砲台山
(bao tai shan=約250m)
(2003年6月1日=晴れ)
▽ガイド 大連港の南に位置する戦時中の要塞
▽交通 路線バス31、402路、路面電車203路の「寺児溝」で下車
▽ルート 「寺児溝」から東海公園方面へ約30m歩き、右折して春華街へ
■頂上に今も残る"戦時中"
公園や街のあちこちに咲いていたアカシアの白い花も盛期を過ぎ、季節は初夏へと移り始めたようだ。昼間の気温は27、8度にもなるが、湿気がないので暑さを感じさせない。そんな爽やかな陽気に誘われて、1日は大連市の東端部に位置する砲台山へ登って来た。
一行は、私を含めて日本人男性5人と中国人女性2人の計7人だ。路面電車203路の終点「寺児溝」で下車し、魯迅路を東へ20メートルほど歩いたところで、春華路を右折。正面に目指す砲台山の尾根を望みながら、緩やかな登りが続く。
大連というと、近代的な都市のイメージがあるが、ここには庶民の暮らしが息づいている。道端に洗濯物が干してあったり、ニワトリの鳴き声が聞こえてきたり。おまけに“ごみ臭”まで漂ってきた。
大連はいま、古い地区を取り壊して高層ビルを建てる都市計画が急速に進んでいる。こんな“老街”はあと2、3年もすれば消えてなくなってしまうのだろう。
ゆっくり歩いて15分、登山口となるアカシアの森に到着した。やや急な道を登ること約10分。樹間から大連湾と中心街の高層ビルが見えてきた。ひと息入れて再び出発。さらに10分ほど歩いて頂上に到着した。やや拍子抜けするほど、お手軽な登りのルートである。
砲台山はその名の通り、戦時中、大連湾に侵攻してくる敵船を撃破するための要塞だった。
北側に大連湾、その向こうに日本企業がたくさん進出している大連経済技術開発区が遠望できる。西にはお馴染みの高層ビル群、南は山並が続き、その切れ切れに老虎灘や北大橋などの観光・名所も見える。東側は稜線の向こうには黄海が広がっている。
わずか35分で大連の魅力が凝縮されたこの景観。それに、カッコウの鳴き声も聞こえてきた。いやっ、もう大感激!
頂上には、その名の通り、十数基の砲台跡と、兵舎らしき建物跡のコンクリート壁が残されている。いつの時代のものかわからないが、幼い頃に大連で暮らしていた方に聞いたところ、第二次世界大戦前、山頂一帯には有刺鉄線が張り巡らされていた、とのことだった。旧日本軍の要塞だったのかも知れない。
旅順の203高地だけではなく、この大連市内には戦争の爪跡がたくさん残っている。侵略した旧日本軍と、経済を中心として密接な関係にある現在の日本。大連の人たちは、きっと複雑な気持ちだろう。
この砲台山だが、地図には名前も標高も記されていない。名前は、「大連山の会」の三上吉彦さんの調査でわかっていたが、標高は高度計もないため不明。そこで推定標高を出してみた。
約250メートル。高層ビルとの比較と、「あんまり低すぎても迫力に欠けるから」という論理性に欠ける意見も取り入れた結果である。
帰路は尾根を50分ほど下り、大きな道路に出てきた。休憩を入れて約2時間の山行。自然味あふれる山塊と都市と庶民の暮らしが混在した大連の素晴らしさを実感したのだった。
写真は上から
山頂の砲台跡で記念撮影。後方は大連港
山頂にある旧兵舎の建物。戦時中がいまの残っている
稜線からは大連の市街地が一望できる
低山ながらも、尾根は岩が露出して“山岳散歩”の雰囲気が楽しめる