「 春 」

ザク、ザク、ザクゆっくりとしたリズムで近づいてくる。
サクサクサクちょこちょこと足早に近づいてくる。
二つの音が重なり合って、眠っている僕の意識をひっぱりあげた。
眠たい目をこすってゆっくりと起き上がる。
大きく伸びをした後に音のした方を向くとそこにはもう誰もいない。
大きな足跡と小さな足跡が一組ずつ山の麓へと向かって延びているだけだった。

その年最初の霜柱が出来るころ僕は目覚める。
そして葉が落ちて寂しくなってしまった木を白く飾り付けしてやり、里の人たちに冬が来たことを教える。
ぽーんと飛び上がって山のてっぺんにある一番大きな木の上へ登った。
リンと足に着いている鈴が鳴るとたちまちその木に氷の花が咲いた。
遥か下に見える里ではのんびりと汽車が走っている。
木に座ったまま僕はその様子をいつまでも眺めていた。 山中を走り回り、空へ飛び上がり、手を鳴らしては雪を降らせる。
今までずっと眠っていたから全然眠たくならない。
朝も昼も夜も休むことなく僕は遊び続けた。
すっかり冬の顔になってしまった山を降りて里へと出る。
里へ出るのは随分と久しぶりで、僕が知っている里ではなくなってしまっていた。
土はほとんど無くなってしまっているし、やたらと背の高い建物が目立つ。
少しだけ悲しくなりながら屋根から屋根へと飛び回る。
足の鈴は鳴らしちゃダメだ、家が凍っちゃったらみんなきっと困るから。
どんどん飛び回っていると、背の高い建物は姿を消し、徐々に土があるところが増えてきて嬉しくなる。
あんまり嬉しくて、見つけた桜に飛び移った時に鈴を鳴らさないように気をつけるのを忘れてしまった。
チリリンッときれいな音がして、桜はあっというまに大きな氷で満開になった。
「うわぁ〜」
声に驚いて振り向くと小さな女の子が目を丸くして立っていた。
寒さで頬を真っ赤にしながらしきりに感心している。
「おにいちゃんがしたの? すごいねぇ!」
更に驚いた。この女の子には僕が見えるんだ。
殆どの人間には僕の姿は見えないはずなのに。
素直な感激に少し恥ずかしくなって、照れ笑いをしながら木から下りた。
女の子のまわりには小さな赤い実と葉っぱが二つずつついた雪のかたまりが作られていた。
「あのね、これりっちゃんが作ったんだよ。
 これがママで、こっちのおっきいのがじーじで、一緒にいるのがばーばで、  いちばんちっちゃいのがりっちゃん!」
得意げに自分が作った雪ウサギを指差していく。
その笑った顔がほんとうに楽しそうで、僕はもっと喜ばせてあげたくなった。
四体の雪ウサギに静かに息をふきかける。
ただの赤い実だった目に光が灯り、葉でできた緑色の耳がふるっと震えた。
小さな手から作り出された雪ウサギがぴょんぴょんと跳ねながら踊る。
女の子は跳ねる雪ウサギの動きに合わせて手を叩きながらはずむように歌っている。
僕も手を叩きたかったけれど、叩けば雪が降ってしまう。
一緒に歌ったり話しをしたかったけれど、僕の息はすべてを凍らせてしまう。
それでもその女の子の楽しそうな様子を見ているだけで僕も楽しかった。


真っ白な雪がオレンジ色に照らされるまで毎日毎日、僕らは遊んだ。
自分より大きい雪だるまを作ったり、かくれんぼをしたりしていると時間が過ぎるのはあっという間で、
夕陽が沈むのが恨めしいと思うこともあった。
そういえば前に里に降りて来た時もこんな風に人間の女の子と遊んだことがあった。
僕のことを「雪ん子」と呼んでいた。
雪という意味の名前を持った女の子、風花(ふうか)ちゃんは今どうしているんだろう…。


「ばーばにおリボン結んでもらったんだよ、かわいいでしょー」
黒い髪に細いピンクのリボンがとてもかわいくて僕は頷く。
にこにこと笑っているりっちゃんの顔を前にもどこかで見たことがある気がして、
一瞬胸の奥に氷の針が刺さったみたいにチクリとした。
「おにいちゃんどうしたの? おなかいたいの?」
考え込んでいた僕に気付いて心配そうに聞いてくるのに、首を振る。なんでもないよ。
「あの雪だるまさんにおともだちをつくってあげよう」
りっちゃんがそう言って、今日の僕らの遊びが決まった。
ころころころころ、雪玉を転がしてどんどん大きくしていく。
りっちゃんも小さな手で一生懸命に雪玉を大きくしようとがんばっている。
体を作るのは僕、頭を作るのはりっちゃん。
近くに生えていた草でにっこりと笑った顔を作って、体の上へと乗せる。
前に作った雪だるまより二回りくらい小さい。
二つ並べているときょうだいのようだった。
「雪だるまさん、おっきい方がおにいちゃんで、ちっちゃいほうがりっちゃんみたいだね」
出来上がった二つの雪だるまを見ながらりっちゃんはにこにこ笑っていた。
うん、僕もそう思う。
晴れた空の青さと雪の白さ、
色の少ない世界に映える、
ピンクのリボンをつけたりっちゃんは小さな花みたいだった。
「あのね…」と何かをしゃべろうとしたりっちゃんの声に重なって、声が聞こえた。
聞こえた声にりっちゃんは嬉しそうに振り向く。
「ママ!」
「六花(りっか)
駆け寄ったりっちゃんをその女の人は大切そうに抱きしめ、頭を撫でている。
大好きな人に触れる事、僕が絶対にできない事。
それを簡単に出来るのが羨ましくて、りっちゃんがとても嬉しそうで、
胸の奥の氷の針が少し大きくなった気がした。
「ごめんね、六花、寂しかったでしょう」
「ううん。おにいちゃんとね遊んでたからさびしくなかったよ」
そう言ったりっちゃんの言葉に女の人は顔を上げた。
でも、きっと僕のことは見えない。
思ったとおり目をキョロキョロと動かして僕のことを捜してたみたいだけど、やっぱり見えなかったみたいだ。
「…そう、よかったね」
「うん!」
女の人がりっちゃんとぎゅっと手をつなぐと、くるりと僕のほうを向いた。
はっきりと目が合ったのに驚いている僕に、彼女は優しく微笑んでおじぎをした。
「ありがとう、雪ん子さん」
「おにいちゃん、またね!」
元気に手を振るりっちゃんに手を振って応え、後ろ姿を見送った。
「ママもね、六花ぐらいのときにおにいちゃんと遊んだんだよ」
「ママも? ねぇママ、またおにいちゃんと会えるかな?」
「六花がおにいちゃんのことを忘れないなら、きっとまた会えるよ」
「うん、りっちゃん絶対おにいちゃんのこと忘れないんだ」
風に乗ってそんな会話が小さく聞こえてきた。
あの女の人は…そうか。
りっちゃんを似ていると思ったのも仕方ないのかもしれない。


りっちゃんたちを見送って山へと戻る途中、雪の間から顔を覗かせようとしているたんぽぽを見つけた。
もう、冬も終わり…。
雪ウサギが踊るリズムに合わせて手を叩き、最後の雪を降らせながら山へと戻った。
綿のような雪が積もった木を見つけ枝の上にころんと寝そべる。




----- また一緒に遊べますように。



起きた時よりも幸せな気分で僕は眠りについた。




END


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