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銀行はお金を預かったり、貸し出したりするところです。ふつうの銀行ではお金を使いますが、この銀行は少し違います。 お金の代わりに時間を扱うのです。 ここ、時間銀行は今日も忙しいお父さんたちで大賑わいです。 今日のお客様、シュウくんのお父さんもそんなお仕事に追われている人の一人です。 「ここが時間銀行か」 銀行の前でシュウくんのお父さんは立ち止まりました。見た目はふつうの銀行と変わりありません。 ちょっとくすんだ灰色のビル。綺麗に磨かれた自動ドア。その中で働いている人、順番を待っている人。いつものよく見る風景です。 少しだけドキドキしている胸を押さえ、シュウくんのお父さんは中に入りました。独特のざわついているような、それでいて静かな空間に紛れ込みます。 「こんにちわ」 カウンターでは、夕焼け空のようにきれいな赤い髪をしたおにいさんが、笑顔でシュウくんのお父さんを迎えます。その笑顔にホッとして、シュウくんのお父さんは恐る恐る尋ねました。 「すみません、お尋ねしますが、借りるにはどうすればいいんでしょうか」 時間を借りるなんて初めてのことなので、シュウくんのお父さんはどうしていいのか判りません。 「ご融資ですね。承知いたしました。ご案内いたします」 奥に案内されると、立派な造りの広い部屋につきました。柔らかそうなソファに二人の男の人が座っています。一人は睨むようにこちらを見ているヒゲを生やした男。もう一人は眼鏡をかけていて、優しそうな顔をした男です。 「まあお掛けください」 眼鏡の男に勧められるままに、二人の向かい側のソファに座りました。 「どこでお知りになったんですか?」 ヒゲの男に低い声で訊かれ怖がっていると、眼鏡の男が柔らかく言います。 「すみません、ここは宣伝をしているわけでもないですし、何よりちょっと特殊な銀行なので、お答えいただかないと……」 「ああ、なるほど。そうですよね」 納得して、シュウくんのお父さんは、ぽつりぽつりと答えます。 「いつも一緒に忙しい忙しいって言ってた奴が、いきなりそんなこと言わなくなったんですよ、仕事のスピードが速くなったわけでも、量が減ったわけでもないのに。それで訊いてみたら、ここで借りてその分の時間で仕事をしてたって…」 シュウくんのお父さんの話を聞いて、眼鏡の男が頷きました。 「わかりました、お貸しいたしましょう」 ヒゲの男が、机の上に一枚のカードを置きました。 金色をした『時間銀行』とだけ書かれたシンプルなデザインの薄いカードです。 「このカードで必要な時に、必要な分だけお引き落としください」 「はい、ありがとうございます」 シュウくんのお父さんが喜んでカードを受け取ろうとしたとき、ヒゲの男が言いました。 「ただし、借りた分は返していただきます。それだけは忘れないでください」 初めて借りた時間は三十分でした。他の人よりも借りた時間を使った分だけ仕事は速く片付きます。それもそのはずで、借りた分の時間を使うとき、周りの人の時間は止まっているのです。 仕事が速く終わると、家に帰るのも早くなります。残業が無くなったのでお休みも増え、お父さんとシュウくんは遊ぶ時間が増えました。 シュウくんのお父さんはそれが嬉しくて、早く仕事を終わらせようと、どんどん時間を借りました。 でも、最近シュウくんのお父さんは変なんです。 黒かった髪の毛が白くなり、手や顔のしわが増えています。 「シュウくんのお父さん、おじいちゃんみたい」 仲良しのテルくんやチカちゃんにそういわれて、シュウくんはお父さんのことが心配になりました。 そんなある日のことです。 シュウくんがお父さんと二人で留守番をしていると玄関のチャイムが鳴りました。出てみると、ヒゲを生やした背の高い、黒いスーツの男が立っていました。 「シュウくん、お父さん、いるかな?」 「うん。おとうさーん、お客さんだよー」 シュウくんに呼ばれて出てきたお父さんの顔が、真っ青になりました。 「おとうさん、どうしたの?」 「シュウ、自分のお部屋に行ってなさい」 シュウくんは何なのか訊きたかったのですが、お父さんが見たこと無いくらい怖い顔をしていたので、何も訊くことが出来ませんでした。 二階の部屋に向かっていると、下からお父さんの声が聞こえます。 「何のご用ですか」 男は無表情のまま答えます。 「ご自分が一番よくわかっているでしょう。今まで借りた分を返していただきたいんです」 「きょ…今日じゃなくてもいいでしょう。わざわざ家まで来なくても」 「いいえ、今日でなければダメなんですよ」 男はそういうとガツッとお父さんの腕をつかみました。 「あなたの寿命を計算すると、今返していただかないと足りませんから」 お父さんの体から、みるみる力が抜けていきます。 「おとうさん!」 二階からじっと様子を見ていたシュウくんは、玄関へ走りました。 「おとうさん、おとうさん!」 けれども、玄関にはもうお父さんの姿はありません。急いでシュウくんが外に出ましたが誰もいません。いつも通り近くの公園からみんなの声が聞こえているだけです。 お父さんも、お父さんを連れていってしまったヒゲの男の姿も見えません。 お父さんがいた玄関には、金色のカードがあるだけです。そのカードもシュウくんが手に取った瞬間、幻だったようにかき消えてしまいました。 「失礼します、お客様です」 赤い髪をしたおにいさんが、奥の部屋にまた誰かのお父さんを案内しました。 「お掛けください。どこでお知りになったんですか」 眼鏡の男が柔らかく尋ねます。 けれども、その顔にはどこか意地の悪い笑みが浮かんでいます。 そして、眼鏡の男の隣にいるのはヒゲの男ではなく、シュウくんのお父さんによく似た人です。 その後ろには、様々な長さをしたたくさんのロウソクの炎が揺らめき、それを受けて金色のカードが、机の上で鈍く、冷たく光っていました。 おわり
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