
尖山寺
(jiang shan si=319m)
(2003年11月2日=曇り)
▽ガイド 西山水庫の南に位置し、黄海、渤海を望むことができる
▽交通 路線バス32路の終点「金宝山」で下車
▽ルート バス停から西へ約300m進んだあたりから入山。ルート開発も楽しそう
■大展望広がる別世界
大連山の会の三上吉彦さんから、紅葉が素晴らしい山に登りませんか、と誘われた。このところ、風邪気味だった上、何かと忙しかったので、1か月ほど山に登ることはできなかった。それだけに、 二つ返事で「ぜひ連れて行ってください」。
今回、目指す山は、西山水庫(ダム)の南側山中にある尖山寺。1週間前、三上さんが地図を頼りにルートを探し出した山だ。(三上さんの登山記録はこちら)
それにしても、 三上さんの大連の山に対する情熱はすごい。大連には満足な地図がないが、三上さんは地図にデータを書き込み、「この辺はよさそうな山がありそうだ」と目星を付け、これまでに数々の山のルートを開発してきた。地元の中国人も、これほどまで山に詳しい人はいないだろう。
今回は、同じ大連山の会のメンバー染谷功さんとの3人パーティ。午後1時40分に大連鉄道学院前のスーパー「コメリ」で待ち合わせ、タクシーで入山地点の金宝山に向かった。
車は黄河路を西へと走り、馬欄広場で南へと折れた。 乗ってからわずか10分足らずなのに、風景は一変した。道の両側に丘陵が迫り、道路もガタガタだ。ところどころに建っている住宅もレンガ丸出しで、農村のたたずまいを見せている。染谷さんは「街のすぐ近くなのに、ここはまったく違う世界ですね」と驚いていた。
バス停の金宝山を通り過ぎ、登山口となっている「緑化站馬欄防火点」の看板付近で下車した。
この金宝山は、「山」のことではなく、墓地を指している。宮殿のような大きな建物全体が墓地になっているようだ。中国は昔から山などに墓を造って埋葬していたが、現在は禁じられているという。それに代わって、共同墓地が設けられたのだろう。
入山路はしっかり踏み固められてわかりやすい。ちょうど午後2時。この時間から山に登ることができるとは感激だ。手軽に登山が楽しめる大連の自然に感謝!
しばらくは松林の中を登る。ところどころに墓があり、墓碑には「1996年」と刻まれていた。比較的、新しい墓なので、"もぐり"で造ったのかも知れない。ところどころにカシワの木が生え、紅葉が美しい。墓場の陰にこもった空気が少し爽やかになった気がする。
2時13分、登山道は工事現場に突き当たった。鉄塔の基礎を造っているようだが、人はいない。だが、よく見ると、工事現場端の斜面で、おじさんがこちらを向いてしゃがみ込んでいた。身じろぎもしないので、人とはわからなかったが、どうやら方便一下(用足し)のようだ。
工事現場を巻いて登山道を上がり、7分ほどで高圧線の鉄塔に出て来た。この辺から 雲行きが怪しくなり、空は暗くなり、風も強くなってきた。頂上は2つ、3つ峰の向こうに見える。ざーっと雨が降らないうちに急ぐことにした。
登り始めてから30分、登山道は尾根に出て来た。遠望は効かないが、右手には西山水庫が見える。「晴れていれば黄海と渤海が見えるのですが、今日は残念ですね」と三上さん。しかし、山肌には紅葉が広がって、きれいだ。
帽子が吹き飛ばされないように注意しながら進み、ついに2時35分、三角鉄塔の建つ頂上に着いた。下から頂上を見上げた時には、随分と遠くに思えたが、意外と近かった。山の風景は、近いように見えても、実際は遠いことがよくあるが、この山は不思議だ。
頂上からは、遮るものはなく、360度のパノラマが広がる。晴天だったら、もっと素晴らしい景色に違いない。でも、染谷さんは「大連の街の近くにこんな山があるなんて感激です」と満足そうだ。私も同感!
頂上にいたのは5分ほど。雨が降ってくる前に下山することにした。
下山のルートはたくさんありそうだ。西へ稜線をたどることも、西山水庫へと北へ向かうこともできそうだ。だが、今日はピストンで来た道を戻ることにした。
カシワの落ち葉がカサコソと音を立てている。もう2、3日もすれば、 晩秋から初冬へと山の景色は足早に変わるだろう。
登山口に下りてきたのは3時5分。往復1時間5分の山行だが、満足度は90%。今度は芽吹く新緑の頃に歩いてみたいと思う。
帰りは路線バス32路に乗る。バス停に止まる度、空いていた車内は混雑して人いきれがする。車窓の景色も、いつの間にか、山村から都会へと戻っていた。
写真は上から
登山口近くにある共同墓地「金宝山」の建物。宮殿のようにも見える
最初は松林の中を登る
頂上までもう少し。右手に西山水庫が見える
尖山寺の頂上。天気が良ければ360度のパノラマが広がる