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小黒山
(xiao hei shan=463m)
(2004年9月25日=曇りのち晴れ)
▽ガイド 金州郊外にそびえる大連の水源地
▽交通 大連市街からだと普蘭店方面行きの中距離バス。だが、車がないと動きづらい
▽ルート 牧場からと寺院「娘娘廟」から登る。まだほかにもありそう
■薮こぎと行く手を阻む巨大岩盤
暑かった夏も終わり、この大連にも秋風が吹き始めた。空は高く、空気も透明感がある。絶好のアウトドアシーズン。8月は休止状態だった大連山の会も活動を再開した。9月の定例登山は25日に行われ、目的地は金州郊外の小黒山(463メートル)だ。
参加者は日本人8人と英国人2人の計10人。陳尚郁さんの運転するマイクロバスで午前7時40分、黄河路の家楽福前を出発した。開発区から金州を通り、普蘭店へと向かう幹線道路を北上する。二十里堡、三十里堡という地名の街を過ぎ、四十里堡に入る橋を渡ってから、車は右折した。時間はちょうど午前9時。
この「里堡」というのは、「中国の地名に使われる」と辞書にある。だから、三十里堡とは、ある起点から三十里離れた砦、壕となるのだろう。1里は0.5キロメートルだから30里は15キロ。地図を見ると、その起点は、かつてこの遼東地方の中心地として栄えた金州を指していた。
そもそも、この小黒山に登ることになったのは、今年5月22日に開発区にある童牛嶺に登ったとき、山の会世話人の岡田稔さんと三上吉彦さんが、大黒山の右手後方に富士山に似た姿の山を見つけたことに始まった。
「よさそうな山ですね。なんて言う山でしょうね」
「地図上だと“小黒山”でしょうか。こんど登ってみましょう」
こんな会話から小黒山登山が実現した。もっとも、この大連には山のガイドブックも、山の名前を記した詳しい地図がないので、新しい山に登ろうとすると、見た目の判断や勘に頼らざるを得ないのだ。
陳さんの運転するマイクロバスは、小さな川の右岸道路を突き進む。途中左手に「大連小黒山水源」と刻まれた石碑が建っていた。川では釣りをしている人や投網を打っている人もいる。上空を見ると、タカが5羽舞っていた。大きさから判断すると、サシバかハチクマのようだ。
やがて小さな川は大きな湖へと姿を変えた。この山塊一帯は、水が豊富なのだろう。9時15分、車は左手の未舗装道路へと入り、間もなく登山口となる牧場に到着した。岡田さん、三浦昭彦さんらは9月上旬、陳さんのマイクロバスで下見に訪れていたのである。だから、ここまで迷うことなく、わずか1時間35分で着くことができた。
牧場には、犬5匹のほか、ヤギやニワトリ、アヒルが放し飼いされている。後からやってきた牧場の男性に、登山道について聞いてみると、「真っすぐ頂上に向かう道を進めば1時間で着く」と、愛想のない表情で教えてくれた。ここで車から降り、身支度を整えて出発!
荷物をチェックした時、大失敗したことに気づいた。デジタルカメラを持ってきたのはいいのだが、乾電池を充電したまま置いてきてしまったのだ。記録係としては面目がない。昨夜、酒を飲み過ぎてしまったのがいけなかった。三上さんのデジタルカメラを借りて撮ることにした。
なだらかな斜面の小黒山山腹に広がる牧場の景色は、十数年前に動物の写真を撮るため、何度も訪れた岐阜県下呂市小坂町の滝上牧場に似ていて懐かしい。小さな沢に沿って道が延び、牧草地の周囲にはこんもりとした林になっている。コオロギの鳴き声を聞きながら快適な登りが続く。牧場を越えた当たりからアカシアの林に入ってきた。ツユクサやツリガネニンジンの花が、いかにも秋の野山らしい風情を映し出している。
やがて霧の向こうに小黒山の山容が浮かんできた。開発区から見たときは富士山のような独立峰に見えたが、実はピークが東西にいくつも連なる大きな山塊だった。山は見る角度によって、その姿はまったく違うものだ、とつくづく思う。
午前10時、一息入れて再び歩き出した。登山道は消えている。ともかく上へ上へと向かって進む。薮こぎしたり、大岩盤に阻まれて巻きながら登ったり、変化に富んだルートだ。直登だけに汗も吹き出て来る。午前10時45分、最高峰と思われるピークの真下にたどり着いた。しかし、頭上は高さ約50メートルの岩盤が切り立っていて、とても登ることはできない。見上げるだけでも首が痛くなってしまう。
右側は進路がなさそうなので、左側を巻くことにした。尾根に出てきたところで、右手の岩盤を巻いて登るルートが分からず、仕方なく左手のやや低いピークへ。午前11時15分に到着。ここは岡田さん、三浦さんが事前調査ですでに登ったところだという。しかし、結構、きつかったし、それなりの達成感もある。「下見」と言いながらも、ここまで登ってきた岡田さんたちのパワーと熱意に敬服である。
このピークは、小黒連山の最北端に位置している。目の前の最高峰より約30メートル低いだけで、足下には牧場がよく見えるし、すっきり晴れていれば絶景に違いない。岩盤近くの上空では、ハチクマが数匹舞い、上昇気流をつかんでは南へと滑空して行く。タカの渡りのポイントなのだろう。それに小型のタカもいる。双眼鏡が欲しい。私のバードウォッチングレベルでは、肉眼だけで識別できないのが残念だ。
山頂で全員のおかずを出して食べ合う恒例の昼食会。イギリス人のリチャードはパスタ料理を持ってきた。日本人はおにぎりに卵焼き、ウインナーやハム、漬け物が多く、メニューは定番になってきたようだ。
食べた後、休憩することになったが、すでにこのピークを極めた岡田さんと三浦さんは、目の前の最高峰に登りたいようだ。「岩盤の裏側から登れば頂上に行けそう。調査してきます」と岡田さん。結局、4人が最高峰にチャレンジすることになった。
前夜の深酒がこたえていた私は居残り組。4人はいったん尾根を下がり、岩盤背後の急斜面からアタックする様子がよく見える。切り立った岩盤の北側は低木が生え、意外と取り付きやすいのかも知れない。4人は約1時間後、最高峰に立った。居残り組から見ると、4人は岩盤の真上に立ち、今にも転落してしまいそうだ。離れて見ている方がスリリングなのかも知れない。
頂上アタック隊は1時間後に無事帰還。4人によると、小黒山のピークは5つほどあり、山塊は思っていた以上に深いという。「まだまだ楽しめそうですよ、この山は」と三上さん。
午後2時に麓にある寺院「娘娘廟」を目指して下山することにした。細く頼りなさそうについていた山道は消え、再び薮こぎになった。みんな滑ったり、枝で切り傷をつくったりしながら進み、30分ほどで前方の景色が開けてきた。牧場が広がっているものの、足下は大きな岩が切り立っていて10メートルの絶壁になっている。
ここを避けて右手に回り、少し進んだところで牧場の最深部に出てきた。もう薮こぎをしなくてもいい。ここまで来ればひと安心だ。わき水が巨大な一枚岩を濡らし、源流部の景色をつくり出している。
いま下りてきたばかりの森を背にしながら、快適な牧場トレッキングが続く。頂上を出てから1時間半後の午後3時半、トウモロコシ畑に出てきた。地元の人たち5、6人が収穫作業をしているところだった。「娘娘廟」の場所を聞くと、中年の男性が私たちのところまで出てきて、「近道はあっちだ」と親切に教えてくれた。
「娘娘廟」は運転手の陳さんとの待ち合わせ場所だ。まずは携帯電話で陳さんと連絡を取ることにしたが、通話がとぎれとぎれでよくわからない。そんなやり取りをしているうちに、遠くに1台の車が見えてきた。「あれは陳さんの車じゃないの」と誰かが言った。まさか、道に迷って偶然、下りてきた場所に迎えの車が来るなんて、そんなうまい話はないだろう。私はまったく信用しなかったが、「あれはやっぱり陳さんですよ」。よく見ると、携帯電話で話し合っている陳さんだった。「娘娘廟」が導いてくれたのだろうか。マイクロバスに積んだ冷たい缶ビールの美味しさは格別だった。
帰路は開通したばかりの瀋大高速道路に乗って大連へ。マイクロバスは片側4車線の道路を快適に飛ばす。ビールの酔いと薮こぎの疲労感が全身に回り、あっという間に心地よい眠りに落ちた。
写真は上から
気持ちの良い牧場トレッキング
行く手を阻む頂上の巨大岩盤
最高峰の隣のピークで記念撮影
頂上を制覇したアタック隊
陳さんと偶然出会い、冷たい缶ビールで乾杯