猪瀬和道の レポート 大連発





<「東北の窓」2003年11月下巻号>


山は大連の財産


 大連広域市の最高峰は何という山か知っていますか?
 この質問に答えることのできる大連人はいったい何人いるだろうか。
 以前、中国の友人に聞いてみたことがある。ある人は自信なさそうな表情で、「大黒山ですか」と答えた。そして、ある人は「中国の最高峰は知っているけど、大連は知らない」と、興味がなさそうだった。
 正解は、庄河市にある歩雲山で、標高は1131m。ちなみに、金州の秀峰・大黒山は標高663mだ。
 私は今年、この2つの山をはじめ、大連で2番目の高さといわれる普欄店市の老帽山(848m)や金龍森林公園内の城山(406m)、大連市街地に点在する大頂山、台山、晩霞山、西尖山、大連砲台山などにも登った。大連の山を歩くたび、この街の自然環境の素晴らしさを実感するのだ。
 海辺の美しい都市といわれる大連。複雑に入り組んだ海岸線は雄大な景観をつくりあげ、見る人たちに心の安らぎと感動を与えてくれる。そして、新鮮な海産物も豊富で、私たちに海の幸をもたらしてもくれる。確かに海は、大連が誇る大きな財産である。
 だが、市中心部を取り巻くように続く丘陵、北東へと延びる山塊もまた、大連に欠かすことのできない貴重な自然のひとつだ。
 東海公園の南側に位置する大連砲台山からは、市中心部の高層ビル街、大連湾を航行する大小の船舶、海面の向こうに浮かぶ経済技術開発区や大黒山を見渡すことができる。白雲山から迎客山、晩霞山へと連なる尾根からも、スケールの大きな眺望が広がる。眼下に整備された星海広場を見ながら進むと、やがて青く輝く黄海が目の前に迫り、その迫力に圧倒されるのだ。
 これまでに登ったどの山からも、海を見ることができた。また、緑の丘陵を抱きながら街並みが続く近代的なたたずまいの大連を知ることもできた。山の上から見る景色は、この街の魅力が凝縮されているのだ。
 一緒に山歩きを楽しんでいる日本人の友人は「欧米で暮らしたことがあるが、都市の中にこれほど魅力的な山がたくさんあるところはどこにもない。大連の山は世界で最も素晴らしい」と驚いていた。
 私も同感である。日本にいた時、中部山岳地帯の険しい山や東京の奥多摩など、各地の山に登ってきたが、登山口に行くだけでも、何時間も車や電車、バスに乗らなければならない。大連のように、都市のすぐ近くに景観の優れた山はないのだ。
 その日本では、登山ブームが長い間にわたって続いている。というより、日本人の生活の一部に溶け込んでしまっている、と言った方がよいのかも知れない。
 書店に行けば、日本全国のベスト100を紹介した「日本百名山」や、花が美しい山を取り上げた「花の百名山」、北アルプスなど中部地方の山々を書きつづった「東海の百山」、さらには温泉と登山を楽しむガイドブックまで、数多くの種類の本が並んでいる。
 週末になると、登山愛好のグループや個人が、全国各地の山に繰り出す。とくに夏の北アルプスは、登山者の列が続き、登山道や頂上は、まるで都会のようなにぎわいをみせる。頂上近くにある山小屋はどこも超満員。寝るスペースは極端に狭く、寝返りが打てないほどのすし詰め状態だ。
 それほどまでにしてなぜ、山に登るのか。それは、都会の慌ただしい生活から解放され、山の清々しい空気を吸い、自然を身近に感じたい、という欲求があるからだろう。息苦しい現代社会の裏返しでもある。
 素晴らしい山々が身近に点在する大連はどうだろうか。
 私は中国全土、世界各国がSARS問題に揺れた今年5月から、健康増進のために大連の山に登り始めた。そして、冬の訪れを知らせる北風が吹き始めた11月上旬まで、15山の頂上に立った。
 麓まで住宅地や工場などが建ち並んでいる台山や大連砲台山、西尖山などでは、登山というより、朝の散歩がてらに登る市民が多いことに驚いた。
 私はといえば、日本から持ってきた登山用の靴に登山用デイパックを背負った“重装備”である。驚いたのは、運動服に運動靴の軽装で登っていた市民の方かも知れない。「物々しい格好をした日本人のような男は、ヒマラヤでも登るつもりなのか」と。周囲の人たちから完全に浮き上がってしまった。
 市の中心部から少し離れた大頂山や、西山ダム近くの尖山寺などの山では、すれ違う人さえいなかった。また、歩雲山では、地元の人は不思議そうな表情を浮かべ、「頂上に登っても何もない。何のためにわざわざ来たのか」と聞いてきた。
 こうしてみると、山登りに対する日本と大連の人たちの考え方の違いが見えてくる。
 日本では、自然を求める人たちが全国各地の山々を訪れ、「登山」そのものが観光資源のひとつになっている。大勢の登山客は、山の近くの町で買い物をしたり、泊まったりしてお金を使う。地元に入る現金も決して少なくない。登山そのものが経済性を伴っているのだ。
 だが、大連では、身近な山は健康増進のための「散歩コース」であり、わざわざ時間をかけて登るものではない、と思っている人たちが多いようだ。山という貴重な財産を持ちながら、その本当の素晴らしさと価値に気づいていないのではないだろうか。
 いつも眺める街の風景に溶け込んでいる大連の山だが、実際に登ってみると、そこには感動の世界が待っている。そして、「魅力あふれる大連の山」といった題名で、大連の代表的な山を紹介した本を発行すれば、多くの人に読んでもらえるような気がする。
 それだけではない。日本人向けに「大連の山に登ろう」と称したツアー企画を立てれば、大勢の登山愛好家が大連を訪れ、新たな観光資源になるようにも思えてくる。
 ついつい、山にまで経済的価値まで見いだそうとするのは、私が日本人だからなのだろうか。

写真は上から
大連広域市の最高峰・歩雲山のどっしりした山容
大頂山への登山道から大連の街並がよく見える
晩霞山から見た黄海。美しさに息をのむ
砲台山の登山道から見える高層ビル群