名称を付けた方が良さそうだ。天下周知の歴史ある「精神分裂病」が名称変更したのだ。それに
比べれば遥かに歴史の浅い【自閉症】が名称変更することなど、造作もないことだと思うが・・
ニキリンコ氏を始め、【自閉症】というネーミングが好きだという人々は、そのまま名乗っていたらよいではないか。
■2002/05/01 (水)

NHKアーカイブスSPの「ミツコ」最終回の後半を見る。
最後に流れるナレーションを何気なく聞いていると、「・・みんなが【自閉症】のように自分の内面に
向かっていた19世紀末のウィーンで・・最も自分の内面と向かい合っていたのはミツコであったろう・・」
的なことを荘重な口ぶりで言っている。┗((◯□◯ )┛げっ!又かよ!【自閉症】!

この番組は1987年(昭和62年)の制作だが、丁度その数年前頃よりマスコミなどで【自閉症】なるもの
が取り上げられ始めたと記憶している。この脚本を書いた人物は、よしんば【自閉症】の何たるかを読んだり
聞いたりしたことがあったとしても、その内容は見事に脳裡から消え去り、【自閉症】という
字ズラもココチ良い字句に出会ったことだけが印象に残ったに違いない。そしてその作品内に使いたくなる。
勿論間違った使い方だということすら自覚せず、したり顔でしっかり間違って使う。

然し、然しだ。現在当事者の私ではあるが、もし当事者でなかったら同じことをしていた可能性は大いにある。
それほど【自閉症】という名称は日本ではマズイものだと実感する。
現在、改称問題は思わぬ側面なども明るみに出て紛糾気味だ。

現在、表題のような話題が、日本自閉症協会東京支部の公開掲示板を賑わしている。
百家争鳴、各年代の保護者、高機能自閉症者などなど入り乱れての論戦が繰り広がられている。
従って最初とは矛盾する考えに発展していくかもしれないが、それほどに奥深い問題だと思い知った。
■2002/04/11 (木) 【自閉症】改称問題再び(2)

日本自閉症協会東京支部の公開掲示板で、改称問題が話題に上ってすぐに、高機能自閉症者
(アスペルガー症候群含む)が何人か、当事者として書き込みを始めた。彼らには知的な遅れは全然なく、
それどころか盛んに長文の書き込みをするニキさんは、プロの翻訳家だ。ホームページも持っている。
http://member.nifty.ne.jp/unifedaut/

そして彼らは改称は必要ないとの意見だ。中でもニキさんは、【自閉】という言葉に非常なる愛着すら
感じているそうだ。HPによれば37歳、既婚、自閉症関係の英語の著作の翻訳を業としている。
ニキさんの文章を読み、ホームページを何度も訪問しての感想はまず「戸惑い」だった。余りにも自閉臭や
障害臭がないのだ。彼女が言うところの「地球連邦市民」風なのだ。

我々、中・重度の知的障害を伴う自閉症児・者の親は、これまで高機能者に出会ったことがない者が殆どだ。
オーストラリア人女性、ドナ・ウィリアムズの自伝や、アメリカ人のテンプル・グランディン博士などの著作は
読んだことがあるが、戸惑いながらもどこかしら自閉臭・障害臭があった。

アインシュタインやビル・ゲイツも自閉症スペクトラムの最上位、アスペルガー症候群だと言われている。
してみると何でもあり、の気がしてくるが・・

■2002/04/10 (水) 【自閉症】改称問題再び(1)・・「日々の想い」より

日本自閉症協会東京支部の公開掲示板を日に何度も見に行く。
http://www2.neweb.ne.jp/wd/autism/index2.html

【自閉症】を誤用されることに対する日本自閉症協会の怒りには、どこかしら違和感を拭えなかった。
そもそもその成り立ちから誤用されているのだし、その漢字のイメージも大きく関与して、【自閉症】は
自閉症児・者といわれる人々から遠く離れて行ってしまっている感があった。

東京支部長は改称運動をしましょう!と大張り切りだが、支部長自ら音頭を取る東京支部とは違って、
HPもなく当然掲示板もなく、個々の会員の声など全く分からない横浜支部で改称問題を立ち上げるのは
少々しんどい。

方法論としては、まず横浜支部長にお伺いを立て、OKが出ればプロジェクトチームを立ち上げ、
会員にアンケートなどをして皆の意見を纏める、それから、それからetc・・ということになろうか。
ものすごくエネルギーを要する。

それ以前に、そもそも私は改称問題を今、立ち上げたいのか?既にそういううねりが起こっているのなら、
お手伝いという形では協力しようとは思うが、正直なところゼロベースで中心になって立ち上げたいとは
思っていない。ひとりでキリキリ舞するには負担が大きすぎる。

横浜支部にHPがないことをかこつなら、かこつ者が自分で立ち上げるべきだろう。それを言い出す意欲が今、
私にあるだろうか?う〜ん、しんどいなあ。
生活クラブ生協でも、何かアイデアを出すなら、自分がプロジェクトチームを立ち上げて中心になってやることが
前提なのだ。

子供の年齢によっても親の関心は大きく違ってくる。私が乏しいエネルギーを傾けようと今思うのは、
親亡き後の障害者の権利擁護の問題や犯罪に巻き込まれた障害者の問題だ。

が、気の弱いA型の私は横浜で「改称プロジェクトチーム」を立ち上げないことを後ろめたく思っているのだ。
そう思いつつ毎日掲示板を見に行くと、実にいろいろな意見が寄せられている。

「自閉ちゃん」という名称が気に入っている若い母親は、現在、担任との軋轢に苦慮している最中とかで、
何となく皮肉っぽい口調で、そんなことよりも協会は教師への啓蒙に力を入れてくれと要望している。
それへのRESは皆さん、とても優しい。怒りっぽい私にはとてもあんな風にRES出来ないが、全体的に見れば
誰もが(私を含め)少々理屈っぽい。

この問題はまだまだ続く・・

【No.435】 題名:【自閉症】・・名称変更について日本自閉症協会東京支部の公開掲示板より

和パパさん、紅茶キノコさん、ななみさん、東京支部の方々はとても活発ですね。
どんな意見が寄せられているかなあと毎日、見に来ていました。

↓でエラそうに一席ぶってしまいましたが、さて、改称に向けてとなると実際問題、どういうふうに
手を付けたらいいのか・・末端の一会員としては頭を捻っていました。分からないながらも昨日の
新聞でヒントを得たように思いました。

昨日の朝日新聞朝刊に【偏見解消 呼び名から】「分裂病」を「統合失調症」に名称変更、と題して
変更のいきさつが、19面、丸々ブチ抜きで語られていましたね。(実は全家連が新名称を募集した時、
部外者ながらオリジナルの【メンタル機能不全症候群】なる名称を投稿しました。)
【精神分裂病】なんてあんまりです。やはりその字ズラから、【精神】なるものが空中分解しているが
如き図柄が浮かぶではありませんか。こういう場合、漢字文化は辛いですね。

それはともかく、改称は、全国精神障害者家族連合会(全家連)が日本精神神経学会に9年来
働きかけて、この夏、実現の運びとなったことが分かりました。

すると【自閉症】の場合も、和パパさんが提唱されているように各支部で意見をまとめ、協会全体として、
日本精神神経学会(ここでいいのでしょうか?)に改称を要求していくという形になりますか?
【No.421】 題名:そもそも【自閉症】という名称日本自閉症協会東京支部の公開掲示板より

初めまして!
協会ニュース「いとしご」を辿ってここへ来ました。19歳の「ひで君」のママです。横浜在住です。

RE:3月8日 フジテレビ ビューテイーコロシアム 不適切な表現
についてですが、私もこの番組を見ていました。ストレスの余り「自閉症」にまでなってしまった、
という表現が何度も繰り返されてましたね。これは局に抗議が行くなあ、と思ってました。
医師であった渡辺淳一の小説にも、「そんなことをしていると【自閉症】になってしまう」などという
くだりがありましたし、17年間の経験から「自閉症」を名乗っている以上、こういう思い込みが
世間から消えることはないのでは?と思うに至りました。

これまでにも、各地の自閉症協会支部を中心に「自閉症」は「ネクラ」とかそんなのじゃない、と
世間の誤解を解こうというキャンペーンが何度もなされました。でもね。そもそも「自閉症」という
名称がこの傷害の実態を表していないし、どんなに訂正しても、日本人はネクラでメランコリックな
雰囲気が立ち上る【自閉症】という字ズラが大好きなんです。(勿論、暗く閉じこもっているイメージで)

幼児訓練会のボランティアを以前してもらっていた友人までが、数年後には「ねえねえ、
犬にも自閉症があるんですって!?」と明るく言った時には絶句しました。
佐々木正美先生のTEACCHに関する講演にも出席経験があるのに、この人にしても、
【自閉症】=【閉じこもり、ネクラ・・】の思い込みが如何に強固であるか、を思い知りました。
要するに、非当事者には、自分のイメージの方が優先するということでしょうか。
今でも息子のことを「自閉症」だと言う度、無関心でなければ、「自閉症なら治りますよ」とか
「そういう心の病は・・」とか、乗り出して来るお門違いの人ばかりです。そのたんびに
「自閉症とは・・・」とやっていますが、きっと印象に残らないだろうなあ、と虚しい思いです。
アスペルガー症候群の向こうを張って、勝手にカナー症候群とかを名乗ろうかと冗談に思ったりしています。
(我が家のひで君は中度〜重度の知的障害を伴っています。)

先日、朝日新聞「声」欄に自閉症児の母親が、「精神分裂病」が「統合失調症」に名称変更されたのが
羨ましいといって投書していました。私も全く同感ですが、皆さんはどう思われますか?

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