遠くに見える山並みに少しずつ緑以外の色が増えていく。
校庭のイチョウも柔らかな黄色へと変わり、ひらりひらりと風に舞っている。
「あの木の最後の一枚が落ちたとき、僕の魂は空へと還っていくんだ…」
「……………転んでそういうことになったってあんまり聞いたことないなぁ」
ため息交じりの反論に窓の外を見ていた少年は驚いたように、少年の手のひらを消毒していた校医の顔を見る。
「あんまり!? あんまり聞かないってことは、少ないけど聞いたことがあるってことだよね? やっぱりだ、やっぱり僕はもうダメなんだ!!」
「………………。ごめん、あんまりじゃなくて、全然聞いたことなかった」
「うそ! だってあんなに血が………」
大げさにわなわなと震えてみせる少年に新任校医はもう一度力なくため息をついた。
「あのね、擦りむいたっていっても転んだときについた手のひらだけでしょ? ちゃんと消毒したから大丈夫。コウちゃんは肌が弱いから絆創膏は貼れないけど、お薬塗ったから。乾いたら練習に戻っていいよ」
「テープ貼れないなら包帯巻いてくれればいいのに。あ、そう、ちず姉! コウちゃんってそろそろやめない? 僕もう6年生だよ、あと半年で中学生なんだからさ」
紘一朗ってカッコイイ名前があるんだからと、頬を膨らませて言っているのがまだまだ子どもっぽくて千澄は、ごめんごめんと笑った。
「だったら私のこともちゃんと、先生って呼んでよね」
「それはムリだね、だって僕の口はちず姉を見たら『ちず姉』ってしか呼べないように出来てるんだもん」
「あ、そう」
大人びたことを言ったかと思えば、すごく子どもっぽい主張の仕方をする。千澄は紘一朗のそんなアンバランスさが大好きだった。
とても頭の回転がいい子なんだと思う。決まりきった枠の中でしか物事を捉えきれない自分と比べ良くも悪くも突飛で奔放な紘一朗を羨ましく思うこともあった。10以上も年の離れたお隣さんには絶対に言えないけれど。
「ねえちず姉、5−2の担任の先生のー…、えーと……」
「西田先生?」
「そう、その先生と付き合ってるってホント?」
「は…?」
「ううん。ちず姉のその顔見たらわかった。やっぱりガセか」
差し込む日差しで保健室の中はポカポカと暖かい。けれどガラス一枚を隔てた外は時折強い風が吹いて、落ち葉をカサカサと巻き上げていた。
疑問符で頭がいっぱいになっている千澄をよそに、尋ねた張本人はそしらぬ顔で外を眺めている。
「…あのー……、コウちゃ………紘一朗くん?」
「あ! ちゃんと言い直したね! 偉いよちず姉ー」
ぱあっと顔を輝かせ、キラキラとした瞳で見られ一瞬ひるむが気を取り直して千澄は口を開く。
「なんで、私と西田先生が…その…お付き合いしてるって話になったの?」
「…べつに。クラスの女子が言ってたから。どうせちょっと一緒の方向に歩いたかなんかなんだろうけど?」
紘一朗の言葉に千澄は他人事のようにうなずく。そういえば今月の頭くらいに、買い物帰りに偶然西田先生に会った。駅に向かうほんの5分、数10メートルの間の出来事なのですっかり忘れていた。けれどたったそれだけのことで『付き合ってる』ということになるとは……おそるべし小学生女子!!
「あいつら何でもすぐそっちに持っていくんだから、ちず姉も気ぃつけないとダメだよ」
「そうだね…」
油断も隙もあったもんじゃないなぁ…。
「あ、そういえば練習。そろそろ傷薬も乾いたころだから戻った方がいいんじゃない」
「いいよ」
「よくない。サボっちゃだめでしょ」
「サボリだとかそういう次元の低い問題じゃないんだよ、森塚千澄先生。これはね、僕の心の問題」
え?と聞き返すと神妙な顔をした紘一朗にちょっとと手招きされた。シーと人差し指を口に当てて『内緒だよ』と前置きされる。
「なに?」
「あのね…」
耳打ちされる声の小ささに全神経を耳へと千澄は集中させた。
ふーっ。
いきなり耳へ息を吹き込まれ背筋がゾワリと粟立つ。
「やっ! ちょっ…もうっ! コウちゃん!!」
「あ、せっかくさっき呼んでたのにもう戻ってる!!」
「人が真剣に聞いてるのに!」
「あ、じゃあさ、そのまま真剣に聞いてて。僕ね、好きでもない人と手をつなぐのイヤなんだ」
フォークダンスでもね。だから、戻りたくないの。
「僕の右手は千澄としかつながないから、あと6年そのまま待ってて」
ちょっと寂しいかもしれないけど、お見合いとかしないでよ。
ニヤリと笑って「消毒ありがとう」と去っていく体操服姿の少年を千澄はぼんやりと眺める。
あまりに突然の告白にヘタリと倒れこむように椅子へと腰を落とした。
真っ白な頭の中に唯一あるのはさっきの紘一朗の言葉。
目の前で風と戯れる落ち葉と一緒に千澄の頭の中でくるりくるりとワルツを踊る。
「30間近で18の彼氏ってどうよ…」
本日三度目のため息を盛大について千澄はスチールの机の上へと突っ伏した。
口元を無自覚に小さな笑みの形に持ち上げて。


おしまい




































☆水遊
私のせいで大変遅れてしまいましたっ申し訳ないですっ
人の小説に挿絵ってはじめてでどっきどきっ
そして、世の中の挿絵描いてる人たちをまじで尊敬しました。
いやぁ、こんだけないすな小説に絵を入れるって
難しいーっっイメージだだ壊しでごめんなさいっ(><)
もっともっと精進するからっ!!見守っててまこな!!

最後になりましたが、PONさんいつもいつもありがとうございます!
どうぞ、お受け取り下さいませ。
今後ともよろしくお願い致しますvv


☆まこな
テーマ「秋」です。秋ですよー。
ほら、イチョウとか落ち葉とか運動会とかそれっぽい言葉が織り込まれてますよー。
そんなわけで3000のキリ番を踏まれたPONさまよりのリクエスト−文章編−でございます。
ミーティング時に水遊から「女の子は描きたいなー。それ以外は自由」(意訳)と言われたので好き勝手三昧です。
年の差、白衣、小生意気な男子。以上!

自分の文章でイラストを描いてもらうというのが初めての体験でドキドキでした。
描いてくれた水遊と、こんなめったにない機会をくれたPONさんに心からお礼を申し上げます。
ありがとうございます。