歩雲山
(bu yun shan=1131m)
(2003年9月21日=快晴)



   ▽ガイド 庄河市の北部に位置する大連広域市の最高峰。広葉樹が自生し、日本の山を思い起こさせる
   ▽交通  大連市街地からは車を利用。「黄海大道」の庄河で下りて北上。庄河駅からだとタクシーを利用する。
   ▽ルート 東側の林道の沿って入山。林道の途中から地道を登る。南麓から登るルートもよさそう。


■植生豊かな広葉樹の山塊



 東京から大連へ帰ってきた8月後半以降、曇りや雨の日が多く、いまひとつすっきりしない天候が続いていた。外の風景を眺めても、霧がかかって遠くが霞んでしまう。「大連のきれいな風景写真を撮りたい」と常々、思っているだけに、気持ちまで靄がかかって萎えてしまう。
 ところが、9月半ばになって、やっと大連らしい天候が戻ってきた。からっとした空気、夏の暑さを癒してくれる少しの風、そして澄みわたる青空。1年で最もこの地が美しく、精気に満ちた季節の到来でもある。
 そんな秋真っ盛りの9月21日、大連広域市で最高峰の歩雲山へ山仲間と登ってきた。
 地図上で200キロ以上は離れているだけに、きょうの日帰り山行は少々、強行軍だ。集合時間も早く、大連中心部のスーパーマーケット「家楽福」前に午前6時半。着いてみると、すでに本日のリーダー岡田稔さんと、ニュージーランドのデビッド・シールズさん、中国人女性の韓蘭霊さん、日本人留学生の木山知美さんが先着していた。
 間もなく、日系ブラジル人の笹原龍太さん、三上吉彦さんが現れ、時間通りに全員集合。中国人の運転手、陳尚郁さんのワゴンも到着し、6時35分に出発した。
 日曜日とあって道路は空いている。もうひとりの参加者、染谷功さんと合流する開発区まで、15分ほど早く着いてしまった。それでも5分ほど待っていたら染谷さんが現れ、多国籍の8人パーティーはこれで全員が勢ぞろいだ。
 日本で働いていたときは、新聞社という仕事の性格上、仲間と一緒にバス旅行をした経験はない。それだけに、小中学校時代の遠足を思い起こさせて、心がウキウキしてくる。
 開発区の先から自動車専用道に入って、一路、庄河へと向かった。この自動車道は、東京にあてはめて考えてみると、郊外に延びる中央自動車道だ。しかし、走っている車はほとんどない。中国は急速に車が普及しているというが、日本に比べるとまだまだ少ない。
 でも、あと数年もすれば、中国の車事情は激変するに違いない。駐車場問題が深刻になり、街の中心部も大渋滞。高速道路も、週末には郊外の観光地へと向かう乗用車が増えるだろう。そして、空気汚染などの環境問題も起きてくることは十分に想像がつく。
 高速道路はリンゴの木や水田が広がる農村風景を東北へと真っすぐ延びている。ほこりっぽい市街地に比べると、空気に透明感がある。途中で車を路肩に停めてもらい、ガードレールをまたいで中国語でいう「方便一下」。用足しである。サービスエリアがないので、ここは中国式で失礼!
 午前8時50分、庄河インターチェンジで自動車道を下りて一般道へ。料金所を通って左折。反対の右側は、庄河市の市街地方面だ。
 道路の両側は広い平野にトウモロコシ畑や水田が続く。今は実りの季節。トウモロコシは収穫作業が進み、稲も黄金色の穂を実らせている。道端ではコスモスが揺れ、その脇では牛がのんびりと草を食んでいる。レンガづくりのような農家が集まる集落もいくつか通り過ぎた。車窓から、のどかな片田舎の風景を眺めているだけで、気持ちが安らいでくる。隣に座っていた染谷さんは「メキシコの風景に似ているな」と、懐かしそうだ。
 そんな田園を30分ほど走ったころから、道路は丘陵部に入り、風景も山村へと変わり始めた。9時30分に峠にさしかかり、車は唯一のトンネルに入った。高度が計測できる私の時計は、標高150メートルを表示している。暗やみを抜けると、左手に湖が見えてきた。「桂雲花湖」だ。
 車は橋を渡り、小さな桂雲花郷の町に入ってきた。両側には商店などが建ち並んでいる。この地域の中心部なのだろう。でも、車は1、2分でメーンストリートを通り過ぎてしまい、再び山並みが続く山村風景に戻った。
 しばらくして、「歩雲山19k」の標識があり、この先の橋を渡ったところで右折。10時5分、歩雲山の集落に到着した。大連からの走行距離は249キロ。陳さんが地元の人に聞いてくれ、正面のひときわどっしりした峰が、目指す大連最高峰の歩雲山であることがわかった。
 道路からアプローチの登山道も見える。取り付きは急登が続いているが、中腹から上は比較的なだらかな登りとなり、気持ちのよい山歩きが楽しめそうだ。車は幹線の道路からその登り口に向かって地道へと下りた。途中、コンクリートのベタ塗り橋を渡ったが、この水が中国とは思えぬほどきれいで、日本の山岳地帯を思わせる。車内からは、透き通る水の美しさに感嘆の声が上がった。
 再び陳さんが、農作業している地元の人に山頂へ向かう道を聞くと、「ここは違う。道路をさらに進んで裏側の方から入れ」と言っている。目の前に格好の登山道がありながら、とても変な話だ。だが、ここは地元の人に従って、来た道に戻って、直進することにした。
 高峰村という集落に来て、再び地元の人に聞いて謎が解けた。この歩雲山は頂上まで林道がついているという。その林道は山の裏側に延びているのだ。中国はまだ、登山という概念が希薄なのだろう。林道がついているのに、苦労して歩いて山頂まで行く必要はない、ということなのかも知れない。だから、目の前に頂上へと続く道がありながらも、林道への道筋を教えてくれたのだ。
 時間は11時になろうとしている。いまさら、さっきの登山道に戻ることはできない。結局は、しばらく林道を車で上り、途中から歩いて山頂を目指すことになった。
 11時10分、標高430メートルの地点で下車。ここがきょうのスタート地点だ。軍手をはめ、首にタオルを巻き、カメラをぶら下げ、デイパックを背負って準備完了。近くでヤギを放牧していた地元の女性が、林道とは別の登山道を途中まで案内してくれるという。
 歩きながら、この女性の話を韓さんが通訳してくれた。
 名字は宋さん、ヤギなどの家畜を放牧しているが、ほとんど現金収入はなく、生活は豊かではない。映るテレビのチャンネルは1つだけ。歩雲山の頂上には、放牧のため1年に何度か登り、1時間ほど着く。晴れた日は海が見えるけど、何もない。「そんなところになぜ行くのか」と不思議そうだ。
 そんな話を聞きながら登ると、上から地元の若い女性が下りてきた。宋さんの顔見知りで、野生の果樹をとってきたという。見せてもらったら、緑色をした小指の先ほどの実だった。韓さんは「原棗」(yuan zao)と教えてくれた。「棗」はナツメのことで、ナツメの原種という意味なのだろう。
 だが、ナツメとは見た目も、味も違う。甘酸っぱいし、小さな種のような粒々もある。何かな、何かな、どこかで食べたことがあるな、と考えていたら、染谷さんが「これはキュウイですよ」。その通り。大きさこそだいぶ小さいけど、形も色も味も、キュウイそっくりだ。ビタミンCもたっぷりありそうで、元気が出てきた。
 10分ほど歩いたところで、案内してくれた宋さんとお別れ。帰り際に住所(高峰村下潘屯)を教えてもらった。自宅は民宿をやっていて、「いつでも泊まりに来て。主人(宋文作さん)は教師をしているのですぐわかる」という。純朴で親切な宋さん。「今度は宋さんの家に泊まって山に登ろう」と、次回の歩雲山登山計画がまとまった。
 ここから、2度3度と山腹を巻いて走る林道を横切りながら、細い登山道を登る。林道ができる前まで、地元の人たちは、山道を使って山頂付近へ行ったのだろう。
 この山はどこか日本を思い出させてくれる。植物の種類がとても似ているのだ。カエデやドングリのナラ系、カラマツ、さらにはトリカブトにバイケイソウ、カニコウモリやニガナ系の草花などなど。大連の市街地に連なる山は展望が素晴らしいが、岩山が多く、植生の面からは少し味気ない。だが、この山一帯に自生する植物の種類は豊富で、広葉樹がしっかり根づいているだけに保水性が高い。山中を調べてみれば、野性ランなど貴重な植物も自生しているに違いない。
 快適な山登りは、ここまで。お腹が空いてきた12時20分、登山道は消えて薮こぎに。中低木の枝をかき分けながら歩くこと約20分、やっと見通しの効く稜線に出て来た。この景色が素晴らしい。襞のように、幾重にも続く山並み。汗をかいた体に尾根風が心地いい。疲れと、つい今し方まで感じていた不安をぬぐい去ってくれるようでもある。
 山に登る理由のほとんどがこの瞬間にあるといっていい。一歩一歩登ってきた成果だ。人生になぞらえることができるのかもしれない。道に迷いながらも、転落もせず、目的に近づいてきた80%の達成感。さぁ、あと一歩。足を踏み出す力も湧いてくる。
 標高は1010メートル。頂上まであとわずかのところで、またもや林道に出て来た。登山者にとって、林道ほど興ざめの“大きなお世話”はない。しかし、いまさら文句を言っても始まらない。仕方なく林道を歩き、300メートルほど来たところで、眼下の風景に息をのんだ。頂上付近から縦に真っ二つに裂けている荒々しい岩山、すそ野には豊かな水をたたえたダムと湖が続いている。まるで小桂林と呼ばれる庄河の景勝地「氷ィウ溝(bing yu gou=ィウは山偏に谷)」のようだ。
 下山後に地元住民から聞いたところ、「赤谷」と呼ばれているという。近づいて見ることができたら、迫力は満点だろう。こんな大自然が多くの人に知られていないところが、いかにもスケールの大きな中国らしい。
 そこから歩くこと5分。2時10分、ついに大連の最高峰に立った。見渡す限り山また山の大パノラマと、ひと際鮮やかな空の青。最高峰を征服した満足感が湧いてくる。
 三上さんは、この春から3度目の正直で念願を成就した。麓まで来たものの、非典(SARS)防止のため、村内に入ることさえできなかったという。それだけに感無量の様子だ。
 ところで、この頂上の真ん中に井戸のようなコンクリートの深い穴が開いている。直径は2メートルほど。この山は以前、軍事施設だったことから、その関係の構造物かも知れない。それにしても、ふたも囲いもない。いくらめったに人が来ることはないといっても、危ないことこのうえない。誤って落ちたら命はないだろう。
 ブラックホールを避けて頂上の端っこで昼食。握り飯を食べている頭上でイワツバメが何羽も舞っている。この一帯は岩山が多いので、イワツバメの営巣には適している。それを狙うワシタカも生息しているはずだ。中国のワシタカ調査も面白いテーマになるだろう。
 予想以上に登りの時間がかかったので、2時55分、林道を下ることにした。山腹を巻いて走る林道は意外に時間がかかる。途中、岡田さんが原棗の群生地を見つけた。蔓に鈴なりに実をつけている。ここでしばしのデザートタイム。最年少の木山さんは「こんなおいしいものを食べることができて最高!」と、いくつも実を頬張った。
 2か月ほど前、三上さん、岡田さん、私の3人で城山へ登ったとき、「野桜桃」を見つけたのも岡田さんだった。さすが“食のミスター岡田”だ。その目敏さに敬服。
 単調な林道を歩いているうち、デビッドさんの靴底が完全にはがれてしまった。気丈なデビッドさんは砂利道を裸足で歩き出した。痛いのだろうが、そんな表情は見せずに歩き続ける。染谷さんがデビッドさんのデイパックを背負う。笹原さんも自分がはいていた靴下を差し出した。こんな何気なく、自然な優しさがいい。
 沈み始めた太陽が山の斜面に稜線の影をつくり、その塊が次第に大きくなって広がる。光と影の微妙なバランス。闇へと向かう夕まずめは、神秘的な時空の世界を見せてくれる。
 そんな大自然に身を置きながら、下ること2時間20分、陳さんの待つ場所に到着した。何はさておき、冷えた瓶ビールで乾杯。中国流に豪快なラッパ飲みだ。山登りをしていて、何がいいかというと、まずは頂上に登ったときの爽快感、その次は下山後のビールの爽やかなのど越しにある、と言っていい。至福のひとときだ。
 帰路の車中は1960年代の音楽の話で盛り上がる。カントリー&フォーク、プレスリー、ビートルズ……時には歌いながら、話はとめどもなく続いた。
 一行を乗せたワゴンは大連へとひた走り、自宅のドアを開けたのは午後10時をとっくに過ぎていた。大連広域市の最高峰・歩雲山を目指した“小旅行”は、気持ちのよい疲労感と酔い、そして達成感で無事に幕を閉じた。

写真は上から

どっしりした山容の歩雲山。大連広域市の風格がある
麓を流れる溪。源流部だけに水は透き通っている
登山道沿いに自生するトリカブト。植生は日本の山に似ている
頂上近くの林道から見える裂けた岩山とダム湖。絶景だ
頂上のブラックホール。足を滑らして転落したら一巻の終わり
お疲れさま。下山直後に飲んだビールの味は最高!