猪瀬和道の レポート 大連発



<ウォーカーチャイナ2004年2月号>

大連レポート 連載「日本語人材市場」



第1回 秘策練る人材紹介会社

急募 練達スキル「万」単位
日系企業以外にGE、デルも

 歴史、経済的に日本と密接な関係を持ち続けている大連で、日本語人材の供給不足現象が起き始めている。「中国全土から日本語を話せる人材をかき集めても足りないだろう」。こんな声さえ上がり始めた。従来の製造業からソフトウェア開発、電話でサービス業務や営業活動を展開するコールセンターへと、日本の進出企業は質的な広がりを見せ、より高度な日本語人材を求めているのだ。「日本とかかわりの深い東北地方」の産業界でいま、何が起きているのか。日本語人材をめぐる現状と展望から探ってみたい。

 日本やロシアの時代に建てられた重厚な建築物が今も残る大連市中心部の中山広場。ここから東へ五○メートルほど離れた中銀ビルの九階に昨年八月、日本の大手人材紹介会社が事務所を開設した。中国名は「大連博科人才有限公司」。パソナテックである。
 人民路を隔てた斜め前の平安ビル一六階には、外資系企業向けの人材紹介会社として先行し、実績を上げている「大連環球人才顧問有限公司」(ユニバーサル人材コンサルタント)が事務所を構える。パソナテックとユニバーサル、新旧の二社が対峙(じ)するさまは、大連の日本語人材を取り巻く環境の変化を映し出しているようでもある。
 パソナテックの王進総経理が滑らかな日本語で語る。
 「日系の大手企業から、大連にぜひ進出してほしい、との要望もあって開設しました。パソナテックとしては中国で初めての事務所です。いかにこの大連を重要視しているか、分かっていただけると思います」
 古くから日本語を話す人材が豊富なことで知られる大連では、経済技術開発区を中心に製造業などの日系企業が相次いで進出し、多数の中国人従業員を採用して業績を上げてきた。しかし、ここ数年は、進出企業の業種が多様化して、IT産業からサービス業にまで広がっている。日本語のできるソフトウェアエンジニア、日本語で電話応対ができるコールセンターのオペレーターなど、日本語の会話力もさらに高いレベルが求められているのだ。
 中でも日本語人材を大量に必要としているのがコールセンター。米企業のゼネラルエレクトリック(GE)やデル・コンピュータも日本向けのコールセンターをすでに開設、業務をスタートさせている。今後も事業拡大する方針で、そのための人材育成、確保に力を入れている。
 「GEなどは一〇〇〇人、二〇〇〇人単位で日本語人材を欲しがっている、と聞いている。すでに日本の各中小メーカーもコールセンターやバックオフィスを開設している。この成否を日本の大手メーカーがじっと見守っている。もし、成功すると判断すれば、人件費の安い大連へと拠点を移してくることは十分に考えられる。その時は、日本語人材をめぐる争奪戦はもっと激しくなるだろう」
 こう推測する関係者もいる。とすれば、万人単位で日本語人材が必要になってくることもあり得るのだ。「中国全土の日本語人材をかき集めたとしてもまだ足りない」。こんな言葉が、あながち大げさとは思えない状況が出始めているのだ。

 ■日本人もネイティブ人材!

 五年間にわたってパソナ本部の中国室で中国ビジネス分野を担当していたパソナテックの王総経理は、人材確保への秘策を練り、実際に手ごたえも感じ取っている。
 その秘策のひとつは、日本語を話せる中国人だけでなく、日本人もまた、日本語人材として考え、開拓しようというのである。転職者に加え、新卒者さえも視野に入れている。問題は、中国の日系企業に現地スタッフとして入社した場合、給料などの就労条件面で日本の本社と比べて低いことだが、王総経理は「それ以上に得るものは大きい。きっと成果を上げるはず」と自信をのぞかせた。
 「日本の会社では出世は難しい。将来に対する希望や夢も持ちにくいのが現状です。その点、中国の日系企業ならば、責任ある立場になることもできるし、会社を大きくすることもできる。やりがいという点では、中国の方がずっと大きいのです」
 その第一歩として、今春から社員を日本に派遣し、各大学の就職担当部門とのルートづくりに着手する。新卒者の就職先は、大連にある日系企業の現地スタッフ、という時代がすぐそこまで来ているのかも知れない。
 パソナテックを迎え撃つユニバーサルの謝世晶総経理は「パソナテックさんが出てきたからといって、特に意識はしていません。でも、人材紹介の業界がさらに大きな市場となり、活性化されることにもつながるので、結構なことだと受け止めています」と、にこやかな表情で話す。
 ユニバーサルは三年前、外資系企業に人材を紹介する大連で初の会社として設立。当時、人材紹介といえば、日本でいうハローワーク形式の「人材市場」ばかりで、人材の橋渡しをする会社は皆無だった。現在では、外資系企業に人材を紹介する会社は四、五社に増え、いかに需要が拡大しているのかを物語っている。

 ■現地コールセンター需要が最多

 ユニバーサルの設立当初は、東北地域の日本語人材を上海などの企業に送り込むのが主な目的だった。しかし、大連の日系企業から日本語人材を求められ、最近は特にコールセンターからの需要が増えてきたという。
 コールセンターのオペレーターは、電話で日本人からの苦情や質問などに答えなければならないことから、日本の文化、習慣を知って、相手の心理を理解するまで、高度でおな日本語能力が要求される。だが、現実は、そこまでのレベルに達していない人材が多く、需要と供給のバランスは崩れ、供給不足に陥っている。
 ユニバーサルもまた、日本語人材の開拓、育成に向けて新たな戦略を展開する。スキルアップを目指したビジネススクールを一月から開講。講座は「ビジネス日本語」「営業マン」「コールセンターのテレフォンオペレーター養成」の三つ。日本で人材・教育サービス会社に勤務した安達ゆみ子副総経理らが講師となって、日中の企業文化の違いや言葉遣い、クレーム処理などについて、二ヵ月の短期コースで徹底的教え込む。
 謝総経理は言う。「大学では、ビジネス日本語を教えることはないし、日系企業も文化や習慣など細かいところまで教えようとはしません。お互いに理解しあえる一歩手前で終わってしまっています。私たちは、その部分を埋め、レベルの高い日本語人材を育成し、日系企業に送り込みたいのです」
 これまでの労働集約型の製造業から、IT産業やサービス業へと幅広い分野へと広がり始めた日本の進出企業。産業構造の変化は、新たな人材市場を生み出している。

写真は、上から
 滑らかな日本語で語るパソナテックの王進総経理
 昨年8月に進出した大連博科人才有限公司の事務所入口
 大連初の日本語人材紹介会社・ユニバーサルの謝世晶総経理
 実践的な日本語を指導する安達ゆみ子副総経理